光己はカルデア勢だけで援軍に行くのは構わなかったが、全員で出ると連合軍がまた別方向から来た時に対処できなくなる。何人か残していく方がいいだろう。
「うーん、それじゃ段蔵とXXは残ってくれるか?」
2人とも遠近両用タイプだが、むしろ万が一の時にネロを抱えて逃げることを念頭に置いた人選だった。ネロはさすがにすぐそれに気づいてやや不服そうな顔をしたが、それを口にするのはもっと情けないような気がしたのであえて沈黙を保った。
光己たちは2人に通信機を渡すと、部屋を出て兵士の案内で現場に走った。その途中、ルーラーアルトリアがはっと表情を改める。
「サーヴァント反応……2騎です!」
「またか? えーと、今は真名までは分からないんだよな」
「はい、真名看破するには相手の姿を視認する必要があります」
「そっか、とにかく急ごう」
「はい、マスターはくれぐれもお気をつけて」
そして光己たちが城壁の裏につけられた階段を昇ってその上の通路から外を見てみると、すでに数千人の連合兵が城壁まであと500メートル程度という距離まで押し寄せていた。しかも先ほどとは違い、木や鉄板でつくった手押しの車や塔のようなものがいくつも付随している。
「攻城兵器です!」
ルーラーが顔を青くして叫ぶ。
先ほどの2隊は野戦仕様だったのか持っていなかったが、今回はローマ市そのものを攻撃するつもりのようだ。
なるほど仮にローマ市を攻め落とすことには失敗したとしても、市内に石弾が雨あられと落ちて来る事態になれば、ネロ帝への信頼や支持はガタ落ちするだろう。それだけでも城攻めをする価値はある。
しかし連合軍は全部隊が同時に攻めればよいものを、皆が別々に動いたら各個撃破の餌食になるだけだとは思わなかったのだろうか。それとも「皇帝」が複数いるだけに指揮系統や報連相がちゃんとしていないのか。
無論光己たちや正統ローマにとっては喜ばしいことである。
「でもサーヴァントもいるんだよな。どっちを重点的に攻撃するべきだろ」
光己は多少歴史に詳しいというだけで軍略家というわけではない。方針に迷ってしまうと、傍らのルーラーアルトリアが提言してくれた。
「サーヴァントは今は積極的に動く様子がありませんので、まずはもうすぐ射程距離に入りそうな
すぐこんな意見を出せるとは、ルーラースキルを持った騎士王というのは実に重宝すべき存在であった。
ちなみにこの時代のローマ帝国の攻城兵器には、今彼女が述べた投石機と弩砲の他にも、破城槌と攻城塔というのがある。投石機というのは文字通り石や可燃物を飛ばして敵の城壁を破壊したり敵陣を炎上させたりするための木製の装置で、弩砲とはいわば器械仕掛けの巨大な弓矢である。
破城槌は丸太で寺の鐘を突くような構造の装置で、上に屋根を付けて石や矢を防ぎ、下につけた荷台と車輪で移動して敵の城門や城壁を叩き破るためのものだ。攻城塔は移動可能な
それらが歩兵たちに守られつつ、ローマ市の城壁に向けて無慈悲に進軍しつつあった。
その中央の辺りで、この軍の大将であるサーヴァント2騎がローマ市の城壁を見つめながら話している。
「ほう、これがこの国の名を冠する『永遠の都』とも称えられる麗しのローマ市……でも城壁が高くて中が全然見えませんね。にゃー!」
「アンタはネコか……? しかしあの太っちょの口車に乗ってこんな遠くまで来ちまったが、本当にこれでよかったのか?」
ネコの鳴き声みたいな声を上げたのは25歳くらいに見える若い女性、白銀色の長い髪をたなびかせた凛とした美人である。黒と白の日本風の軽甲冑をつけており、顔立ちからも光己や段蔵と同じ日本出身と思われた。
ツッコミを入れたのは彼女よりやや年下と思われる男性の偉丈夫で、こちらも顔立ちは日本人風だが、金髪をオールバックにして黒と金のライダースーツらしき服を着ている。アメリカのバイク乗りといった感じだ。
「さあ? しかし貴方と2人でぼけっとしてても仕方ありませんし、もしあのカエサルとかいう人が義に欠ける人だったなら、毘沙門天を騙した報いを受けさせるだけのことですから」
「そういう台詞を笑いながら言うのって怖いんだけどよ……。
そりゃまあオレも人を騙して戦わせるようなヤツは好きじゃねェけど」
「とりあえず、
首都まで来ましたが、私と刃を交えるに足る猛者はいるでしょうかね」
「それについちゃあ同感だな! あの太っちょには一宿一飯の義理はあるから、その分は返さねェと落ち着かねェし。
しかし、オレは兵隊の指揮はあんまりやったことねェからアンタに任せてるけど、アンタはこの見たこともない木工細工の使い方が分かるのか?」
「いえ、実は私は城攻めは少々苦手でして。それに私の時代では石投げ機は使われてませんでしたから、今回は使い方を見せてもらうという感じで」
「本当に軍神なのかアンタ……!?」
2人はローマ帝国とは関係ないからか、ローマ市攻略についてはあまりやる気がないようだ。ただ武闘派らしく、強敵とのバトルは望むところであるらしい。
一方光己たちは逆に強敵など居ない方がよくて、ローマ市防衛だけが目的である。さしあたって、1番危険な投石機の破壊をめざした。
「カーマ、あれ壊せる?」
「人間相手よりは面倒ですけど、出来なくはないですよ。しょうがないなあ」
アーチャークラスではないとはいえサーヴァントの弓矢だから、投石機や弩砲より射程は長い。しかし生身の人間なら分裂した矢1本で無力化できるが、木でつくられた装置を物理的に壊すためには何本もぶち当てる必要がある。
「優しくしてあげます」
前回同様意欲や気迫を感じさせない口調だが、矢の威力は確かだった。空中で分裂した矢は1本も外れずにざくざくと突き刺さり、その投石機はばらばらに破壊された。
しかし今壊せたのは、投石機と弩砲あわせて100台ほども見える中の1台に過ぎない。
「うーん。あれくらいなら1度に2~3台は壊せそうですなんですけど」
ただ投石機同士が離れているとちょっと狙いが付けづらい。彼らがローマ市を射程に入れるまでに全滅させるのは無理そうだ。何か方策を考えなければ。
一方連合軍のサーヴァントたちも、カーマの攻撃に反応していた。
「おぉ!? 大将、どうやらあちらさんにもサーヴァントがいるみたいだぜ」
「そのようですね。おそらくはアーチャーでしょうが、しかしあのペースではこちらを削り切れません。今は放置ですね」
2人の武技なら矢を打ち払うことはできるが、それは大将の仕事ではない。それに敵は矢をいろんな所にバラけさせて射っているので、実際にかばうことは難しそうなのだ。
「私も貴方も飛び道具は持ってませんから、お返しに何か飛ばすのは無理ですし」
「といってオレたちだけで突っ込んだらこいつらのメンツ潰しちまうし、ここは一緒のペースで進むしかねェってことか」
「ええ」
女性は頷くと、次は兵士たちに檄を飛ばすため、すうっと息を吸い込んだ。
「そういうわけで、死なんと戦えば生き、生きんと戦えば死す! 要するに、考えてもしょうがないということ! 殺せぇー! 進めぇー!!」
「おおーっ!」
ずいぶん物騒な檄だったが、彼女は相当なカリスマ性があるようで、兵士たちはいっそう気勢を上げて進軍のペースを速めた。
そして目測400メートルほどに近づいた時、投石機と弩砲の一部が進軍を止めて攻撃の準備を始める。
「…………撃てーーーッ!!」
準備完了した者から次々と発射、重さ10キロを超える大石と槍のような大きな矢が唸りを上げて飛翔する。届きさえすれば外しようがない的に見事命中して、耳をつんざくような轟音とともに厚い城壁に大きなひび割れを入れた。
「うわぁっ!? 何だこれ、人間に当たったら即死どころかミンチだぞ」
「はい、ですので先輩は私の後ろに!」
実際は光己はこんな物では掠り傷1つつかないのだが、気分的には怖いなんてものじゃない。あわててマシュの後ろに引っ込む。
「でもついに射程内に来られたか。このままだと本当に市内にあの大石投げ込まれるな」
民家の屋根にでも当たったらそのまま穴が開きそうだ。できる限り、いや1個1本たりとも市内に入れるべきではないだろう。
無論正統軍の兵士たちもそう思っている。弓兵たちがお返しとばかりに射始めて、本格的な射撃戦になった。
正統軍は城壁の上にいる分有利だが、人数が圧倒的に少ないため劣勢である。市内はまだ無事だが、壁にはばこーんばこーんと石と矢が当たってひび割れたり窪みができたりしていた。
「おおお、このままじゃヤバそうだな……でも連合帝国との戦いは始まったばかりだから、あんまり手の内見せたくないし」
勝ったとしても、連合兵が退却したらこちらの戦闘スタイルを上層部に報告するだろうし、宝具をサーヴァントに見せたら真名がバレる恐れもある。皆殺しにして口を封じるのでないなら、手札はなるべく隠しておきたいところだが……。
「でも隠し過ぎたら後で見せた時に何か言われそうだしな。人助けって難しい」
しかしまあ、後のことよりまず今を乗り切るのが大事だろう。光己は誰かに宝具を使ってもらうことに決めた。
第一候補はマシュだが、投石機が投げる石は放物線を描いて飛んで来ているので、彼女の城では高さが足りない。やはり近づかれる前に破壊するしかなさそうだ。
「ルーラーの宝具でやれる?」
「……いえ。彼らは投石機を分散させてますから、1発では難しいですね。
令呪を一画いただいて2発撃てばいけると思います」
分散させているのは敵軍が突出してきた時にいっぺんにやられないためだと思われるが、その上で城門付近を一点集中攻撃させている。投石機の使い方としては教科書通りだろう。
「ただどちらにしても、その辺りにいる兵士は全滅しますが」
「うーん」
ルーラーは光己の心情に配慮してあらかじめ予告してくれたが、これはもう仕方ないことだと思う。戦況がここまで切迫してきては、敵への配慮なんてしていられない。
「でも考えてみたらルーラーの宝具って目立つよな」
水陸両用というか空飛ぶ豪華客船なんて、ネロたちにどう説明すればいいのか。光己の竜モードの方が魔術で召喚したですませられるからまだマシだ。
ただし竜モードは敵に竜殺しがいたら危険だが……。
「まあジークフリートとゲオルギウスは顔も宝具も見たし、見てから回避で間に合うだろ」
いやカルデアで見た資料によれば、他にもシグルドやベオウルフといった強そうなのがいるので油断はできないが、万が一そうだったとしても護衛がいれば大丈夫だろう。
「よし、行くぞ! ……って、変身する場所がねえ!?」
光己が竜に変身するには最低でも30メートル四方くらいの空き地が必要だが、この近辺にそんな場所はない。思わぬ、というか当然の問題点が露呈してしまった。
「いえ、城の外に降りればいいだけでは? まだ敵は着いてませんし」
「んー。でもそれ怖いし、変身するとこみんなに見られるわけだよな」
敵の歩兵は攻城兵器の護衛をしているので歩みは遅く、城壁に到達するまで多少の時間があった。しかし石と矢は飛んできているし、兵士たちの目もある。
するとスルーズがついっと光己に近づいてきた。
「では私が認識阻害の魔術をかけましょうか。城壁の隅の方なら石も矢も来ませんし」
「おお、相変わらずルーンは頼りになるな」
ここでいう認識阻害とは、人が注目しなくなる、見ても気にかけなくなるといった程度の意味である。光己の方から何らかのアクションを起こしたら効果は切れてしまうが、変身が終わるまでの時間稼ぎとしては十分だ。
「よし、それでいこう。スルーズと、カーマも護衛お願い」
「仕方ありませんねえ」
カーマはさほど速くはないが空を飛べるので、空飛ぶドラゴンの護衛もできるのだった。仕方ないと言いつつちょっと頬が緩んでいる彼女も連れて、光己とスルーズは城壁の隅に急いだ。
スルーズに抱っこしてもらって外に跳び降り、礼装を脱いで彼女に預けルーンもかけてもらってから変身を始める。
「………………」
今回は人目を引かないよう、ポーズも掛け声もナシである。
そして体長30メートルの巨竜が風を切って戦場の上空に現れると、さすがに両軍とも気づいて驚きの声を上げた。
「な、何だあれは……ド、ドラゴン!?」
「何でこんなとこに突然……魔術師が呼び出したのか? どっちの味方だ!?」
兵士たちは当惑と恐怖の入り混じった顔でただ見上げるばかりだったが、1人だけすごく楽天的な見方をする者がいた。
「あれはまさしく龍……つまり越後の龍と呼ばれた私に毘沙門天が眷属をお遣わしになったに違いない!
皆の者、この戦勝ったぞ!!」
何しろこの自称毘沙門天、生前に使っていた軍旗が「毘」と「龍」だったのだからこんな解釈をしてもおかしくはないのだが―――当然大間違いである。
黒い竜はいったん上空に飛び上がってから降りてくると、その長大な尾を振るって連合軍の攻城塔をなぎ倒し始めたのだ。
「にゃあああああっ!! な、なんで!?」
女性も周りの兵士と同じく泡喰った顔になったが、しかし竜は尾を振るだけにとどまらず、4枚の翼をはためかせて突風を送り込んできたではないか。
「うわーーっ!?」
到底踏みとどまっていられず、連合兵たちが木の葉のように吹き飛ばされていく。風が来ない方にいる兵が矢を射って反撃するが、まったく効き目がない。
さらに竜は口から火を吐いて、投石機と弩砲を燃やし始めた。
「う、うーん……これはもしかして、この戦は義にもとるものだという毘沙門天のお叱り!?」
「そんなことより、アレと戦うのか逃げるのか早く決めてほしいジャン!?」
同僚の男性はサーヴァントだけに超人的な膂力を持っているが、それでも全身に当たる超突風の前には踏ん張っているのが精いっぱいで、声もやや弱気だった。
しかもよく見ると竜の頭の上に人が2人乗っている。どちらが眷属なのかは分からないが、仮に竜の背中に飛び乗ることができたとしても、1頭と2人を倒すのは難しいだろう。
「にゃぁぁぁぁ……撤退! 撤退です!!」
幸い竜は攻城兵器を燃やしたり風を起こしたりするばかりで、兵士を直接殺傷する意図はなさそうに見える。
逃げても追撃はしてこないだろうと判断して、女性は全軍に撤退を命じたのだった。
竜モードでの初の実戦になりました。
しかしいったい何ランサーなんだ……!?
ではまた次回に。