連合ローマ軍は退却し始めたが、光己としては今回は追撃しておきたい。特にサーヴァント2騎は帰すべきではないだろう。
2騎は攻撃してこなかったので竜殺しではないし飛び道具も飛行能力も持っていないと思われるが、光己はいつも通り慎重に、3人だけで追おうとはせずに仲間を全員引き連れていくことにした。
しかし竜モードでは人語をしゃべれないので意志表示ができない。
(うーん、これは暇みつけて練習しないといかんなあ。
あ、そうだ。地面に文字書くってのはどうだろう)
竜の体にはまだ慣れないが、しゃべるよりはうまくできるだろう。光己はいったん着陸すると、右手の人差し指の爪で地面を掘って字を書いた。
(認、識、阻、害、……と。これで通じるかな?)
「……?」
スルーズは最初光己が何をしたいのか分からなかったが、地上に降りて彼の爪の先を見るとその意図が読み取れた。
「ああ、いったん城に戻るのですね」
(……こくこく)
スルーズが理解してくれたようなので、光己は首を縦に振りながら今書いた文字を消した。
そして改めてルーンをかけてもらったら、先ほど変身した場所に戻って人間の姿に戻る。
問題は戻った直後は全裸であることだが、こちらは解決策はなさそうで、人理を救うために決起した勇者としてはまことに気恥ずかしい。
「ふふっ、まさか私のマスターともあろう方が、外でハダカをさらすような変態さんだったなんて」
「どやかましい!」
こんな煽りも受けることだし。
それでも不幸中の幸いとしては自分が男であることだろう。もし女だったら文字通り目も当てられないところだった。
とにかくスルーズに返してもらった礼装を着て、急ぎ城壁の上に戻る。
「先輩! ご無事で何よりです」
するとマシュたちがほっとした様子で出迎えてくれたが、無事を喜び合うのはまだ早い。
「ああ、でも今回は追撃しようと思う。みんな頼む」
「はい!」
ただちに城壁から飛び降りて走り始めるサーヴァントたち。彼女たちが10メートルの高さからためらいもなく降りたことと、着地してすぐ平然と走り出したことに正統ローマの兵士たちは改めて驚愕の目を向けたが、マシュたちは特に反応しなかった。
一方連合ローマ軍は攻城兵器を捨てて走って逃げていたが、それでもサーヴァントの脚力には及ぶべくもない。あっという間に距離が縮み、連合軍のサーヴァント2騎も自分たちが追跡されていることに気づいた。
「うむむ。龍は帰って下さっても正統ローマとやらは逃がしてくれませんか」
あの黒い竜は必要以上に人を殺傷せず、しかも連合軍が撤退を始めたらどこかに消えてしまった。この慈悲深さはやはりただの化け物ではなく、自分を叱りに来た毘沙門天の眷属に違いない、と女性は改めて信仰を深めていたのだが、正統ローマ軍がそんなことに配慮してくれるわけがない。追われるのは当然であった。
「で、どうするんだ大将?」
「そうですね。義にもとる
私は
「なァに言ってんだ大将、オレっちが1人だけ逃げるようなダサい男だとでも思ってたのか?」
女性は最悪1人で足止めをするつもりのようだったが、男性もなかなか漢気がある人物のようだ。
兵士はそのまま逃がし、自分たちはその最後尾について追っ手の接近を待ち受ける。
「ひの、ふの……7人か。こりゃCOOLなバトルになりそうだぜ」
「ええ、南蛮の連中に日の本の武士の意地を見せつけてやるとしましょう」
男性は素手のまま、女性は槍を構えて戦闘態勢に入る。そしてカルデア勢はその様子に気づくとちょっとペースを緩めた。
「マスター、サーヴァント2騎はこちらの足止めをするつもりのようです!」
「女性の真名は『長尾景虎』、ランサーですね。宝具は『
男性は『坂田金時』、ライダーですね。宝具は『
先頭のアルトリアがそう注進し、ついでルーラーアルトリアが真名看破した。
彼を知り己を知れば~~という言葉があるように、戦闘や交渉事において先方の情報を得るのはきわめて大きな意味を持つ。それを姿を見るだけですっぱ抜くこのスキル、改めて考えてみると異様に凶悪であった。
それを聞いた光己が珍しくはしゃぎ出す。
「マジで!? 長尾景虎っていえばあの上杉謙信だろ。それに坂田金時ってもしかして金太郎か!? まさかこんな所で遭遇するとは」
同じ日本人の、それも知名度激高の英霊だからのようだ。日本人というだけなら段蔵と清姫もそうなのだが、2人も「軍神」「金太郎」というビッグネームなら多少の反応の差は許すだろう……。
「先輩、ご存知なのですか?」
「ああ、逸話通りなら善玉のはずだから、狂化されてなきゃ話はできると思う」
坂田金時についてはまったく問題なし、上杉謙信は戦国大名だからいい話ばかりではないが、仏教に帰依し義を重んじた人物なのは間違いない。
それでも、カリギュラやヴラドやランスロット並みにデンジャラスだったら勧誘はできないけれど。
「では、今少しペースを下げましょう」
アルトリアがこう提案したのは、金時と景虎は兵士を逃がすための殿をしているようなので、兵士を討つことにこだわらない姿勢を見せた方が、友好的に接触できるだろうという趣旨である。
「わかった、それじゃみんなそうして」
優先順位は分かり切っている。光己は即座にこう答えた。
しかし、金時と景虎は2人で7人を足止めするというほぼ戦死が決まったような戦いをする決意を固めているからか、尋常でない殺気が感じられる。ただカリギュラやランスロットのようなバーサークな雰囲気ではなく、ちゃんと理性はありそうなので会話はできそうだ。
「――――――」
光己たちがペースを落としたのは正解だったようで、2人は攻撃して来ず殺気もやわらぎつつあった。むろん光己たちも攻撃はせず、声が届きそうな所まで近づくと大声を張り上げた。
「やあやあ、我こそはカルデアにその人ありと言われた藤宮光己!
そちらはかの名高き坂田金時殿と長尾景虎殿とお見受けするがいかに!?」
鎌倉武士のような名乗りなのは、多分相手が相手なのでちょっと頭が茹だったせいであろう……。
金時は困り顔でどう答えていいか分からない様子だったが、景虎はいたく感銘を受けたらしくノリノリで名乗り返してきた。
「このような異郷の地で丁重な名乗り、痛み入る。ご慧眼の通り、私こそ越後の龍、長尾景虎です!! まだ年若いのに見事な眼力、
して、わざわざ名乗ったからには一騎打ちをご所望ですか?」
実際は光己にそんな眼力はないのだが、有名人とはいえ初対面の人物の名を言い当てたのだから、景虎が勘違いするのはむしろ当然といえよう。
景虎としてはいきなり2対7より一騎打ちをする方が時間を稼げるので、もし先方がそれを望むなら受ける気だったがむろん光己にそんな気はない。
会話が成立したことを喜びつつ話を続ける。
「いや、その前にかの軍神殿と多少なりとも話をしたいと思った次第で」
「ほう、それは光栄な」
と景虎は答えたが、ここでおかしなことに気がついた。
よく考えたら景虎はこの時代より千年以上未来の生まれなのだから、彼がいくら博識だろうと自分の名を知っていることはあり得ないのだ。
サーヴァントで景虎自身より未来の者なら知っていることもあり得るが、周りの6騎は見たところ南蛮人ばかりで自分の名が分かりそうな者はいない。いや、ルーラーがいれば真名は看破できるが、それでも二つ名までは分からないはずだ。
カルデアという組織あるいは地名に秘密があるのか? 景虎は内心で彼らの正体をいろいろ推測していたが、その結論が出る前に少年が質問してきた。
「それで、長尾殿はなぜ連合帝国に味方しているのか?」
「え? ああ、恥ずかしながら実は特に理由もなくて、することがなくてふらふらさまよっていたところを連合の皇帝の1人のカエサルという者に誘われたのです」
「カエサル!?」
光己もマシュたちも驚いた。カエサルといえばかの有名な終身独裁官ではないか。
確かにカリギュラと並んで「皇帝」の1人であってもおかしくない人物だ。
「ふむ、この名前もご存知ですか。やたら口が上手い男で、気がついたら私も金時殿も遠征軍の将軍になってました」
「そ、それはまた」
まあカエサルほどの扇動の達人ならそうしたことも可能だろう。光己は頬をひくつかせつつも相槌を打った。
「しかしお2人ほどの方なら、連合帝国の方こそ僭称者の国だとそろそろ気づいているのでは?」
ついで軽く水を向けてみると、景虎は痛い所を突かれたらしく一瞬押し黙った。
「…………むう。いやカエサル殿は連合帝国こそが真のローマで、ネロという人は僭称者だと言っていましたが……」
しかし口調は自信なさげである。何しろ毘沙門天から遣わされた竜に「この戦は義にもとる」と言われた(と景虎は信じている)のだから。
手ごたえを感じた光己はさらに1歩踏み込んだ。
「しかしカエサルは終身独裁官とはいえ100年も前に亡くなったお人。それが今の皇帝を名乗るのは、景虎殿の頃の日の本にたとえるなら、足利義政公の幽霊が出て来て『我こそが真の征夷大将軍!』と名乗って兵を挙げるようなものなのでは?」
「ふむ、確かにそれは迷惑な話ですね」
名乗る気持ちは分かるが、もしそんなことがたびたび起こったら国中大混乱になるだろう。死者は死者らしく冥府でおとなしくしているべきだ。いやサーヴァントの身で言うことではないが。
「しかしネロという皇帝が正統だという証はあるのですか?」
「それはもう。ちゃんと先代の皇帝から後継者に指名されているし、何より後世の歴史書にはネロ帝の名前は載っているが連合帝国はれの字も載っていない」
「後世の歴史書?」
何やら怪しげな単語が出てきた。これが彼の博識ぶりの源に違いない。
景虎がそう訊ねると、少年はあっさりタネを明かした。
「いかにも……って、そろそろ口調つくるの疲れてきたんで普段のに戻しますね。
お気づきの通り、俺たちは未来からこの国に起こった異変、つまり連合帝国を打倒するために来たんです」
「ほう……」
彼がいきなり言葉遣いを変えたのにはびっくりしたが、やはり彼らはただ日の本からローマまで流れてきた旅人というわけではないようだ。
正直言って鵜呑みにはできない話だが、まったくの作り話とも思えない。続きを聞く価値くらいはあるだろう。
「それが事実だとして、なぜこんな遠い国の大昔の異変の解決などを?」
「それが異変はここだけじゃなくて、7つあって、全部解決しないと人類が滅びるという状況でして」
「!!??」
鵜呑みにできない話がもっと大仰になってしまうとは。傍らの金時も目を白黒させている。
「……しかしそれほどの事態なら、毘沙門天が眷属をお遣わしになるのも分かるというもの。これはそなたたちに
「毘沙門天? 眷属?」
今度は光己が当惑する番だった。彼女が毘沙門天を信仰していたのは知っているが、何を考えているのだろうか?
「そなたたちも見たでしょう、あの黒い竜を。あれはどう考えても野生の魔物ではなく、毘沙門天がこのたびの戦を不義と見てお止めになったとしか思えません」
「ああ、そういう……」
確かに景虎から見れば、竜が出てきたタイミングといい連合軍だけをなるべく殺さずに追い払った行動といい、単なる偶然ではなく何者かの意志があったと思うのが自然だろう。なら信心深い彼女が毘沙門天に結び付けてもそこまでおかしくはない。
しかし光己としては今回の誤解は解いておかざるを得ない。
「あー、いや。さっきの竜は実は俺が変身したものでして」
「は? いやいや、そなたたちが只者でないのは承知していますが、さすがにそれは不謹慎では」
人間が龍神を騙るなんて許されることではない。景虎がちょっと語気を強めると、少年は証明を申し出てきた。
「じゃ、もう1度化けてみせましょうか」
「む? そ、そうですね」
こう出られては拒めない。景虎が頷くと、少年はなぜか服を脱いで仲間に預けると遠くに走り去ってしまった。
いやいきなり脱がれても困るのですが、と景虎はかける言葉に悩んだが、その間に少年は本当に変身し始めたではないか。
「なんと、まさか……!?」
そしてついには先ほどの巨竜とまったく同じ姿になったので、景虎はあわてて平伏した。
「こ、これは大変な失礼を! 知らなかったとはいえ龍神様を疑うなどと」
何しろ自分が旗印にしていた神霊が現れて名乗り出たのに、それを疑ってしまったのだ。景虎は冷や汗だくだくであった。
しかしカルデア勢としてはそんな態度を取られる方が困る。アルトリアが駆け寄って景虎の体を起こした。
「顔を上げて下さいカゲトラ。マスターはそのような謝罪を望む方ではありません」
「い、いや、しかし……」
「とにかく起きて下さい」
「は、はあ」
アルトリアに無理やり抱えあげられて景虎は仕方なく立ち上がったが、まだ申し訳なさげにしている。アルトリアはもう少し言葉を足すことにした。
「そもそもマスターは龍神ではありません。龍が人間に化けているのではなく、人間が竜になったのです」
「は?」
景虎がまたはてな顔になったところへ、今度はブラダマンテが進み出る。
「それについては私が! マスターは人理のために、みずから竜の血を飲んだのです!」
相変わらずこの件について語る彼女は誇らしげであった。
ただこの内容だと、光己は東洋の龍神ではなく西洋の邪竜ということになるが、彼はさらにかの清姫の血と南蛮の神が創造した海獣の子供の竜の血も飲んだというなら度胸はあるというか、彼の言動から見て少なくとも邪悪な存在ではないのは確かだろう。
「…………それで、そもそも藤宮殿は私たちに何用なのでしょうか?」
「それはもちろん、貴女方を味方に引き入れたいのですよ。連合帝国は強大だと聞きますから」
「分かりました。彼は毘沙門天の遣いではなかったとはいえ、行いは義そのもの。喜んで合力しましょう。
金時殿はいかがなさいます?」
「ンなもん決まってるぜ。こんな話聞いて黙ってたら男がすたるってもんだ」
こうしてカルデア一行は、長尾景虎と坂田金時という頼りになる仲間を得たのだった。
その後、光己たちは2人に自分たちの正統ローマでの立場を話したり、アルトリアたちがサーヴァントであることを隠しておくように頼んだりしてから、また城壁に帰還した。
するとそこにネロとセネカとブッルスがいたのでちょっと驚いてしまう。
「陛下? お疲れなのに無理しなくても」
「いやいや、実は伝令が来て『ドラゴンが現れて連合を攻撃しだした』と言うものでな。居ても立ってもいられなくなって馬を飛ばしてきたのだ!」
どうやらドラゴンを見に来たようである。まあ彼女ならずとも、「助けてくれる」ドラゴンなら見てみたいと思うのは人情だろう。
「余がここに着いた時にはもう去ってしまっていたが、ついさっきまた遠くに現れたな。ぜひ間近で見たかったのだが、この2人に止められてな。余は残念だ!」
「いえ陛下、さすがにそれは危険かと……」
セネカがあきれ顔で諫言というかツッコミを入れる。毎度のことらしく苦労しているようだ。
「しかしあの竜は何者であろうか? 聞けば連合のみを攻撃したそうだが」
「……あの竜は私たちの味方です。
ただし毎回助けてくれるわけではありません。もし私たちがみずから戦う気概を捨てて彼に頼るだけの存在に成り下がったら、彼はこの国から去ってしまうことでしょう」
ルーラーアルトリアがこんなことを言ったのは、光己に毎回変身させるのは問題があるからというのに加えて、兵士たちが依存心を持ってはまずいと思ったからだ。
カルデア勢が毎回全力で戦えば正統軍の兵士の犠牲者は減るが、その負担で光己が力尽きてしまったら本末転倒というのもある。
「なんと、ルーラーはあの竜と知り合いだというのか!?
ううむ、実に羨ましい! 次はぜひ余にも紹介してくれ。
しかしみずから戦う気概は捨てるなと来たか。だが安心せよ、我がローマの精兵に、竜がいくら強いからとて、彼だけを矢面に立たせようとする不埒者など1人もおらぬ。そうだな皆の者?」
「おおーーーーっ!!!」
ネロの問いかけに兵士たちは剣を掲げて喊声を上げた。
何しろ彼女は皇帝、それも若い女性の身でありながら最前線に立って剣を振るっているのだ。その彼女の前で引っ込んでいたいなんて言えようか。
ネロはうんうんと満足げに頷くと、今度は見慣れぬ2人に目を留めた。
「それはそうと、そちらの2人は何者か?」
「今攻めてきた連合軍の大将です。見た通り異国の者で、ローマの事情に詳しくないので連合についていましたが、説得して味方になってもらいました。
実力も人格も私たちが保証しますので、迎え入れてはもらえませんか?」
「ほう、そなたたちが保証すると? なら問題はないな!
2人とも安心せよ。余は寛大ゆえ、過去の過ちは問わぬ。とりあえずルーラーに預けるゆえ、彼女が保証した実力を存分に振るうがよい。それ次第では報奨もたっぷり出すぞ」
「は、ありがたき幸せ」
「なかなか話がわかる皇帝サ……へ、陛下ですね。が、がんばります」
ネロの実際寛容なお沙汰に景虎は如才なく返答したが、金時は非常にフランクな性格なのでついタメ口で返そうとしてあわてて敬語に直したが、よほど慣れていないのかどもりまくりであった。
いや、ネロが胸元をあらわにしていたり、スカートが透けて下着(?)が見えていたりしたことに動揺したせいかも知れないけれど。
それはともかく、正統ローマは今回も連合軍を(人的には)さしたる被害もなく撃退し、しかも敵将2人を捕らえて味方にするという大戦果を挙げて、ますます意気軒高となったのである。
うーん、景虎と金時の説得で1話使ってしまうとは。まあ景虎ちゃんは毘沙門天だから是非もないよネ!(ぉ
なお金時が狂じゃなくて騎なのは、狂を筆者が持ってないからもとい配布★4つながりです。
それならカーマつながりもあるノッブもいるのですが、彼女が宝具使うとネロちゃま軍がいらない子になりかねないので仕方ないのです(^^;