カルデア勢は金時、つまり男性が増えたので、彼と光己は部屋を別に用意してもらうことになった。
しかし寝るまでは一緒でよかろうということで、今は元の部屋に一緒にいる。
なお景虎と金時は元敵将だから連合ローマの内情を多少は知っており、さっきまで(つきそいのアルトリアと一緒に)別室でブッルスに聴取を受けていて今戻って来たところだ。
「色々うまくいってよかったけど、つ、疲れた……」
光己は精魂尽き果てたという顔で、椅子に座ってテーブルに突っ伏している。
今回は彼自身が直接戦った上に、かの軍神と金太郎というビッグネームと会えたのはテンション上がったが、その2人を勧誘するという大作戦を決行したので残りAPはもうゼロに近いのだった。
「うん、やっぱルーラーたちをカリギュラ帝の遺児ってことにしといてよかった」
そのおかげで、ネロを初めとした正統ローマとの折衝を3人にある程度任せられるので、庶民出身の光己は気分的にだいぶ楽なのである。彼女たちは元王様だけあって、光己の期待以上にそつなくこなしてくれているし。
「はい、どう致しまして」
ルーラーアルトリアがやわらかく微笑む。この包容力あふれる美しい笑顔だけで、思春期少年はAPが増えていく思いだった。
それで人と話す元気が回復した光己は、初対面の時気になったことを訊ねてみる。
「ところでゴールデンって、純日本人なのになんで未来のアメリカ人みたいなカッコしてるの?」
彼と景虎はすでに仲間になったし、光己はマスターにしてカルデア傭兵団のリーダー、さらには人から竜になった(中世日本人的価値観では)半神的存在でもあるので敬語や敬称はもうナシということで話がついている。代わりに金時も名前ではなく愛称(?)で呼ぶことになったが。
景虎が女性なのは21世紀でも女性説があるからまあいいとして、アルトリアズやネロも外国人だからさほど気にならなかったが、金時は日本人のビッグネームだから聞かずにはいられなかったのだ。
「え、そんなに変か? ライダーってのはこういうモンだって座の知識にあったんだけどよ」
「そ、そうなんだ。いや悪いってわけじゃないから」
英霊の座というのは時間の概念がないそうだから、10世紀の日本人が1世紀のローマに21世紀のアメリカの服装を持ってくることも可能なのだろう。本人はとても気に入っているようなので、害はないことだし光己は深く考えないことにした。
代わりにいいことを思いついてばっと体を起こす。
「そうだ、せっかくだからゴールデンと景虎のサインが欲しいな。あとツーショットの写真も」
日本人として実に素直な欲求であったが、するとブラダマンテがぷーっと頬を膨らませた。
「マスター! 私にはそんなこと言わなかったのにひどいです!」
新入りを特別扱いしてるように感じたのだった。景虎と金時が光己の故郷の有名人であることは聞いているが、でも自分の方が先に仲間になったはずなのに、と嫉妬したのである。
なお冬木での撮影会はツーショットではないので今回の件ではノーカウントだ。
「え!? あ、ああ、そうだな、ごめん。じゃあブラダマンテたちを先にしよう」
光己も己の失策に気がついて素直に謝罪した。
ここは仲間入りした順でということでマシュから始めることにする。
「え、先輩とツーショット写真にサインですか? はい、写真はいいですけどサインなんて」
マシュはえっちなポーズでなければ光己と一緒に写真を撮るのはむしろ嬉しかったが、サインという芸能人がするような行為はちょっと恥ずかしいようだ。
「……でもせっかくですので、先輩のサインと交換ということなら」
「へ、俺の? んー、マシュが欲しいっていうなら」
こうして交渉が成立し、最終的に光己は英霊9騎と美少女後輩1人のサインとツーショット写真を手に入れてほくほく顔であった。
「うーん、まさか最後のマスターにこんな役得があったとは……そうだ、チャンスがあったらネロ帝にも頼んでみるか」
(……よく考えたら英霊の写真と直筆サインって、すごい魔術触媒になるような気もしますが、先輩も皆さんもそんなつもりはないようですし黙っておきましょう)
こうしてしばらく休息した後は、予定通り宴である。
戦時中とはいえローマ帝国皇帝主催の宴だけに―――ネロはアルトリアズやカルデア勢を廷臣たちとあまり接触させたくないという意図があって、公的な戦勝祝賀ではなく私的に従姉妹とその仲間を歓迎するという体裁だったが、それでも―――実に盛大なものでアルトリアズとカーマも大満足の品揃えだった。
いやアルトリアズが3人いても食べ切れないほどの量だったり、かの「鉛の杯」が出てきたりと問題はあったが。
(ま、あまり口出しするわけにもいかんからなあ)
鉛の鍋で煮たワインを鉛の杯で飲むとか鉛中毒まっしぐらなのだが、その手のことを余所者が声高に主張しても反感を買う可能性の方が高い。また逆に聞き入れられてもそれはそれで歴史への過度の干渉になりかねないし、沈黙は金を貫いた方が得策と思われた。
もっとも光己とマシュ自身は「未成年は飲酒禁止」という出身国の法律を盾にして回避したが。
そして宴が終わってお腹いっぱいになったら眠くなってきたので、光己(とマシュ)は部屋に戻ってローマでの最初の1日を終えたのだった。
翌日は休暇である。ネロたちは明日の出征のための準備で忙しいが、カルデア勢は遊んでいられるのだ。
軍資金は十分あるのでまずはアルトリアオルタに約束した食べ物、それに事務方への差し入れなど買っておくべきだろう。
それをカルデアに送った後、光己は一行に向き直ってぐっと握り拳を固めてみせた。
「先輩、どうかしたんですか?」
「うむ。俺たち昨日は3回も
「それはそうですね。サーヴァントの皆さんは霊体化すれば汚れは落とせますが。
でもまだ昼前ですよ?」
マシュがちょっと訝しげな顔をすると、光己はさらに拳に力をこめた。
「うむ。しかしカルデアで見た資料によれば、ローマ帝国では入浴文化が盛んでテルマエ(公衆浴場)がいくつもあるらしいんだよな。
ただこの時代は混浴だから、マシュたちはNGだし俺も1人だと不用心だからダメだけど、今はゴールデンがいるから2人で行って来ようと思ってさ」
「先輩破廉恥ですーーーーーっ!!!」
マシュが顔を真っ赤にして絶叫したが、光己はここまでの旅で
「ふ、男が破廉恥で何が悪い? それに今回は郷に入っては郷に従うだけだからな、後ろめたいことは何もないぞ。そうだろゴールデン?」
「んあっ!? い、いやオレっちは遠慮しとくぜ。どうしてもってんなら大将だけで」
「ちょ!?」
光己は金時も若い男だから同意してくれると思っていたのだが、まるで初心な小学生のごとく頬を赤らめてあわあわするのを見てびっくりしてしまった。まさか坂田金時ほどの益荒男が、こちら方面ではここまで純情だったとは!
マシュが勝ち誇った顔で宣告する。
「どうやらゴールデンさんは混浴はお嫌みたいですね。先輩お1人ではダメというのはご自身でおっしゃった通りですので、とても喜ばし、いえ残念ですが諦めて下さい」
「おのれマシュ、ゴールデン! 裏切ったな! 僕の気持ちを裏切ったんだ!」
これは光己の魂のシャウトだったが、他のメンバーは無反応なので、もはや負け犬の遠吠えでしかない。あえなくマシュに腕を引っ張られて普通の観光をするハメになってしまった。
入浴は健康に良いことだが、湯につかるだけならルーンでどうにでもなるので、これ以上説得材料がないのである。
というわけで夕方ごろ、光己は宮殿の中庭の隅っこで、かの哲学者ディオゲネスのように樽の中に座っていた。樽の中に湯が入っている点が彼と違うが。
宮殿にはもちろん立派なお風呂があるのだが、そこも残念ながら混浴だし、ネロは皇帝だからプライベートテルマエを持っているが、そこを貸してくれとも言えないので。
「おかしい、俺は総督になったはずなのに、何で五右衛門風呂なんかしなきゃならんのだ……!?」
さて、彼が野望を達成する日は来るのであろうか……?
翌日はいよいよガリア遠征である。ただその前に、皇帝ネロ直々に市民への演説が行われることになっていた。
内容は無論カリギュラ帝の遺児が現れて軍に加わったことと、連合の皇帝は魔術で召喚された偽者に過ぎないことである。当然市民は大いに沸き立ち、ネロへの支持と連合帝国への敵愾心を一段と高めるだろう。
実は彼女がこれから話す内容は噂という形ですでにある程度広まっているのだが、それを皇帝陛下が公式に明言することに意味があるのだった。
ネロが宮殿のバルコニーに立って、宮殿前の広場に集まった大勢の市民に手を振る。
「よく集まってくれた、我が愛するローマ市民の皆よ!
余はこれより、ガリアを奪還すべく戦っている兵たちを鼓舞するため現地に出向く予定であるが、その前に皆に告げておくことがあるのだ」
と前置きした後、アルトリアズを紹介して彼女たちの活躍で連合の皇帝が偽者と判明したことを語ると、ネロの狙い通り聴衆は熱狂して歓声を上げ、一時はネロがしゃべれなくなるほどであった。
これでネロが出征している間も市内の人心が乱れることはあるまい。美女皇帝は安心して、親衛隊の兵士たち、そしてもちろんカルデア勢も連れて首都を発った。
ちなみに兵士は1千人ほどと少数である。また連合軍が攻めてくる可能性もあるので、あまり多くは連れていけないのだ。
(カルデアの誰かを置いていければ安心なのだが、新参者だから余がいない所で首都防衛隊の幹部なんてさせるわけにはゆかぬからな……)
皇帝とはいえ、いや皇帝だからこそいろいろ配慮せねばならないことは多いのだ。まあ逆にカルデア勢11人がそろっていれば、こちらは道中で連合軍に襲われても恐くないのだが。
―――その日の夕方、野営の支度をしている最中にネロが光己たちに話しかけた。
「そういえばそなたたちには詳しい予定を話していなかったな。
目的地はマッシリア(現代のマルセイユ)なのだが、その前にメディオラヌム(現代のミラノ)に寄って一休みとそちら方面の戦況を聞くことになっている。
途中で何事もなければ、1ヶ月半ほどでマッシリアに着くであろう」
ローマ帝国は都市間に石畳の道路があるので行軍が速く、1日25キロほど進めるので、ローマからメディオラヌム経由でマッシリアまでは約1090キロだから45日くらいで到着できるという意味である。全軍騎馬ならずっと早くつくのだが、ローマ軍は歩兵主体なのでそういうわけにはいかないのだ。
ネロにとってはごく当たり前の認識だったが、これを聞いた光己たちは内心でちょっと慌てた。
(ローマからマッシリアに行くだけで1ヶ月半ってまずくないか?)
人理修復の締め切りはあと1年4ヶ月2週間なのである。そんなノンビリしていたら間に合わなくなってしまうではないか。
しかし連合帝国の全容はいまだ分からないし、兵士が1千人しかいないのにネロ帝のそばを去るわけにもいかない。とりあえずマッシリアまでは同行するしかなさそうだ。
「カゲトラとキントキのおかげで、ガリア地方を支配しているのはカエサルだということが分かった。余は心意気では負けるつもりはないが、軍略の方はかの終身独裁官相手では自信がないゆえ、よろしく頼むぞ」
「はい、その辺はお任せ下さい」
確かにカエサルは世界史級の名将だが、こちらにも騎士王と軍神がいる。相手のホームグラウンドではあるが、少なくとも一方的に翻弄されることはあるまい。
というかカエサルを勧誘するのはどう考えても無理だから、いっそのこと遠くから聖剣ぶっぱで決めちゃえばいいんじゃないかとも光己は思っていたりする。
「で、マッシリアには軍団を4個置いていて、総大将はラクシュミー・バーイー、副将は
「へえ」
名前からしてローマ人ではなさそうだ。博識なマシュには、ラクシュミーが19世紀インドでイギリスと戦った藩王国の王妃であり、荊軻は秦の始皇帝を暗殺しようとして失敗した者であることが分かる。当然本人ではなくサーヴァントだろう。
2人が正統ローマに協力しているのは、2人とも大国の侵略を受けた小国の側で戦った身だから、連合ローマに攻められている正統ローマに共感を抱いたからというあたりか。
ちなみにローマ帝国の軍制は軍団制となっていて、1個の軍団は(補助兵込みで)約1万人で、それを帝国全体で25個持っていたが、現在正統側にいるのは11個だけで、残りは連合側についてしまっている。つまりネロではなく連合の皇帝を真のローマ皇帝と認めたわけで、その辺もネロの心痛のタネだったが、気丈にも彼女がそれを口に出すことはない。
「名前を聞けば分かるように、2人とも異国から来た客将だ。余所者を総大将にするとは何事だ、という声はあるがな」
そう言ってネロは自嘲気味に小さく笑った。
ネロ自身お国自慢気質だからローマ人だけで戦えればそれに越したことはないのだが、この未曽有の国難に当たっては、出身地や身分にこだわっていられず実力優先にするしかないのである。
そういう点でもルーラーアルトリアたち3姉妹の存在はありがたかった。
「……いや、ミツキたちも異国人であったな。詮ないことを言った、許せ。
この辺りは余の仕事ゆえ、そなたたちは何も気にすることはない」
「いえ、陛下も気にしないで下さい」
光己もアルトリアズもネロの心労は察するに余りあったが、知り合って日も浅いのにあまり突っ込んだことは言えず曖昧に慰めるしかないのだった。
スルーズだけは(1ヶ月半ですか。しかし四六時中行軍に付き合う必要はないでしょうから、マスターを鍛えるいい機会ですね)と戦乙女脳なことを考えていたけれど。
またも原作セプテム編に出てないキャラが出てきました。
それでブーディカとスパルタクスはどこにいるのか、荊軻がマッシリアにいて呂布は大丈夫なのか、その辺は先をお待ち下さい!
ところでラクシュミーの経歴ってブーディカとそっくりですよね?(謎)