現在ネロたち正統軍とカルデア勢は、メディオラヌムめざしてイタリア半島を北上している。
アルトリアズはカリギュラの遺児を称しているのでネロのそばにいることが多いが、他の8人は新参の外国人なので、そうすると周囲の目が色々とアレなので少し距離を取っていた。
しかしスルーズはそれを逆手に取って、ネロの許可を得て時々光己を連れて隊列を離れ、トレーニングさせている。彼は技量の上達は十人並みだが、
また行軍中は寝食を共にしているわけなので、仲間内の親睦も深まっている。
ついでに景虎はローマ兵たちの土木技術の優秀さに感じ入っていた。
「連合の兵たちもそうでしたが、これほどしっかりした野営をこんな短時間で作り上げるとは」
現界時に得た知識によれば、この軍団兵たちは常備軍である上に訓練と規律が非常に厳しいらしい。日本の戦国時代では織田信長以外は(長尾氏も含めて)半農半兵だったので、それは練度に差も出るというものだった。
「いやあ、こんな良い兵を率いて
この長尾景虎という人物、幼少時からあまりにも強い上に特異な精神性を持っていて父親にも疎まれていたのだが、サーヴァントになってもウォーモンガーは治っていないようだ……。
―――そんなある日、見通しの悪い森の中を進んでいた時。
「兵気……敵ですね」
景虎は予兆もなく敵襲の気配を感じて、即座にネロのもとに走った。
「連合軍が現れたと? 余の斥候よりも早いとは……。
規模がどのくらいか分かるか?」
「左右から挟み撃ちされていますが、たいした数ではありません。私たちの一部と、兵を400人ほども貸してもらえれば各個撃破できますので、残りは後詰めをしていただければ」
「そうか、ならば余も出るぞ。蹴散らしてくれる!」
「いえ、陛下はお控え下さい」
ネロはみずから戦う意向を示したが、景虎はぴしゃり却下した。
皇帝というのは日の本でいえば天皇に相当するわけだから、親征した気概は称賛するが、敵兵と直接剣を交えるなど論外の沙汰である。
「う、うむぅ……で、では任せたぞ」
ネロは景虎の眼の圧に押されて、つい首を縦に振ってしまった。
礼節は守っているが、何か怖いので。
(えぇ~~!? カルデアの生体反応探査より先に敵の接近を察知するなんて、仕事が減ってラッキ、じゃない軍神とかいう二つ名は本当なのかな)
カルデア本部で光己たちの存在証明と周囲の探査をしていたロマニが驚愕の目を景虎に向けていたが、それはさておき。軍神様はネロの前から下がるとすぐに出撃の支度に入った。
「出るのは私とゴールデン殿、あと段蔵殿にお願いしたいのですが」
「えっ、ワタシですか」
指名された段蔵はかなり意外そうな顔をした。
というのも段蔵は生前に一時景虎に仕えたことがあり、しかし景虎に危険視されたので出奔したことがあったからだ。
しかし景虎は
「それは生前の話でしょう? 今は同じマスターを戴く者同士ではありませんか」
「分かりました。ではマスターが良しというなら」
段蔵は景虎を恨んでいるわけではないので、そう答えて光己の顔を見た。
もちろん光己としては、できるだけ生前にはこだわらず仲良くしてほしい。
「そうだな、段蔵さえよければそうしてあげて。それなりの理由があるんだろうし」
「はい、承知しました。
それで、景虎殿はワタシにどのような働きをお望みなのですか?」
金時は先頭に立って敵兵を蹴散らす役で固定なのだが、段蔵にはいくつもできることがあるのだ。
「ええ。ここは森なので兵たちの弓矢や投げ槍は平地より使いづらいですが、逆にそなたなら木の枝の上を飛び回りつつ射撃して攪乱することができると思いまして」
「なるほど、承りました」
確かにそれは忍者的な戦闘法だ。段蔵はこっくり頷いた。
これでカルデア内の打合せは終わったので、景虎は2人を連れてネロに預けられた400人の兵士の前に出た。
「さて。連合軍は私たちの右前方と左後方から挟み撃ちしようとしていますが、こちらはそれを片方ずつ各個撃破する作戦です。
つまりこの400でまず右の敵を彼らの左から横撃して突破した後、旋回して左の敵の左を突くわけですね。残りの600は私たちに突破されて混乱した敵の
「…………」
なるほど挟み撃ちしてくる敵を各個撃破するのは常道だろう。しかしたった400人でできるのだろうか?
さすがに兵士たちが困惑を顔に表す。隊長格の兵士が空気を読んでそれを訊ねると、景虎はこともなげに頷いた。
「余裕です。そなたたちは恩賞を何に使うかの心配だけしていればいいですよ」
その自信満々ぶりに、兵士たちは「は、はあ」と生返事をするしかない。
むろん景虎の自信には根拠がある。ネロに報告に行った時、彼女のそばにいたルーラーアルトリアは何も言わなかった。つまりサーヴァントはいないと判明しているのだ。
「では行きますよ。我に刀八毘沙門天の加護ぞあり! いざ出陣!」
(トウハチビシャモンテンってどこの神だ?)
こうして景虎は正統軍での初陣を迎えたわけだが、頭の中でマスターの方針を今一度反芻していた。
(余裕がある時は人間はなるべく殺さない、でしたね……)
彼は平和な時代の生まれだけに、たとえ戦でも直接人を手にかけたくないのだろう。
景虎にはよく分からない心事だが実益もある。つまりケガさせた敵兵を捕縛するとかとどめを刺すとかいった手柄を兵士たちに譲って好感度を稼ぐということだ。
そもそも兵士たちを連れていくこと自体、彼らのメンツを守るためでもあるのだし。マスターの魔力消費を抑えるとか景虎自身がこの強兵たちを指揮してみたいとかいう理由もあったが。
「全軍駆け足、我に続けー!」
「おおーーーーっ!!」
何だかんだで景虎はカリスマ性が高く、兵士たちはわりとやる気を出していた。
景虎たちの位置では木が邪魔になって連合軍の姿はまだ見えないのだが、先頭の景虎は何か特異な感覚があるのか迷いなく駆けていく。
そして走ることしばし、本当に連合軍の横合いにたどり着いた。数はおよそ500というところか。
彼らは景虎たちの接近に気づいてはいるものの、迎撃態勢は間に合っていないようだ。少しでも足を止めようと投げ槍が飛んでくるが散発的である。
景虎はそれには応じず白兵戦を挑んだ。
「全軍突撃ーーーー!」
景虎が槍をかかげて叫ぶとまず金時が飛び出した。超人的な脚力で連合の陣中に突入すると、周りの連合兵をごついメリケンサックをはめた拳で殴っては吹き飛ばす。手加減はしているが、当分病院暮らしになるだろう。無論この後正統兵にとどめを刺されずに帰れればの話だが。
段蔵も木の枝の上から指先マシンガンを撃ちまくって支援した。こちらも一応腿から下を狙っているが、予後によっては死亡するかも知れない。
「おのれ! 僭称者に従う愚か者どもが、異人など雇って横から来るとは」
「そちらこそ偽者にたぶらかされてる馬鹿者のくせに!」
ついで兵士たちも罵り合いつつ剣を握って斬りつけ合う。つい先日まで同胞だったのだが、それだけに袂を分かつと逆に憎悪が深くなるようだ。
「あっはははははははは!!」
―――が、それより天真爛漫に笑いながら槍を振り回している景虎の方がはるかに怖かったりした……。
一応急所は外しているが、喰らった兵士はやはり療養生活、もしくは兵士引退を免れないだろう。
連合軍はあっさり壊乱し、景虎たちはその真ん中を突破した。
そしてその光景を上空から観察している者たちがいた。
「マスター、せっかくの機会ですからしっかり見学して下さいね」
「あ、ああ」
スルーズと彼女に抱っこされている光己である。例によって勇士育成計画の一環だった。
スルーズは彼が人理修復の旅のリーダーを務めていること自体が小隊クラスの人数を率いる訓練になると考えていたが、大人数同士の戦いを体験することでより大勢を率いる部隊長、あるいは参謀の役目もできるようになるだろうと思っているのだ。しかも手本を見せてくれるのが軍神と称されるほどの戦上手とか、こんな機会はなかなかない。
なお光己は通信機を持っていて、段蔵と連絡が取れるようにしてあった。これで連合軍の位置を教える腹積もりだったのだが、現在の所その必要はなかった……。
「さすが軍神……勧誘してよかった」
「魔術ではないのですよね? よほど戦慣れしているのでしょうか」
戦乙女も感心しきりであったが、その間に景虎隊は予定通り旋回して左の連合軍に襲いかかっていた。
「けっこう早足で来ましたが、脱落者はごく少数のようですね。皇帝陛下直属だけあって大したものです。
残り半分、気を抜かずにいきますよ!」
「うおーーーっ!!!」
配下の兵士たちは3人の強さと指揮の凄さを目の当たりにして熱狂している。もはや勝負はついたようなもので、連合軍は金槌で叩かれた卵のように突き崩されて敗走した。
こうしてネロたちは、ほぼ同数の敵を相手にさほどの犠牲者を出さずに白星を挙げたわけだが、捕虜にした連合兵たちはよほど忠誠心が強いのか、実に頑固で勧誘や尋問には簡単に応じそうになかった。
いやカーマが魅了するという手はあるのだが、それを見せるとカルデア勢が危険視されること請け合いなので没である。
仕方ないので、武装解除してからケガが軽い者に戦死者の埋葬などさせつつ、その間に今回の功労者をねぎらったり戦功を記録したりと後始末をするネロたち。
「今回はそなたたちが戦功第一だな。うむ、ルーラーの言葉は確かだった!
何か望むものはあるか?」
「そうですね、では良いお酒など」
生前の景虎はアル中じみた酒好きで、しかも肴に塩と梅干しを好んだという危険な食生活をしていたのだが、サーヴァントになってもその癖は治っていない。というか、サーヴァントは病気にならないのをいいことに呑み放題なのだった。
「ふむ、酒か。今は陣中ゆえさほどないが、メディオラヌムに着いたら好きなだけ呑むがよい。勘定は気にするな!」
「ありがたき幸せー!」
その笑顔は実に嬉しそうであった……。
「キントキとダンゾウも素晴らしい武勇を見せたそうだな。望みはあるか?」
「いや、オレっちは別に……いやそれだと陛下の方が困るんだ……ですね。大将の分に足しといてくれや……下さい」
「ワタシもそのようにしていただければ」
一方金時と段蔵は物欲も名誉欲もあまりないので、実に謙虚な回答だった。
なお金時が言った「ネロが困る」というのは、手柄を立てた者に適正な恩賞を出す、つまり信賞必罰はトップの義務で、これを怠ったりしくじったりすると組織の運営に支障が出るという意味である。彼も武士として生きた者だからそのくらいは知っているのだ。
「そうか、無欲なことよの。分かった、そのように処理しておこう」
ネロとしてはまあ受け入れてもいい形だったので、2人の希望に沿うことにした。
しかしこれほどの強者、しかも(女性陣は)美貌の持ち主ばかりとなれば、ぜひ直接の家来にしたいものだったが、それは助けてくれている従姉妹から奪うことになるので出来ないのが惜しいところである。
そしてこの後は連合軍と遭遇することもなく、ネロたちは無事メディオラヌムに到着したのだった。
その頃ガリアを治めているカエサルは、遠征軍や斥候が送ってきたいくつかの早馬による報告について考えていた。
1つめはカリギュラの娘と名乗る者が現れ、正統ローマに参入したことである。
「本当にカリギュラの娘かどうか確かめたいところだが、カリギュラはああだから無理か……」
何しろ狂化A+だから、まともな返事が来るとは思えない。どちらにせよ敵になるなら戦うしかないのだが。
2つめは、ネロ帝がローマ市から出てこのガリアに遠征してくるという件だ。従姉妹が来たのを機に反攻に出ようということか。
小勢だそうだから道中で捕まえれば連合の勝利になるのだが、今ここから軍を派遣しても距離的に考えてマッシリア入りは防げなさそうだ。
「惜しいところだが、隙を見せたとはいえ当代の皇帝をそういう討ち方をするのも気が進まんし、まあよいか」
3つめは、以前派遣した攻城部隊がローマ市に着いたのはいいが、そこで突然ドラゴンが現れて攻撃され、撤退時に
にわかに信じがたいことだが、くだんのカリギュラの娘がサーヴァントだったというなら理解はできる。しかし彼女たちは顔がネロ帝にそっくりだったことで市民や兵士が疑わなかったという話だからその可能性は低そうだ。どういうわけだろう。
まあ「カリギュラの娘」とともに現れた傭兵団の団長が、実は竜人だなんて想像できるはずもないから、カエサルが正解にたどり着けなくても当然といえるだろう……。
「しかし竜か。見てみたくはあるが、本当に敵だったら厄介だな」
これも詳細は分からないので、今打てる手はないのだが。
そしてとびっきりの悪報は、死んだはずのブーディカがブリタニアで再び反乱を起こしたというものだ。前回と同規模の兵力に加え、嘘か真かスパルタクスと呼ばれる剛勇無双の巨漢が先鋒を務めている。
前回彼女を破ったスエトニウス総督も今回はあえなく敗走し、ブリタニア全土が征服されるのも時間の問題だという。
「ブーディカが本物かサーヴァントかは分からんが、スパルタクスは偽称でなければサーヴァントだな。それではスエトニウスが敗れても仕方ないか。
やれやれ、それにしても悪い話ばかりではないか……」
カエサルは頭痛がするのか、こめかみの辺りを指で揉んだ。
彼にとって1番望ましい展開はネロとブーディカを戦わせて漁夫の利を得ることだが、2人ともそこまで馬鹿ではあるまい。むしろ2人とも同じことを狙いそうである。
「ネロとブーディカが示し合わせてということはないだろうが、位置的には私が2人の真ん中だからな……」
黙っていたら挟撃を喰らうのは必定で、先に来た方を全力で破った後、もう片方を撃つしかなさそうだ。
もしくはガリアを捨ててヒスパニアかゲルマニアに撤退すれば、ネロとブーディカはこちらを後回しにして対決してくれるかも知れないが……。
「仮にも皇帝を名乗った以上、まして当代の皇帝やローマに反乱を起こして敗死した者相手に逃げるわけにはいかんからな。どうしたものか……」
今まで快進撃だったのが突然大難局になってしまい、カエサルは深く息をついたのだった。
景虎ちゃんマジ軍神。完璧超人じゃなくてアラもあるのがむしろいいキャラになってますね。
まあ軍隊同士が戦うシナリオは、セプテム編以外だとぐだぐだくらいのものなのですがー。