その呼び出し音はカルデア所属の3人が首を長くして待ち望んでいたものだった。マシュが期待のあまり震える指先で通話キーを押す。
すると空中にTV画面のような映像が投影された。画面には温和だが気弱そうな青年の顔が映っている。
《ああ、やっと繋がった!
もしもし、こちらカルデア管制室だ、聞こえるかい!?》
「ドクター!」
マシュが満面に喜色を浮かべて青年に声をかける。どうやら彼はあの大事故の中を無傷で生き残ってくれたようだ。
《おお、無事だったんだねマシュ! 本当に良かった。しかしやっぱり、藤宮君もレイシフトに巻き込まれたのか……》
ロマニは昨日来たばかりの素人の少年をこんな大事故に巻き込んでしまったことに申し訳なさそうな顔を見せたが、今はそんな場合ではないと己を奮い立たせて続きを話し始めた。
《通信がまだ不安定だから今は最低限の用件だけ……まずはそこから2キロほど東に移動した先に、霊脈の強いポイントがあるから1度そこへ行ってほしい。そうすればこちらからの通信も安定する……っひゃぁぅぁ、しょ、所長!?》
ロマニにとってここにオルガマリーがいるのは想定外のことだったのか、彼女の存在に気づくとまるでお化けでも見たかのように裏返った悲鳴を上げた。
何しろオルガマリーは爆発事故の時まさに爆心地にいたのだから、その身体は跡形なく吹っ飛んでいたはずなのだ。なのに五体満足で、しかも特異点にいるのはありえないことで、幽霊と思っても不思議ではない……というか幽霊で正解なのだが。
当のオルガマリーはロマニがなぜ悲鳴を上げたのか頭では理解できたが、感情では収まりがつかなかった。とりあえず、失礼な部下をできる限り嫌味ったらしくとがった口調で叱りつける。
「人の顔を見るなり悲鳴を上げるなんて、上司に対する礼儀をもう1度指導し直さないといけないかしら? というかなぜ貴方が仕切っているの。レフを出しなさい、レフを」
するとロマニは一瞬口ごもったが、やがて小さく首を振りつつも報告を始めた。
《……管制室で起こった爆発事故のため、生き残っている職員はボクを含めて20人にも満ちません。レフ教授も管制室にいましたので生存は絶望的です。
現在はボクが1番階級が上ですので、暫定的にボクが指揮を執っているのです》
「そんな、レフが……」
自分に続いて1番の腹心までもが。オルガマリーは胸の中にわずかにあった希望ががらがらと音を立てて崩れていくのを感じたが、だからこそと気力を振り絞って口を開いた。
「……それじゃ、他の47人のマスターは? コフィンはどうなったの?」
《全員が危篤状態です。医療器具も足りません。何名かは助けることはできても、全員は……》
「ふざけないで!」
オルガマリーは反射的に怒鳴っていた。
「すぐに凍結保存に移行しなさい! 蘇生方法は後回し、死なせないのが最優先よ!」
《ああ、そうか! コフィンにはその機能がありました。至急手配します》
そう言うとロマニはその手配のため駆け出していった。作業にはそれなりに時間がかかるため、その間にオルガマリーたちは霊脈地に移動すれば無駄がない。
ただその道中オルガマリーはずっとうつむいて暗然とした雰囲気を全開にしていたが、さすがに咎める者はいなかった。マシュは本人の許諾なく凍結保存を行うことは犯罪行為だと知っていたが、それを指摘する気にもなれない。
(むしろ成仏して楽になりたいとか言い出してもおかしくない状況だもんな)
まして昨日知り合ったばかりで彼女からの評価も低い光己に口をはさめる訳がなかった。
事故の原因が何であれ、彼女がトップである以上責任を問われるのは避けられない。人道的な面は別としても、原因の究明から始まって関係各所や死亡者の遺族への謝罪や労災(?)の支払い、施設の修繕、新規職員の採用と教育、それらにかかる費用の調達と、高校生の光己がすぐ思いつくだけでも神経が削れそうな難題が山盛りなのだ。
「……まだ死ねないわよ。絶対に」
しかしオルガマリーは光己の内心の声が聞こえたわけでもあるまいが、ぼそっと小声で独り言をつぶやいた。
オルガマリー自身ももちろん、光己が考えたくらいのことは百も承知している。しかしここで楽な道を選ぶわけにはいかないのだ。
オルガマリーは魔術の名門に生まれ素質もあり、ついでにいえば容姿もよくて、傍から見れば恵まれた境遇のお嬢様である。しかし残念ながらマスター適性だけはないのもあって、ずっと以前から「誰も自分も認めてくれない、褒めてくれない」という根深いコンプレックスをかかえていた。
だからせめて、オルガマリー所長は最後に1つ大役を果たしたと記録に残されたかったのである。でなければ、何のために今まで苦労してこんな荷が重い仕事をしてきたのか―――!
「…………所長、レイポイントに到着しました」
霊脈地に着いて具体的にやることができたため、一行の雰囲気が少し変わった。
地面にマシュの盾を置くと召喚サークルを設置でき、カルデアとの通信や物資の補給ができるようになるのだ。
するとまたロマニから通信が入った。
《よし、空間固定に成功してるみたいだね。
知らない顔もいるけど、まあ後でいいや。所長、報告いいですか?》
「ええ、お願い」
《はい。まず凍結処置は無事終了しました。それとカルデアの状況ですが―――》
それによるとカルデアは機能の8割を喪失し、残されたスタッフも少ないので、できることには限りがあった。そこで最重要と思われるレイシフト装置の修理とカルデアス、シバの維持に人員を割いている。
外部との通信が回復したら、補給要請して全体の立て直しというところだった。
「結構よ。納得はいかないけど、私が戻るまでその方針でお願い。
私たちはこの街……特異点Fの調査を続けます。どのみち装置の修理だって多少の時間はかかるんでしょう?」
その後オルガマリーとロマニはいくらかのやり取りをしていたが、ともかくオルガマリーの主張通りの方針で動くことになった。
ただオルガマリーとマシュと光己はこの手の現地調査の経験がないのと、オルガマリーは特異点が修正される前にいったんカルデアに帰る必要があるということもあって、今はとりあえず原因の発見にとどめる予定である。
「――――――いえ、実は原因はもうわかってるんだけどね」
通信を終えた後、オルガマリーはまた小声でつぶやいた。
「え、そうなんですか?」
それが耳に入った光己とマシュの驚きの声が唱和する。さすがは所長!と尊敬のまなざしを向けたが、実はこの件についてはオルガマリーは称賛を受けられるようなことをしていないので、正直に事実を語った。
「ええ、といってもヒルドに教えてもらっただけなんだけど。だからちょっとは自分の目で見ておかないとちゃんとした報告にならないから、ここで救助を待つなんてのんびりしたことはしていられないってわけ。
ヒルド、教えてあげて」
「うん。あたしはもともとここの聖杯戦争の参加者だったから、事情を全部とはいかないけどある程度は知ってるんだ」
ヒルドの説明によると、ここ冬木市で行われた聖杯戦争は最初はごく普通だったが、ある夜突然街が炎に包まれ、生きた人間は1人もいなくなってしまった。残ったのはサーヴァントとあの哀れな骸骨たちだけである。
そこで最初に動き出したのはセイバーだった。なんとヒルド以外のアーチャー・キャスター・ライダー・バーサーカー・アサシンの5騎を1騎で倒してしまったのだ。
それだけでも十分変だが、倒された5騎はさっきのシャドウサーヴァントのように黒く染められていた。しかし異変の発端がセイバーなのかそれとも異変に乗じただけか、そしてセイバーが何を考えているのかまではヒルドにも分からない。
「それでもセイバーを倒せばこの特異点は消滅すると思うけど、あたし1人じゃちょっとキツい相手なんだ。だから今までマスターも動かなかったんだよ」
「へえ、戦乙女にそこまで言わせるってことは相当な強者だな。名前は知ってるの?」
サーヴァント同士の戦いでは、名前(正確には真名というらしい)を知っているかどうかで戦術がだいぶ変わると昨日聞いていた光己が軽い気持ちで訊ねる。するとヒルドは、リリィの方に目を向けてちょっと気まずそうな顔をしたが、知っていて隠すわけにもいかないので洗いざらい話すことにした。
「……うん。アーサー王……つまりリリィが即位した後の姿だよ」
「な、何だってーーー!?」
光己とマシュ、そしてオルガマリーが驚きの声をあげる。なお光己とマシュが驚いたのは異変のキーパーソンが仲間の未来の姿だったことにだが、オルガマリーの場合はこの白百合の少女がアーサー王だったことにである。他のことにかまけていて、まだこの2人の名前を聞いていなかったのだった。
「そ、それじゃ貴女もアーサー王なの?」
「はい、まだ即位前で修業中の身ではありますが。『未来の私』がどういうつもりかはわかりませんけど、私は異変解決に協力しますから!」
「えーと、貴女がマスターの上司というわけですね。シャルルマーニュ十二勇士が1人、ブラダマンテと申します! 私もリリィ様と同じ考えですのでご安心を」
「え、大物じゃない……それにちゃんと手伝ってくれるのね」
リリィとブラダマンテの自己紹介を聞いたオルガマリーは、思わずごくりと生唾を呑んでしまった。
このメンツなら調査といわず、アーサー王を倒すところまでいけるかも知れない。カルデア、いやオルガマリーの都合でいえば、調査だけで帰るより異変解決までやった方がいいわけで、ちょっと私欲が頭をもたげてきたのである。
とはいえ仮にも伝説の騎士王と戦うのに、オルガマリーだけならまだしもヒルドという重要な戦力を引っこ抜いて帰ってしまうのはまずい。司令官が最前線に出る必要はないと強弁はできるが、1度来ておいて決戦前に部下を残して逃げたとあっては、カルデア全体としてはともかくオルガマリー個人の立場や名誉は大幅に悪化する。そして何より、肝心の騎士王に勝てる確率が下がってしまうのだから。
(アーサー王を倒してからサーヴァントの強制帰還までにしばらく時間があればいいんだけど、そんな期待はできないしね。
……そうだ! 途中まで一緒に戦って、確実に勝てるところまで持って行ったら私とヒルドだけ退くというのはどうかしら)
これならオルガマリーの生命と名誉、そして任務達成の成功率を並立させることができる。少女は自身のアイデアに満足した。
「よし、これでいきましょう!
あ、でも報告というなら写真も撮っておきたいわね。誰かカメラ持ってる?」
「カメラですか? 持ってませんけど、確かに写真は欲しいですね。せっかく粒ぞろいの娘たちが揃ってるんですし、その辺の電器屋で調達しましょう」
光己の脳天気な返事にオルガマリーはピンッと眉を跳ね上げた。
「粒ぞろいの娘って、貴方何考えてるの?」
「何って、聖杯戦争ってミスコンみたいなもんなんですよね? だから審査員は所長に譲るにしても撮影班は必要かなと」
「んなわけあるかぁぁぁーーーッ!!」
久しぶりにオルガマリーは渾身の大声で叫んでいた。それはもう、この一言でのどが嗄れて痛くなったほどに。
「どっかで言わなかったかしら? これは人類の存亡にかかわる重大な仕事だって」
「聞きましたけど、そんなのただの高校生には重すぎるじゃないですか」
だから光己はそういうことはなるべく考えず、命の恩人であるリリィの手伝いだとかマシュを助けてくれたギャラハッドへの義理だとか、そういうお題目で行動していたのだった。
「それに所長だってほら、さっき『47人の命なんて背負えるはずない』とかぼやいてませんでしたっけ」
「ぐ!? む、ぐぬぬ」
そういえば凍結保存を指示した時にそんなことを思ったような気がする。なるほど所長が「たった」47人の命を背負えないのに、新入りの一般人に全人類の命を背負えなんて言えない。オルガマリーは言葉に詰まった。
「―――仕方ありません。確かに貴方は一般人、このような状況では気晴らしも必要でしょう。手があいた時に人物写真を撮るくらいのことは許します。ただし、当人の許可は取るように。
……それと、『粒ぞろい』の中には当然私も入ってるんでしょうね?」
(……許してくれたのはいいけど、もしかしたらこのヒト結構チョロいのかも)
微妙に頬を赤らめてぷいっと顔をそらしたオルガマリーに、光己はそんなことを思うのだった。
キャスニキの出番は犠牲になったのだ……所長の生存フラグ、その犠牲にな……。いやこれ以上味方が増えるとさすがにパワーバランスがががが。
ついでに所長は最初のとっつき悪ささえ乗り越えればチョロい方、そんな説を提唱してみる。もともとレフに依存してますし(ぉ