ネロたちはメディオラヌム市に入るに当たって、当然ながら先触れの早馬を送って迎える準備をさせてあった。何しろ皇帝陛下のご来駕だし、随行の兵士と捕虜が合わせて1千人以上となると宿舎の準備も必要なので。
ネロと彼女の世話役数名とアルトリアズは市役所付属の貴賓室に入り、カルデア勢はその近くの宿屋が貸し切りであてがわれた。ほかの兵士たちはどこかに分宿するようだ。
出発は明日の昼すぎで、兵士たちは3週間ぶりの骨休めだが、ネロは市の幹部と会って戦況その他の話をせねばならない。それが済んだら自然の流れとして夕食を共にするから、ネロがフリーになった時はすっかり夜になっていた。
「ふう、さすがに疲れたな……」
部屋に戻って椅子に座り、ふうーっと肺の中の空気を全部吐き出すように大きな息をつくネロ。
「……うむ、こういう時は風呂に限るな。ルーラー、XX、アルトリア、供をせよ!
ああ、せっかくだからマシュたちも誘うか」
ネロは美しいものが好きなので、せっかくの機会だから女性陣みんなを鑑賞したいのだった。何しろ「美少年も好きだが美少女はもっと好き」なんて感性の持ち主である。
しかしアルトリアズにとってはちょっと困ったお誘いだ。
「いえ、私たちは風呂は男女別というところでずっと暮らしていましたので……」
「ふむ? うーむ、まあ異国ならそういうこともあるか……。
しかし案ずるな。この庁舎にも風呂はあるが、おそらく誰も入っておらぬであろう」
皇帝がいるから職員は大半が庁舎に残っているが、あえて皇帝と一緒に風呂に入りたいという物好きはいないだろう。万が一男性がいたら出てもらえばいいだけの話だし。皇帝特権だ!
「ああ、そういうことでしたら。では私が呼んできましょう」
ヒロインXXはフットワークが軽かった。窓から外に飛び出して、ぱひゅんと光己たちの宿に向かって飛んで行く。
幸いみんな揃っていた。光己たちはローマ市の時と同じく昼間は観光と差し入れ購入をしていたが夜中まで出歩いたりはしないし、景虎(と付き添いの金時)は別行動で酒場をハシゴしていたがマスターから夜歩きはしないよう申しつけられていたので今は部屋に戻っている。
なお未成年の光己とマシュに酒くさい息は吹きつけないといった程度の良識はあるようで、今は呑んでいなかった。
「よかった、みんないますね。実はネロ帝から貸し切り、つまり男性はいないから一緒にお風呂に入らないかと誘われまして」
「ッシャアッ! 天運我に味方せり!!」
XXの話を聞いた光己は全身でガッツポーズを取った。他の男がいないなら混浴しても問題はあるまい。
しかしこのたびもシールダーが立ちはだかった。
「いえ、先輩はお留守番です。ええ、この盾にかけて先輩をお守りする所存ですから」
「なんでそこまで!?」
マシュは武装してでも光己がついて来るのを阻む気のようだ。
光己には彼女の情熱がどこから来るのか分からなかったが、そこにスルーズが割り込んできた。
「それなら水着か湯浴み着を着て入ればよいのでは? 無人島ではずっと水着でいたわけですし」
「え? ええまあ、それでしたら……」
確かに無人島では水着だったし、21世紀でも水着で混浴という浴場はある。光己が来てもモラル的な問題はなさそうなので、マシュは盾をひっこめた。水着を着ていて他の男性が来ないのであれば、羞恥心的にも許容範囲内だし。
光己もハダカではマシュ以外の女性陣も承知しそうに見えなかったので、スルーズの案に乗ることにした。
「うん、そうだな。そうしよう!」
「ではネロ帝に聞いてきますね」
他の女性陣はもう意見はなさそうなので、XXはいったんネロのところに戻って確認することにした。それを聞いたネロはといえば。
「ふうむ、ミツキも入りたいから水着とやらか湯浴み着を着て入りたい、か……。
余は窮屈なのは好かぬが、そなたたちは基本的に裸では男女別の風呂にしか入らぬとなると、街のテルマエには入れぬのだな。それでか」
ローマが誇る浴場文化を1度見てみたいという気持ちは、ネロとしても大いに理解できるところだ。
まあ光己を総督に任命したから、連合との戦争が終わったら浴場付きの邸宅や別荘を建てれば良いのだが、それは何ヶ月、あるいは何年も先の話だ。それまで待てというのも酷だし、といって今回は光己は女性陣があがってからとなると(ローマ人の入浴は数時間にもなるので)真夜中になってしまう。明日の出立に差し支えるだろう。
「わかった、承知したと伝えてくれ」
「はい、では呼んできますね」
このグッドニュースを聞いた光己は狂喜した。
「いいやっふー、やはり
「へ!? い、いやオレっちは留守番、荷物番してるぜ!」
「そ、そっか」
お互い水着でも恥ずかしいとは、ずいぶん純情だと光己は思ったが、嫌がるものを無理に誘う気もない。男は自分だけの方がより喜ばしいという私情もあるし。
「では行きましょうか」
XXが先に立って庁舎への道を歩く。その途中、ふと首をかしげた。
「しかし私とルーラーさんは元々水着サーヴァントですからいいですが、他の皆さんは今回のお風呂のためだけに霊基をいじるというのも何かなと思うのですが、サイズの合う湯浴み着が人数分ありますかね?」
「それならご心配なく。ルーンで何とかしますから」
今回もルーン大活躍であった。
無人島の時は山や海で長時間活動するために霊基自体をいじったが、数時間入浴するだけなら布っぽいものを投影すれば済む。
なおスルーズがここまでして混浴を推し進めるのは、当然光己へのサービスである。普段からトレーニングの時はスキンシップしているが、たまにはそれ抜きで良いことがあってもいいと思ったのだ。
女性陣にも強制はしていないから、誰に迷惑をかけるわけでもないし。
「段蔵が留守番なのは仕方ないとして、カーマと景虎が来てくれるなんて意外だったな」
段蔵は本人は嫌がっていないのだが、彼女が
「何ですか、私が来るのが嫌なんですかー?」
「そうは言ってないだろ? 俺はロリコンじゃないけど、来てくれるのは嬉しいよ」
「そうですか、分かってくれればいいです」
「マスターは良い方ですし
カーマは単に留守番が嫌なだけのようだが、景虎とはローマ市からここに着くまでの3週間で絆レベルが上がっていたようだ。思春期少年は感涙しきりであった。
なお湯帷子というのは昔の日本人が風呂に入る時に着ていた服で、浴衣の原型である。
「景虎の頃は蒸し風呂だったんだっけ?」
「はい、当時は贅沢の部類でしたので毎日ではありませんでしたが。普段は行水ですね。
それとは別に温泉はありましたね。私も隠し湯をいくつか持っていましたよ」
「ああ、景虎が夢のお告げで温泉をみつけたって話が21世紀でも残ってるな」
「はい! よくご存知ですね」
段蔵の時もそうだったが、遠い未来の人が自分のことを知っていてくれたのは嬉しいらしく、景虎はぱーっと頬をほころばせた。
「お告げの通りにしたら本当に
「マジか。昔話だと夢のお告げが本当になるのがよくあるけど事実なんだな」
「そうですね。でもマスターの場合はお告げをする方なのでは? 仮にも竜なのですし、白い羽翼は南蛮の神の遣いの翼だと言っていたではありませんか」
「ああ、そういえばそうだったな。よし、今度はヒーリング系のスキルでも練習してみるか」
「それは心強いです」
「……」
光己と景虎が仲睦まじくお話して、しかも微妙に距離が近づいているのを後ろから見て、マシュは何だかこうむーっとくるのを感じたが、その感情を正確に言語化することはできなかった。
やがて市庁舎に到着して、ネロが待っている貴賓室に入る。
「あー、皇帝陛下。すみません、俺のために」
「いやいや気にするな! 異国の者が、我が世界に冠たるローマの文化に憧れてしまうのはむしろ当然のこと!
今宵は余みずからテルマエの入り方を講釈してやるゆえ、ありがたく思うがよい!」
「ははーっ!」
確かに皇帝陛下が手本を見せてくれるとは、ずいぶん恐れ多いことである。光己は平伏はしなかったが、頭を下げてその前で両手を組んで拝む真似をした。
「うむ、ではさっそく行くぞ! ああ、貴様たちは下がっておれ。
何なら街のテルマエに行ってきてもよいぞ。ただその前に、市の職員に浴場に来ぬよう伝えておいてくれ」
ネロは世話役たちには来させないことにした。
全員女性なのだが、彼女たちがいるとアルトリアズやカルデア勢とのハダカ(に近い服装で)の付き合いにさしつかえると思ったのだろう。
そして最初に入ったのは、飾り気のない広い部屋だった。床にカゴがいくつも置いてあるので更衣室と思われる。
ただの石造りの部屋だが、よく見ると壁の高い所には採光のためかガラス窓が何枚も張られていた。しかも何か絵が描かれており、2千年も昔だというのに文化レベルの高さがうかがえる。
「おおお、これは中も楽しみになってきたな」
「そうですね」
一般的日本人の例に漏れず風呂好きの光己と景虎は、早くもオラわくわく(ry状態であった。
「ここは見ての通り
「あー、それは大丈夫です」
ネロの見立て通り人はいなかったが、確かに用心しておくに越したことはない。通信機やら何やらは段蔵と金時に預けてあった。
「ドアがいくつかあるのが見えるな? あれらは
各部屋は直接行き来するドアもあると思う」
「ほむ」
つまり熱い湯を張った風呂、ぬるい湯の風呂、水風呂あるいは冷水プール、サウナがあるということのようだ。
1つの浴場にそこまでそろえるとは。景虎は古代ローマの進歩ぶりと風呂好きとに驚いていた。
「カルダリウム、テピダリウム、フリギダリウムの順に入るのが一般的だが、規則というわけではないのでそなたたちは好きにするが良い。
ただ湯につかる前に運動するなりして汗を流して、その後体にオイルを塗ってから
「ほむっ!?」
光己はピーンときてしまった。
オイルを塗るのは当然手でのはずだ。無人島ではサンオイル塗りっこはできなかったが、ここでならできるかも知れない! 光己は顔に出さないよう気を引き締めつつ、内心で抑止力のさらなる加護を求めて祈った。
「あと細かいことは実際に部屋に入ってからにしよう。
それで、水着か湯浴み着を着るのだったな。それは持って来たのか?」
ネロが見たところ光己たちは手ぶらのようだが、ここの備品を期待して来たのだろうか? タオルならあるが。
「いえ、私が魔術で一時的につくります。まずはマスターの分から」
スルーズが指先で空中に何か文字のようなものを描くと、そこから白い布らしきものが現れた。
彼女の服の生地と似た感じで、それよりふわっとして軽い感じがする。入浴用だからだろう。
光己が手に取ってみるとただの長方形の布だった。普通に腰に巻くということか。
「ほう、魔術か」
「はい。長時間はもちませんが、お風呂に入っている間くらいなら。
女性用は体格に合わせて作らないといけませんので、服を脱いだ後で」
すると女性陣は脱ぐことになるが、光己は実にさりげない様子でその場に居座っていた。
しかし当然、彼の頼れるはずの後輩に外に押し出されてしまう。
「おのれマシュ! これが人間のやることかよぉぉ!」
「はい、まさしくその通りだと思います。先輩はそこで着替えて下さい」
光己の魂の抗議はあっさり却下され、ドアはバタンと閉じられた。
安全になったので、女性陣がそれぞれ服を脱ぎ始める。
(おお、本当に美しい者ばかりではないか……実にそそる)
ネロはギャグ漫画のキャラクターと違って内心を声に出すほど間抜けではないので、この心の声が誰かに聞かれることはなかった……。
そしてスルーズが湯浴み着を作り始める。
セパレート型で、トップスは裾がごく短いゆるめのタンクトップのような感じ、ボトムスは光己と同じただの長方形の布だった。あまり複雑な形状は作れないらしい。
全員分できて着用したところで、マシュがドアを開けて光己を中に入れた。
「おぉ……」
女性陣の艶姿を目の当たりにした思春期少年が感嘆の声を上げる。
布面積は水着より広いのだが、これからお風呂という期待できるシチュエーションと、ゆるい薄布だけで下着をつけていないという着方により刺激が強くなっているのだった。
みんな実に綺麗でスタイルも良くて、大変目の保養と意欲の向上になる。鼻血が出そうなくらいだ。
「えへへー。どうですかマスター?」
そこにブラダマンテが光己の真ん前に現れて、くるくるっと回って見せた。大きなバストがぷるんと揺れたり、腰に巻いた薄布がふぁさっとはためいたりしたのがもうドキドキものである。
「お、おおぅ。うん、すごい綺麗。えっちぃ」
「も、もうマスターってば」
そのせいでつい本心がちょこっと出てしまったので、少女騎士は顔を赤らめて逃げてしまった。
しかし怒っている様子はなく、このくらいは男性の生理的本能として許容してくれるようだ。
「全員着替えたな? では中に入るぞ!」
そしてネロが進み出て、カルダリウムに続くドアを押し開けたのだった。
水着イベントを書いたならお風呂イベントも書いてしかるべきと筆者は信仰しているのです。ちょうど50話でいいところですし。
R18にはなりませんのでご安心下さい(ぇ