光己たちはネロたちと合流すると、まずシャワーを浴びて体を洗ってからネロの案内で
ところどころにある彫刻はローマの神々や英雄をモデルにしたものがほとんどで、台座に名前や経歴を彫った板が張ってある。壁に描いてある絵は風景画が多かった。
「うーむ。日の本の芸術とは感性が違いますが、これはこれで
それにしても実に豪華で広い部屋です。これが市役所の付属だとは……」
景虎がそれらを眺めてちょっとだけ悔しげに唸る。同じ風呂好き民族として多少の対抗心があったのだが、芸術性はともかく建築物の
「確かにローマの風呂はすごいと俺も思うけど、でもそんなに気にしなくていいと思うよ。日の本には日の本のいい所があるんだし」
「……そうですね、ありがとうございます」
するとマスターがタイミングよく慰めてくれたのは、やはり分かり合っているおかげだろうか。
「―――おお、そうそう! 聞きそびれていたが、ミツキの胸のその青白い紋様は何なのだ?
何かこう、竜を下から見た図のようにも見えるが」
「ふえ!?」
光己は突然話しかけられてびっくりしたが、今はまだ事実を明かすわけにはいかない。
「あー、これですか。ルーラーが以前『あの竜は私たちの味方』って申し上げましたよね?
その証みたいなものだと思っていただければ」
とはいえまったくの絵空事では、宮廷の権力闘争の中で生きているネロにはバレる恐れがある。そこで真実に似たことをぼかして答えてみると、ネロはぽんと手を打って納得してくれた。
「なるほど、そういうことならそなたが団長なのも分かるな!」
光己自身が強くなくても竜との交渉役ならトップでもおかしくない。ブラダマンテが「光己はすごい切り札を持ってる」と言った件にも符合するし。
しかしさすがに「実は光己自身が竜」とまでは思い至らなかったようだが、まあ常識的に考えてあり得ないことだからやむを得ないだろう。
「うむ、では今後ともよろしく頼むぞ! できれば余とも会わせてくれればありがたい」
「そ、そうですね、タイミングが合えば」
そんなことを話しつつも一通り部屋を回り終わったら、いよいよ湯につかるべく
「風呂が初めてという者には待たせたな、ここからが本番だ!
しかしさっきも言ったが、まずは少しずつ入るようにな」
「はーいっ!」
ネロの注意にブラダマンテが元気よく返事を返す。そして最初に入るのはやはり皇帝陛下ということで、ネロは手本を示すべく足からそろそろと湯に沈めていった。
ちゃんと肩までつかったところで、ふうーっと大きく息を吐き出す。
「うーむ、やはり風呂はいいな! 1日の疲れが溶けていくようだ」
「そうですね。陛下はお疲れでしょうから、ゆっくり浸かって下さい」
「うむー!」
後ろからルーラーアルトリアがそっと抱きかかえてくれたので、ネロは彼女の胸にもたれてふわーっと力を抜いた。
もはや皇帝として振る舞っている時とは似ても似つかぬほどふにゃふにゃになっていたが、そのくらいルーラーに信頼と好意を寄せているのだろう。あるいは風呂の魔力か?
アルトリアはその傍らで、見た目はネロよりだいぶ年下だがお姉さんのような柔らかい目で彼女を見つめている。
マシュと彼女の指南役の景虎も3人にならって湯に体を浸した。
「あ、あつつつつ……!? でも気持ちいいですね。それに何だか体が軽いような感じもします」
マシュは床に手をついて体を押し上げたりまた床まで沈んでみたりと、浮力の感覚も楽しんでいた。
さらにものは試しと、湯舟の縁を枕にして大の字になって浮いてみると、温かさと浮遊感で何ともいえないリラックス感である。
健康面や精神面の効用もいろいろあるそうだし、ローマ人が風呂好きなのも分かる気がした。
「ふぁぁぁぁ~~~♪ こ、これが先輩が言うお風呂の魔力ですか」
「ええ、お風呂ではそうして力を抜きまくるものです!
私もこんな姿勢をするのは初めてですが、なかなか乙なものですね」
マシュと景虎はすっかり風呂の魔力に呑まれて極楽気分だったが、その姿をチラチラ横目で眺める者もいた。
(おっぱいだけ湯の上に出てる、すげぇ……でも湯浴み着だけあって透けてないな)
白くて薄くて軽い素材なのに、湯に濡れても透けたり肌に貼りついたりしていない。健全な青少年としては残念だが、もし濡れ透けになったら女性陣は逃げてしまうだろうからスルーズGJと言うべきところなのだろう。
それに透けていなくても、水に濡れた美女美少女は絵として見るだけでも素晴らしいものだし。
「うん、やっぱりお風呂は良い文明だ!」
「そうですね! あったかくて気分が緩みますし、とてもいい習慣だと思います」
ヒロインXXはもう落ち着いていて、光己の後ろから思い切り抱き着いていた。何だかんだで、めいっぱいふれ合うのは最後まで続ける気のようだ。
彼の右にはブラダマンテが、左にはスルーズがぴったりくっついている。正面にはカーマがいるが、さすがに彼女は50センチほど離れていた。
「モテるのは結構ですけど、仮にも私のマスターなんですから、鼻の下はもうちょっと引き締めて欲しいものですねー」
例によって憎まれ口を叩いているが、口調にはそこまで棘はない。
ヒネクレてはいるが、そもそも「人間に」恨みがあるわけではないのだ。むしろ光己たちはこういうことで本気で怒ったりしないと分かっていて、コミュニケーションのつもりでもあったりする。
「いや、こんな素晴らしい状況でポーカーフェイスしてる方が失礼に当たるだろ。嬉しくないみたいに思われるじゃないか」
「ものは言いようですねー」
「その通り、同じことでも言い方次第で受け取られ方が180度変わる場合だってあるのだ!
いや俺はそんなに口うまい方じゃないけど」
「自分でオチつけてどうするんです!?」
今宵の彼はいつにも増して間が抜けている。こんなのが最後のマスターで大丈夫だろうかとカーマは思ったが、元ビーストが心配することでもないので触れないことにした。
「まぁマスターがいろいろ大変なのは私も知ってますから? たまには楽しいことがあってもいいとは思ってますけど?」
「そだな、ありがと。カーマ的にはお風呂ってどう?」
「へ、私ですか? そうですね、悪くはないんじゃないかなと。
もし牛の乳の果汁割りが美味しかったら愛してあげてもいいですね」
カーマは自分の感想を訊ねられたのがちょっと意外なようだったが、彼女の性格からするとこの回答はかなりの高評価と見ていいだろう……。
「そっか。ところでカーマも1人だけ離れてたらつまらんだろ。こっち来てもいいんだぞ?」
「え、私とまでくっつこうというんですか? もしかして『このロ〇コンめ!』とか言われたいんです?」
「失敬な!?」
単に親睦を深めたいだけで性的な意図などなかった光己にとって心外な反応である。ただここでちょっと違和感を持った。
「そういえばロリ〇ンって人に言うと人格全否定的な意味合いになるけど、ショ〇コンはそこまでじゃないよな。何故だ」
「私に言われても知りませんよ」
「うわーん、カーマがいじめるー」
「幼児退行しないでくれます!?」
などとマスターとだべっていたカーマだが、わずかな距離でも1人だけ離れているのは確かに寂しさを感じなくはなかった。
感情をあまり表に出さないスルーズはともかく、光己とブラダマンテとXXはすごく嬉しそうにしているし。
「…………うーん、仕方ありませんね。
寂しがるマスターを慰めてあげましょう」
そんな前置きをしてから、カーマはくるっと後ろ向きになると光己の脚の間にお尻を落として彼にもたれる形になった。
光己たちは無論彼女の本音は分かっているのだが、それを口にするほどヤボではないので心の中で小さく微笑むだけである。それに彼女が他者との交流を求めるのは良い傾向だ。
「む、いきなり手を伸ばしてきますか。しょうがないマスターですねー」
マスターがお腹を抱っこしてきたが、カーマは振り払おうとはしなかった。
逆に自分の手をそっと添えたのだが、あくまで彼の求めに応じただけで自分がしたいのではないという体裁を繕おうとするあたり、まだ素直になれないようだ。
しかしそこに何か不思議な感覚が現れる。
(………………って、あれ? 何かが流れ込んでくる?
マスターとサーヴァントの交感現象ですか? いくら緩んでるからって、起きてる時に起こるなんて?)
光己の思考と感情……テレパシー? いやその程度のものではない。彼の自我のあり方、心の世界そのものが伝わってくる、自分のあり方も勝手に伝わっている。意識がつながるどころか溶け合って1つになって、でもそれをまったく嫌に感じないどころか、とても深い一体感と多幸感が湧き上がってくる。
彼がどんな人物なのか分かったし、自分がどんな存在なのか知ってもらえた。人格の批評とかは必要ない、感じ合えたことに意味があるのだ。理由や理屈抜きで、率直に嬉しかった。
(あ、ああ…………これが、愛……!?)
いつ忘れてしまったのかすら覚えていないが、これがきっと自分がいつか大昔に持っていたもの―――に近い感情なのだろう。恋愛や情欲とは違うけれど、でも本当の「愛」というのはきっと狭い個我の外にあるもので―――。
(しあわ、せ……なーんか慣れないというかムズムズしますけど)
などとやっぱり素直になれないカーマだったが、そのせいかせっかくの幸福感はふっと消えてしまった。
「…………んん? もう終わりなんですか? んもう、使えないマスターですねー」
「ええい、どこまでも口の悪いお嬢様めー」
なのでちょっと憎まれ口を叩いたらお腹をくすぐってきたので、お返しに手の甲をつねってあげた。
とりあえず、これからはもう少し、ほんの少しだけやる気を上げてみてもいいかなと思った。
「………………ふぁぁ」
交感現象が起こったのはカーマだけではないらしく、スルーズもぽやーっとしていた。
光己の肩にもたれかかって、うっとりした顔をしている。
(はぁぁ……これがXXが言っていた「2人の世界」、いえ今回は「5人の世界」ですか。まさかワルキューレである私が、あんな深い
いえ、感情だけじゃなくて魔力も大量に行き来してました。だからこそですか)
とても幸せで暖かい気持ちになれたし、マスターとの親近感と相互理解も激烈に深まった。もしこれが風呂の魔力だというのなら、カルデアに帰ったら早急に浴場をつくってもらわねばなるまい。
そしてヒルドとオルトリンデも誘って4人で入るのだ。マスターが狼になるかも知れないが、その時はその時である。
(でも……)
しかし1つ懸念もあった。もしかして、この「感情」がブリュンヒルデを壊してしまったのではないだろうか?
(2人を誘う前に、もう1度体験して確かめる必要がありますね)
スルーズはそのように決意した。
ブラダマンテとヒロインXXもうまくいったらしく、上機嫌で光己にぴたーっと抱きついていた。
「えへへー、何かマスターともっと仲良くなれたような気がします! これからもがんばりますね!!」
「無事新入りを追い越せました、えっへん! これはやはり私とマスターくんは赤い糸、いえ赤とか白とか黒とかは消え去るべき色ですからして、青いワイヤーで結ばれた仲に違いありません。マブダチというやつですね!!」
「おお、2人ともズッ友ってことでよろしく!」
光己としては、5人も交感現象が起きたのに全員
「はい、こちらこそ!」
えへへー、と頬と気分をゆるっゆるに緩ませつつ3人、いや5人がこの奇跡を起こしてくれた(のかも知れない)お湯につかって極楽心地にひたっていると、ネロがちゃぷちゃぷと湯音をたてながら近づいて来た。
白い薄布をまとい湯に濡れた若い皇帝はエロチックでもあったが芸術品のような高尚な美しさも兼ね備えていて、光己はちょっと見惚れてしまう。
「……ふふふ、皇帝をじっと見つめるなど本来なら無礼であるが、これも余の美しさのせいゆえ特に許そう!
ところでそなたたち、初めてなのにあまり長湯するとのぼせるぞ。そろそろ上がって次にゆこうではないか」
「あー、そうですね」
確かにそうなので、ネロについて
そこはさっき見た通り水風呂というか冷水プールというか、肩までつかるにはかなりの時間と根性を要してしまった。
「ふふ、さすがのそなたたちもこれは簡単には攻略できぬか。まあ早さを競うものではないゆえ、やりたいようにやると良い!
余ともなるとこんなこともできるがな!」
ネロは相変わらず上機嫌でそう言うと、なんとばしゃばしゃとクロールで泳ぎ始めた。
水は冷たいのに元気なことである。
「ほええ……」
光己も景虎たちも感心したが、ここで光己はあることに気づいた。
ネロに続くという体で、壁を蹴って水にもぐろうとする―――が、マシュに足首をつかまれて息つぎに失敗してしまった。
「おぶうううっ!? な、何するんだマシュ」
「それはこっちの台詞です! 泳ぐフリをして皇帝陛下のこ、股間を見ようとしていたのでは」
「それはいいがかりだぞマシュ! そんなつもりなどあんまりない!」
「あるんじゃないですか! バレたら大変ですから先輩は泳がせません!」
「おのれ圧制者め! 汝を抱擁せん!」
「断固として!」
というわけで光己は泳がせてはもらえなかったが、貸し切りなので水かけっことかはできる。仲良くなった景虎やブラダマンテたちと水遊びを楽しみつつ、体が冷えてきたらまた
なおカーマ的に牛の乳の果汁割りはたいへん愛すべきものだったので、今後も調達するようマスターに要請したらしい。
これにてお風呂イベントはおしまい、次からは通常進行になります。
ところで★4配布が来ましたね。パールヴァティーにするか虞美人にするか、うおお悩むー! パールが恒常でぐっちゃんがスト限なので、すり抜けを考えるならぐっちゃんなのですが。
あとスカディが来てくれたらとても嬉しい。