翌日メディオラヌムを出たネロと光己たちは、無事予定通り3週間後にマッシリアの北につくられた野営地の近郊までたどり着いていた。
野営地といっても、ラクシュミー・バーイー総督
構内には多くのテントが規則的に立ち並び、テントとテントの間には道路や排水溝までつくられている。もはや単なるキャンプ地ではなく「都市」とすらいえるだろう。
なお兵士の残り1万5千人はマッシリアに残っている。むろんそこを防衛するためだ。大きな都市だし、野営地に食料その他を補給する役目も負っている重要な拠点なので。
なら4万人全員マッシリアにいればいいという論もあるが、これはしばらく前までいっしょにいた軍略家の「
―――それはともかく、例によってネロは野営地に伝令を出して自分たちが訪れることを知らせてあった。今はその返書を読んでいる。
「……なんと? ぐむむ……これはやっかいなことになったな」
「陛下、何か悪い報せでも?」
思い切り眉をしかめたネロにルーラーアルトリアがそう訊ねると、美女皇帝は苦虫をかみ潰したような、という比喩そのままの顔でルーラーに書状を手渡した。
それを読んだルーラーもかなり困惑した表情を見せる。
「……ブーディカとスパルタクスと称する者がブリタニアで推定20万人の兵で反乱を起こして、ブリタニアを制圧した後ガリアに続々上陸、各地を荒しながら南下中。連合軍は接触を避けてゲルマニアに撤退、ですか……」
ルーラーの困惑にはいろいろな意味があった。またサーヴァントが敵対したのかという単純な感想と、それが自分の先輩にあたる「勝利の女王」であることの戸惑い、そして20万人という数の多さへの恐れである。
ブーディカが本人かサーヴァントか、それとスパルタクスがサーヴァントか名前を騙っているだけの偽者かは書状では分からない。ただ両名ともローマ帝国を憎んでいるのは間違いなく、交渉で平和的解決というわけにはいかないだろう。
「うむ……余自身の意向ではなかったとはいえ、ブリタニアの者たちにはすまぬことをしたと思っておる。だがガリアまで攻めてくるなら討伐せざるを得ぬ」
「そうですね。カエサルが撤退したのは私たちとブーディカたちを戦わせて漁夫の利を得るためなのでしょうが」
そこで反乱軍がカエサルを追って東進してくれればありがたかったのだが、トップがブーディカであるなら先に狙うのはネロに決まっている。ローマ市めざして南進するのは当然といえよう。
こちらとしては、カエサルが反転してきても挟み撃ちにされない場所を選んで迎え撃つしかあるまい。
「うむ。早いところ野営地に入って詳しい話を聞かねばな」
「そうですね」
もはやのんびりはしていられない。急ぎ足で野営地に向かうネロたち。
跳ね橋を通って中に入ると、責任者らしき人物が2人出迎えてきた。
1人は白い軍服を着て赤い外套を肩にかけ、頭に赤いターバンを巻いた若い女性、もう1人は白い漢服(漢民族の伝統的な服)を着て頭に白い花飾りをつけた、こちらも若い女性である。
1人めが総督のラクシュミー、2人めが副将の
ラクシュミーは肌が褐色ということ以外はフランスで会ったジャンヌ・ダルクと顔立ちや体格がよく似ていたが、雰囲気はアルトリアに近い固くて凛然とした印象を受ける。ただ軍服がノースリーブで腋が大きく露出しているのはともかく、ズボンを穿いていないのでちょっと動いたらパンツが見えてしまいそうな危うさがあった。
荊軻の方はいかにも遊侠的で
「陛下、このたびはこのような遠方の地までのご来駕、まことに
「うむ、そなたたちも出迎えご苦労。式典の準備はできておるか?」
式典とは兵士たちにネロが来たことを伝え、お言葉を賜るという儀式である。士気高揚のために来たのだから当然の流れだった。
「はい、滞りなく」
「そうか、では案内を頼む」
「はい」
そうしてネロは式典に出席し、併せてアルトリアズとカルデア勢の紹介もすませると、さっそくラクシュミーの
「……ん。少し疲れたようだ。ラクシュミー、ミツキたちを頼む。
ガリアの戦況について教えてやってくれ。余は頭痛がひどい。少しばかり床につく」
「……分かりました」
ネロは体調を崩してしまったようだ。軍旅と心労で疲れがたまっていたのだろう。
ラクシュミーは心配そうな顔をしたが、彼女にできることは少ない。とりあえず、従者にネロを彼女用に建てた幕舎に案内するよう指示した。アルトリアとスルーズが付き添いとしてついていく。
なおネロが頭痛を起こしたのは今回が初めてではなく、スルーズが付き添ったのも毎度のことで、ルーンで痛みを抑えるためである。いやロマニとスルーズが本気を出せば根治できる可能性もあるのだが、ネロが頭痛持ちだったというのは有名な話で、それを変えてしまうと後の歴史に影響が出る恐れもあるので、あえて鎮痛以上の処置はしていないのだった。
「では、頼んだぞ。ミツキたちも疲れているだろう、休むとよいぞ」
「……はい」
光己が頷くと、ネロは力ない足取りで去って行った。たぶん式典までは気力で痛みをこらえていて、それが終わったので限界が来たのだろう。
そしてネロの姿が見えなくなると、ラクシュミーは表情をいくぶん固くした。まず人払いをしてから、光己たちに鋭い視線を向ける。
「さて。ネロ陛下からの書状で貴殿たちは陛下の従姉妹だと聞いているが―――。
サーヴァントがなぜそんな偽称をしているのか、理由を聞かせてもらえるか?」
サーヴァントはすぐそばに近づけば、お互いにサーヴァントであることを感知できる。なのでラクシュミーの質問は当然のことだった。
むしろネロの前ではせず、人払いもしたのは慎重で思慮ある行動といえるだろう。いやネロが能力重視で「総督」に任命したのだから、このくらいの配慮はできて当然なのだが。
もっとも光己たちもこの質問が来ることは想定内で、回答も考えてある。目を向けられた2人の内、年かさのルーラーアルトリアが口を開いた。
「ええ、それについては事情がありまして。
長くなるので座って話しませんか?」
「ふむ」
ルーラーたちの悪びれる様子のない落ち着いた態度に、ラクシュミーと荊軻はとりあえず話を聞くだけ聞いてみることにして椅子に腰を下ろした。光己たちもそれに倣う。
「では、まず自己紹介から―――」
とルーラーが言いかけた時、外から兵士が大声で注進してくるのが聞こえた。
「総督閣下、お話中に申し訳ありません! 北門の守備兵より、敵斥候部隊を発見との報告がございました!」
「なに!?」
敵が現れたとあってはそちらを優先せざるを得ない。ラクシュミーは意識を切り替えて幕の外の兵に答えた。
「連合か? それともブリタニアの兵か?」
「それは遠目なので分かりませんが、騎兵なのでこちらからの追っ手は追いつけない模様です。このままでは離脱される可能性がある、と」
「数は?」
「10人ほどですが、少ない分だけ逃げ足が速いとのことです」
「ふうむ、その規模だとただの偵察だな。こちらの追っ手をおびき出すための囮という線もあるが……。
陛下が来てることまでは分かるまいが、捕らえれば何がしかの情報を得られるかも知れないな」
ラクシュミーは考察の末、追撃することにしたようだ。光己の方にちょっとバツ悪そうな顔を向ける。
「聞いての通りだ。すまないが貴殿たちで捕らえてきてもらえないだろうか?
お互い総督だから指図がましいことはできないが、たった10人の斥候相手に総司令官が出るわけにもいかないからな」
「あー、そうですね」
騎兵に追いつけるのはサーヴァントしかいないので、ラクシュミーの依頼は順当だ。光己は快く引き受けることにした。
「それじゃ見届け人として荊軻さん貸してもらえます? 代わりに景虎とゴールデン残していきますので」
「え、私は籠城より打って出る方が好きなのですがー」
すると景虎が不服そうな顔をした。絆が深まってもウォーモンガーなのは変わらないのだ。
「いやいや、頼りになるからだって! それに景虎はこの前の戦で大将やったじゃないか」
「むうー、順番ということですか」
なら仕方がない。景虎は口をつぐんだ。
「それじゃ、急ぎみたいなんで行ってきますね」
「うむ、手間をかけさせるがよろしく頼む……っと、ちょっと待った。貴殿は人間だろう? ならばマスターか。わざわざ同行しなくても良いのでは?」
確かに、普通ならマスターがサーヴァントの集団についていっても足手まといになるだけなのだが、カルデア傭兵団のルールはちょっと違うのだ。
「あー、いえ。リーダーたる者みんなと一緒に行くべきだと思ってますんで」
「そ、そうか。いや文句があるわけじゃないんだ、気持ちはよく分かる」
「ええ、それじゃまた後で」
そんなわけで光己とマシュ、段蔵、ブラダマンテ、ヒロインXX、ルーラー、カーマ、荊軻の8人で現場に急ぐ。特にブラダマンテはローマに来てから目立った活躍がないので、やる気がみなぎっていた。
「アーサー王様方も見えますし、がんばります!」
なので光己を抱っこするのは段蔵に頼んで、一番槍をあげるべく先頭を駆ける。
一行は北門に到着すると、跳ね橋を下ろしてもらうまでもなく一息でその門の上に飛び乗り、二息で水堀を飛び越えた。そのまま人を乗せていない馬の数倍もの速さで走っていく。
式典ではネロがカルデア勢のことを「一騎当千の将」と紹介していたが、このパフォーマンスだけで兵士たちはそれが事実なのをその目で確認したことだろう。
「―――見えました!」
やがて一行は北の方に走っていく騎馬兵10人ほどを視認した。装備を見るに連合帝国ではなくブリタニアの軍のようだ。
「斥候がここまで来たってことは、ブーディカはもうだいぶ近づいてるってことだよな」
「そうでございますね」
これはネロとラクシュミーに報告して、早めに動いてもらう必要があるだろう。
それはそれとして、ルーラーが何も言わないので近辺にサーヴァントはいない。伏兵もいないようだし、今回はあの10人を捕らえるだけでよさそうだ。
「いきます!」
ブラダマンテはダンッと地を蹴ってさらに加速し、ブリタニア兵たちを急追した。
ブリタニア兵は驚いたであろう。何しろ人間が2本の脚で走るのが馬より速いのだから。
「ええっと、どうやって捕まえましょうか……そうだ!」
ブラダマンテは何かが閃いたような顔をすると、何と最後尾のブリタニア兵の馬の尻尾を手で掴んだ。驚くべきことに、人間が片手で掴んだだけなのに馬がびたっと止まってしまう。
「ヒヒィィン!?」
馬が驚きと痛みの悲鳴を上げて後ろ脚立ちになり、乗っていた兵は後ろに飛ばされた。
「ほう、なるほど!」
すると荊軻がぱっと跳躍して、彼の肩と腋の下に手をそえる。空中でくるくる回って速度を落とすと、着地する寸前に彼の後頭部を殴って気絶させた。いかにもアサシンらしい身軽さと手際である。
「なかなかやるね。馬を奪えば捕虜を私たちが担いでいかなくてもすむ」
「え!? え、ええ、その通りです。よく分かりましたね!」
実はそんなこと全然考えていなかったブラダマンテだが、そういうことにした方が格好がいい。一瞬だけ迷った末に話を合わせたが、カンのいい者には見抜かれていたりする。
一方ブリタニア兵は逃げられないと覚悟を決めると、後ろから2番目にいた兵が速さを落としてブラダマンテに槍を投げてきた。
「そっちもやる気ですね!」
ブラダマンテはその槍を片手で掴むと、なんとそのまま投げ返した。槍の石突きが肩に当たって落馬するブリタニア兵。
頭から地面に落ちて、角度が悪かったのか首の骨が折れて絶命してしまう。
「あ……」
ブラダマンテはちょっと後悔したが、その直後に驚きに目を見開いた。兵士は地面に倒れると、氷が蒸発するように消えてなくなってしまったのだ。
「こ、これは……人間じゃない!? 幽霊……いえ、魔術でつくられたモノ!?」
「とにかく全員倒しましょう!」
ルーラーがそう言いながら、傘の穂先からビームを撃って3番目のブリタニア兵を落馬させる。マシュたちも襲いかかってすぐ全員気絶させたが、そうすると死んでいない者まで一緒くたに消えてしまった。
「えっと、これは……!?」
光己がサーヴァントたちに見解を求めると、ルーラーがやや沈痛な顔で答えてくれた。
「おそらくブーディカの宝具でしょう。生前国王だったサーヴァントには、かつて率いていた兵士を宝具で『召喚』できる者がいますから。
私が知っているのは征服王イスカンダルの『
それでブーディカの負担が大きくて維持が難しく、部隊全員が死亡もしくは気絶して活動不能になったら隊自体が存続できなくなってしまうのだろう。
兵士を出しっ放しにしておけるのは聖杯から魔力をもらえているからだろうが、それでもこの宝具を使えるのは1度の現界につき1回が限度と思われる。
「……すると、倒した兵士が復活するってのは無いと思っていい?」
「おそらく。断定はできませんが」
「そっか、じゃあとりあえず戻って報告しよう。
でも荊軻さん連れてきてよかったな。俺たちだけだったらラクシュミーさんにすぐ信じてもらえるかどうか怪しいとこでしたよね」
「そうだな、私も君たちの実力の一端はよく分かった」
光己に声をかけられた荊軻は、そう答えてからから笑った。
まさかブーディカママンが敵だったとは。何という皮肉な運命!(ぇー
★4配布は虞美人をもらいました。ついに弊カルデアにもパイセンが! 項羽様は前からいますので問題はないですな。
それはそれとして、56話終了時点での絆レベルを開示してみます。5以上の鯖はお風呂でのボーナスイベントの効果であります。冬木からずっと一緒のマシュが低めなのは、上限が低いので上がりにくいせいですね(メメタァ
なお現時点で主人公に恋愛的感情を抱いてるのは清姫だけで、他のサーヴァントはみんな隣人愛です。特に1番レベルが高いブラダマンテに至っては、いくら上がっても恋愛になる見込みなしという(ぉ
・マシュ:3 ・スルーズ:5 ・ヒルド:4 ・オルトリンデ:3
・ルーラーアルトリア:3 ・ヒロインXX:6 ・アルトリア:2 ・アルトリアオルタ:1
・加藤段蔵:3 ・清姫:2 ・ブラダマンテ:7 ・カーマ:6
・長尾景虎:6 ・坂田金時:2 ・ラクシュミー:0 ・荊軻:0