「ところでマスター、見てて下さいましたか? 今回の相手は強敵ではありませんでしたが、わりとがんばったなと思うんですが」
「ああ、見てたよ。なかなかの頭脳プレイだったと思うぞ」
「ええ、もちろんですよ。それだけの武勇と正義を尊ぶ心があれば、円卓に来ても席は悪くないでしょうね」
「本当ですか!? ありがとうございますっ!!!」
カルデア勢は、ブラダマンテがマスターとアーサー王に褒められて舞い上がる微笑ましい一幕があったりしたが、その後は急いで帰ってラクシュミーに事の次第を報告した。
光己が予想したようにラクシュミーはすぐには信じ切れずにいたが、仲間の荊軻が言うことだから嘘だとも思えない。状況から考えてあり得ないことでもないので、ここは信じることにした。
ただそうなると、これも光己が危惧したようにブーディカ軍はかなり近くまで来ていることになるので、ラクシュミーは彼女の居場所を調べるため部下に斥候をたくさん出すよう命じてから、また人払いしてカルデア勢と話す席を設けた。
「しかしブーディカか……イギリス人とはいえ、あまり戦いたくはないな」
「あー、ラクシュミーさんとは経歴似てますものねえ」
ラクシュミーがつい口にしたぼやきが聞こえた光己がそう相槌を打つと、ラクシュミーもまったくだと言わんばかりに頷いた。
「ああ、王妃で子が王位を継ぐのを大国に邪魔されて、反乱を起こして敗死……似すぎていて他人の気がしな……と、ちょっと待った」
何気なくそこまで答えたラクシュミーだが、そこでおかしなことに気がついた。
光己は(ラクシュミー自身より後の生まれの)サーヴァントではなく人間なのに、なぜはるか未来に生まれた自分のことを知っている?
ラクシュミーがそれを訊ねると、少年はすぐ種明かしをしてくれた。
「ええ、景虎と会った時にもこの話題出したんですが、これ言えば俺が未来人なのを納得してもらいやすくなるかと思って」
「未来人?」
ただすぐには理解しきれないものだったけれど。
「ネロ陛下からラクシュミーさんと荊軻さんがここのトップだって聞いたんで、本部に資料用意してもらって経歴調べたんですよ」
「本部……!?」
またよく分からない単語が出てきた。これは詳しい話を聞く必要がありそうだ。
そうして光己たちがカルデアと人理焼却について説明する流れになる。
「………………なるほど、話はよく分かった。
これほどの大戦争すら、魔術王とやらが仕組んだ人類絶滅計画の一手に過ぎないというわけか。
正直話が大きすぎてまだ腑に落ちないが、全力で協力すると約束しよう」
「といっても私たちがやることはあまり変わらなさそうだけどね」
ラクシュミーも荊軻も、人類皆殺し作戦の現場にいる状況で、何もせずにいるほど無気力でも非力でも人間嫌いでもない。当然のように賛同してくれた。
ただ2人はすでに正統ローマ帝国で総督と副将になっているので、他にできることは少なそうである。カルデア勢の行動に便宜を図ることくらいか。
「それで、ルーラー殿たちがネロ陛下の従姉妹と偽称した理由は?」
「あー、そっちは単純に、その方が高く買ってもらえるかなってだけで。
あんまりのんびりしてられませんし、皇帝陛下とお近づきになれればお金や情報が手っ取り早くもらえるかなって」
「ふうむ……私も一応王族だったから、その手の身分詐称にはあまりいい顔できないのだが、貴殿たちの立場ならやむを得ないことか」
人理修復に締め切りがあるのなら、広いローマ帝国をあてもなくさまよってはいられないだろう。現地の有力者と知り合うどころか、最高権力者の身内になれるチャンスが向こうから転がり込んできたのなら利用しない手はない。
バレたら当然死刑だが、これだけ大勢のサーヴァントがいれば逃げるのは簡単だし。
「しかしそうなると、貴殿たちがずっとここにいるのも問題かと思うが」
サーヴァントから見れば軍隊の行軍は非常に遅い。たとえばここマッシリアからカエサルが本拠地にしていたと思われるルテティア(現在のパリ)まで行くだけでも丸1ヶ月かかるのだ。その後ネロたちが連合帝国の首都―――ヒスパニアのどこかだと思われるが、具体的には分からない―――に攻め込む時まで同行するとなると、いつまでかかることか。
「んー、それは俺たちも悩んでるとこなんですよね」
野営地に着いたからネロの護衛はもう必要なさそうだが、敵
「ブーディカとカエサルで連戦になりそうだから、そのケリがつくまではいるべきかなと思うけど……みんなはどう思う?」
「そうですね。こう言っては何ですが、今私たちが抜けたら正統軍はひどいことになるのでは」
これは景虎の発言である。「人ならざる性分」と自分で言うだけあって容赦がなかった。
実際ラクシュミーたちは今までカエサルを攻め切れずにいたのだから、カルデア勢抜きで連戦となったら勝ち目は少なそうである。皇帝が来て士気が上がったといっても、従姉妹と一騎当千の将たちが逃げてしまっては差し引き大幅マイナスだろうし。
「そうはっきり言われると面白くないが、否定はできないな。
しかし、ここの軍が崩れてブーディカなりカエサルなりに突破されたらローマ市も陥とされるだろうし、陛下も無事ではすむまいからな。つまり正統帝国は滅びるから、藤宮殿の言うように連戦が終わるまではとどまるべきだと思うが」
「じゃあ決まりかな。いつまで一緒にいられるか分かりませんが、よろしくお願いします」
「ああ、こちらこそよろしく頼む。
……さて。サーヴァントはともかく、マスターは疲れているだろう。今日のところはもう休むといい。貴殿たち用の
光己が総督でアルトリアズが皇帝の従姉妹なので、カルデア一行のテントは一般兵用より立派で広いものが用意されている。ラクシュミーと荊軻は部下に任せずみずからそこに案内することで、彼らを重要視していることを内外に示したのだった。
その幕舎に入って人目がなくなると、光己は椅子に座って机にぐてーっと突っ伏した。
「いつものことだけど、やっぱ疲れた……」
行軍と戦闘よりも、ラクシュミーとの対談で精神的に疲れたようである。
ここまでの旅でメンタル面もいくらかは鍛えられてきたとはいえ、「インドのジャンヌ・ダルク」と称された歴戦の英傑と差し向かいで長話するのはまだ荷が重いらしい。
いや慣れればだいぶマシになるのだが、初対面だと緊張するのだった。
「ラクシュミーさん貫禄ありましたものねえ」
ブラダマンテがぽへーっとした顔で相槌を打つ。ローマ人ではないのに総督に任命されるだけのことはあったと素直に感心していた。
「先輩、お茶が入りました」
「おー、ありがと」
マシュが
それでちょっとAPが回復したのでむっくりと身を起こす。
「ホントはぐだぐだしてたいとこだけど、先に作戦会議っていうか具体的な行動計画はネロ陛下とラクシュミーさんの意向があるから後でとして、俺たちのスタンスだけ決めときたいと思うんだけど、いい?」
「それはかまいませんが、スタンス、ですか?」
マシュにそう聞き返されて、光己はこっくり頷いた。
「うん、まずはルーラーとXXね。もし『先輩』と戦うのが嫌だったら、なるべく前に出ないような配置にしようかと思うけど、どうする?」
「お気持ちはありがたいですが大丈夫ですよ。マスターの思う通りに指示して下さい」
「私も大丈夫ですよ。何しろマスターくんとはズッ友ですからね!」
ルーラーアルトリアもXXも即答だったが無理をしている様子はなく、ちゃんと割り切れているようだ。生前貧しい上に何度も侵略された国の舵取りをしてきた経験が生きているのだろう。
「ん、ありがと。じゃあそういう前提で話進めるけど、連戦ってことはなるべく兵士に犠牲が出ないように戦った方がいいってことだよな?」
「そうですね。犠牲を抑えるべきというのはどんな戦でもそうですが、今回は特に当てはまるかと」
この質問に答えたのは景虎である。何しろ生涯に70回も戦をした大ベテランなのだ。
「じゃあ仮に、サーヴァントが手を出さずに兵士だけで正統軍とブーディカ軍が戦ったらどうなると思う? おおざっぱな想像でいいから」
「ん~~~、そうですね」
景虎はしばらく頭をひねった後、かなり悲観的な回答を口にした。
「資料によれば、ローマ兵はブリタニア兵より装備と練度は勝っているようですが、4万対20万では開きがありすぎますからね。仮に広い平原で真正面からぶつかり合ったなら、犠牲云々の前に勝てるかどうかすら怪しいと思います」
「んー、やっぱりそうなるか」
「前回はローマ軍が地の利を得ることで、1万対23万で勝ったそうですが、ブーディカは愚か者ではないようですから同じ手はくわないでしょう。
兵士が宝具で召喚した者であるなら、兵糧や他の部族の思惑を気にしなくてよいので動きやすくなりますし」
「ああ、そういうのもあるのか」
言われてみれば、20万人分の食料その他の軍需物資を調達するのは大変な労力だ。それを省けるというのは大きなアドバンテージだろう。
「あと前回のローマ軍は、兵を集めている間は襲われた街を見捨てていたようですが、今回のネロ陛下はそれはできませんから」
「あー、市民を見捨てたら人気落ちそうだからなあ」
今回のネロは人気が落ちたら軍隊や市民が連合帝国になびいてしまう恐れがあるので、勝ちさえすればいいのではなく国民感情にも配慮せねばならないのだ。
といってあまり無茶な戦いをしたら、負けたり過大な犠牲が出たりするわけで、ネロは難しい采配を強いられることになるだろう。
「王様っていうか責任者は大変だなあ。ネロ陛下10円ハゲとかにならなきゃいいけど」
「そうですねえ。シャルルマーニュ大王もアーちゃん並みにお気楽な方でしたけど、内心ではいろいろ考えてたりしたんでしょうか」
形の良いあごに人差し指を当てて生前のことを思い返しているブラダマンテだが、彼女自身はあまり深く考えてはいなさそうである……。
「そういうわけで、戦場の選択権はブーディカにあります。良さげな場所を見つけたら、たとえば近くの街を包囲すればネロ陛下は救援に行かざるを得ませんから」
「ああ、ただの脅しじゃなくて実績があるからなあ。
となるとやっぱり、俺たちが相当協力しないとマズそうだな」
ブーディカは前回は少なくとも3つの街を文字通り滅ぼしている。ネロは無視するわけにはいかないだろう。
光己は「むうー」としばらく唸っていたが、またルーラーに顔を向けた。
「ブーディカが召喚した兵士って、どこかの誰かをテレポートさせて連れてきたとか、そういうのじゃないんだよな?」
「はい。便宜的に『召喚』という単語を使っていますが、マスターに分かりやすく言うなら高度なAIを積んだ魔力製ロボット……魔力だけでつくったゴーレムという言い方もできますね。それを『つくった』と言う方が近いです」
イスカンダルの宝具の場合は多少違うようだが、ルーラーは言及しなかった。詳しくは知らないし、どちらにしても生きた人間を強制連行してきたのではないのは確かなので。
なおルーラーはイスカンダルを引き合いに出しているが、彼のことは価値観がまったく違うのでかなりキライである。チート宝具王よりはマシだが。
「そっか……なら俺が出ればいいのか?」
「マスターがですか?」
なるほど、ファヴニールが滅びの吐息を何度か吐けば、いかな大軍といえども一方的に
なお光己は相手が何者であろうがどんな事情をかかえていようが、人理修復の邪魔をするなら排除する(もしくは説得して味方にするか手を引いてもらう)しかないことは「頭では」分かっている。ただ20万人の人間を殺すのと20万台のゴーレムを壊すのとでは罪悪感が違うというだけのことである。
すると金時が手を挙げて発言権を求めた。
「ん、ゴールデン何?」
「ああ。大将が出張ればこっちの犠牲者が減るってのは分かるけど、大将やオレらだけでケリつけるのはよくねェと思ってな。
ほら、兵士の連中にもメンツとかプライドとかあるだろ」
「んぐぅ、そっち方面もあったか」
光己含むカルデア勢だけが大活躍してしまうと、兵士たちがいらない子とか無駄飯喰らいだといった認識や評価が出てきかねない。死者を減らすことだけにかまけて、精神的な毒を注ぐような真似をするのは後々のことを考えれば避けるべきだろう。
兵士たちに手柄を譲るという今までの方針にも反するし。
景虎がそれに補足を加える。
「それにマスターがあまり目立ちますと、敵の首魁が竜殺しを召喚する恐れもないとは言えません。
いえそんな狙い打ちができるかどうかは分かりませんが」
「ふにゃっ!?」
どこまで各方面に配慮しなければならないのか。光己はそろそろ脳がオーバーヒートしてきて、猫みたいな悲鳴をあげてしまった。
「まあサーヴァントに『召喚』された兵士は召喚主が消えればもろともに消えますので、大元だけ討てばすむ話なのですが」
「ファッ!?」
そして最後に前提をいろいろひっくり返されたので、光己はついに知恵熱を起こして頭から白い煙を上げて突っ伏すのだった。