金色の閃光が怒涛のごとく地を
光の斬撃の破壊力と熱量は圧倒的で、戦士はひとたまりもなく蒸発するかと思われた。しかし戦士は体の3割ほどを失いつつも、なお己の足で立っている。
「ス、スパルタクス将軍! 大丈夫なのですか!?」
近くにいたブリタニア兵が、驚愕と畏怖の表情で問いかける。
なお閃光の断面はスパルタクスの体より大きかったので、彼が受けなかった分はそのまま後ろに流れて兵士たちを消滅させていた。そのためブーディカ軍の前衛は左右に真っ二つになっており、それだけでも「
「アイイイイイイ!!!」
スパルタクスが昂然と顔を上げ、天に向かって高らかに咆哮する。体の前面はぼろぼろになっているが、痛みを感じていないかのようだ。
いや、その傷口が急速に治癒し始めているではないか。
「……あれは彼の宝具『
スパルタクスは受けたダメージを魔力に変換してため込んで、治癒や攻撃に転用できるようです」
アルトリアといっしょに前線に来ていたルーラーアルトリアがあわてて解説を加える。しかしまさか、「
となると、彼を倒すには治癒が追いつかないほどの連続攻撃、あるいは頭部を砕くとか心臓を打ち抜くとかいった一撃死的な手段しかなさそうだ。
「…………」
勇敢さでは人後に落ちないローマ兵たちも、この奇怪な光景にはさすがに恐れをなして青ざめている。あえて彼に襲いかかる度胸がある者はいなかった。
しかしその時、ローマ兵もブリタニア兵も頭上に何か異様な気配を感じた。
「……!? な、何だあれは……ド、ドラゴン!?」
彼らがそちらに顔を向けると、何と両軍のちょうど真ん中あたりの上空に体長30メートルほどもあろうかという巨大な黒いドラゴンが飛んでいた。いつの間に現れたのであろうか。
ドラゴンは底知れぬまなざしで地上の人間どもを見下ろしている。敵か味方か? 何をしに来たのだろうか?
「おお、あれはまさしくあの時の竜! また助けに来てくれたのか」
しかし過去にドラゴンを見たことがある者もいて、彼女は喜びの声をあげていた。
かの竜は藤宮光己の祈りに応えて現れるそうで、ただし来るか来ないか、来たとしてどのくらい助けてくれるのかは竜の一存によるらしい。また竜とは言葉が通じないので、普段どこで何をしているかも分からないという。
何とも確実性に欠ける援軍だが、元々竜は人間とは敵対的な種族なのだから、こちらを攻撃してこないだけでも儲けものというべきだろう。
「ほう、あれが件の竜ですか。味方なら頼りになりそうですね」
「なるほど、西洋の竜は翼があるのか」
なおラクシュミーと荊軻はすでに竜の正体をこっそり教えられているので、単に話を合わせているだけである。
「…………」
竜はしばらく沈黙していたが、やがてブーディカ軍の方に顔を向けた。
そして口腔から青い火球を吐き出す。狙いは前衛の中央やや後方、つまり本陣あたりのようだ。
「……!」
次に何が起こるのか察したブリタニア兵たちが恐怖に体を震わせたが、打てる手立ては何もない。うつろな目で火の玉を見つめつつ、ただその時を待つだけだった。
―――轟ッ!!!
地面にぶつかって炸裂した火球がすさまじい熱波と爆風をまき散らし、数千人を吹っ飛ばして消滅させる。負傷者はその倍以上になるだろう。幻想種の頂点といわれるだけあって恐るべき威力だった。
「うっ、ぐ……あ……な、なんで」
ブーディカは幸い直撃は免れたため、灼熱の暴風で地面に叩きつけられ、ケガと火傷はしたものの命は無事だった。
しかしすぐには立ち上がれないレベルの痛手だったらしく、うつ伏せに倒れたまま歯ぎしりして怨嗟のうめきをもらす。
「な、なんで竜がローマの味方を……? 両方攻撃するなら分かるけど、なんであたしたちだけ」
ローマに守護竜がいるなんて話は聞いたことがない。野生の幻想種や魔物が人間を攻撃するのはままあることだが、初手がブリタニア軍の本陣を狙い撃ちとはあんまりではないか。
「くっ、う……でもまだ動ける。動けるうちは諦めない……!」
ブーディカは痛みと熱さをこらえながら、四肢に力をこめて何とか立ち上がった。
ふらつく足をふんばって周りを見回してみるに、どうやら竜の攻撃はさっきの1発だけのようだ……というかいつの間にかどこかに去ってしまっていた。
「???」
ドラゴンがローマの味方をするなら何発でも火球を吐けばいいものを、なぜ1発だけなのか。どういうつもりなのだろう。
しかしこれならまだ戦える。普通の軍隊ならさっきのビームと今の火球で戦意喪失して壊走していただろうが、この軍はブーディカが諦めない限り逃げないのだから。
「でもほんとにどうして……あ、もしかしたら」
ひょっとしたらさっきの竜は、サーヴァントが召喚したものなのかも知れない。それなら1回攻撃しただけで退場したのも頷けるし、ビームもサーヴァントの宝具ということで理解できる。何が原因でこの地にこんな大勢のサーヴァントが現界しているのかはまったく分からないが、ローマ帝国に敵対する者がいれば味方する者もいるということだろう。
「それなら、混戦に持ち込めば……!」
正統帝国のサーヴァントが魔力を回復させても、混戦になったらあんな無差別攻撃宝具は使えまい。ブーディカは剣を天に掲げて、改めて突撃を命じた。
一方加害者の光己は戦場から少し離れた草原で、スルーズの認識阻害の魔術で姿を隠しつつ、人間モードに戻って服を着ていた。
火球をブーディカ軍の本陣と思われる所に吐いたのは、竜の初撃でブーディカが斃れたなら例の各方面への配慮がいろいろ丸く収まるのではないかと思ったからだが、残念ながらそこまでうまくはいかなかったようだ。
しかし2発3発と吐いたら助け過ぎになるので、今回はここまでということで退場したのである。
なお出撃する時は「兵士の行軍といっしょでは祈りに集中できない」という名目でいったん軍から離れて、終わったら戻るということにしてあった。これなら光己自身が竜だということはバレないだろう。
むろん1人で行動するのは危険という理由でボディガードもつけている。空を飛べるスルーズ、ヒロインXX、カーマの3人だ。竜殺し対策としてだけではなく、空を飛べればローマ軍の中との行き来も楽になるし。
なお光己たちの軍中での定位置には、空から帰る時分かりやすいよう独自の旗印、具体的には「毘」「龍」の2本の特別製の旗が立てられている。カルデア勢が前線に出るということで光己が先鋒大将に任命されたのだが、実際に兵士の指揮をするのは景虎なので、彼女の希望が通ったというわけだ。
「ブーディカを斃せなかったのは残念ですが、ブリタニア軍の士気は下がったでしょうし指揮系統も乱れるはずですので、十分役に立ったと思いますよ」
その定位置に帰る途中、XXがそんなことを言った。
本陣には斥候や伝令が何人も詰めているので、彼らがいなくなると情報収集や報連相に多大な障害が出てしまうのだ。事実ブリタニア軍は竜が去ったことで進軍を再開したが、明らかに部隊間の連携がとれておらず、隊伍が乱れている。
このままぶつかり合うなら、ローマ軍は比較的少ない犠牲で勝てそうだが……。
「それにしても、サーヴァントがいる軍と戦う兵士さんって可哀そうですねー」
カーマが愉悦の表情で呟く。
確かに一般兵がドラゴンブレスだの「
「それはそうと、これからどうなさいますか?」
と、わざわざスルーズが光己に聞いたのは、例によって勇士育成計画である。
今ちょうど上空にいて戦場を
「んー」
光己は単に景虎の所に戻ればいいと思っていたが、問われたからにはそれで済ませてしまっては芸がない。軽く頭をひねった。
「そうだな。せっかく全景を見てるんだから、これ覚えて景虎に報告すればいい風に使ってもらえそうだな」
ブリタニア軍はこの方法を使えない。当然有利になるだろう。
「いや待てよ。どうせなら誰かに空に残ってもらって、何かあるたびに通信機で報告するってのはどうだろう」
「おお、マスターくんなかなかうまいこと思いつきますね」
XXがぽんと手を打ってそのアイデアを称賛する。
空に残る者は戦闘に参加できなくなるが、指揮官がリアルタイムで戦況を報告してもらえるというのは相当なメリットだ。
「でも今回はそこまでしなくていいと思いますよ。現状を教えるだけで十分かと」
今回はすでに敵の指揮系統を乱したので、機敏な動きや予想外の策略といったことはできないだろうから、リアルタイム情報よりサーヴァント1騎、具体的には自分の戦力の方がお得だと見積もったのである。
「それにブーディカ軍がどう動いても、正統軍は大きな反応はしないと思いますし」
「ん、何で?」
確かに光己の目から見ても(積極的に見たい光景ではないが)ブリタニア軍は果敢に攻めてきているが、ローマ軍は前に出ず堅守防衛をモットーにしているように思えた。何故だろう?
「それはもう、倒したら消えちゃう兵なんて倒しがいがありませんから」
倒したら消えるということは、手柄首をあげても証拠は残らないし戦利品も手に入らないということだ。それでは積極的に敵を倒そうという意欲が湧かないのは当然だろう。
ローマ兵たちは話を聞いた時は半信半疑だっただろうが、実際に消えるところを見てしまっては信じるしかない。心理状態を「ガンガンいこうぜ」から「いのちだいじに」に切り替えて、カルデア勢がブーディカとスパルタクスを倒すのを待つことにしたのである。
ラクシュミーはもちろん兵士のそうした心情の変化はあらかじめ予測していて、最初から防衛重視の陣形を組んでいたからローマ軍の動きに遅滞はない。
「なるほどなー」
光己は何となく納得いかないような気がしたが、まあ仕方がない。
さらに見てみると両軍の真ん中あたりに小さな空白地ができており、そこで6、7人が戦っているようだ。
「もしかしてあそこにスパルタクスってやつがいるのかな?」
「多分そうですね。一般の兵士さんたちは巻き添えにならないよう離れているのでしょう」
「あー」
さっきカーマが言ったことだが、サーヴァント同士が戦っている空間なんて一般兵には魔境だろう。避けたくもなるというものだ。
「じゃあ俺たちはどうするかな。景虎に報告してからそっちに合流?」
「そうですね。でも報告は私だけで十分ですから、マスターくんたちは直行してもいいかと」
「わかった、それじゃお願い」
こうして光己たちは再び戦場に舞い戻ることになった。
(ふむ。XXがちょっと助言しすぎでしたが、マスターは学ぶ所があったようですからよしとしておきますか)
ちなみにスルーズの感想はこんな感じである。
その空白地では、金時とスパルタクスが熾烈な一騎打ちを繰り広げていた。
最初から袋叩きしてもいいのだが、それはあんまりということで、金時が武人らしく、まずは正々堂々の勝負を挑んだのである。
「ふんぬぅっ!」
体が大きい上に得物を持っている分間合いが広いスパルタクスが、先手を取って剣を振り下ろす。
筋肉量的に見てスパルタクスの方が腕力はかなり強そうだが、素早さは金時が勝っているようで、ぱっと斜め前に出て剣をかわしつつ、素手の間合いに踏み込む。
「スマァッシュ!」
大きなメリケンサックをはめた拳でまずは脇腹にフックを入れ、ついでアッパーを顎に打ち込む。大柄な金時の倍近い体重があるスパルタクスの巨体がぶわっと宙に浮かんだ。
サーヴァントは体重に比べてパワーが桁違いに強いので、上向きの打撃が入るとあっさり浮いてしまうのである。
「いいぞぉ!」
だが巨漢の戦士はたいして痛そうな素振りを見せず、着地するとすぐ斬りかかってきた。
今度は金時の頭部を横に薙ごうとする一閃である。金時はかがんで避けると彼の膝の横にローキックを入れたが、スパルタクスはなんとその蹴られた脚で蹴り返してきた。
「ぐっ!? やるじゃねェか」
避けようもなく、腹にいいのをもらって吹き飛ぶ金時。
何とか転ばずに両足で着地したが、スパルタクスは容赦なく追いすがってくる。
「へっ、このくらいでへばるかよ」
ただ間合いが狭い金時は、どうしてもスパルタクスの攻撃をかわして反撃するという形になってしまう。しかし怖気づく様子はなく、斜め上からの袈裟がけ斬りを避けると、後ろに回り込んで彼の腰を殴った。
「んぐぅ!」
かなりの威力だったが効いている様子はない。というかけっこうなケガはさせているのだが、彼は痛みを気にしてなさそうな上にすぐ治ってしまうのだ。
格闘能力だけならあるいは金時の方が上かも知れない。しかし自動治癒する敵を倒し切るだけの殺傷力は持っていなかった。
「んー、こりゃそろそろ潮時か!?」
あまり時間をかけるのも良くないし、一騎打ちはこの辺でお開きか。金時がそう思ったちょうどその時、光己とスルーズとカーマが到着した。
それを見たスパルタクスが、なぜか光己に注目して目の色を変える。
「……!! おお、圧制者よ!!」
「ふえ!?」
怒ったような喜んだような、不思議な感慨をこめた大声で呼びかけられて、光己は一瞬戸惑った。
「お、俺のことか!? いや俺は圧制なんてしてないぞ、というか連合帝国が圧制の元締めだろ」
すぐに論理立った返事ができた光己は褒められていいだろう……。
スパルタクスが大きく頷く。
「うむ、確かに連合帝国を名乗る
だが、君もまた未だ圧制者ならざる圧制者。ゆえに出会ってしまった以上叛逆する」
「意味が分からん!!」
スパルタクスは光己があのドラゴンだと見抜いたわけではないのだが、何か圧制者的アトモスフィアを感じたようだ。
むろん光己には納得しがたい話で抗議したのだが、巨漢はまったく聞く耳持ってくれなかった。
「どう見ても説得不能! みんな頼む!!」
しかも金時を放置して襲いかかってきたので、光己はあわててサーヴァントたちに援護を頼んだ。
まずマシュが盾をかざして彼の前に立ち、他のメンツも一斉攻撃を始める。
「ど、どうにかなっちゃえ~~」
カーマがさすがに怖いのか、ちょっとどもりつつ光の矢を射る。すべて刺さったが、スパルタクスは気にもしない。
「えええっ!?」
「行かせませんよ!」
次はアルトリアが斜め前から斬りつける。スパルタクスは剣で受けたが、伝説の聖剣は止め切れずにぽっきり折れて、そのまま胸から腹にかけて斬り裂かれた。赤い血が派手に飛び散る。
「んはぁっ! いいぞぉ」
それでもスパルタクスは止まらず、左拳を振るってアルトリアを殴りつける。アルトリアはとっさに左腕を上げてガードしたが、そのガードごと吹き飛ばされて地面に叩きつけられた。
「な、なんてパワーだ」
光己が驚いている間にもスパルタクスは迫ってくるが、次はスルーズが槍を太腿に突き立てる。グングニルのレプリカだけあって貫通したが、スパルタクスはそれを抜こうとせず、そのまま反撃の拳を突き出した。
「そう来ることは分かっていました」
それをスルーズはがっちりと盾で受ける。神鉄の盾を素手で殴ったスパルタクスの拳が割れて血がにじむが、スルーズも彼のパワーを受け切れず、槍から手が離れて地面を転がってしまう。
「こ、これがかの奴隷解放戦争の英雄の力ですか……!
でも先輩には手出しさせません!」
さらに近づいて来たスパルタクスを前に、マシュが決死の覚悟で盾を構える。全身で盾をささえれば、いかに豪腕の彼でも簡単には突破できないはずだ。
しかし巨漢戦士は彼女の前で足を止めると、盾の十字架の部分を両手で掴んだ。そのまま斜め上に放り投げてしまう。
「きゃあっ!?」
「マ、マシュ!?」
まさか最硬の盾にこんな攻略法があったとは。なるほどスパルタクスの体格と腕力なら、持ち主ごと盾をぶん投げるくらいたやすいだろう。
しかも光己が一瞬あっけにとられた隙に、叛逆者は彼の真ん前まで到達していた。
「し、しま……」
「我が誇りを受けるがいい!!」
光己がその豪拳をしゃがみこんで避けることに成功したのは、日頃の訓練の成果と誇っていいだろう。しかし叛逆者の攻撃がそれで終わるはずもなく、第二撃で鞠のように蹴り飛ばされた。
「くぅあっ……!」
「……!? 妙な手応え!?」
歴戦の戦士でも内臓破裂で即死の威力だったが、スパルタクスは斃せていないと思ったのか、なおも止まらず光己を追った。それを、ルーラーアルトリアが放った光のライオンが脚に組みついて妨害する。
スパルタクスはライオンを殴って振り払ったが、それで稼いだ数秒の間にブラダマンテが割って入った。
「よくもマスターを!」
「おお、圧制者に味方するか!」
体格的にはブラダマンテに勝ち目はまったくなさそうだが、少女騎士は盾をかざして防御する、と見せかけて全力で光らせた。
「ぐわっ!?」
スパルタクスがいかに頑強だろうと目潰しは効く。反射的に足を止めて両手で目をかばった。
その隙にカーマの第二射が再び全身に突き刺さる。
「ぬおぅ!」
それでなお立っているのはもはや驚異だったが、今の矢は彼の注意を前面に向けるための牽制でもあった。スパルタクスの真後ろに、段蔵が気配もなく忍び寄る。
そして跳躍して左手で彼の頭を抑え、右手を彼のうなじにそえた。その手首からは鋭い曲刀が伸びている。
「……
ついで刃を思い切り横に薙いで、巨漢戦士の首を切断したのだった。
スパさんを仲間にするのは無理でしたo(_ _o)