光己たちはブーディカにいろいろ事情を言い含めると、彼女を伴って正統軍の本陣に帰還した。
その頃にはもうブリタニア軍の兵士はいなくなっていて、殊勲者のアルトリアズ(ということになっている)は大歓声で迎え入れられた。しかし、ブーディカを連れてきたと聞いた正統軍幹部たちはさすがに渋い顔をする。
2度反乱を起こして2度とも負けたくせに、あからさまには言わないにせよ、友達料改定を迫る態度がちょっとカンにさわったのだ。とはいえたとえば彼女を斬って、その後カエサル軍と戦っている時にまた23万人の兵を連れて現界されたりしたらたまったものではない。
はたしてネロはどんな決断を下すのか? 幹部たちは固唾を飲んで皇帝陛下の顔色を見守っていた。
その辺の空気を読んだアルトリアが援護射撃を試みる。
「陛下、ブーディカは有能で信頼できる人物です。思うところはおありでしょうが、ここは大局的な見地に立って、ブリタニアにいくらかの利を与える方がローマのためになると思います」
なおこの発言と、アルトリア自身がブリタニア出身かつブーディカの後輩であることには何の関係もない。はずである。
ネロはしばらく考えこんでいたが、やがて珍しく
「つまりそなたは、連合ではなく我々に味方する代わりにブリタニアを優遇せよと言うのだな?」
「うん、簡単に言うとそんな感じ。『今の』私は兵士はもう出せないけど、それでも悪い取引じゃないと思うよ」
ブーディカはあえて礼節を無視してフランクな言葉づかいをしていたが、ネロは気にした様子もなく話を続けた。
「そうか。ところでそなたは生きた人間ではなく、サーヴァントとやらいう魔術的な存在だというのは間違いないのだな?」
「うん。証拠を見せろって言うなら、今ここで宝具の
「いや、それには及ばぬ」
ネロは手のひらを向けてブーディカを押しとどめると、一拍置いてから彼女の処遇を述べ始めた。
「そなたの要望は分かった。といっても王位の相続はもう認めておるし、前回の反乱に参加した者たちの罪も問わぬことにしてあるのだが……そうだな、そなたたちが奪われた財産についてもできる限り返還することにしよう。
むろんブリタニアを取り返してからになるが」
「おや、ずいぶん太っ腹なんだね」
そこまでしてくれるとは思っていなかったブーディカが意外そうな顔をすると、ネロははあーっと重いため息をついた。
「もともと余は穏健派だったからな。
カトゥスが巻き上げた財貨はあやつが贅沢するのに使われてしまったが、反乱を鎮圧する軍費や復旧費は国庫から出さねばならぬのだ。死んだ民と兵も生き返っては来ぬ。こんなバカな話があるか!
連合との戦いも同じだ。どちらが勝とうと、帝国全体としては損しかない」
ネロは帝国全体という視点でものごとを見ているので、この述懐は当然の心情であろう……。
「だからといって甘い顔ばかりはできぬがな。他の属州がそなたのマネをせぬとも限らぬし。
よって、ノーフォークへの復旧支援はそなたの今後の功績次第としておこう」
「うん、ありがとう」
いたって順当な話である。ブーディカにも異論はなかった。
「…………しかし、
余はそなたたちの国や財産を奪うつもりはなかったし、ましてそなたを鞭打てなんて命じた覚えはないからな。だからといって余に責がないとは言わぬが」
「……うん」
ブーディカは実際まだネロに思うところはあったが、それは口にしなかった。
ネロも厳しい立場で苦労しているのは知っているし、奪う気はなかったと言う上に自身の非も認めた彼女をこれ以上咎めても仕方がない。
「今は陣中だから歓迎や祝勝の宴はできぬが、いずれ機会を見つけていっしょに飲みたいものだな。
……では、余は次の仕事があるから今はこの辺にしておこう」
ネロはそう言って会見を切り上げた。戦の後もトップの仕事は多いのだ。
ブーディカとの会見が終わった後は、アビニョンの市長と会うことになっているし。
ネロの方からすでに降伏勧告の使者を出してあって、アビニョン側としては相手が皇帝なので市長自身が出てきたのだった。
何しろネロが出した条件が「今日中に降伏すれば連合についたのを不問にするが、明日になったら攻撃を始める」だったので、カエサルが衝突を避けたブーディカ軍をわずか一戦で完全撃破したネロに抗うのはまったくの無謀、というより救ってくれたのだから即恭順ということで満場一致したのである。
どうせ恭順するなら全力で、ということで今市内では4万人分の寝場所を大急ぎで準備しており、ネロを迎える貴賓室や宴の支度も進めていた。
おかげで夕方頃には、ネロたち正統軍はアビニョン市内に入って建物の中で寝られる手筈ができていた。ネロとアルトリアズ・ラクシュミー・荊軻は市長主催の宴に招かれており、光己たちとブーディカは例によって宿屋が1軒貸し切りになっている。
「いやー、ミツキもマシュもめんこいねえ! これからはお姉さんが守ってあげるからねっ!」
光己とマシュはブーディカに捕まって、ベッドに座った彼女にまとめて抱っこされていた。
カルデアの詳しい事情を聞いたブーディカは、2人の境遇に庇護欲が全開になったらしく、今日知り合ったばかりなのに親戚のお姉ちゃんのように構いまくっているのである。
2人の方も善意100%の彼女を拒むわけにもいかず、構われっ放しになっているのだった。光己だけは内心で(おっぱいの感触がすごすぎる!)などと思春期なことを考えていたりしたが。
「むー」
ブラダマンテとスルーズとカーマは、マスターを取られたとでも思っているのか不機嫌そうだが、口出しはしかねているようだ。
段蔵は特に気にした様子はなく、むしろ微笑ましそうに一同の様子を眺めている。
景虎と金時は1階の食堂で酒盛りだ。金時はそこまで酒好きではないのだが、景虎に付き合えるのが彼しかいないので仕方ないのだ。
―――カルデア一行がそうして平穏なひと時を過ごしていると、ラクシュミーと荊軻がやってきた。景虎と金時もついて来ている。
「夜分遅くにすまないが、明日の軍議の前に話しておきたいことがあってな」
正統軍はあまりのんびりしていられないのと、4万人もの軍勢を予約なしでずっと居候させておくのはかなり迷惑になるので、明日の昼過ぎには出立する予定である。ただその前に首脳部で軍議が行われる予定なので、あらかじめ口裏合わせをしておこうという趣旨だ。
「あー、そうですね。それじゃかけて下さい」
お客さんが来てしまっては是非もない。光己とマシュはブーディカ席から立って、椅子を勧めてお茶を入れる。
それが済んだところでラクシュミーが口火を切った。
「我々の当面の目的は、カエサルを討ってガリア全域を奪回することだが、彼がゲルマニアのどのあたりにいるかまでは分かっていない。しかし我々から見て北東なのは確かなので、さしあたってローヌ川沿いにリヨンあたりまで北上してみようと思っている」
もちろん斥候を大勢出して、カエサルを発見できたらそちらに針路変更するつもりである。その辺は状況次第だ。
「それでだ。貴殿たちはサーヴァントはなるべく味方につける方針のようだが、カエサルはどうしようと思っているんだ?」
これはなかなか重要な問題である。何しろローマではきわめて高名で有能な人物なので。
しかし光己の答えは決まっていた。
「カエサルは無理ですね。何しろすごく口が上手いそうなので、下手に説得しようとしたらミイラ取りがミイラにされかねませんから。なるべく会話せずにぶっぱで決めたいところです」
「なるほど。私が見た資料でも、彼は知略と弁舌については天才的だったと評価されていたな」
「それにネロ陛下より上の世代で、しかも実力も名声もある『皇帝』が来ると、ネロ陛下の求心力が下がっちゃうかな、と」
「ふむ、それはあり得る話だな」
今でさえアルトリアズの存在感が増しているのに、カエサルが入ったら本格的にネロが空気になりかねない。アルトリアズは政治や権力に関わらない旨を公言しているからまだいいが、カエサルは野心バリバリだったから波風立たずに済むとは思えない。
ただ光己にとってこれらは名目的なもののようで、真の理由がもう1つあるらしく、くわっと目をいからせた。
「それに何より、
「そ、そうか」
ラクシュミーがちょっとあきれた顔をする。
確かにカエサルが元老院の議員の妻を大勢寝取っていたという話はあるし、万が一にもカルデア女性陣がカエサルになびくようなことがあったら、それはそれで一大事なのだけれど。
「カエサルは最期は元老院の共和政派に暗殺されたわけですが、絶対政治的な理由だけじゃないと思います。ざまぁ」
「それはまあ、妻を寝取られて恨まない夫も、夫を寝取られて恨まない妻もいないだろうが……」
しかし特異点修正にかかわる重要な方針を私情で決めていいものだろうか。ラクシュミーは彼の隣に座っている景虎の方に目をやった。
「ええ、マスターの世迷言はともかく方針自体には賛成ですよ。最初の理由出したの私ですし。
何しろ私とゴールデン殿はカエサルと会ったことありますから」
「ふむ……」
実際に対面した者、それも名のある諸侯の英霊がそう言うなら確かだろう。やはりカエサルを招くのは避けた方が良さそうだ。
「分かった、では私もそちらに乗ろう。
それはそれとしてカエサルがローマの英雄なのは事実だから、ネロ陛下の性格だと兵を鼓舞するのと自身の正当性を主張するために『余が先頭に立って、みずからカエサルに挑まねばならぬ!』とか言い出しそうな気がするのだがどう思う?」
「正気の沙汰ではないですね。その時は『そうするとみんな陛下が心配で戦いに集中できなくなるから、差し引きマイナスです』とでも言ってやって下さい」
「なるほど、功利的な言い方のほうが効き目があるかも知れないな」
景虎はいつもながら容赦なかったが、ラクシュミーもネロの重要性を鑑みて多少の痛言は許容するつもりのようだ。
そしてほっと息をつく。
「よし、これで公的な用事は終わった。
あとはそう、ブーディカ殿と話をしたくてな」
「へ、あたし?」
ラクシュミーに名前を出されてブーディカはきょとんと首をかしげた。
サーヴァントが現界する時に持っている知識は、基本的に「生前の自分が知っていたこと」+「現界した時代の現地の常識」なので、その両方より未来の人物のことは分からないのだ。
「ああ、私は貴殿と経歴が大変似ていてな。マシュ殿、説明してやってくれないか」
自分で語るのは気恥ずかしいらしく、ラクシュミーはマシュに説明を依頼した。
マシュは素直に「はい」と頷くと、ブーディカにラクシュミーの経歴を話す。
「―――というわけで、ラクシュミーさんは『インドのジャンヌ・ダルク』とか、『インドのブーディカ』と後世でも称えられているのです」
「へえー、ほんとにあたしと似てるんだねえ。ずっと未来の外国の人から引き合いに出されるなんて照れちゃうな」
ブーディカははにかみながら指で頬をかいたが、それはすぐ消えて落ち込んだような顔になった。
「でも1800年後には、ブリタニアは侵略する側になっちゃうんだね。それもあたしがやられたことをそのままやってるなんて。ちょっと悲しいなあ」
侵略される側の痛みを身をもって熟知しているだけに、深く愛しているブリタニアの民がそれを仇でも何でもない他者に強いているというのはつらい話だった。何故そんなことになってしまうのか?
しかしラクシュミーはそういう話をしに来たのではないので、すぐにフォローに入った。
「いや、私は確かにイギリス人たちと戦ったが、彼ら個人に恨みがあるわけではない。まして1800年も前の人をどうこうしようなんて思ってないから安心してくれ。
アルトリア殿たちとも仲良くしてもらっているしな」
「へえー、器大きいんだね」
ブーディカが感心した様子を見せると、ラクシュミーはやや困ったような顔をした。
「インドだって他の国を攻めたことがないわけじゃないしな。それに今は恨んでないと言ったが、東インド会社の人間が来たら態度を変えてしまうかもしれないし。
むしろ貴殿がネロ陛下と和解できたことに敬意を表するよ」
「いや、別に許せたわけじゃないんだ。ブリタニアの子供たちのために妥協しただけだよ」
するとラクシュミーは得心がいったかのように大きく頷いた。
「うむ、一国の指導者たる者そうありたいものだな!
つまりお互い聖人君子ではなく、守るべき者を守るために戦っただけ、いや戦っているということか」
「……うん、そうだね。人類史っていわれても正直まだピンとこないけど、でも今度こそは守り抜きたいって思ってるよ」
「そうだな、大切なもののために共に戦おう」
ラクシュミーがそう言って立ち上がり握手を求めると、ブーディカもベッドから立って力強くラクシュミーの手を握りしめた。
「…………」
その光景を光己はぽやーっとした顔で見つめていたが、ふと思い立って2人に声をかける。
「2人とも、せっかくだから写真撮らせてくれませんか?」
「写真?」
「はい、写真です。せっかくだから俺とのツーショットと、あとサインも欲しいですね。もちろん荊軻さんのも」
「んん? しがない暗殺者と写真を撮りたいとは酔狂な。別にかまわないが、何に使う気なのかな?」
「何かに使うってわけじゃないですよ。思い出の品にしたいだけで」
「ふむ」
そんな風に言われれば悪い気はしない。特異点が修正されたらなかったことになるという話だが、それでも自分がやったことの証が残るのはうれしいことだ。
「いいだろう、お好みのポーズで何枚でも撮るがいい」
「わーい」
こうして光己はブーディカとラクシュミーの握手の写真、そして荊軻も加えた3人とのツーショット写真とサインを手に入れた。
「ふっふっふ、またお宝が増えてしまったぜ……なんせどこの権力者も金持ちも持ってない俺だけのコレクションだからな。家宝にしよう」
(家宝……家宝なんてレベルにおさまるものじゃないとは思いますが)
マシュはそう思ったが、やっぱり黙っておくことにした。
主人公がカエサルをこき下ろしてますが、彼は大奥志望ではありますが自分から寝取りはしてませんので「おまえがいうな」ではないのですな(^^;