FGO ANOTHER TALE   作:風仙

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第62話 ガリアを取り戻せ!1

 ネロたち正統軍がカエサル打倒のため北上している間も、カルデア勢はトレーニングを欠かしていない。以前は光己だけだったが、今はマシュも参加している。

 光己はそろそろ攻撃技を学んでもいい頃になったが、その方向性については議論があった。つまり魔力放出を活かした打撃技か、炎やドレインを当てやすい組み技か、どちらを主軸にするかである。

 なお剣や槍といった武器は、今はよくてもいずれ竜人(ドラゴニュート)の腕力と魔力放出のパワーに耐えられなくなるので却下されていた。強化魔術をかければ大丈夫だが、それは彼が学ぶことが増えて器用貧乏になりかねないので。

 

「組み技……上四方固めとか横四方固めとかだな。せっかくだから俺はこの柔道技を選ぶぜ! あ、練習相手はゴールデン以外でよろしく」

「固め技や絞め技はメニューに入っていませんが」

「これが人間のやることかよぉぉ……あ、人間じゃなかった」

 

 スルーズの冷酷なツッコミに光己は哭いたが、それはともかく。実際問題として固め技や絞め技は人間型生物にしかかけられないし、複数を相手にするのには向かないので、スケルトンやオオヤドカリの群れが闊歩する世界では優先度低めだろう。

 ならばたいていの相手に有効な打撃系の方がよさそうに思えたが、そこで師範役の段蔵が意見を述べた。

 

「フウマカラテには、瞑想と呼吸法により集合無意識から叡智を得るという修行法がありますので、これならマスターの嗜好と適性に合った技を会得できると思いまするが」

「デジマ!? でもそういうのってすごく時間かかるんじゃない?」

 

 光己はその神秘的アトモスフィアただようエクササイズに速攻で飛びついたが、懸念もあるようだった。なるほど宗教的な修行のように年単位の苦行が必要であるなら、ライフワークとしてはともかく人理修復には役立たない。

 しかしその程度のことは段蔵も配慮済みである。

 

「はい。普通ならその通りでありまするが、今回はワタシが1対1で指南致しますし、マスターはすでに他者と精神的につながる経験がおありですので、想像以上に早くできるかと思いまする」

 

 それにいわゆる悟りのようにある地点に達した瞬間に全部分かるのではなく、段階ごとに1つずつ技を閃いていく形である。十分間に合うだろう。

 

「そっか、じゃあそれでいこう。よろしくな」

「はい、この段蔵及ばずながら、全身全霊で指南させていただきまする」

 

 というわけで、光己のトレーニングは今までのメニューにメンタルワークを加える形になった。

 

「…………スゥーッ! ハァーッ!」

 

 なおこの呼吸法、実践者の気の持ちようによって、座禅めいた精神修養と新陳代謝を活性化し、肉体的な疲労を回復させるという2つの用法がある。発想としては柳生宗矩の師でもある沢庵和尚が唱えた「剣禅一如」に通じるものがあるかもしれない。

 マシュの方はギャラハッドからある程度の技量を受け継いでいる上に、大盾だけで戦うスタイルの専門家がいないので、もっぱら組手を行っていた。もちろんお互い本気ではないが、訓練にはなるだろう。

 

「ロックン・ロォール!!」

 

 今日の相手は金時であった。まっすぐ突っ込んで、マシュがかざした盾に、まずは牽制のジャブを数発当てる。

 その後横に跳んで回り込みに行った。

 

「!!」

 

 マシュの盾は非常に大きいので、正面にかざせばたいていの攻撃を受け止められる代わりに前がほとんど見えなくなる。なので気配を読むスキルが必要不可欠だった。

 

「右、ですか!」

 

 無論そうしたセンスもいくらかは受け継いでいる。マシュはさっと追いかけて金時に向かい合った。

 彼女の後ろには当然マスターがいるという設定なので、常に敵からかばうように動かねばならないのだ。実感を持って訓練するため、今回はブーディカにマスター役を頼んでいた。

 

「おおっと」

 

 そのブーディカがひょいっと1歩左に動いて金時との間合いを広げる。一応光己がしそうな行動をシミュレートしているのだった。

 

「いくぜぇっ!」

 

 金時が再び突っ込む。彼はスパルタクス同様「マシュの盾を持ってぶん投げる」ムーブができるので、マシュとしては防戦一方ではいられない。

 自分から前に出て、盾を横向きにして振り回した。

 

「たぁぁぁぁっ!」

「おおっとぉ!」

 

 それを金時は前方にジャンプしてかわす。マシュを飛び越してマスターを攻撃するという狙いだ。

 

「くっ!」

 

 マシュもあわてて回れ右して、さて自分も跳ぶべきか走って追うべきか一瞬迷う。

 するとブーディカが駆け寄ってきてくれたので、彼女の手を掴んで後ろに引っ張りつつ自分が前に出て位置を入れ替えた。

 マシュの少し前方で、金時が彼女の方を向いて着地する。

 

「OK、グッドだ。しかしやっぱ、大将役じゃなくて大将本人がやった方がいいかもな」

「そうだね。ミツキがうまくマシュに合わせないと、守るの難しくなる場合もありそうだし、その練習は代役立ててちゃできないものね」

「ま、それが分かっただけでも一歩前進か」

「だね。まあマシュ1人で守り切れっていう話じゃないんだから、少しずつ上達していけばいいよ」

「はい、ありがとうございます!」

 

 こうして、マシュも地道に盾役として成長していくのだった。

 

 

 

 

 

 

 それから何日か経って。ネロ軍とカエサル軍は、ガリア中部のディジョンの少し南の平野で向かい合っていた。両者とも軍を動かしているのは名高い戦上手であり、互いに地の利を取ろうとして水面下の争いを続けた結果、双方とも有利不利のない場所が戦場になったのである。

 兵士の数はカエサル軍の方が多い。ネロ軍3万9千人に対してカエサル軍は4万5千人であり、しかもネロ軍にはない「魔術で動く土人形(アース・ゴーレム)」を何体も配備している。一般兵の質は当然同じなので、真っ向勝負ならカエサル軍の勝ちは固いと思われた。

 しかしネロ軍には一騎当千の強者(サーヴァント)たちが大勢いるので、その運用次第によっては案外簡単に勝てるかも知れない。

 

「ううむ、さすがは名高い終身独裁官。まったく隙を見せなかったな。

 しかしこのガリアは彼のホームグラウンド。罠にかけられなかっただけでも良しとするべきか」

「そうですね。初期配置が五分なら十分勝てます」

 

 正統軍の本陣でラクシュミーと景虎が決戦前の最後の打合せをしていた。

 事前に段蔵とスルーズと荊軻が斥候をしてくれたおかげで、正統軍は連合軍の陣容をかなり正確に把握している。何しろ認識阻害と矢避けの加護で身を守りつつ、空から双眼鏡を使って観察するという芸当まであるのだから、情報戦では圧倒的優位に立っているといっていいだろう。

 

「ゴーレムとやらへの対処も間に合ったからな」

 

 ローマ兵の主装備である投げ槍と剣は土人形には効き目が薄そうなので、代わりに引きずり倒したり縛ったりするための丈夫なフック付きロープと叩き壊すための鉄製ハンマーを配備した部隊をいくつか用意してある。その分通常装備の兵士は減ったが、決定的な差になるほどではない。

 

「で、余は何をすればいいのだ?」

 

 それを聞いていたネロが不機嫌そうに問いかける。

 

「そなたたちが口うるさく止めるから先頭に立つのはやめたが、ここに座ってるだけでは置物同然ではないか」

「はい。陛下がローマ市に押し込められていた頃ならともかく、これだけの大軍がある今では、まさに置物でいるのが陛下のお役目です」

 

 景虎は相変わらず歯に衣着せないスタイルだったが、ネロをディスっているのではない。

 

「敵将がローマの英雄であることで、将兵の心理に迷いが生じるといったことは確かにあるでしょう。

 だからこそ陛下はそれに動じず、『我こそが正統なる皇帝、ゆえに必ず勝つ』とテコでも揺るがぬ気持ちでいるのが肝要です。下手に動き回れば、それこそ陛下ご自身に迷いがあると思われましょう」

「むう」

 

 総大将の精神状態は口に出さずとも兵士たちに伝わるものだ。ネロは抗弁できなかった。

 

「まず余こそが鉄の心構えを持てというのは分かった。ならばそれを歌で広めるというのはどうだろうか」

「絶対にノゥ!!!」

 

 それでもネロは何かしたいようだったが、今度はラクシュミーが顔色を変えて止めた。

 行軍中にネロが慰労のためにミニコンサートを開いたことがあったのだが、思い切り逆効果になってしまったので。

 しかし、ネロは兵士たちが泡を吹いて倒れたり目を回したりしたのを歌に感動したからだと認識しており、自分が音痴だとはまったく思っていないようなのだ。そろそろ誰かが直言するべきだろうか……?

 

 

 

 

 

 

 連合軍の本陣でも大将2人、カエサルと「レオニダス一世」が語り合っていた。

 レオニダスは古代スパルタの王であり、かの有名な「テルモピュライの戦い」において、わずか300人で10万~20万人といわれるペルシアの大軍を3日間にわたって食い止めたという逸話の持ち主である。

 

「結局正面衝突になりましたな」

「ああ、何度か罠をしかけてみたが乗って来なかった。ネロがよく勉強しているのか、それとも総督が優秀なのか」

「総督……確かラクシュミーという女将軍でしたかな」

「ああ、おそらくかなり遠くの国の出身であろうが」

 

 カエサルもレオニダスもラクシュミーのことは知らないが、名前の語感からはるか東方のインド辺りの者ではないかと思っていた。かの地にはゾウに乗って戦う騎兵が大勢いるらしいが、今回の戦いでは関係ない。

 

「しかし普通にぶつかれば正統軍は厳しい展開になるでしょうが、今のところ怪しい動きはないようですな」

 

 ラクシュミーと荊軻とかいう者はおそらくサーヴァントであろうから、サーヴァントの数は同じだ。つまり総戦力では正統軍は劣勢ということになる。

 なのにそれを覆すための策略の類が見られなかったのはどういう思惑なのだろうか。

 

「ああ。あるいは例の竜を頼みにしているのかもしれんが」

 

 斥候の報告によれば、かのドラゴンは正統軍とブリタニア軍が戦った時にも出現したらしい。上空より吐いた火球1発で数千人を消し飛ばした後すぐいなくなったそうだが、ブリタニア軍はしばらくして全員消えてしまったという。

 ただ斥候はあくまで遠くから見ただけなので、詳しい事情までは分からない。

 

「やはりブーディカはサーヴァントだったのだろうな。火球が直撃して即死したのだろう。それなら兵士が消えたのは宝具だったからで筋が通る。

 もし本当にそうだったなら、敵ながら哀れと言わざるを得んが」

「しかしその竜が今回も現れたら、我らといえども難しいですな」

 

 というか倒す手段がないのだが。なので兵士たちも口には出さないが動揺している様子である。しかも竜の出自が分からないため、今回来るかどうか分からないのがまたつらい。

 

「とはいえ希望的観測で動くわけにはいかんからな。吶喊して混戦に持ち込むしかあるまい」

「その方針は私向きではないのですが、致し方ありませんな」

 

 レオニダスは防戦で名を残した英雄だからというのもあるが、彼の宝具「炎門の守護者(テルモピュライ・エノモタイア)」で召喚する300人の兵士たちはホプリタイといって、隊列が乱れると戦闘力がガタ落ちするので機動力が低い上に混戦は苦手である。なので今カエサルが述べた方針は三重の意味で不利なのだが、空を飛び火を吐く巨竜を相手にするよりはマシだった。ローマ兵との兼ね合いもあるし。

 

「うむ」

 

 カエサルは言葉少なに頷いた。

 

(この戦争にはいろいろと思うところはあるが……もはや賽は投げられた。それに私にも望むものがある)

 

 最後に周囲を眺めてみるに、天気は晴れ、微風。ドラゴンの姿は見えず、正統軍はやはり特段の動きはない。

 前に進むのに支障はなさそうだ。あとは命じるのみである。

 

「では征くぞ! 全軍、突撃!」

「おおーーーっ!!」

 

 それでも連合軍の士気は極めて高い。カエサルの声に応えて、兵士たちは駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 連合軍が突撃してくるのを見た正統軍先鋒司令官の長尾景虎は、「計画通り!」といった感じの笑みを浮かべた。

 

(いかに稀代の名将とはいえ、「龍が来るかも」という縛りがあっては自由な動きは取れないというものですね。

 もっとも今回は来ないのですが)

 

 正統軍全体でも竜自身とサーヴァント勢しか知らない極秘情報である。毎回助けるのはよくないという例の判断と、光己が数千人の人間を直接手にかけるのをためらったからだ。

 むろん竜が来なければネロたちは落胆するだろうが、光己をあまり強く責めることはできない。何しろ事前に「来るか来ないかは竜の一存」「毎回助けてくれるわけではない」と予告してあるのだから。

 それでも「竜が毎回来ないのは不届きだ」なんて言おうものなら、もともと正統ローマに縁もゆかりもない光己とドラゴンは敵に回ってもおかしくないわけで。そんなリスクを冒すほどネロたちは愚かではない。

 

「ここでの戦の仕方も分かってきましたし、騙してくれた借りを返してあげますよ」

 

 おそらくカエサルは竜対策として本陣を中央ではなく、どこか別の位置に置いているだろう。当然そこはぱっと見では分からないようにしてあるはずだ。

 なので連合軍本陣がどこかは段蔵たちにも分からなかったが、現在は判明している。半径10キロまで近づけば、ルーラーのスキルでサーヴァントの人数と居場所が分かる、つまり多少兵士の配置や旗印をごまかしたところで無駄なのだ。

 正統軍が正確に本陣めがけて精鋭を繰り出してきたら、それを隠していたつもりのカエサルはさぞ驚くことだろう。

 

「……頃合いですね。では始めましょうか!」

 

 景虎が兵士に命じて「毘」の軍旗を振らせると、軍の最前列の端っこにいたアルトリアたちが動き出した。少し離れて聖剣を構える。

 

「勝利の女王に我が聖剣の冴えを見ていただけるとは光栄です」

 

 兵士たちの手前大きな声では言わないが、アルトリアはブーディカを相当尊敬しているようだ。

 何のつもりか、まず地面をえぐって大きな穴を掘り、その中に飛び降りる。

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー)ーーーーッ!!」

 

 そして宝具を開帳すると、光の斬撃が前方の土を直線状に吹っ飛ばして、正統軍の前に即席の空堀(からぼり)ができた。

 

「うっわぁ、未来の子たちはすごいねえ」

 

 これにはブーディカも目が点である。1度見ているが、間近だと本当に目を疑ってしまう威力だ。

 一方兵士たちは、連合軍に見られないように横倒しにしてあった柵を堀の際に立てていた。敵が混戦狙いと見て、それを邪魔するため簡易ながら防御施設をつくったのである。

 

「ありがとうございます。では行きましょうか」

「うん、ちょっとでも早くしないとね」

 

 柵が立つのを見届けると、アルトリアたちはブーディカが出した宝具の戦車(チャリオット)に乗ってどこやらへ移動し始めた。

 

 

 


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