FGO ANOTHER TALE   作:風仙

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第63話 ガリアを取り戻せ!2

「おぉっ、いったい何が!?」

 

 突然閃光がはしり爆音がとどろいたかと思ったら、敵軍の前面に(ほり)が掘られ柵が立った。小規模ではあるが一瞬にして防御施設ができたわけで、連合軍の兵士たちは罠にはめられたのではないかと不安を抱いたが、突進し始めた大軍はそう簡単に止まれるものではない。無理に急停止しようとしたら押し合いへし合いの混雑を生んで、敵に攻撃のチャンスを与えてしまうだろう。

 さしあたって後方の司令部に伝令だけは送りつつ、施設ごと踏み潰すつもりで走り続ける連合兵たち。

 その頭上から石の雨が降ってきた。

 

「と、投石だと!?」

 

 連合兵たちは一様に驚いた顔をした。

 というのは、ローマ帝国の軍制では投石や弓矢の類は同盟国や属州の兵士の役目になっていて、彼らは部隊の左右から支援するのが通常である。つまり、中央に配備されるローマ市民からなる正規部隊「軍団兵」は投石をしないはずなのに、今はその中央部から大量の石が飛んでくるのだ。

 

「僭称皇帝の手下どもめ、ついにローマ市民の誇りまで捨てたか!?」

 

 連合兵たちは石弾の雨に閉口しつつも正統軍をそうあざけったが、これには少々事情がある。

 実は正統軍の軍団兵も投石をやるのは気が進まなかったのだが、ラクシュミーが「先に誇りを捨てたのは、軍団兵同士の戦いに怪しい土人形をかり出した連合側だ」といって説得したのである。なるべく連合軍を接近させたくないのと、石弾ならゴーレムにも多少は効くかと思ったからだ。

 なおこの石弾はブーディカ軍が消えた時に投石紐(スリング)とセットで残したもので、つまりせっかくタダで物資が手に入ったのだから使える時に使おうという経済的な動機も混じっている。ラクシュミーと景虎は財務にはタッチしていないが、戦争に多大な経費がかかることくらいは知っているので。

 

「おのれえー!」

 

 こうして連合軍が接近を阻まれている間に、ブーディカとマシュ・アルトリア・ルーラーアルトリアは戦場から少し離れた物陰にたどり着いていた。そこで待っていた光己とスルーズ・カーマが一行を出迎える。

 

「あ、来てくれましたか。そっちはどうでした?」

 

 光己は今回は竜にならないといっても呼び出すポーズはする必要があるので、ブーディカ戦の時と同様に軍から離れていたのだった。各方面への配慮は大変なのだ。

 なおヒロインXXは上空からカエサル軍の動向を見張る仕事、段蔵とブラダマンテと金時は戦車(チャリオット)の車台があまり広くなくて大勢乗れないので今回は出て来ていない。

 なら何故わざわざ戦車で来たかというと、ブーディカの戦車はケルトの神々の加護により空を飛べるので、これに乗っていけば走って敵中突破なんて荒業をしなくて済むからだ。ついでにスルーズが認識阻害と矢避けの加護、おまけでアルトリアの風王結界をかければ地上からの攻撃はほとんど受けなくなる。

 

「うん、全部想定通りだよ。さあ乗って乗って」

 

 ブーディカがそう答えて、光己に乗車をうながす。

 光己が車台に飛び乗り、スルーズとカーマはその脇で自力飛行だ。

 なおこの戦車は白い馬2頭で引いているのだが、驚くべきことにブーディカは手綱を握っていない。口頭やしぐさによるファジーな指示だけで、馬は彼女の思い通りに動いてくれるのだ。

 馬がいななきと共に駆け出し、宙に浮かぶ。

 

「おお、マジで飛ぶのか。すげぇぇぇ!」

 

 光己自身も竜になれば飛べるが、空飛ぶ馬車なんて初めてだ。驚きと歓喜の声を上げて、手すりを握って地上を見下ろす。

 ―――が、そこはちょっとの間失念していたが戦場、怒号と苦痛の叫びが響き血と鉄の臭いが充満する殺し合いの場であった。

 

「……ぐ」

 

 酸っぱいものが口までせり上がってきて吐きそうになってしまったが、気を取り直してぐっと飲み込む。咽喉がちょっと痛かった。

 地上では正統軍の投石により、連合軍はかなりの死傷者が出ていて突進速度も遅くさせられていたが、盾で身をかばいつつなおも進んでいる。ラクシュミーの狙い通りゴーレムにも多少の効き目はあるようだが、機能停止までもちこめたものはまだないようだ。

 兵士たちが戦車の存在に気づいた様子はない。ドラゴンが気になって空を見上げた者はいたが、認識阻害の魔術により戦車の正体には気づけないのだ。

 

「……まったく」

 

 光己は不愉快そうに小声で吐き捨てたが、サーヴァントたちにそういう顔を見せるのは避けて表情を取り繕った。

 ふと気になって、傍らのマシュに話しかける。

 

「マシュはこういうのって大丈夫なの?」

「え? は、はい、そうですね。つらい光景だとは思いますが、私は先輩の盾ですから」

「そっか、ありがとな」

 

 そんな風に思ってくれる後輩がいるのなら、先輩として沈み込んではいられない。光己は改めて己を励ましながら、次はブーディカに声をかけた。

 

「ブーディカさん、今どの辺にいるんですか?」

「うん、見た感じ連合の陣の真ん中あたりかな? ルーラー、次はどっちに行けばいい?」

「そうですね、少し速度を落として右に曲がって下さい」

「了解! みんな、落ちないよう気をつけてね」

 

 ブーディカがそう言うと、戦車はぐいーっと右折した。すると乗員は遠心力で左側に引っ張られるわけだが、思春期脳の光己も空中ではこの揺れを利用してセクハラする度胸はなくおとなしく手すりにつかまっていた。

 やがて下方に特徴的な容姿と雰囲気を持った人物が2人見えてくる。

 1人は金色の胴鎧の上に赤い外套を着て、金色の長剣を持ったやたら太った男性。1人は立派な長槍と円盾を持ち、兜と肩当てと籠手をつけているが、それ以外はパンツとブーツだけという異様な格好の筋骨たくましい男性だった。他の兵士はローマ軍の一般的な装備なので非常に目立つ。

 さっそくルーラーアルトリアが真名看破を行う。

 

「太った男性はガイウス・ユリウス・カエサル、セイバーです。宝具は『黄の死(クロケア・モース)』、必中の初撃の後、幸運の判定を失敗するまで攻撃し続けるというものです。

 槍を持った男性はレオニダス一世、ランサーです。宝具は『炎門の守護者(テルモピュライ・エノモタイア)』、300人の兵士を召喚するものですね」

「んー、つまり接近戦は避けた方がいいわけか」

「そうですね。地上戦だとそばにいる兵士とゴーレムがカバーに入るでしょうし、このまま空から攻撃するのがよいかと」

 

 姿を見ただけでサーヴァントの正体と必殺技を見抜くというイカサマ芸により、カルデア勢は自分たちだけ遭遇前に対応策を決めることができていた。

 

「いえ先輩! レオニダス一世といえば、その300人で10万人の大軍を3日間もくいとめたという防戦の鬼です。ここはいったん退却するのもやむを得ないのでは?」

「スパルタが強いのは認めるけど、何でそこまで敵を褒めるの?」

 

 マシュが同じ盾持ちかつ防御型だからか、レオニダスを妙に持ち上げていたりはしたが。

 まあ300人で10万人を止めたといってもスパルタ兵がペルシア兵の333倍強いということではないので、無論油断はできないがそこまで恐れおののく必要はないはずである。

 一方カエサルとレオニダスは、上空のことより地上の戦いに忙しかった。

 前線からの報告を聞いて指示を返したり、それによっては全体の状況を考えて別の方面に新しい命令を下したりしないといけない。最初にいきなり空堀(からぼり)と柵ができたと聞いた時は驚いたが、今は戦線はやや膠着気味で考える余裕があった。

 

「堀を掘ったのはラクシュミーか荊軻でしょうが、今は動きが見られませんな」

「いわゆるビーム宝具だろうからな。魔力が回復するまでは後方で指揮に専念しているのだろう」

 

 柵の中にこもっているのは回復する時間を稼ぐためだろうか。それにしても軍団兵に投石をやらせるとは思い切ったものである。

 そこに新しい早馬が飛び込んで来た。

 

「申し上げます! 我が部隊の先鋒がついに空堀まで到達しました。柵の向こうの正統兵と白兵戦を行っております。

 しかしながら損害も多大なので後詰めを希望するとのことですが」

「そうか、ではさっそく送ろう。

 ……そうだな、本陣自体も前に進めるから安心して戦えと伝えるがいい」

「はっ、了解いたしました!」

 

 満額以上の回答を受け取った早馬が喜び勇んで戻っていく。

 カエサルはその後ろ姿を見送ると、本陣付きの伝令たちに今の言葉を各部隊に伝えるよう命じた。そして彼自身も、レオニダスとともに前進する。

 その様子を見たブーディカがふと正統軍の方に目をやると、連合軍の兵士はすでに空堀の中にまで進んでいた。ゴーレムもいるから、柵を越えられるのは時間の問題のようだ。

 

「うーん、これはまずいね。急がないと」

 

 正統側の思惑としては、カエサルとレオニダスを討って指揮系統を潰すまでは防御施設にこもって犠牲を抑えるつもりだった。その予定通りにするには早々に2人を斃さねばならない。

 

「そうですね。しかしカエサルとレオニダスを討つって、考えてみたらすごい字面ですよね」

 

 光己が何の気なしにそう言うと、アルトリアがぴくっと耳を震わせた。

 

「では私にお任せを。その偉業をマスターと女王に捧げましょう」

 

 意欲十分なのは良いことだ。しかし大丈夫だろうか?

 

「んー、でも車台の上から聖剣ぶっぱして大丈夫? 余波とか落っこちたりとかしない?」

「そうですね、その懸念はもっともですがジャンプして撃てば大丈夫です」

「ほむ」

 

 そこまでしてやりたいのなら、かなえてやってもいいだろうか。他の手札を見せずにすむし。

 そう判断した光己がGOサインを出そうとした直前に物言いが入る。

 

「いえマスター、アルトリアばかりに任せるのはよくないかと。ここはぜひ私に。

 偉業だと今聞きましたから、恩賞としてマスターと2人きりでお風呂に入る権利が欲しいです」

「そういうのってアリなんですか? なら私はマスター手作りのスイーツがほしいですね。市販品じゃなくて手作りを」

「よろしい、ならばスルーズで!」

「ちょ、ちょっとマスター。そういう動機で作戦を決めるのには賛同しかねますが」

「……キミたち、今はそういう話してる場合じゃないと思うんだけど!?」

「い、いえす、まむ!」

 

 ブーディカママにオクターブ低めの声で叱られたので、光己たちは立候補順でまずアルトリア、彼女が仕留められなかったらスルーズとカーマが出るということになった。

 ブーディカが戦車を止めると、アルトリアが車台の縁に立って聖剣を構える。

 

「……決着をつけましょう」

 

 剣に魔力がこめられ、周囲に光の粒子がきらめく。それがある一点に達した時、アルトリアはぱっと床を蹴って跳躍した。

 

約束された(エクス)―――」

 

 そして空中で一瞬止まった刹那に剣を振り下ろす!

 

「―――勝利の剣(カリバー)ーーーーッ!!!」

 

 金色の破壊光線が地上めがけて疾駆する。接地と同時に大爆発を起こし、隕石でも落ちたかのようなクレーターをブチ開けた。

 

 

 

 

 

 

 土煙が晴れた後、爆心地から少し離れたところでだいぶボロボロになったカエサルとレオニダスが立ち上がった。

 光の斬撃は「光」なので、見てから回避ということはできない。しかし2人とも優れた戦士であり一瞬早く危険を察知して横に跳んでいたのと、アルトリアがジャンプして宝具を撃つのは初めてだったので少し狙いがそれたので直撃は免れたのだ。

 それでも爆風と熱波は強烈で、2人ともちょっとふらついていた。とりあえず、攻撃が来たとおぼしき方を見上げる。

 

「空飛ぶ、戦車……!?」

 

 認識を阻害する魔術がかかっていたようだが、サーヴァントが最初から疑念を持って注視すれば破れたようだ。

 どう考えてもサーヴァントの宝具である。まさか空から奇襲してくるとは思わなかった。

 しかも戦車は用心深くも2人がジャンプしても届かない高さにいるので反撃は難しい。カエサルはまず会話を試みることにした。

 

「貴様たちは正統軍の者だな。よくは見えなかったが凄まじい威力、感じ入ったぞ。

 おそらくは名のある英傑なのだろうが、しかしこのカエサルを前にして、名乗りも上げず遠くから撃つだけなのが貴様たちの在りようか?」

 

 カエサルの声はそこまで大きくはなかったが、彼が天才的な弁論家だからか、あるいは声に魔力でも乗せているのか、戦場の喧騒の中であるにもかかわらず、カルデア勢の耳にはっきりと届いた。

 光己は顔をさらすのを避けて、考えてあった言葉をアルトリアに代わりにしゃべってもらった。

 

 

「その通り、何が悪い!!!」

 

 

「……!?」

 

 いっそ清々しいまでの開き直りっぷりにカエサルは一瞬硬直してしまったが、レオニダスはその真意を正確に悟っていた。

 

「カエサル殿、警戒されましたな」

 

 名乗りを求めたのがレオニダスだったなら、あるいは声の主の返事は違っていたかも知れない。しかしカエサルは扇動と権謀術数の名手として知れ渡っており、会話することでペースを乱されるのを恐れたのだろう。

 

「ううむ、有名なのも善し悪しか」

 

 カエサルはつまらなさそうにごちたが、ああ出られてはいかな弁論術も役に立たない。

 たとえば彼女が聖杯や連合の魔術師について聞いてきたりすれば、「よく戦えば私が教えてやってもよい」などと答えて戦い方を制限したりもできるのだが。

 一方レオニダスは槍の真ん中あたりを握って投げる構えを取っていた。

 

「むりゃあぁぁあーーーーッ!!」

 

 そして思いっ切りぶん投げる。槍を投げたら彼は武器を失ってしまうのだが、後生大事に持っていても敵に届かないのでは無用の長物だから―――という理屈は正しいが、それを実行できる度胸は大したものだった。

 狙いは戦車を引いている馬だ。片方でも倒せば戦車ごと落ちるかも知れない。

 

「!!」

 

 スパルタの英雄の剛力で投げられた槍が風を切ってブーディカの馬を襲う。しかし矢避けの加護により、槍は途中でカーブしてあらぬ方向にそれていった。

 

「なんと!?」

 

 そしてレオニダスが驚いている間に、カルデア勢の2番手は攻撃準備を終えていた。

 

「同位体、顕現開始。同期開始。真名解放……『終末幻想・少女降臨(ラグナロク・リーヴスラシル)』!!」

 

 空中にスルーズの同僚が6人現れ、槍を一斉に投擲する。

 この槍は大神オーディンの愛槍グングニルのレプリカであり、投げれば必ず命中する加護を持つ特別製だ。

 

「おお、投げ槍に投げ槍で返すとは!?」

 

 レオニダスは感嘆の声を上げつつも跳び退って回避したが、槍は彼を追って空中で軌道を変えた。とっさに盾をかざしたが、槍はそれをも迂回して彼の身体に突き刺さる。

 カエサルの方も宝具「黄の死(クロケア・モース)」で槍を打ち払おうと試みたが、槍は何度払ってもしつこく戻ってきたため、ついに幸運判定に失敗して4本もの槍に貫かれた。

 

「うおぉっ……!」

 

 その上とどめとばかりに「正しき生命ならざる存在」を退散させる結界が展開され、2人の霊基をこの現世から追放しにかかる。

 ただでさえ「約束された勝利の剣」で傷ついていた2人に耐え切れるものではなかった。

 

「私は……カエサリオンを……」

「ここまでか……やはり、不義にして守るべきもののない戦いでは……」

 

 最後にそう言い残しながら、2人は金色の粒子と化して消え去った。

 

 

 




 やはりワルキューレは強い……!



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