FGO ANOTHER TALE   作:風仙

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第65話 古き神の謎1

 光己たちの説得が功を奏して、正統軍はローマ市には帰らずにマッシリア経由でヒスパニアに攻め込むということになった。ルテティア周辺の守備隊に8千人を残したので進攻部隊は3万人だが、呂布軍と合流すれば4万人になる予定だ。

 

「うぉぉぉぉ、速い、速いな! まったく、そなたたちの技量には本当に感服の他はないな!」

 

 先頭車両に乗ったネロはその快速ぶりに大喜びだった。多少揺れるが、床に毛布を何枚か敷けばそこまでつらくはない。

 3万人乗れるだけの貨車をつくるのはローマ兵にとっても大仕事だったが、出来てしまえば徒歩での行軍より桁違いに速い上に、歩かなくていいので実に楽だ。スルーズへの称賛の声はとどまる所を知らなかった。

 

「あの、陛下。立ってると危ないですよ?」

 

 ラクシュミーがネロを心配して、後ろから彼女の腰に手を添える。それは純粋な善意から出た行動だったが、危ないのはラクシュミーの方であった。何しろとある理由で、彼女の「幸運」ステータスは「E-」なのだから。

 

「!?」

 

 膝立ちになったその下に果物の皮か何かがあったせいでずるっと滑り、ラクシュミーの体が横に倒れる。そちらにいた光己ははっと気づいてささえようとしたが、急なことでささえ切れず一緒に床に倒れてしまった。

 

「う、う~~ん……」

 

 そして気づいた時には、仰向けになった光己の顔の上にラクシュミーのお尻が鎮座していた。

 

「んぷ……えっと、黒コットン!?」

「#$%&!?」

「って、2人とも何してるんですか!」

 

 2人ともあまりの事態に硬直してしまっていたが、すぐに光己の貞操の守護者であるマシュがラクシュミーを引っ張り起こした。

 光己がとりあえず上半身を起こし、ラクシュミーは顔を真っ赤にして座り直す。

 

「あー、えっと、その……すみません」

 

 光己は自分に非があるとは思っていなかったが、ラクシュミーが恥ずかしい思いをしたのは事実なので一度謝罪した。むろん(これがラッキースケベってやつか? まさにラッキー!)などという内心は口にはしない。

 ラクシュミーはよほど恥ずかしいのか体操座りでうずくまっていたが、光己を責めはしなかった。

 

「いや、貴殿のせいではないから気にしないでくれ。むしろ積極的に忘れてくれると助かる。

 第一今のは全面的に私のせいだからな。何しろ私には不幸の神が憑いているから……」

「そ、そうですか」

 

 光己もマシュもそう出られてはあまり深く踏み込めない。彼女の希望通りおとなしく引き下がったが、彼女の発言に目を細めた者もいた。

 

(不幸の神……ただのグチじゃないのなら、アラクシュミーのことですよね。

 少しですが神性を感じると思ってましたが、そういうことでしたか。たぶん分霊あたりが宿っているんでしょうね)

 

 同じインド出身のカーマである。

 しかし、どうせなら幸運や豊穣を司っている妹の方が来ればいいものを、なぜ何の罪もない善良な人間に、あえて不幸の神が宿るのか。

 

(やっぱ神々って(ぴー)ですよね)

 

 カーマは心からそう思ったが、ラクシュミーに何か言ったりはしない。女神扱いされたくないので、カルデア勢以外には正体を隠しているからだ。

 ラクシュミーと初めて会った時は、当然「まさかあのカーマ神なのか?」と聞かれたが否定して、ただ名前が同じだけということにしたし(ラクシュミーもそうなのですぐ納得してもらえた)。

 とりあえず、彼女にはもう少し親切にすることにした。

 

「しかしこんな大勢が乗った荷車が馬より速いとは。スルーズ殿が車に妙な紋様を刻んでいるのを見ていた時は正直半信半疑でしたが、ルーンとはすごいものですね」

「ああ。これでもう少し揺れが静かなら、流れる景色を肴に一杯飲めたのに」

「ほう、それは風流ですな。では毛布をもっと重ねてみましょうか」

「うむ、試してみるか…………よし、このくらいならこぼさずに済みそうだな。ではまず一献」

「これはどうも」

 

 一方そのあたりとはまったく何の関係もなく、景虎と荊軻はウワバミ同士気が合っているようだ……。

 なおこの列車は戦闘的な機能はないが、ブーディカが空飛ぶ戦車(チャリオット)で上空を巡回しているし、ルーラーがいるからサーヴァントの接近は分かるので、奇襲を受ける恐れはない。

 そして徒歩なら1ヶ月かかる行程をわずか2泊3日で走破してマッシリアに入ると、カルデア勢と顔つなぎ役のラクシュミーは呂布軍を迎えに行った。

 

「■■■■■ーーー!」

「はじめまして、陳宮と申します」

 

 呂布は歴史書に記された通り雄大な体躯を持った偉丈夫で、スパルタクスと同レベルの迫力があった。ただ狂化がひどく、多少の思考力は残しているが言葉をしゃべることはできないようだ。

 陳宮も歴史書通り中国風の学者肌の壮年男性だったが、何かこう目的のためなら手段を選ばないというか、勝つためなら犠牲を問わないというか、そんな冷徹な雰囲気も感じられた。

 光己は初対面で事情を全部語る気にはなれなかったので、とりあえずカルデアという組織から派遣されてネロを助けに来ていることと、アルトリアズがネロの従姉妹になっていることなどだけ話しておいた。

 

「■■■■■!」

「なるほど、承知しました。皆さん見目麗しい妙齢の女性ながら、強者ばかりのご様子。頼もしい限りですな」

「……よろしくお願いします」

 

 光己は礼儀正しく挨拶したが、どう見ても自分の人間力ではこの2人は荷が重い。2人がこちらにそこそこ好意的に見えることだけで満足して、必要以上にかかわらずにラクシュミーに任せることにする。

 ―――そしてマッシリアに帰ってネロに報告すると、「地中海のある島に古き神が現れた」という噂があることを聞かされた。

 

「古き神、ですか」

「このマッシリアは港湾都市だからな。そういう噂が広がるのは珍しいことでもないが……」

 

 あくまで噂だから真偽は不明だが、あり得ないことではない。何しろ実例(カーマ)がすぐそばにいるのだから。

 どこぞのドクターは「難しいね。不可能と言い切ってもいいほどだ」とか言っていたが、もともと彼は医者であって、神霊学やサーヴァント学の専門家ではないのだから、多少の間違いは仕方ないことだろう……。

 もっともサーヴァントとしての顕現だと能力がだいぶ下がってしまうのだが、それでも一般人にとっては強大な存在だ。現にカーマは、ビーストの権能を失った今でもA級サーヴァントである。

 そのカーマはネロの意向を察すると、露骨に眉をしかめて反対意見を表明した。

 

「やめた方がいいと思いますよー? 神様なんて誰も彼もロクなもんじゃないです。行ってみて偽者だったら骨折り損、本物だったらヒドい目に遭うだけですよ」

 

 実際に酷い目に遭っているだけに、カーマの言葉には重みがあった。ネロがうっと呻いてひるむ。

 

「ああ、俺の故郷にも『触らぬ神に祟りなし』って言葉がありますねえ」

 

 日本の神話にも八十神(やそがみ)のように性格に問題がある神はいるし、ギリシャ神話だと問題がない神の方が少ないくらいだから、カーマの言うことはあながち間違いではない。「古き神」の名前や由来まで分かっているのならともかく、正体不明の神とかかわるのが賢明だとは思えなかった。

 

「というか『古き』って形容がついてるのは何ででしょうね? 新しい神じゃないと断定できる何かがあったんですか?」

「むう、それは確かにそうだな」

 

 いやに具体的な噂ではあるが、噂だけに根拠がないのだ。

 

「しかし仮にローマの神々だったとしたら、連合の『皇帝』どもに奪われでもすれば大問題だ。

 それは嫌だ。余は、それだけはとても嫌だ!」

「人間やサーヴァントに奪われちゃう程度の神様なら、大したことないんじゃないですか?」

「……」

 

 ネロはさらに押し込まれたのを感じたが、まだ負けは認めなかった。

 

「そ、それは確かにそうだが。しかし力はなくてもローマの神が味方になったとなれば兵の士気が違って来よう?」

「神様なんて強くてナンボじゃありません? 弱っちい神をどうやって『この方は神なんです』って周りに信じさせるんですか」

「……」

 

 カーマの冴えわたるツッコミに、ネロはもう涙目だった。味方を求めて周りを見回す。

 

「ブーディカ! 何か行くべき理由はないか?」

「うーん。ケルトの神様だって分かってるなら率先して行くところだけど、ローマの神様だったら嫌だなあ」

「私は欧州の神々自体に関心がありませんが」

「……」

 

 ブーディカとついでにラクシュミーにも突き放されて、ネロは本格的に泣きそうになったが、突如として彼女に味方が現れた。

 

「私も南蛮の神々に関心はありませんが、陛下がお告げを求める分にはよろしいかと。

 私の故郷にはそういう話は多いですし、この国にもあるのでは」

「おお、まさにその通りだカゲトラ!」

 

 景虎が言った通り、ヨーロッパにも古くから神の意志を伺って行動指針にするという風習はある。古代ギリシャのアポロン神殿が有名だが、ローマ神話にもそうした逸話は存在する。

 皇帝みずから赴いて神託を乞えば、必ずや素晴らしい導きを授かれることだろう。

 

「……」

 

 カーマもモノホンの神様なのだが、特にツッコミは入れなかった。そちら方面は専門じゃないので。

 古き神とやらに味方になってくれなんて言ったら絶対メンドくさいことになるが、神託を乞うくらいなら大丈夫だろうし。ただカーマ自身が対面して正体を暴かれたりしたら嫌なので、船の中で留守番しているつもりだが。

 そして結局、ラクシュミーや呂布たちは軍務があるので居残りになり、カルデア勢だけがお供として同行することになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 島に行くための船と神への捧げ物を用意する必要があるので、その日はいったんお開きになり、光己たちは例によって宿屋に入った。

 今は光己は部屋で呼吸法を行っており、マシュは台所を借りてブーディカにブリタニア料理を教えてもらっている。アルトリアの頃のブリテンは戦乱と不作のためかメシマズの国だったが、ブーディカが作る料理は多様かつ美味であった。それを食べたアルトリアが「私に過ちがあったとしたら、それは生まれる時代を間違えたということか……!」と落涙したとか何とか言われているが、真偽のほどは不明である。

 

「…………スゥーッ! ハァーッ!」

 

 部屋にいるのは光己と段蔵の2人だけだ。段蔵は修業の邪魔にならないよう、気配を消してじっと彼の様子を窺っている。

 

(まだ1ヶ月ですが、ずいぶんさまになってきました)

 

 最初の頃はちょっと落ち着きがなかったが、今はすっかり静まった様子である。動機はミーハー精神とはいえ、やる気はやる気なのでなかなか飲み込みが早かった。

 

(それにしても、壊れた絡繰(からくり)のワタシが人理修復なんて大仕事にかかわることになるとは。世の中分からないものですね)

 

 しかも戦国時代の忍びと違って足軽以下の扱いというようなことはなく、とても大切にしてもらっていて意見も採用してくれる。同僚には元国王や騎士といった高貴な人々がいるが、彼女たちも同様だ。

 ただ光己もアルトリアたちも、段蔵のことを史実的な「忍びの者」というよりファンタジックな「ニンジャ」として見ているようだが、実際に真空の刃や銃弾を出しているので否定しがたかったりする。

 

(段蔵は必ずや御恩に報いまする。

 …………おや?)

 

 考え事にふけっていた段蔵だが、ふとマスターの少年の気配が変わるのに気づいた。

 30秒ほどして、光己がぱっと目を開ける。

 

「……閃いた!」

「おお、まことでございますか! ワタシの予想よりかなり早いですよ」

「うん。何かこう、何かが天から降りてきたっていうか」

「それこそ典型的な『天啓』でございまする。いえシャレではなく。

 してどのような技を?」

「んー、一言でいえば手刀、チョップかな。攻防に使えるけど、最終的には首に打って物理的にチョンパするヤバい技みたい。

 ブロックされたら掴んで炎やドレインにつなぐっていう使い方もできそう」

「なるほど、マスターにはなかなか向いていそうですね。おめでとうございまする。

 さっそく皆にご披露なさいますか?」

「うん、でも最終形がエグいから組手は頼みづらいな。

 ミニマルな木〇拳めいた練習場でもあればいいんだけど」

 

 そんなことを話しながら、2人は皆の部屋に戻って初習得を報告し演武した。アルトリアたちは光己が誰に習ったわけでもない動きをかなりスムーズに演じてみせたことで、段蔵の訓練法が本物であることを再確認し、その優秀さと光己の成長を称賛したが、スルーズだけは思案顔をしていた。

 

(習得が早いのはいいのですが、今までのマスターの素質からすると早すぎるような。そういえばダンゾウは「集合無意識から叡智を得る」と言っていましたが、これはつまり霊長の抑止力(アラヤ)につながるということなのでは?)

 

 ニンジャの技を会得するためにつながるだけなら、たいした問題はあるまい。そもそも人間誰しも集合無意識にはつながっていて、程度の差に過ぎないのだから。段蔵もそのつもりで勧めたのだろう。

 ただ現在は人理が焼却されている真っ最中であり、抑止力としてはそれを阻止しようとしている光己を全力で支援したいはずである。そこに光己の方からつながろうとしてきたから、もっけの幸いとばかりにコンタクトしてきたと考えれば、習得が早いのも納得がいく。

 それ自体はカルデアの一員としても戦乙女としても喜ばしいことだが、懸念が1つあった。

 

(詳しくは知りませんが、抑止力はこれはという者を見つけると、死後を買い取って「抑止の守護者」なる者に仕立て上げるとか。

 だとするとマスターに目をつけるのはむしろ当然ですね)

 

 しかしその待遇と職務内容は劣悪で、セイギノミカタのブラウニーでさえ音を上げるほどだという。

 

(人理修復している間は妙な真似はしないでしょうが、その後は油断できませんね。でも大神のため、マスターのため、そして()()()()()()()()マスターは絶対に渡しません)

 

 スルーズは1人そんな決意を固めるのだった。

 

 

 




 ワルキューレと抑止力が人材の取り合いするケースって実際にあるのだろうか。



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