FGO ANOTHER TALE   作:風仙

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第66話 古き神の謎2

 その翌日、ネロとカルデア勢は予定通り「古き神」に会うためマッシリアの港から船で海に出ていた。

 なお地中海は風向きが不安定なので、帆だけではうまく進めないため大勢の人手で(かい)を漕ぐいわゆるガレー船が主である。つまり良い風がないとスピードが出ないのだが、今回もさすルーンにより通常の数倍の速力をキープしていた。

 

「おお、船でこんなに速いのは初めてだ! フフフ、これなら余の操船の腕もいっそう映えるというもの!」

 

 ネロは剣術や芸術に加えて船の操舵もできるようだ。ただそのスタイルは乱暴きわまりなく、どう考えてもガレー船ではできないような動きをしている。

 

「うおおっ、船が宙に浮いただと!? てかドリフトターンって何の意味があるんだ」

「さ、三半規管がぐるぐる回りをぉぉ……」

 

 もっとも光己は途中から空を飛べるヒロインXXに抱っこしてもらったので難を免れているが、飛べないマシュやブラダマンテたちはまだ旅半ばだというのにかなりグロッキーだった。おそらく櫂の漕ぎ手たちはもっとつらい思いをしていることだろう……。

 スルーズはルーンの制御があるのでカーマが空から島を探していたが、やがて発見して戻って来た。

 

「見つかりましたよー。ここから南南東に15キロくらいですね」

「ほう、ならあと30分もすれば着くな。もう少しだぞ皆の者……って、なぜそんなにへばっておるのだ? さては船酔いか、大変だな。あと30分の我慢ゆえ、今しばらく耐えるのだ」

 

 その大揺れの中、ネロ当人だけはすこぶる元気だったが……。

 やがて島に近づき砂浜が見えてくると、ルーラーアルトリアのサーヴァント探知スキルに反応があった。

 

「これは……ずいぶん多いですね。3騎もいます」

「……? 古き神以外にもサーヴァントがいるということですか?」

「そうなりますね。いえ古き神がサーヴァントだと決まったわけではありませんから、無関係の者が3騎ということも考えられます」

 

 つまりこの噂は連合側がネロをおびき寄せて暗殺する罠だという可能性も出てきたのだ。ここはいったん引き揚げるべきだろうか?

 

「難しいところですね。逆に罠だと決まったわけでもないのですから」

 

 それに仮に罠だったとしてこちらが帰ってしまったら、島にいる3騎は別の暗殺方法を考えるだけだろう。今ここで禍根を断っておく方が安全という考え方もあった。

 無人の小島でなら聖剣ぶっぱも聖槍ぶっぱも遠慮なくやれるから、地の利はむしろこちらにあるし。

 

「そうですね。しかしマスターと陛下に注意喚起はしておきましょう」

 

 いくら光己が硬くてネロも強いといっても、不用意に敵かも知れないサーヴァントの前に出るのは賢明ではない。当然の判断だった。

 

「―――なるほど、連合の罠かもしれぬということか。あり得る話だな」

 

 何しろネロ自身が暗殺と謀略の中で生きてきた皇帝である。敵がそれを考えたと言われても、まったく疑問は持たない。

 しかし現状ではあくまで可能性の話であり、確定するのはルーラーの「魔術」で彼らの正体を見破った後のこととなる。

 

「つまりそれまでは素知らぬ顔で、ただし余はマシュたちの後ろにいろということだな?」

「はい、そうしていただければ」

 

 あまり疑念を表に出すと、罠でなかった場合に失礼になるし、罠だったとしても、相手に「自分たちは疑われている」という情報を与えてしまうことになる。これも当然の話だった。

 ―――そして船はようやく島に到着し、砂浜に錨を下ろした。

 船酔いを治すには陸に上がるのが1番簡単なのだが、ネロとカルデア勢以外の兵士と船員たちはほぼ全員立つのもままならない惨状である。仕方ないので光己たちがかかえて下ろしてやり、最後に神への捧げ物である酒樽と杯も下ろした。

 

「神の名は結局分からなかったが、酒が嫌いな神というのはあまり聞かぬからな。不快には思うまい。

 不老不死の霊酒(ネクタール)でもあれば良かったのだが」

 

 まあ妥当なところだろう。ネロが最初に用意した鉛製の杯を光己たちが必死で止めて、金製の物に変えてもらったという一幕もあったりするが。

 

「出発は一休みしてからですね……んんん!?」

 

 ルーラーはそう思ったが、しかし島の住人は向こうからやってきた。3騎のうち1騎が接近しつつある。

 あわててネロと光己たちに注進した。

 

「陛下、マスター! サーヴァントが近づいてきています!」

「むう。余が来たと知って出迎えに来た……という解釈はお気楽すぎか?」

 

 待つことしばし、くだんのサーヴァントが砂浜の向こうの木陰から姿を現す。

 かなり小柄な少女のようだ。古代ギリシャ風の白い衣をまとい、紫色の長い髪をツインテ―ルに束ねたすごい、とてもすごい美少女である。

 これだけの人数を前に恐れる素振りも見せず、平然とした様子で近づいて来た。

 

「……真名、ステンノ。まぎれもなく神霊サーヴァントです!

 宝具は『女神の微笑(スマイル・オブ・ザ・ステンノ)』、標的の男性を即死、あるいは魅了や弱体化の効果をもたらします」

「!!!???」

 

 その直後、マシュが最高速で盾をかざし、ブラダマンテとXXが光己をかかえて逃げ出した。一瞬遅れて、段蔵が金時の後ろから両手で目隠しする。スルーズもルーンで氷の板をつくって、ステンノの笑顔とやらが見えないように視界をふさいだ。

 順当といえば順当な対応だったが、ちょっと大げさすぎるかもしれない。少なくともステンノはそう解釈して、からかうような笑みを浮かべた。

 

「あらあら、こんなかよわい少女1人にずいぶんと派手な対応をなさるのね。私は単なる偶像、ただの小娘も同然の非力な神なのに。

 ……ご機嫌よう、勇者のみなさま。

 当代に於ける私のささやかな仮住まい、形ある島へ」

 

 その涼やかな声もまた芸術的なまでに美しかったが、同時に何か危険なものを感じさせていた。

 

 

 

 

 

 

 ステンノが非力というのは嘘ではない。本来は男性の憧れの具現、理想の女性として生まれた存在であり、戦闘的な権能は何1つ持ち合わせていなかったのだから。今回はサーヴァントとして現界したことで、ある程度強くなってはいるが、武闘系のサーヴァントと張り合えるほどではない。

 女性的な魅力に耐性がない男性に対してはめっぽう強いが……。

 ―――それはともかく、お目当ての「古き神」が現れて声をかけてきたのだから、ネロは返事をしなければならない。幸いにして、ローマ皇帝は神官のトップを兼ねているので、ネロは各地の神話についての造詣があった。おかげでステンノという名前だけで彼女の由来が分かった。

 

(確かゴルゴンの長女だったな。3姉妹だから3騎、分かりやすい話だ)

 

 ローマのではないとはいえ神の面前である。ネロは威儀を正して、よく通る声で名乗りを上げた。

 

「余がローマ帝国第五代皇帝、ネロ・クラウディウスである!!」

 

 妙に気合いがこもったその挨拶に、ステンノはびっくりしたようだったが、理想の女性だけあってすぐに優雅な挙措で自己紹介を返した。

 

「これはご丁寧に。私が貴女がたが言う『古き神』ステンノですわ。この呼ばれ方はあまり好きではないのだけれど」

「おお、噂はまことであったのだな。して妹御たちはいずこに?」

「妹は来ていませんわ、皇帝陛下さま」

「おや、そうなのか」

 

 3姉妹で現界したという見込みはハズレだったようだ。しかし、こんな孤島にいるのに人間たちが自分をどう呼んでいるか知っている辺り、やはり只者ではない。

 

「話の前に、まずは捧げ物を献上すべきだな。ルーラー、頼む」

「はい」

 

 ルーラーが、樽と杯をステンノに見えるように氷の板の向こうまで持って行くと、美貌の少女神は男性なら誰でも見惚れそうに嫣然とした微笑を浮かべた。

 

「フフッ、私に供物なんて捧げても仕方ないのに……でもせっかくだから、ありがたく頂いておきますわ」

 

 というわけで、ステンノは今のところ敵ではなさそうなので、ネロたちは彼女の家まで捧げ物を運んで、そこで話をすることになった。

 行くのはネロ本人とマシュ・アルトリアズ・ブラダマンテ・スルーズ。つまり対魔力が高い女性である。残りは留守番だった。

 ステンノの家は雨風凌げる程度の古びた草庵という感じで、ネロはむしろこれ幸いと「ローマに来ればしかるべき神殿を用意する」と言って勧誘してみたが断られた。そうした欲求はまったくないようだ。

 

「うむむ、それでは仕方ないな」

 

 なのでネロは当初の予定通り神託を求めることにした。ステンノはこれは断らなかったが、ちょっとした選択肢を突きつけられた。

 

「そうね。お忙しい皇帝()()()がこんな辺鄙な島まで来てくれたのだから、手ぶらで帰すのも体面にかかわるわ。

 それじゃ力と知識、どちらか片方をさしあげましょう」

「ほう!?」

 

 何かいかにも神話っぽい流れである。これは正しい答えを選べば栄光が与えられるが、間違った者には破滅が待っているとかそういうノリだろうか。さすがのネロも即答できなかった。

 

「ううむ、これは悩ましいな……どちらが正しいのか。むむむ」

 

 腕組みして百面相しながら深刻に考えこむネロ。その様子をステンノは楽しそうに、いや愉悦の表情で眺めていた。

 

「ところでステンノ神よ、両方という答えはナシなのか?」

「ええ、それはナシ。ああでも誤解しないで、供物が足らないからとかそういうのではないのよ。

 たとえローマの国庫を傾けるほどの財宝を捧げられたとしても、答えは変わらないわ」

「うむむ」

 

 本当にステンノは無欲だった。皇帝としてはかえって扱いにくいタイプである。

 

「…………いえ、でも、そうね。皇帝と勇者、それぞれが違うモノを求めるというのはアリよ」

「ほう?」

 

 ネロがはっと顔を上げる。そうしてもらえるなら悩むことはない。

 

「それで、先ほどから話に出ている勇者というのは誰なのか?」

「名前は聞いてないけど、白い上着に黒いズボンの男の子よ」

「ミツキのことか……まあ確かにな」

 

 カルデア傭兵団の団長だし竜を呼べるし、勇者と呼んでさしつかえあるまい。

 無論ステンノが言うのは違う意味でなのだが、それはネロには分からなかった。

 

「分かった。ではミツキを呼んでくればいいのか?」

「いいえ、それには及ばないわ。

 海岸沿いを西に歩いていくと、洞窟への入り口が見付かるわ。そのいちばん奥に、ね。宝物を用意したの。この時代には本来存在しない、とっておき。

 楽しい貴女たちにさしあげますわ。ふふ、こんなご褒美、滅多にしないのだけれど」

「なるほど、それが『力』というわけか。洞窟の奥に宝物……実に心惹かれる響きよな」

 

 どうやらステンノは、ネロたちが来ることを知っていたようだ。さすがは女神というところか。

 

「で、『知識』の方は?」

「ええ。ここより少し奥に古井戸があるのだけど、その底にある地下迷宮の奥に、貴女の役に立ちそうなことを書いたメモを、箱に入れて置いておいたの」

「古井戸に迷宮か……意外とメジャーな話よな」

「どちらがどちらに行っても構いませんわ。お供を連れて行ってもいいけど、両方に行くのはナシよ」

「ふむ。たとえば余がルーラーたち全員を連れて洞窟に行って戻ってから、ミツキがまた全員連れて井戸に行くのは駄目だということだな」

「ええ、それは反則ですもの」

 

 まあ当然の制限だろう。ネロは受け入れることにした。

 

「分かった、では行ってくることにしよう!」

「ええ、行ってらっしゃい。貴女がくれたお酒を頂きながら待ってるわ」

 

 ステンノは見た目はミドルティーンだが、実年齢は100歳や200歳ではきかないので、法的な問題はない。

 ネロたちは元の場所に戻ると、光己たちに顛末を告げてチーム分けについて相談した。

 

「とりあえずルーラーたちは余について来てもらうとして、他の者の配置はそなたに任せよう」

 

 マシュたちはネロの直接の部下というわけではないので、ネロはちょっと遠慮した。光己がふーむと唸って考え込む。

 お供が認められたということは、神の試練的なものがあるのかもしれない。ならネロ側には、彼女の安全最優先の配置をするべきだろう。

 

「じゃあマシュとスルーズを陛下につけて、ブラダマンテと段蔵とカーマと景虎と金時が俺の方ってことでいいですか?」

「ふむ、よかろう」

 

 ネロは皇帝だが、6人7人寄こせと言うつもりはない。サーヴァント探知に加えて盾兵とルーン使いをくれた、つまり安全に配慮してくれたことで満足した。

 

「それで、陛下はどちらに行かれるんですか?」

「そうだな。やはり皇帝たる者、個人の力より知が重要であろう。よって井戸の方に行く。

 そなたたちは洞窟の方を頼む」

「分かりました。それじゃ陛下、お気をつけて。

 マシュたちも気をつけてね」

「うむ、そなたたちもな」

「先輩もくれぐれも慎重に!」

 

 こうして一行は二手に別れて、女神の託宣を受け取るための探索に出向いたのだった。

 

 

 




 人数が多いので二手に別れて冒険()することにしてみました。
 しかしルーラーがいると人理修復の危険度がガクッと下がりますねぇ……。



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