箱の中にいた女性2人はどうやらサーヴァントで、しかもカルデア勢にそれぞれ知人がいるようだ。そういえば今はルーラーアルトリアがいないので、サーヴァント探知と真名看破ができないのだった。
パールヴァティーと呼ばれた女性は、カーマが15~16歳になって善良になったらこうなるだろうといった感じの娘で、半袖の青い服を着て刺又のようなものを持っている。カーマが絶叫したところを見るに、インドの女神のパールヴァティーであろう。
頼光と呼ばれた方は20歳台後半ぐらいの美しい女戦士で、紫色のぴっちりした服を着て刀と弓矢を持っている。金時の関係者で頼光といえば鬼退治で有名な源頼光と思われる。
「おや、そこにいるのは金時ではありませんか! まさかこんな所で会えるなんて」
頼光は目ざとく金時を見つけてぱたぱたと駆けよってきた。金時が何故か妙に慌てふためいているのを完全スルーして、いとしげに彼の顔を豊かな胸の間にかき抱く。
「異国の女神に連れられてこんな小さな島に来たと思ったら、まさか息子がいたなんて。愛は奇跡を起こすものなのですね」
「…………?」
頼光は感きわまっている様子だが、台詞の所々におかしな点が見られる。同国人の景虎が代表として訊ねてみることにした。
「あの、もし。頼光殿」
「……ああ、これは名乗りもせずに不躾なところをお見せしまして。私、源頼光と申します。貴女も日の本の方なのですか?」
雅やかに自己紹介した頼光は良識と母性愛を兼ね備えた上で、冷徹な武人としての側面も持っていそうに見えた。もっとも武人度では景虎も人後に落ちぬ身なのでそこは気にせず、こちらも名乗りを返す。
「はい、長尾景虎と申します。頼光殿やゴールデン殿より500年ほど後の越後国で、国主と関東管領を務めさせていただいておりました」
相手が源氏の棟梁とあって、景虎の態度は普段より神妙である。
その名乗りを聞いた頼光はいたく感心した顔を見せた。
「なんと、国主ですか。関東管領というのは聞いたことがありませんが、
「いえ、それほどでも」
こうして自己紹介も済んだところで本題に入る。
「それで、頼光殿はゴールデン殿を息子と呼んでおられましたが、いったいどのような……? 養子縁組でもされたのですか?」
「いえ、別にそのようなことは……」
頼光はむしろ、指摘された理由が分からないようだ。
「私はただ母として息子を愛しているだけですが」
「ふむ、君として臣を子のように愛しているということですか?」
「なるほど、そういう感覚はあるかもしれません」
「そうですか、主君として素晴らしい心構えですね!」
「いえ、それほどのことは」
2人ともそちら方面の感性が常人と大幅にズレているからか、話は明らかにかみ合っていないのに、お互い納得してしまっていた。金時が腕をぶんぶん振って間違いを正そうとしているが、今回もスルーしている。
金時は頼光を主君としては尊敬しているし、人間的には好意を持っているが、彼女が向けてくるかなり重い上に、母性愛と恋愛の区別がついてない感情と過度なスキンシップはあしらいかねているという感じだった。
「ところで後ろに龍神様がお見えになっているようですが、私もご挨拶した方がよろしいのでしょうか?」
さすがは名高い源氏の武者、体長30メートルの巨竜を前にしても落ち着き払ったものであった。景虎がその胆力に感心しつつ彼の素性を教える。
「そうですね。あの方は藤宮光己殿といいまして、私たちのマスターです。
カーマ殿とパールヴァティー神の話が終わったらご紹介しましょう」
そのカーマとパールヴァティーは2柱とも疑似サーヴァントなので、お互い顔では識別できない。しかしそこは女神だけあって、神気の質で何者か判断できていた。
「え、まさかカーマ……? こんな所で会うなんて」
「ええ、ここで会ったが百年目ってやつですね! 殺しはしませんがたっぷり嫌がらせしてあげますから、それが嫌ならとっとと座に還るがいいです」
「ま、まあまあカーマさん」
カーマがパールヴァティーに詰め寄ろうとしているのを、ブラダマンテが必死で後ろから羽交い絞めして止めている。その間に段蔵がパールヴァティーに事情を訊ねた。
「ええと。カーマ殿があの様子ということは、貴女様はインドのパールヴァティー神ということでよろしいのでしょうか?」
「はい、そのパールヴァティーです。勇者に試練を与えたいから手伝ってくれと言われて、こうして箱の中で待っていたのですが、まさかカーマが現れるとは思いませんでした」
しかも勇者はサーヴァントだったとか、パールヴァティーにとってもかなり意外な展開である。
「いいえ、意外でも何でもありませんよ! あのステンノってヤツ、絶対全部狙ってやったに決まってます」
するとカーマがぐわーっと吠えた。
ステンノはネロが来ることを知っていたし、光己を勇者といったくらいだからカルデアの事情も知っているのだろう。ならばカーマがいることも知っていて、嫌がらせのためにパールヴァティーを選んだのに違いない。
しかも、パールヴァティーはもちろん頼光という人物も相当な強者ぽいから、勇者に与える「宝者」として十分だから、ケチをつけるのは難しい。
さらには光己たちがネロに隠し事をしているのもおそらくは知っていて、ステンノに敵対したらそれをバラされる恐れがあるからよほどのことがなければ攻撃しては来ないことも承知しているはずだ。何と狡猾な!
「やっぱり神々って(ぴー)ですねホントに!」
「……何でそうなるんです? ステンノさんが貴女に嫌がらせをする理由はないと思うのですが」
「愉悦系ってやつですよ。私が貴女に嫌がらせして喜ぶのと同じことを特に恨みもない人にやって暗い喜びにひたってるんです」
「……」
パールヴァティーは返答を避けた。
「ところで貴女の後ろにいるのは
パールヴァティーも本物の神だけに、ファヴニールを恐れる様子はなかった。ただカーマがいるからかインドの神霊と勘違いしていたので、さっそくカーマが予告通り嫌がらせを始める。
「違いますよ、西洋の
ぷぷっ、夫に干されてたばかりか眼力もないなんて哀れですねー。ドラゴンとナーガの区別もつかないなんて」
「……」
露骨な挑発にパールヴァティーはわずかに眉をしかめたが、カーマがなぜそうするのか重々承知していて、責任も感じているので穏やかな態度を保った。
「ドラゴンですか。人間の味方になることは少ないそうですが……」
「ええ、でもこの人はただのドラゴンじゃありませんからね。
それじゃマスター、そろそろ正体見せてやって下さい」
話がそちらに及んだし、頼光サイドも竜の紹介を求めているみたいなので、カーマは光己に人間モードに戻るよう促した。
すると巨竜がだんだん縮んでいき、最後には人間の若い男性になる。
箱の中に魔物がいる可能性もあったので竜モードでいたのだが、もう戦いになる恐れはなさそうなので、人間モードに戻ったというわけだ。
「これは……」
「なんと、人の姿になれる龍神様とは。相当修業を積んでおられるか、もしくは高位のお方なのですね。
しかし裸とは……あと少しというところでしょうか」
服を着ていれば完全だったのに。しかし彼は(人間に換算すれば)まだ16~17歳のようだから、そこまで求めるのは高望みかも知れない。
もっとも光己は龍が人に化けたのではなく、人が竜に変身しているのだが、今の頼光の視点ではこう判断してしまうのも仕方ないところだろう。
光己がいそいそと服を着て、パールヴァティーと頼光の前に出る。
「えーと、初めまして。カーマやゴールデンたちのマスターしてる藤宮光己と申します。
裸見せちゃいましたけど、俺にはどうにもならないことなので、勘弁していただけるとありがたいです」
「いえ、お気になさらず。あ、私パールヴァティーと申します」
「源頼光と申します。金時がお世話になっております」
20世紀末以降の女性なら、セクハラ容疑でポリスメンを呼ばれていたかも知れないが、幸い2人とも寛容であった。
「それで、龍神様はどのようなご事情でここに?」
えらい龍神様にいきなり質問をぶつけては失礼になるかという危惧もあったが、「息子」のマスターが何をしているのか確かめたい気持ちが勝ったのだ。母の愛は海より深いというところか。
もちろん光己はそんなこと全然気にしない、というか問われもしないのに語り出すのも何かと思っていたので、渡りに船であった。
「あー、そのことなんですが」
ただ、2人は見た感じ真っ当そうではあるが、どこまで事情を話してよいものだろうか。光己は関係者に意見を求めることにした。
「カーマにゴールデン、2人にいろいろ話しちゃって大丈夫かな?」
「はい、問題ありませんよ。パールヴァティーはいい子ちゃんですから、全部ぶっちゃければ絶対手伝ってくれます。
私としてはそうしてほしくないんですけどねー」
「ああ、頼光の大将なら何も心配いらねえよ。俺っちとしちゃ少々気恥ずかしいが、頼りになるのは間違いねえ」
カーマと金時は、パールヴァティーと頼光を迎えることに多少の逡巡はあるようだが、両名の人格と能力については太鼓判を押していた。
それなら大丈夫だろうと、光己は2人に事情を全部話すことにする。
「それじゃちょっと長くなりますけど、いいですか?」
「はい、もちろん」
「はい」
そういうわけで、光己が2人に人理修復の概要と、自分たちが今この洞窟にいる理由について説明すると、カーマと金時の予想通り、全力で加入を申し出てくれた。
「分かりました。そういうことなら、及ばずながら私も力になりましょう」
「私も参加させていただきます。息子だけに戦わせるわけにはいきませんし。
……高位の龍神様がいらっしゃるのに、どこまでお役に立てるか分かりませんが」
「あ、その辺まだ話してませんでしたね」
ついで光己が竜になった経緯を話すと、さすがの頼光も驚いた様子だった。
「なんと、そのようなことが。
しかし見事な機智ですね」
彼が最後のマスターだというのであれば、武士とは違って不名誉なことをしたり泥をすするようなつらいことをしたりしてでも生き残る責務がある。
といって露骨に憶病な振る舞いをすれば、英雄たちは好意を持たないだろうが、その両方を1度に解決できる機会を逃がさず捉えた才覚は、称賛すべきだと思ったのだ。
「そうですよね! 実際もしマスターが無敵アーマー持ってなかったら、本当に死んじゃってましたから」
「ええっ!?」
すると、ブラダマンテが光己の背中に抱きつきながら、話に首を突っ込んできた。
豪胆な頼光もこれには青ざめてしまう。
「ま、真ですかそれは!?」
「はい。ちょっと前の戦で、スパルタクスっていうすごく強いサーヴァントが出て来まして、私たちでも止め切れずに、マスターお腹蹴られちゃったんです」
「そ、それは何ともはや……」
金時がいて止められないほどの強者に腹を蹴られたりしたら、一般人など即死だろう。無事でよかった。
しかしなるほど、サーヴァント同士が戦う場に出れば、マスターが攻撃を受けることは当然あり得ることなのか。
「分かりました。今後は私が龍神様、いえ藤宮様をお守り致しましょう」
「ありがとうございます。でも無理しないで下さいね。
……っと、忘れるとこだった。カーマとゴールデンたちがサーヴァントだってことは、ローマの人たちには隠してますので、お2人も人前では知らないフリして下さいね」
「え、そうなのですか? うーん、仕方ありませんね。公私の区別は致しましょう」
頼光は金時といちゃつく時間が減るのは寂しいようだったが、宮仕えしていただけにその辺の分別はつくようだ。
「あとパールヴァティー神はカーマと一緒にいるとお互い気まずいでしょうから、ネロ陛下の所にいた方がいいかも知れません」
「あ、それいいですね。そうしましょう!」
すると、当人より早くカーマが諸手を上げて賛成した。パールヴァティーは思う所はあったが、カーマと一緒にいたいと望むのも何なので、同意することにする。
「……そうですね」
「それじゃ、そろそろ戻りましょうか」
―――こうして、光己たちが無事女神の試練を果たして元の砂浜に戻ってみると、ネロたちもすでに戻って休息していた。見たところみんな無事のようだが、妙に疲れた様子である。
「陛下たちも戻ってたんですね。お疲れ様でした」
「うむ、そなたたちもご苦労だった。しかし見慣れぬ者が2人おるな?」
「はい、このお2人がステンノ神が言った『力』だと思います」
「おお、そうか!」
パールヴァティーと頼光を紹介してもらったネロは、ぱーっと満面にバラのような笑みを浮かべた。
光己たちがみごと『力』を持ち帰ってくれたこと自体も嬉しいが、それが人間だったなら、ネロが「古き神」から託宣を得た、つまり神がネロに味方したことの証人になってもらえるからだ。兵の士気は一段と上がることだろう。
ただ異国のとはいえ、本当の女神が参戦したとなると騒ぎが大きくなりすぎるので、パールヴァティーには頭を下げて、人前では人間のフリをすることにしてもらったが。
「うむー、とにかくこれで余のローマこそが正統だと証明されたわけだな! 実にめでたい!」
「まったくですね! ところで『知識』の方は手に入ったのですか?」
「もちろんだとも。連合の首都の位置が記された地図があった」
ヒスパニアに攻め込めばいずれは判明することだが、今の時点で分かれば、それを前提に進攻ルートを決められるので価値は大きい。「神の託宣」の題目に恥じぬ「知識」といえるだろう。
「ただちょっと、いやかなり疲れたのでな。ステンノ神に報告に行くのはもう少し休んでからにしよう……」
ネロもマシュたちも詳しく語ろうとしないが、古井戸の迷宮は命の危険はなかったものの、陰湿なトラップがいくつもあったらしい。それがステンノの仕込みか元からあったものかは分からなかったが。
そして休憩の後ネロたちはステンノの家に「力」と「知識」を無事手に入れた報告をしに行って、ついでにもう1度ローマに来ないか誘ってみたが、やはり断られてしまった。ステンノは今回はサーヴァントとして現界しているので、危険な敵が来たら霊体化すれば逃げられるので、安全面の問題はないのだという。
そうなるともう誘いようがないのでネロも諦めて、パールヴァティーと源頼光という新たな仲間とともに、マッシリアへの帰途についたのだった。
初対面で息子認定はありませんでした。そこまでチョロくはないようですが、はたして主人公は最後まで逃げ切れるのか(ぉ
カリギュラは今回は欠場です。1人で来ても数の暴力でシメられるだけですので(^^;