FGO ANOTHER TALE   作:風仙

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第72話 連合首都進撃4

 アレキサンダーと諸葛孔明を討つために、彼らの本隊に突入した光己たちは、群がる敵兵を圧倒的な攻撃力で蹴散らしつつ、ルーラーのサーヴァント探知スキルのおかげで正確に2人の方に歩を進めていた。しかし、連合兵はいくら斬り倒されても恐怖を知らぬかのように次々と襲いかかってくるため、アルトリアは聖剣を出す余裕がなかった。

 

「まるで洗脳でもされてるみたいな……これが連合のあり方ですかっ!」

「しかしもう少しで着きます。マスター、魔力は大丈夫ですか?」

「ああ、俺は大丈夫。でもアレキサンダーと諸葛孔明は逃げたりしてないの?」

 

 体調を気づかってくれたルーラーアルトリアに、光己はそんなことを訊ねた。

 敵の2人も正統軍の奇襲部隊が来たことは分かっているはずだ。サーヴァント(というかやたら強い戦士)の数はこちらが多いことも報告で聞いているだろうし、ここは逃げる方が賢明だと思うのだが。

 

「普通ならそうですが、仮にも征服王と呼ばれた者が敵の皇帝みずから出向いてきたのに背を向けはしないでしょう。そういう性格、覇気の持ち主なのです。

 そのために、アルトリアも無理してあのドレスを着ているのですよ」

「なるほど……」

 

 そういう心情は分からなくもない。逃げないでいてくれる方がありがたいということもあって、光己はそれ以上訊ねなかった。

 そのアレキサンダーと孔明は伝令で最新の情報を得てはいたが、複数のサーヴァントが来るのなら、対面する前に少しでも自分の目で見ておきたかった。宝具の(ブケファラス)を召喚して、その背中の上に立つ。

 

「せっかくだから先生も見ておいたら?」

「そうだな、見ておいて損はないか」

 

 アレキサンダーはまだ15歳くらいの少年期だが、大きな馬の背中に立てば十分遠くを見渡せる。攻めてきている正統軍はすぐ見つかった。

 

「あの赤い服の子がネロかな? うっわあ、強いね……生身の人間のはずなのにA級サーヴァント並みの強さじゃないか」

「確かネロは素手でライオンを絞め殺したという逸話があったし、魔術も習っていたというからな。剣を見えなくする細工ができてもおかしくはない。

 しかし遠目だからよく分からんが、ヤケになってるように見えるのは気のせいか?」

 

 サーヴァントはサーヴァントと正対すれば、お互いサーヴァントであることが分かるのだが、今はまだ遠い上にチラチラとしか見えないので、「ネロ」の正体は見抜けていなかった。

 

「うーん、言われてみればそんな感じだね。どうしてだろう?」

 

 頭脳明晰な2人にも、人前で破廉恥な服を着させられた羞恥心と怒りだなんてことは想像の外のようだ。まあそんなことより、どのようにお迎えするかを考えるべきだろう。

 

「来てくれたのはいいが、兵が少ないからな。連中は悠長に会話する気はないと思うぞ」

 

 何しろ2万対2千だから、正統軍は1秒でも早く大将2人を討って指揮系統を潰そうとするはずだ。ネロは一騎打ちを所望しているらしいから、そうなれば存分に話せるが、サーヴァントたちがその間手を出さないという保証はない。ネロが討ち死にしたら、その瞬間に正統ローマの敗北が決定するのだから。

 最初の予定では、言い方は悪いが陳宮か荊軻を人質にして会話を強いるつもりだったのだが、今はその手は使えないから、別の策を考えねばならない。

 ―――そう。アレキサンダーがここにいるのは連合ローマの味方をしているのではなく、自身を召喚したマスターの命令に従っているのでもなく、個人的にネロと話をしたいからだけなのである。それも宮殿の中で和やかに話すのではなく、戦場で敵として言葉をぶつけ合いたいのだった。さすがに孔明以外の者には明かしていないが。

 

「先生の宝具で何とかならない?」

「そうだな、ネロが少しでも1人で突出してくれればできるのだが」

 

 孔明の宝具「石兵八陣(かえらずのじん)」は最大500人を閉じ込めて呪詛をかけるというもので、サーヴァント全員を閉じ込めればアレキサンダーは心置きなくネロと話すことができる。

 サーヴァントたちもなかなかの強者のようだから、ずっと閉じ込めてはおけないが、話をする時間くらいは十分に稼げるはずだ。

 

「ま、常識的に考えてあり得ないことだがね」

 

 サーヴァントの護衛付きとはいえ、皇帝が敵陣に突っ込むことすら非常識きわまるのに、そこからさらに1人で前に出るなど正気ではない。それをさせるには何らかの手立てが必要だ。

 

「……難しいな。『孔明の罠』より、いっそおまえが挑発でもしてみた方がいいかもしれん」

「挑発? そうだね、普段なら乗ってこないような台詞でも、頭に血が上ってる時ならついカッとしちゃうことはあるかも。

 僕やネロみたいな身分だと、面と向かってバカにされたり悪口言われたりするようなことはめったにないしね。さて、どんな台詞にしようか」

 

 アレキサンダーは面白がって、ネロに効きそうな口上をいくつか考えてみたが、どれも今いちピンとこない。はて、と頭をひねっていると、時間もないことで孔明が一案を出してきた。

 

「ではこういうのはどうだ? 私が日本にいた時に呼んだマンガだか小説だかにあったのだが―――」

「あはははははっ、それ本当に? うん、確かに若い女性には……逆にドン引きされる可能性も半分くらいはありそうだけど」

「ノーリアクションということだけはないだろうな」

「うん、面白そうだからやってみよう。もう後のことは考えなくてもいいしね」

 

 アレキサンダーはそう言うと、馬の背中に立ったまま「ネロ」たちに声が届く距離まで近づいた。そして大音声を張り上げる。

 

「よくここまで来たね、ネロ・クラウディウス!

 この僕に一騎打ちを挑もうという心意気を称えて、これをあげよう!」

「!?」

 

 目前の敵に忙殺されていた光己たちがはっと顔を上げると、黒い巨馬に乗った少年王と、その傍らに立つ21世紀風のスーツを着た男性が目に映った。

 ルーラーが看破の結果を告げる前に、アレキサンダーが何故かくるっと回れ右して彼女たちに背を向ける。

 

「……?」

「尻でもくらえ! ってやつだよ!」

 

 そして何と尻を突き出し、片手でぺんぺんと叩いてみせた!

 王として最低限の嗜みとしてスカート(?)は脱がずにいたが、アルトリアの理性の糸をブチ切るには十分であった。

 

「ア、ア、ア、アレキサンダァァァァ!!」

「ア、アルトリアステイ!」

 

 光己が止める間もなく、アルトリアが闘牛のような勢いで地面を蹴って飛び出す。

 スルーズがとっさの思いつきで、認識阻害の魔術を彼女にかけたが、それとほぼ同時に上空から何本もの大きな石柱が光己たちを囲む形で落ちてきた。

 

「!?」

 

 逃げようにも敵味方の兵が邪魔で身動き取れない。その間に石柱が地面に突き立ち、さらに天板がその上に乗った。

 石柱と天板に囲まれた空間に怪しげな邪気が満ち、まるで重力が数倍になったかのようにマシュたちの全身が重たくなる。

 

「これは……諸葛孔明の宝具『石兵八陣(かえらずのじん)』、です。

 石柱と天板で結界をつくり、中にいる者を閉じ込め衰弱させるもの、ですね」

 

 対魔力Aのルーラーがかなりきつそうにしているところを見るに、結界の効力は相当な強さのようだ。一緒に閉じ込められた一般兵たちは立っていることもできずに倒れてしまい、しかも毒でも飲んだかのように苦しげで、このままでは数分ともたずに息絶えそうである。

 平気でいるのは、宝具に対してはランクA+まで完全無効にできる光己だけだった。

 

「ちょ、みんな大丈夫!?」

「……は、はい。このくらいなら動けます、から」

 

 光己が泡喰った顔でマシュたちを見回すと、ブラダマンテがサーヴァント勢の中では1番マシそうな顔色でそう言った。「麗しきは美姫の指輪(アンジェリカ・カタイ)」という魔術を無効化する宝具を持っているおかげで、呪詛の効き目が薄いのである。

 

「この結界がどのくらい保つものかは分かりませんけど、それを待っていたら外にいる兵士さんたちがやられちゃいますよね。急いで破壊しないと」

 

 アルトリアだけは難を逃れて結界の外にいるが、彼女にはアレキサンダーと孔明が襲いかかるだろうから兵士たちを守ることはできない。

 いや、アレキサンダーにとっては正統軍の兵士たちなど二の次で、「ネロ」を孤立させて討ち取ることが目的なのだろう。子供っぽい挑発だと思ったが、完全に孔明の罠にかかってしまったようだ。

 

「そうだな、みんな頼む」

 

 他のサーヴァントたちもみな対魔力が高いのである程度は動ける。それぞれの得物で石柱を壊し始めたが、やはり力が出ないのか柱が硬いのか進捗ははかばかしくない。

 

「ぐむむ……」

 

 光己は五体満足だが、自分の腕力で殴っても無駄なのは、見ていれば分かる。

 しかしこのまま手をこまねいていれば、自分とサーヴァントたちはともかく兵士たちは死んでしまう。いやすでに、外の正統兵は圧倒的多数の連合兵に囲まれて、次々と討たれていた。

 

「…………」

 

 普通に動けるだけに、逆に無力感が胸をつく。

 しかし、グランドオーダー発令から数えてすでに4ヶ月以上になる戦いの旅を経て、光己はここで立ち止まらずにいるだけの精神力を培っていた。

 

「こういう時こそ平常心だよな。スゥーッ! ハァーッ!」

 

 段蔵に習った呼吸法を行い、天啓が降りて来るのを待つ光己。

 しかし普段やっている静かな平原や林の中とは違って、ここは周りじゅうから剣戟の音や兵士の怒号と苦痛の叫びが聞こえてくる殺し合いの場なので心が静まるどころか乱れる一方だった。

 

「ああもう! こんなとこで精神統一なんてできるかよ」

 

 光己は頭をかかえて悲鳴を上げたが、しかし泣き言はいっていられない。

 ここにいる2千人が全滅したら、数は少なくても他の兵士たちへの心理的な影響は大きいだろうし、自分たちを認めてくれている人たちだから見殺しにはしたくない。それにマシュたちが苦しそうにしているのは1秒でも早く止めたかった。

 

「いや、ここで焦っちゃいかんのだよな」

 

 両手で頬を叩いて気分を入れ替え、開き直って地面に座り、あぐらをかいて呼吸法を再開する。

 

「スゥーッ! ハァーッ! スゥーッ! ハァーッ! ………………」

 

 開き直ったおかげか、今度こそうまくいった。次第に心が落ち着いて、周りのことが気にならなくなってくる。

 やがて自分自身のことすら意識しなくなってきた時、閉じた瞼の向こうに何か見えてきた。純白の光と漆黒の闇が交互に点滅している。

 

「…………?」

 

 そして光と闇がひときわ大きく広がって、彼の視界と意識を飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 不意に光己が立ち上がる。

 その背中から白い鳥の翼と黒い蝙蝠の羽、頭から2本の角、尾骶骨の辺りから尻尾がメリメリと服を裂いて生えてきた。

 

「え、先輩……?」

 

 その様子に気づいたマシュが不思議そうに呟く。

 翼と角と尾の形状は竜モードの時のそれと同じなのに、今の彼からはドラゴン的な雰囲気をあまり感じない。まるで聖なる光に満ちた輝かしい天使と、おぞましい闇の塊のごとき悪魔が1人の身体に同居しているような、そんな奇妙な印象を受けたのだ。

 

「……」

 

 光己は気絶しているのかしばらく何もせず立ちすくんでいたが、やがてすうっと静かに目を開いた。

 それと同時に、背中の白い翼から柔らかい光がふんわりと広がっていく。

 

「え……?」

 

 その光に包まれたマシュは、今の今まで感じていた重圧と倦怠感がきれいさっぱり消え去って、しかも幸福感とやる気とパワーが全身に満ちあふれるのを感じていた。

 天使の癒しの力とかそういう代物だろうか。

 そこにすごい轟音が聞こえたのではっとそちらに目をやると、ブラダマンテとヒロインXXがマシュ以上に元気満々な様子で、石柱と天板に武器を叩きつけていた。

 

「すごいです、もう誰にも負ける気がしません! てああああああ!!」

「マスターくんの愛に応えますよ! うおおおおおお!!」

 

 それはもう最高にハイ!な感じで、柱と板をがりがりと削り落としている。あっという間に1本目の柱が砕け散り、そこから邪気が漏れて結界内部の圧力が目に見えて弱くなった。

 ルーラーとスルーズも元気いっぱいで破壊活動にいそしんでいるが、なぜかパールヴァティーだけは回復した様子がなく精彩がない。

 

「……? パールヴァティーさんだけ治さない理由はありませんし、どういうことなんでしょう」

 

 彼女は神霊だから天使的アトモスフィアのエネルギーはあまり効かないとか、そういうのだろうか。光己の翼はタラスクの神的要素、つまり一神教の「神」から来たものだろうから。

 

「あー、いや、そういうのじゃないよ」

 

 すると、光己当人にその推測は間違いだと指摘された。

 

「あ、先輩。何かすごいお姿ですけど大丈夫ですか?」

「んー、すごく魔力使ってるけど不調はないよ。

 で、これは世間の人たちが神様に抱いてる一般的なイメージ、つまり『信仰してる人を救ってくれる』っていう効果なんだ。

 いや俺を信仰しろなんて言うつもりはまったくないっていうかしてほしくないけど、俺を好いてくれてるほど効き目が強いんだよ」

「つまり、パールヴァティーさんとはあまり接触がなくて、親しくなってないから効き目が弱いということですか?」

「うん、受け側の本心の問題だから、今ここじゃどうしようもない」

「そうですか……」

 

 光己に悪意はないし、パールヴァティーに非があるわけでもない。マシュは仕方ないこととして諦めたが、ふとまずいことに気がついた。

 

「でも先輩、その話だと、先輩を嫌ってる人はダメージを受けてしまうのでは?」

 

 すると光己は、額に10本ほど縦線効果を入れながらたらーりと冷や汗を流した。

 

「うん、ズバリその通り。『神罰』って概念も広く知られてるから……。

 サーヴァントじゃない普通の人でも、ちょっと嫌ってるとか妬んでるってくらいなら死んだりしないから、大丈夫だよ。たぶん」

「そ、そうですか」

 

 結界内の兵士たちも光を浴びているが、ごく少数ながらびくびく痙攣して泡を噴いている人がいるのはそのせいか。その人だけ浴びせないなんて器用なことはできないようだから、これも仕方ないのだろう……。

 その頃ブラダマンテたちは柱を3本破壊し天板も半分ほど砕いて穴だらけにしていた。そこまで壊されると結界を維持できなくなるらしく、邪気が出てこなくなり閉じ込める機能も停止した。

 

「先輩、結界が消えました!」

「おお、やったか!」

 

 するとブラダマンテたちも気づいたようで、まだ復調していないパールヴァティー以外の4人が兵士の支援に飛び出す。こちらはもう大丈夫だろう。

 

「じゃ、疲れたから俺はちょっと休むかな」

 

 光己は翼と角と尻尾を引っ込めると、今回のことをネロたちにどう説明するか考えながら、ふうーっと大きな息をつくのだった。

 

 

 




 主人公の白い翼の伏線をようやく回収できました。長かった……。
 アルトリアVSアレキサンダー&孔明は次回になります。



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