ただでさえ羞恥と怒りで頭に血が上っていたアルトリアは、アレキサンダーの子供っぽい挑発で、いや、子供っぽかったからこそ完全に沸騰して恨み重なる征服王に向かって怒涛の勢いで駆け出した。
無論連合軍の兵士たちが小柄な彼女を押し潰すような勢いで四方から群がり寄ってきたが、暴風をまとった剣でちぎっては吹っ飛ばしちぎっては吹っ飛ばしてまかり通る。
その暴走ぶりにさすがのアレキサンダーもちょっと引いたが、あとは兵士たちを退かせれば彼女と話をすることが……多分できる。
馬から降りて、兵士たちに下がるよう命じた。
「もういい、きみたちでは無駄に命を落とすだけだ。あとは僕がやるからきみたちは下がってくれ」
「総督!? いやしかしそれでは」
「僕は彼女とじかに話をしたいんだ。だから邪魔をしないでくれ」
その命令は、声を荒げるでもなく脅すのでもない穏やかな口調だったが、未来の征服王の片鱗を感じさせる迫力があった。隊長がうやうやしく一礼して、部下の一般兵たちを下がらせる。
それでアルトリアとアレキサンダー、諸葛孔明の間に一筋の道ができた。
「!?」
ここでアルトリアは普通なら罠を警戒するところだが、頭が沸騰していたためそこまで気が回らなかった。怨敵を目の前にして、委細構わず吶喊する。
「ついに出ましたね制服王! 暴君殺すべし慈悲はない!」
「え!?」
アレキサンダーの方は常識的に考えて「ネロ」は止まると思っていたので、驚いて一瞬反応が遅れたが、何とか真横に跳んで彼女の初撃はぎりぎりで回避できた。いや風のあおりで服が少し破れていたが、体に傷がつくほどではない。
「僕のこと調べがついてたのはさすがだけど、何でそこまで怒ってるの?」
「問答無用!」
「なぜ!?」
アレキサンダーは反撃する余裕がなく、逃げ回るしかない。見かねた孔明が牽制で突風を放ってみたが、「ネロ」は恐ろしくカンが良く、見えないはずの攻撃を剣の一振りで相殺してしまった。
「くっ、強い!」
「邪魔しないで下さい!」
アルトリアは孔明を一瞥してそう言ったがそれ以上のことはせず、あくまでアレキサンダーに狙いをさだめて追いかける。すると次は彼が乗っていた黒馬が体当たりしてきた。
「命じられもしないのに主を守るとは忠実な!」
と褒めつつも、容赦なく剣を叩きつけるアルトリア。
怒れる騎士王のパワーはすさまじく、黒馬は彼女より20倍以上も重いというのに、一撃で地べたに這わされてしまった。打たれた胸にもかなり深い傷があり、むしろ命が無事だったのが不思議なくらいである。
「ブケファラス!?」
アレキサンダーは思わず心配の声を上げたが、彼が今すべきことは愛馬の負傷を気づかうことではなく、当初の目的を果たすことだ。彼が作ってくれた時間で体勢を立て直すと、「ネロ」に大声で語りかけた。
「待つんだネロ! 僕はきみと戦うつもりはない。話をしたいだけなんだよ」
「……!?」
戦うつもりはないとまで言われて、さすがの暴走騎士もちょっと冷静になったのか足を止めた。
むろん鵜呑みにして油断してしまうほど愚かではなく、慎重に2人と周囲の動きに目を配りつつ聞き返す。
「どういうことです?」
「ああ、やっと止まってくれたか。いやさっきは悪いことをした、ごめんよ」
アレキサンダーはようやく彼女が止まったことにほっと肩の力を抜きつつ、まずは先刻の失礼を謝罪しておいた。
これで少しは話しやすくなるはずだ。
「……」
アルトリアはまだアレキサンダーの真意が分からないので沈黙を保ったが、しかし彼と諸葛孔明(と思われる若い男性)が自分をサーヴァントだと指摘してこないことに気がついた。どうやらまだ自分のことをネロだと思っているようだ。
(そういえばさっきスルーズに魔術をかけられましたが……あとネロ帝の服と剣を借りているおかげかもしれませんね)
それなら正体を明かすより、ネロを演じ続ける方が得策かもしれない。八つ裂きにするのは情報を引き出してからでもできるのだから。
すると少年王は彼女が話をする気になったと解釈したらしく、1歩前に出ると本題に入った。
「のんびり前置きしてたらきみの兵も僕の兵も死んでいくからね。単刀直入に行こう。
ローマ帝国第五代皇帝、ネロ・クラウディウス。きみはなぜ、戦うんだい?」
「…………は!?」
アルトリアはちょっと当惑してしまった。いきなり何を言い出すのか、この美形だが生意気そうな王子様は。
そんなもの、連合ローマを放置したら人類が滅びるから……というのはカルデアのサーヴァントとしての回答だ。それを言うのはまだ早いとして、ネロ・クラウディウスとしては侵略してきたから迎え撃ってるに過ぎないのだが。
すると、アレキサンダーは「ネロ」の表情を見て言葉が足りなかったと思ったらしく、補足を加えてきた。
「ああ、そういうことじゃなくてね。
なぜ連合帝国に恭順せずに戦い続けるのかということさ。連なる『皇帝』のひとりとして在ることを選べば、今まさに行われてる無用の争いをせずにすむのに」
「その無用の争いを自分からしまくった人に言われたくありませんね」
「……」
これには返す言葉がなく、アレキサンダーは返事に詰まった。
さすが
「うん、確かにそうだね。これは一本取られた。
でもこの戦いは、僕の生前の戦争とはだいぶ意味合いが違うんだ。なぜなら―――」
アレキサンダーはそこで一拍置いてから、彼女にとってあまりにも残酷になるだろう事実を口にした。
「連合帝国のトップはきみたちローマ人にとって最大の偉人、建国の神祖ロムルスなのだから」
「―――!」
これにはアルトリアも衝撃を隠せず、一瞬息が止まってしまった。
もっともアルトリアはローマ人ではないから、ロムルスを討つことに何のためらいも持たずに済むが、彼が言う通りこの国の人間たちはそうはいくまい。連合の将兵がやたら忠誠心が高いのも納得がいった。
それに「連合のトップはロムルス」という情報を得られたので、話をした目的も遂げられたというものである。
(でもネロなら、一時ためらうことはあるかもしれませんがすぐに立ち直るはず。
それどころか、兵士たちを鼓舞する側に回るでしょう)
彼女と知り合って以来4ヶ月近くに渡って親しく接してきたから、こんな時に彼女が言いそうなことは大体想像がつく。
「生憎ですが、誰がトップだろうと恭順などしませんよ。たとえローマの神々すべてが連合に味方しようとも。
なぜなら過去や未来はどうあれ、今この時のローマ皇帝はこの私ただ1人なのですから」
「へえ!」
すると意外にも、アレキサンダーは彼女の答えを喜んだように見えた。
「ついでに言いますと、ロムルスも貴方もサーヴァントとやらいう魔術で召喚されたまがい物なのでしょう? なおさら認めるわけにはいきません」
「へえ、よく知ってるね。確かに僕も彼も、生前の本人が連れて来られたってわけじゃないけど、でも彼がロムルスなのは事実だよ?」
「ええ、それはそうなのでしょう。そちらの兵の様子を見ていれば分かります。
ですがサーヴァントが皇帝として君臨していたら、他の野心的なサーヴァントが、『サーヴァントが皇帝になってもいいなら、私が取って代わってもいいでしょう』といったことを考える可能性があります。
そうなったら常人には及びもつかぬ恐るべき破壊力のぶつかり合いの果てに、国自体が滅びかねません」
光己が景虎と会った時に話していたことだ。実際「
無論サーヴァントが皇帝をしていなくてもやる者はやるだろうが、ハードルが下がるのは間違いないと思う。
「なるほど! 確かにね。ローマの皇帝や将軍ならロムルスには従うだろうけど、大人の僕やハンニバルみたいな人が出て来たら対抗心を抱きそうだ。
驚いた。きみにとってサーヴァントなんてまったく未知の異変だったはずなのに、ここまで深く考えてるなんてね」
アレキサンダーは心底感心したらしく、大仰に身振りをまじえて「ネロ」を褒め称えた。
どうやら本当に彼女を恭順させようとしたのではなく、挑発して本心を聞き出そうとしたようだ。
アルトリアはそれに気づいて腑に落ちた顔をしたが、しかし彼に対してはこちらから言いたいこともある。
「それはどうも。ところで私も話したいことがあるのですが」
「え? ああ、そうだね。僕が聞いてばかりじゃ何だし」
「それでは遠慮なく。私は貴方の経歴を細かくは知りませんが、マケドニアの王子として生まれ、幼年期はかのアリストテレスを家庭教師として学び、良き学友にも恵まれたとか」
「……? うん、そうだよ。先生は立派な方だったし、プトレマイオスやヘファイスティオンたちも素晴らしい友だった。でもそれが何か?」
脈絡もなく経歴を確認されてアレキサンダーは当惑したが、とりあえず事実関係は間違っていなかったので肯定しておいた。すると「ネロ」がさらに続ける。
「で、マケドニアの王位を継いだ後はよく知られるように遠大な征服戦争を起こした、と……。
あまりにも欲しがりすぎじゃありませんかね。世の中にはグランド(ぴー)野郎が相談役で分裂してた国を苦労して統一したと思ったら、毎年不作で貧しい上に、異民族が無限湧きして攻めて来るようなオワコン国の王だっているんですよ!
なーにが『彼方にこそ栄えあり』ですか! 最初から強くて豊かで統一されてる国を継いでおいて贅沢な。というかそれって地元には栄えがないってことですか? ディスってるんです?」
生前のうっぷんをすべて吐き出すような勢いでアルトリアがまくしたてる。完璧な王として振る舞っていても、内心は完璧ではなかったのだろう。
しかしアレキサンダーには意味が分からない。
「………………??? それはまあそんな国もどこかにあるかもしれないけど、きみが継いだ時のローマ帝国は僕が継いだマケドニア以上に強くて豊かで統一されてたと思うけど」
「……そうですね、すみません。今のはある属州の王の話です。あまりにも迫真で感情移入してしまったものですから」
ちょっと興奮しすぎたようだ。
しかし本当のことは言えないので、アルトリアは言葉を濁した。いつかどこかでの問答の仕返しをする予定だったのに、何故こんな方向になってしまったのだろうか。
ここは話題を戻さないと、とアルトリアが枕詞を考えていると、不意に後ろから大きな打撃音が聞こえて怪しい気配を感じた。
「!?」
「バカな、大軍師の究極陣地がこうも早く破られるだと!?」
「どうやらお話の時間は終わりみたいだね。まあ聞きたいことは聞けたからいいけど。
それできみはどうする? 表明してた通り一騎打ちをするか、それとも陣の中の人たちが来るのを待つ?」
宝具の石柱ががりがり壊されていく光景に孔明は信じがたげな声をあげたが、アレキサンダーはすぐ頭を切り替えて「ネロ」に向き直った。
アルトリアの答えは決まっている。
「無論、初志貫徹しますよ。さあ、尋常に勝負です」
「見事! きみと会えて良かったよ。
……聞いての通りだよ、先生は下がってて」
「おまえがそれを望むのなら」
アレキサンダーが会心の笑みを浮かべ、孔明は苦笑しつつ王命に従って後ろに下がる。
「ネロ」が構えた隕鉄の剣と、アレキサンダーの長剣がぶつかる音が響き渡った。
致命傷を受けたアレキサンダーが光の粒子となって消えていく。彼も強力なサーヴァントではあったが、見えない剣には対処が難しかったようだ。
それを見届けたアルトリアが孔明に話しかける。
「最後まで割り込んできませんでしたね」
「……私としては助太刀したかったが、恥をかかせるわけにはいかんからな」
孔明はやや拗ねた様子に見えたが、アルトリアはそれには触れずすぐ用件に入った。
「で、貴方はどうします? 恭順しないなら討つしかないのですが」
「……そうだな。あいつは貴女に敵意があったわけじゃないし、私自身ははぐれだから連合に従う義理はない。つまりもう貴女と戦う理由はないが、だからといって見逃がしてもらえるわけがない。
もし信用してもらえるなら、そちらに迷惑をかけた分だけ仕事で払おうと思うが」
「そうですか。皆の話によれば、諸葛孔明というのはたいそう優れた軍師だとか。もちろん歓迎しますよ」
こうして孔明が正統ローマに加入してくれたので、アルトリアは彼を連れていったん石陣に戻り、光己たちと合流した。
もはや勝負は決まったようなものである。光己が通信機でラクシュミーに経過を報告すると、待ち構えていたラクシュミーはただちに総攻撃を開始した。
これによりこの地の連合軍は壊滅し、正統軍はまた1歩連合首都に近づいたのだった。