今日の戦が終わったら、光己たちは孔明をネロに紹介しなければならないが、その前にいろいろ言い含めておく必要がある。そのためにパールヴァティー用の天幕に来てもらったが、その話の前に、孔明は3世紀中国の人物なのになぜ21世紀風の服を着ているのだろうか?
「ああそこからか。私は純粋なサーヴァントではなく、ロード・エルメロイⅡ世という人間に諸葛孔明の霊基が宿った、いわゆる疑似サーヴァントなのだ。なぜ縁もゆかりもない私が選ばれて、古代ローマに呼びつけられたのかはまったく分からんがな。
ただ孔明は私に能力を譲って消えたから、人格は100%エルメロイⅡ世だ。長すぎて呼びにくいならⅡ世でいい」
「なるほど、カーマやパールヴァティーさんと似たケースか」
「そうみたいですね」
人格の件を除けば孔明、いやエルメロイⅡ世は2柱と同類の存在といってよさそうだ。光己とマシュは特に疑問を持たずに納得したが、Ⅱ世の方はとても聞き捨てならなかった。
「ちょっと待て。カーマやパールヴァティーというのは、まさかインドの女神のことではあるまいな?」
「あ、知ってましたか。さすが諸葛孔明に選ばれただけあって物知りですね」
「本当か!? まさか1度の聖杯戦争に神霊が2柱も降臨するとは」
「いや、カーマは俺たちが連れてきたサーヴァントなので違いますよ。でもここにはいませんが、ステンノ神も神霊でしたから結局2柱ですね」
「!?」
異常にもほどがある。Ⅱ世は開いた口が塞がらなかった。
「いや、だからこそ孔明もわざわざ依代を使ってまでして現界したのか。
それにしてもネロだと思っていた人間があの騎士王だったとは……」
着替えて髪型も変えた「ネロ」は、昔見た騎士王そのままだった。彼女がアレキサンダーの経歴にケチをつけ始めた辺りから何かおかしいと思っていたが、まさかこんなオチだったとは想像もしなかった。
しかし、ネロと会った時に顔がそっくりで血縁だと思われたから、便乗して従姉妹に収まったとか、今回の騎士王はあの時の彼女とはずいぶん性格が違うようだ。
「いえ、私は反対だったんですよ? マスターがルーラーにやらせただけです」
「……そ、そうか」
考えが顔に出たのか、アルトリアにそうツッコまれてⅡ世は軽く肩をすくめた。
「それで、おまえは何者なんだ? 単にはぐれサーヴァントをまとめているというだけではあるまい」
この集団の中で光己だけはサーヴァントではないし、さっきは疑似サーヴァントとはいえ女神を連れてきたなどと放言した。さらには「
「あー、そうですねえ。人格が現代人だっていうならどこから話すべきか」
(……「現代人」だと!?)
Ⅱ世はその単語にぴくりと眉を跳ね上げた。
確かに自分は古代ローマには無かった服を着ているが、それを「現代」と評するとは、もしかして同じ時代の者なのか?
しかし焦ってチャチャ入れはせず、まずは彼の話を聞くことにした。
「じゃあ、えーと。物知りな方でしたら、この時代に連合ローマなんて無かったことはご存知ですよね?」
「無論だ。元凶はサーヴァント……いや、サーヴァントを召喚した魔術師だということは、関係者なら誰でも分かる話だろうな」
「おー、そういえば」
フランスにはいなかったので失念していたが、ここにも「魔術王の使徒」がいる可能性はあるのだ。これは詳しく聞いておきたい。
「Ⅱ世さんはその魔術師を見たことがあるんですか?」
「いや、残念ながらない。アレキサンダーは、名前は知らないが一見は紳士的だが、内面はドス黒い破滅的な精神を持った男だと言っていたがな」
「うーん」
あの男の同僚だけあって、やはり性格はよくないようだ。
それにこの特異点に使徒がいることはほぼ確定となったので、また戦うことになるだろう。冬木の時みたいな奇襲がまた通じるとは思えないし、気を引き締めてかからねばなるまい。
魔術師の件は今はこれ以上話せることはなさそうなので、光己は次の話題に移ることにした。
「それでですね。俺たちはカルデアっていう組織の現場部隊で、この異常事態を解決しに来たんですよ」
「カルデアだと!?」
Ⅱ世が思わず腰を浮かせる。同じ時代どころか共通の話題まであったとは!
「知ってるんですか?」
「これでも時計塔のロードだからな。直接関わってはいないが、いくらかは知っている。
正直うさんくさい組織だと思っていたが、本当に過去にマスターとサーヴァントを送り込むほどの技術力を持っていたとはな」
しかもそれが女神と騎士王だとは恐れ入ったが、まだ疑問はある。
「私が知っている限りでは、カルデアが集めたマスターは48人だと思ったが、他の者はどうしているんだ?」
「あー、それですか」
光己たちとしては相手に前知識があると楽だ。とりあえず、爆発事故からグランドオーダー発令までのことをかいつまんで説明した。
「ミッション開始直前に爆発事故か……ただの事故とは思えんが、推測にしかならんから、今は措いておこう。
それより魔術王だ。聖杯を持った使徒を複数の時代に派遣できるのだから、ただの騙りではないだろうな」
Ⅱ世にも、アルトリアオルタが魔術王と呼んだ者が、人類を、それも過去現在未来に渡って滅ぼそうとする理由は皆目見当がつかない。しかし座して死を受け入れる義務はないだろう。
「じゃ、協力してくれるんですか?」
「すでに約束したことだしな。それに私にも死んでほしくない者はいる」
そういうわけで、エルメロイⅡ世は改めてカルデアに協力を誓った。
「おー、ありがとうございます。諸葛孔明の知力をもらった人が仲間になるのは大変心強いです」
「ああ、看板倒れにならん程度には知恵を出させてもらおう。
しかし今の話だと特異点修正に出向けるマスターはおまえ1人なのか……いや、よそう」
Ⅱ世はサーヴァントを率いて現地に赴く者が、訓練を受けた魔術師でも軍人の類でもない一般人の未成年1人であることに、少々不安と哀れを感じたが、それを言っても慰めや励ましにならないどころか、傷口に塩を塗るだけになりかねないと思い直して口を閉じた。
……いや待て。さっきも思ったが、石兵八陣に耐えられる一般人などいるものか!
しかし初対面の魔術師に自分の能力をあっさりバラすバカがいるはずもなし、Ⅱ世は今はそれを聞くのを控えておいた。
「あとはお互いの情報のすり合わせか」
「そうですね」
まずは改めて自己紹介しあって、その後のⅡ世の話でアレキサンダー軍が連合首都を発った時点で首都に残っていたサーヴァントはロムルスだけだったことや、呂布を誘い出したのはサロメというサーヴァントだったことが判明した。
呂布はまだ戻っていないが、サロメには誘導するルートを指定したわけではないから、2人が今どこにいるかは分からない。
それと光己たちが、アルトリアたちがサーヴァントであることや本当の目的が特異点修正であることをネロには隠していることなども説明した。
「―――なるほど、状況はだいたい飲み込めた。
頭脳を期待されてるようだから1つ献策させてもらうなら、ここはネロ軍から離脱して、おまえとサーヴァントだけで首都に潜入して魔術師とロムルスを暗殺するのが1番合理的だと考える」
ここまで来れば首都はもう目と鼻の先だし、何騎かネロの護衛として残していっても戦力は十分である。連合側は、まさかこの期に及んでサーヴァントが離脱するとは思っていないだろうから、思い切り隙を突けるというものだ。
「おお、なるほど!」
確かに今ここで離脱するという手はある、と光己は感心したがこの策には1つ問題があった。
「でも俺たちが離脱したら、ネロ陛下も兵士たちもショック受けません?」
「受けるだろうが『無用の争い』で命を落とすよりはマシ……と言ってもいいが、相手がロムルスだから、ネロと兵士が戦えるならこのまま同行、戦えないのなら離脱ということでどうだ?」
「おおー!」
光己は感嘆した。さすがは孔明、いやⅡ世先生!
ネロたちが戦えるならそれでよし、戦えないなら確かに自分たちは否応なしに離脱となるが、正統側が戦意喪失したのが原因だから文句を言われる筋合いはないし、良心の呵責も抱かなくてすむ。
「確かに、ネロ陛下たちがロムルスと戦えるかどうかは確認しないといけないですね。
それはそれとして、今正統軍は前衛と中軍と後衛に分かれてますけどどこに所属したいですか?」
「選ばせてもらえるのか?」
「ネロ陛下はその辺寛容ですから、それなりの理由があればOKだと思いますよ」
「そうか……」
降将に選ばせてもらえるとは確かに寛容な話だ。
しかし降将がいきなり皇帝の直属になって軍師面するのはいささか問題だし、前衛はすでに別の軍師がいるからあまり好ましくない。
「というのが建前で、人理修復のために動くのだから、おまえの所にいるのが順当だろうな」
実はあと1つ、騎士王が3人もいる所なんて生きた心地がしないという理由もあったが、それは口にしなかった。初対面の相手に言う理由も必要もないことだ。
「やった、それじゃよろしくお願いしますね。天下の奇才が軍神をサポートするとか無敵すぎる」
不得手を互いに補う良いコンビだと思う。
まあ征服面積はアレキサンダーの方が桁違いに広いのだが、それだけで将領としての優劣は測れない。両者が置かれた状況が違うからだ。
たとえばの話、兵士1人1人が英霊並みの強さを持つ超人軍団を率いるなら、5倍や10倍程度の普通兵軍団なんて凡将でも楽勝できてしまうわけで。
ゆえに光己は仲がいい美少女である景虎に軍配を上げるが、あくまで個人の意見なので同意は求めない。
「ああ。私が仕える主は1人だけだが、仕事はきっちりさせてもらおう」
「では、だいぶ時間を取ってしまいましたから、そろそろネロ陛下の所に行きましょう」
光己とⅡ世の話に一応のケリがついたところでアルトリアがそう提案する。それで一同がネロの天幕に赴くと、景虎や金時の時と同じくネロは簡単に受け入れてくれた。
ネロとしても優秀な将軍は大歓迎なのだ。ただ、最近来た将軍は外国人ばかりなのが、ローマ大好きなネロとしてはちょっと寂しかったが、幸いにしてアルトリアズがいるおかげで、遠征軍の将軍が全員外国人という栄光ある大帝国にあるまじき不名誉は回避できているのが、公的にも私的にも大変喜ばしかった。
―――本当はアルトリアズも外国人なのだが、それは黙っていれば誰にも分からない。
光己たちとⅡ世が退出してネロとアルトリアズだけになると、アルトリアはネロの前に出ていたって真面目な口調で報告を始めた。
「それで陛下。もう1つ重要な報告があるのですが」
「む、ずいぶん硬い顔つきをしておるな。何かまずいことでもあったのか?」
「そうですね、良くない報告です」
「……そうか」
皇帝たる者、耳に痛いことでも聞かねばならない。ネロは姿勢を正して聞く姿勢を取った。
やがてアルトリアが重い口を開く。
「アレキサンダーと一騎打ちをした時に彼が語ったのですが、連合帝国のトップは建国の神祖ロムルスだそうです」
「―――!!」
ネロの表情が凍りつき、顔色が真っ白になる。相当な衝撃を受けたようだ。
アルトリアはそれ以上は何も言わず、彼女が落ち着くのを待っていたが、30秒ほども経ってからネロはようやく小さな声で呟いた。
「そうか。いや、余もその可能性があるとは思っておった」
そこで一転して、怒りと悲しみに満ちた叫びをあげる。
「だが何故だ! 何故余の時にだけ現れる!?
余が暴虐を働いたから
「……はい。他国の王が見たら羨むくらいの素晴らしい光景でした」
アルトリアが静かに答えると、ネロはさらに激昂してアルトリアの腕をつかんで激しく訴えた。ならば何故だ、何故今まで現れなかったのに、今この時にだけ現れる!?
「…………」
アルトリアはその答えを知っているのだが、口にすることは避けた。神祖が魔術師の命令で故国を攻めさせられているというのは、彼が自分の意志でやっているというよりネロにはつらい話だろうから。
いや、もしかしたらただ命令されたからというのではなく、何か深い考えがあるのかもしれないけれど。なので、その前提で話を進めることにした。
「……神祖と称えられるほどの方ですから、何か深い
しかし私たちにそれは分かりません。その上で、陛下はどうされますか?」
するとネロはかっと目を見開き、最初の落ち込みぶりが嘘のような強い口調で決意を述べた。
「無論、戦う!
神祖がどれだけ偉大であろうと、今現在の皇帝は余だ。それは誰にも譲れぬ」
傀儡ではなく本物の皇帝になるために母すら殺したのだ。相手が誰であろうと譲れるものか!
それにここで膝を屈したら、今日までに戦死してきた正統兵たちは無駄死にだったことになる。彼らはみな連合のローマではなくネロのローマが正しいと信じて命尽きるまで戦ってくれたのだから、その想いを裏切ることはできない。
「たとえ最後の1人になっても諦めぬ。余が屈する時があるとすれば、それは死んだ時だ!!」
これが外国との戦いなら違う判断になると思う。しかし、どちらのローマが正しいかという戦いであるなら、絶対に退くわけにはいかないのだ。
その魂の咆哮に、アルトリアは莞爾とした笑顔で応えた。
「その意気です。陛下ならそう仰ってくれると信じていました」
「……!? ではそなたは余の味方でいてくれるのだな?」
予想外の反応だったらしく、ちょっと毒気を抜かれた顔で訊ねるネロ。
「もちろんです。むしろ連合に恭順するなんて言ってたら、張り倒す程度ではすみませんでしたよ」
「しれっとした顔で怖いこと言うなそなた!
しかし現実問題として、将軍や兵士たちは大丈夫だろうか」
「将軍たちはローマ出身ではありませんから大丈夫でしょう。私たちがインドやパルティアの国祖に恐れ入らないのと同じですから。
しかし兵士たちは陛下ご自身でフォローした方が良いでしょうね」
「ふむ、外国人ばかりなのが逆に幸いしたか。
兵士のフォローはもちろんするぞ。しかし今日はもう遅いから明日にしよう」
「そうですね。そろそろ夕ご飯の時間ですし」
「そうだな。
…………ありがとう、そなたたちがいてくれてよかった」
ちょっと照れくさいのか目をそらして顔を赤らめながら、しかし心からネロはそう礼を言った。
「どう致しまして。私も陛下が陛下のような方でよかったですよ」
アルトリアもクスッと微笑んでそう答えるのだった。