翌日、ネロは予定通り兵士を集めて連合ローマのトップがロムルスであることを明かした。
当然彼らは動揺するのでフォローするのとセットになるが、アルトリアにしたような自身の決意の表明という方法はやや不適切である。個人的な親交があるわけではないので、彼らが自分の正当性を信じられるような大義名分を用意してやる必要があるのだ。
そこで、ネロとアルトリアたちは連合の「皇帝」たちはまがい物に過ぎないことを強調し、「古き神」と「黒き竜」の加護がある自分たちこそが真のローマであるという論法を使った。
するともともと士気が高かったおかげもあって、兵士たちの動揺はひとまずは静まった。あとはネロが「神祖」と対面した時も毅然とした態度を保っていれば大丈夫だろう。
それとは別に呂布がまだ帰っていない。見捨てたくはないがあまり長くは待てないので、ブーディカの空飛ぶ
なお光己が戦場で角と翼と尻尾を出した件だが、実際に見た兵士はほとんどいない上に、その見た者も「
「サラゴサはこの辺りでは1番大きい都市だからアレキサンダー軍は補給基地にしていたが、今はサーヴァントはもちろん兵士もさほどいないはずだ。簡単に陥とせるだろう」
攻撃の前にエルメロイⅡ世がそう進言したが、実際サラゴサはたいした抵抗も見せずにすぐ陥落した。
またその日の夕方には陳宮たちが呂布を連れて戻ってきたので、正統軍はいよいよ連合首都に攻め込む準備が万全に整ったことになる。
ちなみに呂布はサロメと彼女の部下を討つことはできたのだが、それまでにさんざん引っ張り回されたため、帰り道が分からず立ち往生していたらしい。サロメたちは最終的に負けたとはいえ、飛将軍を2日に渡って行方不明にしたのだから、十分に役目を果たしたといえるだろう。
「では出陣だ!」
そしてサラゴサを発ち、ついに連合首都の間近までたどり着いたネロたち。
首都から迎撃軍が来ることが予想されるので、貨物列車から降りて陣形を整える。
併せてヒロインXXとスルーズが空から近辺を偵察したところ、首都は明らかにローマ市を模してつくられていた。個々の家屋はともかく、宮殿や役所や城壁といった主要な建築物はかなりよく似ている。
「何と当てつけがましい……!
もしこれが神祖の発案だとしたら、少々器が小さいのではないかと言わざるを得ぬぞ」
その報告を聞いたネロはふんすと荒い息をついて不快感を表明した。
まあそれはそれとして、将軍たちを集めて最後になるだろう軍議を開く。
「ここまで来れば、後は迎撃に来た軍を破ってそのまま市内になだれ込むだけですな。
王宮に乗り込んで、恐れながら神祖を討ち奉ればすべてが終わりましょう」
陳宮はネロの手前ロムルスに礼節を守った言い方をしたが、「命の価値に区別なく」が信条なので、実際は何とも思っていなかったりする。
もっとも他のサーヴァントたちもロムルスに本気で遠慮しているわけではない……敵意を抱いている者なら1人いたが。
「そうだな、まさか一戦もせずに立て籠もるということはあるまい」
Ⅱ世も陳宮の計画に賛成のようだ。
「あえて付け加えるなら、たとえ偽装であっても逃げるとか退くとかいった挙動はしない方がいいだろうな。相手が相手だけに士気に響きそうだ」
「ふむ、つまりは全力前進あるのみということだな。最後の決戦にふさわしい戦い方だ!」
Ⅱ世の提案はネロの美的感覚にマッチしたらしく、1も2もなく賛同したが、美女皇帝はそこでぐっと表情を引き締めた。
「そういう方針でこれから具体的な作戦を煮詰めるわけだが、その前に言っておくぞ。今回は、今回だけは余も先頭に立って王宮の中まで入る。
皆は反対するだろうが、これは譲らぬ。今回だけは譲らぬぞ」
カエサルやアレキサンダーとは会わずに済ませたネロだが、ロムルスとだけはきっちり対面して言葉をかわしたいようだった。
無理もないことで、サーヴァントたちがどうしたものかと互いに顔を見合わす。
やがてアルトリアが降参といった感じで両手を上げた。
「仕方ありませんね。とはいえ陛下、まさか神祖と一騎打ちしたいなどとは仰らないですよね?」
「安心せよ。そこまでは言わぬ」
ネロはロムルスの真意を直接確かめたいだけで、自分の手で斬りたいとまでは思っていない。アルトリアはもしネロがイエスと言ったら、戦闘中だろうと腕力でお昼寝してもらうつもりだったのだが、強硬手段をとらずに済んで幸いであった。
「よろしいのですか?」
「ええ。今までおとなしくしていただいてましたし、今回は将軍の大部分が王宮に行くわけですから、一緒に来ていただく方がむしろ安全かもしれません」
陳宮が意外そうに訊ねてきたので、アルトリアは今回の判断の理由を述べた。
そういうことならと陳宮も納得する。言われてみれば、サーヴァントがいなくなった本陣を奇襲される可能性を考えれば、連れて行く方が安全という見方もある。
何はともあれネロも王宮に突入するという大枠は決まったので、軍議は次の段階に入った。
「では次は、誰が突入して、誰がその間留守をして軍の指揮を受け持つかだが」
これは中軍と後衛は考えるまでもなく決まっている。今まで実際に指揮していたラクシュミーと景虎が留守役をすればいい。そう長い時間でもないのだし、1人で十分だろう。
問題は前衛だが……。
「ふむ。呂将軍と私はセット運用が基本ですし、荊軻殿は軍の指揮には向きません。といって3人とも出張るわけにはいきませんから、荊軻殿が突入組で将軍と私が留守番ということになりますな」
「そうか、呂布将軍の武勇は惜しいがやむを得まい」
短時間といっても指揮官不在はやはり良くない。ネロは陳宮の提案を採用した。
「そうそう、あと1つ大事な話があったな。
ミツキよ、そなたも承知の通り、余は先日の演説で竜の加護について触れた。かの竜は人間同士の戦いではあまり出て来ぬことは承知しているが、なにぶん相手が相手ゆえ、顔見せ程度でもいいから来てくれるよう特に強く頼んでほしい」
「あ、はい、分かりました。約束はできませんけれど」
ネロの希望はもっともなので、光己は首を縦に振った。
この際だから王宮にぶっぱしてやろうと思わないでもなかったが、それは
そして軍議が終わっていったんそれぞれの天幕に引き上げた時、景虎が横から光己の手を握ってきた。
「ん、景虎?」
光己がそちらに顔を向けると、軍神少女は妙に真剣な表情をしていた。何か大事な用事でもあるのだろうか?
「マスター。私が留守役になったということは、戦が始まった時点でお別れになるのですよね」
「え? あ、ああ……そういうことになるのか」
王宮でロムルスと魔術師を倒したら、すぐに特異点修正による強制退去が始まる。外にいる景虎に会いに行く時間はないだろう。
「そっか、景虎とは最後に一緒にはいられないんだな」
「……はい。ですので今、お別れの挨拶をしておこうと思いまして」
それはとても寂しいことだったが、私情で作戦を枉げてもらうわけにはいかない。だから景虎はせめて何か気の利いたことでも言おうと思って、帰り道の間ずっと考えていたのだが、何という不覚。彼と見つめ合っていたら不意に目頭が熱くなってきて、涙がとめどなくこぼれてきたではないか。
「か、景虎!?」
「す、すみません。私ともあろう者が」
景虎はあわてて目元を拳でぬぐったが、頭の中がぐるぐるこんがらがってきて涙腺も言うことを聞いてくれない。何なのだろうかこの感覚は。
「マスターとはずっと一緒にいたのにもう会えないんだなって思ったら急にこんな。
人ではないとか妖だとか言われた私が、童女のように泣いてしまうなんて」
「……景虎」
彼女はどうやら初めて感じた強い感情の正体を測りかねてとまどっているようだ。
光己の方も何と言っていいか分からずとまどってしまったが、その上困ったことに心が通じ合ってると自認しているだけあって彼女がどんな気持ちでいるかだけはしっかり感じ取れた。
「って、やば。俺まで泣きそう」
寂しくて、離れたくなくて。光己も目の前の少女と同じくらい涙で頬を濡らした。
「マスター、私のために泣いてくれるのですか?」
「当たり前だろ。でも今お互い顔がぐしゃぐしゃだからこうしよう」
光己がそう言って景虎を強く抱きしめると、景虎も光己の背中に手を回した。
「はい、マスター……うう、ひっく」
そのまま2人で、涙が涸れるまで泣いた。
………………。
…………。
……。
「―――ええと、その。大変お見苦しい所を見せてしまって申し訳ありませんでした」
泣き疲れて我に返った景虎が思い切り恥ずかしそうに顔を真っ赤にして、深々と頭を下げて謝罪する。光己が気にしていないのは分かっているが、何か言わないと色々といたたまれないのだった。
「あー、いや。俺も泣いちゃったからお互い様ということで。
それより落ち着いた?」
「はい、もう大丈夫です」
「そっか、ならよかった」
光己は景虎が感情を発散できたならそれでよかったが、しかし瞳を潤ませて透き通った微笑を浮かべた彼女はとても綺麗でいとおしくて、抱き締めてキスとかしたい衝動がずんどこ湧いてきて困ってしまった。
「…………マスター、お望みでしたら接吻の1つや2つ構いませんよ? 思い出にして下さい」
「ぶふっ!?」
ずばーんと言い当てられて光己は噴きそうになってしまった。やはり通じ合ってるのはいいことばかりではないようだ。
「い、いやいやいやいや。みんなの前だしそこまでは」
「そうですか、マスターがそう言うなら」
不意打ちだったせいか光己がついヘタレると、景虎はクスッとおかしそうに小さく笑った。この反応を予測していたようだ。
ただもし光己が本当に接吻を望んだら、どうしていたかは読み取れなかった。
「ま、まあいいや。この際だからゴールデンたちとも挨拶しとくか」
なので景虎との会話はいったん終わりにして、他の現地サーヴァントたちとも話しておくことにする。
「ゴールデンもブーディカさんも頼光さんもⅡ世さんも、今まで一緒にいてくれてありがとうございます。ロムルスと魔術師がどれくらい強いかは分かりませんけど、軽くブチのめして気持ちよくお別れしましょう」
「おお、任せとけ! 大将には指1本触れさせねえからよ。
大将がケガするハメになったら座で景虎に殴られそうだしな」
「しませんよ!」
金時が軽くジョークを飛ばすと、景虎は真っ赤になって否定した。微笑ましい空気が天幕の中に広がる。
「そうですね。彼らがどのような強敵であろうと、藤宮様はこの母がお守りしますから安心して下さい」
「……母?」
しかし頼光が何か妙な単語を出したので、光己は目を白黒させた。
すると当人も失言に気づいて弁解を始める。
「……あっ、いえ! 今のは言葉の綾といいますか、藤宮様と長尾様が別れを惜しんでいるところを見ていたら、私もつい切なくなって母性的な感情が刺激されたといいますか」
「ああ、なるほど」
そういえば頼光は血縁でもない金時を息子のように扱っている。母性愛が強い女性なのだろうと光己は解釈した。
「気持ちは嬉しいですけど、無理はしないで下さいね」
「ありがとうございます。藤宮様は優しい子ですね」
「……」
何だか子供認定度が上がったような気がしたが、多分気のせいだろう……。
「うんうん、ミツキはいい子だよね。おかげであたしも居心地良かったから、お礼にばっちり守って見せるよ」
「そうだな、『建国の神祖』や『魔術王の使徒』に気後れしていないことは称賛しよう」
こうして光己たちは、最後の決戦を前に改めて親睦と決意を深めたのだった。
そしてとうとう、正統ローマ軍は連合首都の目の前まで到達した。連合軍は城壁を背にして横一文字の形で陣を布いており、正統軍も同じ陣形で向かい合っている。
その中央にはネロを初めとした王宮突入組が集まっており、開戦のタイミングを窺っていた。
兵士の数は双方とも約3万5千人と互角だが、質には大きな違いがある。
「今のところ、サーヴァントの存在は感じられません」
「こちらの生体反応調査でも特に大きい反応は見られない。サーヴァントも使徒もいないと思うよ」
このルーラーアルトリアとロマニの見解が正しければ、勝負の行方は見えたようなものだろう。
ただ所々にゴーレムや骸骨兵が配備されているが、これは戦力面はともかく心理面ではマイナス効果が強かった。
「むう。カエサルがゴーレムを使ったのはともかく、神祖ともあろう御方が骸骨兵なんぞを使うとは」
ネロが吐き捨てるように言った通り、正統軍のロムルスに対する敬意を下げてしまっているからだ。骸骨兵を配備したのがロムルスだとは限らないのだが、ローマ人的にはロムルスがいるのなら総大将は彼に決まっているので、毀誉褒貶は全部彼に行くのである。
「では、私が城門を開けましょう」
アルトリアがずいっと1歩前に出る。攻城兵器で城壁や城門を崩すなんて七面倒なことは省いて、聖剣ぶっぱで道を切り開こうというのだ。
しかしその直前、ルーラーの探知スキルに反応があった。
「待って下さい。城内からサーヴァントが1騎近づいてきています」
「え!?」
この状況で1人で現れるサーヴァントといえば、ロムルス以外に考えられない。連合軍は動かず彼を待っているように見えたので、アルトリアも待つことにした。
やがて城門の外に何か大きな気配が現れる。
人垣のせいで姿は見えないが、落ち着いたよく通る声が響いてきた。
「……勇ましきものよ」
「!?」
「実に、勇ましい。それでこそ、当代のローマを統べる者である」
「…………!!」
姿は見えずとも声だけで、ネロはその主が尊敬すべき建国王であることを察した。
声はまだ続く。
「そうか。お前が、ネロか。
何と愛らしく、何と美しく、何と絢爛たることか。その細腕でローマを支えてみせたのも大いに頷ける」
ロムルスからもネロの姿は見えないはずだが、突入組の中で誰がネロなのか彼には分かっているようだ。
「さあ、おいで。過去、現在、未来。すべてのローマがお前を愛しているとも」
「な……!?」
神祖みずからの誘いにネロは一瞬動揺したような顔を見せたが、しかしローマ人ではないアルトリアには効かなかった。逆に怒りをあらわにして剣を振り上げる。
「この期に及んで投降勧告ですか。ならば返事はこの剣でしましょう。
―――『
アルトリアが聖剣を振り下ろし、光の衝撃波がロムルスを飲み込もうと疾駆した。
今年の投稿はこれが最後になります。
皆様良いお年を!m(_ _)m