洞窟の中は当然ながら日がささず真っ暗だったが、ヒルドがルーンで小さな火の玉をいくつか頭上に作り出すと明るくなった。
「ルーンってホントに便利なんだな。俺でも習えばできるかな?」
「え? う~~ん、そうだねえ……魔術回路はあるからまったくできないわけじゃないけど、あんまり向いてないと思うよ」
ワルキューレは職務柄、人間の能力や素質をある程度見抜くことができる。光己は今は素人でも将来は勇士たりえる天分はあるとヒルドは見たが、その系統はルーン使いや宝石魔術師、あるいは剣士や槍兵といった一般的なものではないように思えた。
「うーん、そっか……厨二回路が刺激されるんだけどなあ」
「何それ?」
(……
ブラダマンテは魔術師嫌いだけに光己にルーン使いの素質はないと聞いて内心で喜んでいたが、それを悟られるのはよろしくない。気分を変えるため先頭を歩いているアーチャーの方に目を向けたが、彼はブラダマンテたちの気が変わって後ろから攻撃してくるかも知れないなんてこと気にもかけてないかのように泰然としていた。
背後から奇襲されても対応できる自信があるのか、それともそんなことしてこないという確信があるのか?
(どちらにしてもたいした胆力ですね。それにさっきの矢といい、このサーヴァント、相当な実力者です)
実はこのアーチャー、とある時空ではかのクーフーリンとほぼ互角に戦ったり、狂化したとはいえヘラクレスを6回も殺したというとんでもない実績があるので、この高評価でもまだ不足気味なのであるが、ブラダマンテはそんなことは知らなかった。
そして歩くことしばし、一行は広い空洞にたどり着いた。中央部には高台があり、そこからは不思議な色をした太い光の柱が立ち昇っている。その周囲は、素人の光己でも感じ取れるほどの濃厚な魔力が渦巻いていた。
「あれが大聖杯……!? 間違いなく超抜級の魔術炉心だわ。何でこんな極東の島国にこんなモノがぽつねんと置いてあるのよ」
「いやあ、日本だってそれなりに歴史のある国ですよ? それに地理的条件ならイギリスも似たようなもんだと思いますけど」
「そういう問題じゃないの!」
例によって光己のボケにオルガマリーがツッコミを入れていたが、むろん今はそんなことをしている状況ではない。高台の麓に、恐ろしいほどの存在感と威圧感を放つ1人の少女がいるからだ。
「あれが、アーサー王……!?」
リリィとブラダマンテが信じがたげな顔で息を呑む。
なぜならその少女は、なるほど顔や身体の造形はリリィにそっくりだが、肌は死人のように青白く、まさに騎士ならぬ死霊の王のような暗く冷酷な雰囲気を暴力的なまでに放出しているのだ。剣と鎧も闇のような漆黒色に染まっている。
これが本当にリリィの未来の姿だというのだろうか? 正直目を疑うほどショックだった。
光己とオルガマリーとマシュはその迫力に圧倒されて声もなかったが、アーチャーは慣れているのか気にした様子もなく、ぱっと跳躍してアーサー王の前に立った。
「悪いが今回の客は追い返せなかった。理由は自分の眼で確かめてくれ」
「ふむ? まあこちらから番人を頼んだわけでもなし、別にかまわんが」
アーチャーはアーサー王の返事を聞くと、横に跳んで空洞の端まで退いた。あくまで中立を貫く気らしい。
アーサー王がずいっと1歩前に出る。光己たちは恐怖で思わず後ずさりしそうになったが、懸命にこらえた。
一方リリィは怖がってなどいられない。震える拳をぐっと握ってこちらも前に踏み出し、大声で彼女に訊ねる。
「待って下さい! 貴女は本当にアーサー王、私の未来の姿なんですか?」
すると黒い暴君は彼女の方にちらっと目を向けて―――ああ、と得心がいったような顔をした。
「なるほど、アーチャーがわざわざ案内までしたのはそういうわけか。珍しいこともあるものだ。
見ての通り、私は貴様と違って王の務めを終えた後の姿だ。この剣を見ればわかるだろう?
もっとも今の私は『呪い』で属性が反転しているから、貴様が思い描く理想の王とはほど遠いかも知れんがな」
確かにアーサー王が持っている剣は「
しかし呪いとやらで人格や霊基などが変質してしまっているというのなら、本来のアーサー王はこんな恐怖と暗黒の具現みたいな存在ではないということになる。リリィとブラダマンテはちょっと安心した。
「そうですか、ではあと1つだけ。この街を炎上させたのは貴女なんですか?」
「……いや、違う」
するとアーサー王は不自然に言葉を切り、大聖杯の方に目をやった。光己はなぜかそれが妙に気になって、怖いのを我慢して訊ねてみた。
「王様、何か言えないワケでもあるの?」
「む? ああ、そうだな。何を語っても見られている。故に
「見られてる? 覗きとかストーカーとかってこと? でも王様くらい強いならやっつけちゃえばいいのに」
光己の感覚は完全に平和な国の一般人のものだったが、アーサー王はそれを聞くといかにも驚いたといった様子で目をしばたたかせた。
「いや、性犯罪の類ではないのだが……しかし、そうだな。
貴様たちにとっても敵だ。手伝え」
「へ!?」
光己とオルガマリーたちは一瞬ぽかんとしたが、アーサー王はかまわずいったん後ろに大きく跳ぶと、ついで高く跳んで高台の上、光己たちから見て大聖杯の裏側に回り込んだ。
手に持つ黒い聖剣には、すでに膨大な魔力が注入されている。
「
アーサー王が剣を斜めに振り上げると、その前方に黒い濁流がほとばしった。強烈無比な破壊の力が、その方向にいた何者かに襲いかかる。
「!?」
その何者かにとってはまったく予想外のことだったらしく、防御も回避も、口を開くことすら間に合わない。濁流に飲み込まれて、そのまま岩壁に叩きつけられた。
岩壁に大きなクレーターができ、空洞全体が地震でも起きたかのように細かく揺れる。さすが名高い聖剣だけあってとんでもないパワーだった。
「ぐはっ!? セ、セイバー貴様!?」
「奴はこの程度では死なん! アーチャー、貴様もかかれ!」
アーサー王の宝具は放出する魔力量が膨大なだけに、1度使うと再充填に多少の時間がかかる。その間の隙を埋めるため、彼女を糾弾する声を無視してアーチャーに出動を命じた。
「応!」
アーチャーもその何者かのことは好いていなかったらしく、むしろ積極的に戦線に加わった。あの黒い矢を次々に作り出しては射ち出していく。
「!?」
矢が飛んでいく先にいたその何者かは、緑色を主体にしたスーツを着てシルクハットをかぶった男性のようだった。傷ついてはいたが頑強にも五体が無事にそろっており、今はクレーターから抜け出そうとしているところである。
矢が飛んでくるのに気づくと身をよじって避けようとしたが、むろん避けられはしない。顔や心臓といった急所に突き刺さったが、人間ではないのかそれでもまだ生きている。
「おのれ、サーヴァント風情が……」
低くこもった声で呪詛の言葉を吐きつつ、いったん地上に降りて態勢を整えようとする謎の男性。しかしそこに黒い聖剣の第二撃が襲いかかった。
「ぐわーーーっ!?」
再び濁流に呑まれて岩壁に叩きつけられ、絶叫をあげる。それでも生きている辺り、アーサー王も容赦ないが男性も実にタフだった。
そこに回り込んできたカルデア一行が到着する。光己たちは謎の男性の姿に見覚えがあるような気がしたが、ただの人間が「約束された勝利の剣」を2回もくらって生きているはずもなし、似ているだけの別人だろうと判断した。
それでもオルガマリーは攻撃を躊躇して名前を聞こうとしたが、光己はかまわず追撃を指図する。
「おおぅ。あいつのあの雰囲気、絶対なんかヤバいことやる気だぞ。リリィ、思いっ切りやってくれ!」
実際男性はもう全身傷だらけでボロボロだったがそれでも己の両脚で立っており、何やら怪しげな魔力に満ちて憤怒の相で危険なオーラを振りまいている。光己でさえ感じたそれにリリィが気づかないはずはなく、指示通り全力で宝具を行使した。
「はいっ!
……選定の剣よ、力を! 邪悪を断て、『
リリィの宝具はアーサー王のそれとは打ち出し方が違っており、まず剣を胸の高さで横に持ち突きの構えを取った後、剣を前に突き出すと同時にその先端から金色の細いビームを発射するというものだった。対単体用に見えるが着弾すると周囲にいくつもの爆発を引き起こすので、集団を攻撃することもできる。
リリィはそのビームを男性の胸を狙って撃ったのだが、なぜか軌道がそれて彼の股間に命中した。
「をっほぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」
男性は光己の予想通り、今まさに「本来の姿」を現わしてアーサー王と光己たちをなぶり殺しにしようとしていたところだったのだが、その直前に宝具で急所を強打されてはたまらない。身も世もない悲鳴をあげながら地面をのたうち回った。
「あああっ、そんなつもりでは……だ、大丈夫ですか?」
「はははは! 王位に即く前の私は甘ちゃんそのもののように見えたが、まさかこれほど容赦のない性格だったとはな!
面白い、私も見習わせてもらうとしよう」
リリィはすっかりあわてて謝罪まで始めたが、逆にアーサー王は面白がって真似しようとしていた。リリィと同じ構えを取って、聖剣の先端から黒いビームを発射する。
男性はそれに気づくと転がって避けようとしたが、例の黒い矢がまた突き刺さったため身動き取れなくなってしまう。
「くぁwせdrftgyふじこlp!? ~~~~ッ!? ……(がくっ)」
そして集束された黒い奔流が股間に命中し、あまりの激痛に男性は哀れにも肉体より先に精神が崩壊してしまった。
それにより肉体の方も維持できなくなり、全身が黒い霧となってこの世界から消え去るのだった。
「ふむ、終わったようだな」
「それで、今の男誰なの?」
いかにも気分すっきり!した様子の黒い王様に光己がそう訊ねると、アーサー王はわりと気軽に、ただし重大な秘密を明かしてくれた。
「ああ、あれは『魔術王』の使徒の1人だ。私でも1対1で真っ向勝負では厳しいが、大勢で不意打ちすればこの通りだな」
「魔術王?」
その大仰な二つ名にオルガマリーは震え上がったようだが、光己には心当たりがない。詳しい説明を求めたが、それは差しさわりがあるらしくアーサー王は教えてくれなかった。
「知らないなら知らないままにしておけ。
話を戻すが、あの火災を起こしたのとこの土地を特異点に変えたのはあの男だ。この特異点は私かそこのランサーが死ねば消滅するが、しかし貴様たちが人類を救おうというのならここはまだ序章に過ぎない。
グランドオーダー……聖杯を巡る戦いは、まだ始まったばかりだという事だ」
グランドオーダーという単語にオルガマリーがまた体をびくっと震わせたが、アーサー王はちょっと視線をやっただけですぐ話を続けた。
「それもこれも、私を倒すことができればの話だがな。貴様たちもまさか、私が戦いもせずに退去してくれるなどとは思っていまい?」
アーサー王が再び剣を構える。その魔力と迫力は圧倒的で、小柄な体が熊のように大きく見えた。会話の時間はもうおしまいのようである。
「そりゃまあこっちも『自害せよ、ランサー』なんて言えんしなあ。そうすると所長が助からなくなっちゃうし。
所長、どうします?」
「どうするも何も、戦うしかないでしょ?
まだ聞きたいこといろいろあるけどもう教えてくれなさそうだし、ましていったん帰るなんて許してくれそうにないもの」
実際オルガマリーとしてはあの謎の男性のこととか、「魔術王」「グランドオーダー」という重大なキーワードとかについて詳しく訊ねたいのだが、とてもそんな空気ではないのだ。まったく、ここまで言っておいてなぜ出し惜しみするのか!
「……そうですね。それじゃマシュ、リリィ、ブラダマンテ、それにヒルド。頼む!」
「はい!」
4人が応えて武器を構える。こうしてこの特異点での最後の戦いが始まった。
筆者はカルデア一行と黒王の問答を書いていたと思ったら、いつのまにかレフがフルボッコされて退場していた。な……なにを言っているのか(ry
ところで聖杯が願望機として使えるなら、マスター47人を治療するという選択肢があるんですよねー。カルデアとしては喜ばしいですが、主人公はお払い箱になるという……。
やはりカルデアに持ち帰った聖杯は魔力リソースにしかならないということにしておくべきなのだろうか。