FGO ANOTHER TALE   作:風仙

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ぐだぐだ本能寺
第81話 ぐだぐだ越後国


 この特異点がどのような状況になっているかはまだ分からないが、城下町にある武家屋敷に「長尾」という姓の表札がある以上、ここが戦国時代の越後国であることはほぼ間違いない。

 表札に書かれているのが姓だけで、名前が書かれていないのが惜しいところである。

 もっとも仮に今が景虎の時代だったとしても、彼女は国主の子から国主になった身だから、城の外にあるこの屋敷に住んでいる可能性はゼロに近いのだが。

 とはいえ長尾姓=国主の親族なら色々知っているはずだから、ぜひ話を聞きたいものだが、素性も知れぬ異邦人が会ってもらえるはずもない。

 いやそれ以前に―――。

 

「今このヨソ者、殿様のこと呼び捨てにしなかったか?」

「したした。確かに聞こえたぞ」

 

 今は逃げるのが先決であった。

 

「このおバカーーーー!」

「す、すいませんんん!」

 

 武士らしく(かみしも)を着て腰に刀を差した男が3人ほど追ってくる。殿様が景虎であるらしいことが分かったのは大変喜ばしかったが、ここはどうしたものだろうか。

 

「というかホントにどうするのよ?」

 

 普段は高飛車だが実はピンチに弱いオルガマリーがちょっと震えた声で訊いてきたので、光己は思案の末2つのルートを用意した。

 

「……そうですねえ。穏便なのと武断なのとどっちにしましょうか」

「とりあえず両方言ってみなさい」

「はい。穏便なのはこのまま撒いちゃうこと。武断なのは人気のないとこに誘導してから、ボコって財布をゲットすることです」

「……」

 

 オルガマリーは迷った。

 仮にも時計塔の君主を継ぐ者が、強盗の真似事なんて恥ずかしいことしたくはないのだが、夜までにお金を手に入れなければ、空腹をかかえて野宿という情けない事態になってしまうのだ。

 

(お父様……お金ってこんなに大事なものだったんですね)

 

 あの世にいる父にそんなことを語りながら、オルガマリーは今一つの懸念を口にした。

 

「ボコるって簡単にいうけど、サムライって強いんじゃないの?」

「大丈夫ですよ。そりゃ景虎や頼光さんやゴールデンは強かったですけど、今追ってきてる3人は普通の人間です」

 

 オルガマリーはサムライやニンジャに対して異国情緒的(エキゾチック)な幻想を抱いていたようだが、同じ日本人である光己はいたって現実的だった。

 今光己はオルガマリーをお姫様抱っこして走っているのだが、それに追いつけない時点でお里が知れるというものである。いや正しくは3人が遅いのではなく光己が速いのだが。

 

「……そう。じゃあ武断の方で」

「分かりました。それじゃ通行人がいなくなったら魔術でシバいてやって下さい」

「私がやるの!?」

 

 てっきり光己がやるものと思ったのに。雇用主使いが荒い新入所員だとも思ったが、しかし何もしないと、それはそれでトップとしての鼎の軽重を問われかねない。

 彼は自分を認めてくれているが、一から十までというわけではなく、パワハラの件のようにダメ出しはしてくる。だからこそ信用できるとも言えるが、せっかくの評価を保つためには相応の行動を見せねばならないのだ。

 

「ああもう何でこんなことに!?」

「そんなに気にすることないと思いますよ。素手の子供相手に刃物持って追いかけ回す方が悪いに決まってるじゃないですか。

 怖い思いしたから慰謝料ってことで」

「ものは言いようねえ……」

 

 何かもうぐだぐだな心境になってきたが、ここまできたらもうヤケだ。

 裏道に入って人目がなくなったところで、オルガマリーは追っ手に指先を向けると魔力弾を撃ち出した。

 

「グワーッ!」

 

 それを胸板に受けた先頭の追っ手があっさり気絶して倒れ伏す。2発目と3発目で3人とも倒してしまった。

 

「おお、所長やりますね!」

「私はアニムスフィアの当主ですからね。このくらいは当然よ」

 

 と言いつつもふんすと鼻息を荒げるオルガマリー。自慢げなのがモロ分かりなのが可愛らしい。

 光己はオルガマリーを下ろすと、計画通りに倒れている3人から強盗もとい慰謝料の徴収を始めた。

 

「おお、ずっしり重いな……ああ、この時代は紙幣がないからか。

 そういえば、さっきこいつら俺たちのことヨソ者って言ったよな。服ももらっとくか」

 

 みんな和服を着ている所でカルデアの礼装を着ていたら非常に目立つ。それは避ける方が賢明だろう。

 光己は容赦なく、1番体格が近い男の服をはぎ取って着替えた。

 

「所長、似合ってますか?」

「うーん、服に着られてる感じがアリアリねえ……」

 

 やはり着慣れない服は似合わないようだが、礼装よりは人目を引かずに済むはずだ。

 あとは倒れている3人の処置だが、一人前の武士が素手の小僧と女にどつかれて財布を奪われたなんて訴える方が恥になるから、放っておいても大丈夫だろう。

 

「それじゃ資金が手に入ったことですし、所長もどっかの服屋で服買いましょう」

「そうね、でも貴方が着てる男性用はともかく、女性が着てる服ってだいぶ動きにくそうなんだけど」

 

 光己が着替えてもオルガマリーがそのままでは意味がない。それは分かるが、女性が着ている服はスカート部分がかなりタイトかつ裾長なので、走りにくそうに思えるが大丈夫だろうか。

 

「そうですねえ。まあいざとなったらまた俺が抱えて走りますから」

「そ、そう? ありがとう……」

 

 まるでお姫様を守る騎士のような発言に、オルガマリーはぽっと頬を染めた。

 考えてみれば、男と女が2人きりで街を歩いて服を買いに行くというのはデートそのものではないか。胸がどきどきしてきたがどうしよう。

 

「いや待て。自分で走ってもらえば裾がはだけてパンツ見せてもらえるかも」

「あ・な・た・ね・え~~~ッ!!」

 

 オルガマリーは激怒した。必ず、かのセクハラ小僧をシバかなければならぬと決意した。

 両手で彼の頬をぐりぐりとつねってやる。

 

「ひょ、ひょひょう!? ぼ、ぼーひょくひゃんひゃい」

「じゃあ私はセクハラに反対するわっ!」

 

 ……などと微笑ましい痴話ゲンカをする一幕もあったが、着替えた方が好ましいのは明らかなので、2人は表通りに移動して服屋を探すことにした。

 改めて周りをよく観察してみると、道路はきちんと清掃され、家屋や店舗もたくさん立ち並んでいる。通行人も大勢いた。

 

「私は中世の日本のことは詳しくないけど、なかなか賑わってるのかしら」

「そうですね。景虎……様の頃の城下町はけっこう栄えてたらしいですよ」

 

 ローマで景虎に会った後、カルデア本部から文書データを送ってもらって読んだが、その頃の春日山城の城下町は何万人もの住人がいたらしい。どこまでを城下町とするかにもよるが。

 そういう街なら服屋の1軒や2軒すぐ見つかる。オルガマリーは比較的動きやすそうな薄手の小袖(こそで)を買ってその場で着替えた。

 ついでに風呂敷も買って、今まで着ていた礼装を包んでおく。

 

「似合うかしら?」

「はい、バッチリですよ」

 

 青色の地に赤や白や黄の花柄模様が描かれた、鮮やかながらも品が良いデザインの和服を着た彼女は実際絵になっている。光己の称賛はお世辞ではなかった。

 

「ありがとう。やっぱり歩きにくいけど、これで目立たなくなるわね」

「それじゃ慣れるまで手引きますよ」

「ええ、ありがとう」

 

 光己が自然に手を差し伸べてきたので、オルガマリーも素直にその手を握った。

 ちょっと温かかった。でも自分の手は……温かいと思ってもらえるだろうか?

 そんなこと聞く勇気はなかったけれど。

 

「それじゃ次は情報収集……の前に、何か食べて一休みでもします?」

 

 光己がそんなことを言ったのは、たまたま「甘味処」という看板が視界に入ったからである。一服して気を落ち着けるにはちょうどいい。

 

「そうね、そうしましょうか」

 

 ショッピングの後に食事というのはデート的に考えても一般的、もといせっかく過去の異国に来たのだから、現地のスイーツを楽しむのも一興、でもなくて。ここに来てからずっと展開が慌ただしかったから、一休みしつつ脳に糖分を補給するのは好ましいことである。そう判断したオルガマリーは光己の提案に賛成して店に向かった。

 店は21世紀の喫茶店に比べればいささか(ひな)びたつくりだったが、それなりにちゃんとしていて客も何人か入っている。

 

「いらっしゃいませー! 奥のお席にどうぞ」

 

 店員の案内について席につき、机の上にあったメニューを手に取る。

 しかし残念ながら、オルガマリーの知識では(カルデアの魔術テクノロジーのおかげで)書いてある文字は読めてもそれがどんな食べ物なのかは分からなかった。

 

「まあ、そうですよねえ……」

 

 代わりに光己が読んでみると、果物類の他に団子・羊羹・かりんとう・饅頭・どら焼き・唐菓子類・味噌松風(和風カステラ的な菓子)等々となかなかにバリエーション豊かであった。料金はちと高めに感じたが、砂糖が希少なこの時代に甘味専門店を営むからにはお金持ち向けなのだろう。

 

「しかしあぶく銭なら余ってる! 店員さん、笹団子と粉熟(ふずく)椿餅(つばいいもち)と味噌松風下さい」

 

 せっかくなので普段あまり見ないものを注文する光己。特異点暮らしが長いからか、早くも城下町に順応していた。

 なお笹団子は21世紀でも珍しくはないが、上杉謙信が考案したという説があるので彼女へのリスペクトを表したものである。

 

「お待たせしましたー」

 

 やがて店員が料理を持って来て机に並べる。小ぶりだが色とりどりの綺麗なお菓子を、オルガマリーはさっそく指でつまんで口に運んだ。

 

「…………へえー、素朴だけど自然で上品な甘みね。この苦いけど味に深みのあるお茶とピッタリ合ってるわ」

「おおー、さすがに品評の言葉の選びが違いますね。確かに美味しいですけど、あえて言わせてもらうならお値段の割に量が控えめ」

「ならもっと注文すればいいんじゃない? あぶく銭ならあるんでしょ?」

「いやそれは無駄遣いになりますんで。あとで普通のメシがっつり食べますよ」

「そう……」

 

 お菓子とお茶をいただきながらそんなことを話している内に、2人ともようやく気分が落ち着いてきた。

 というわけで真面目な話に入ることにする。

 

「当面の行動目標は、お城にいる殿様に会うことですよね」

 

 あの城の主が光己が知っている景虎で、かつローマで会った記憶を持っているなら全面的な協力が期待できる。なので会わない手はないが、身元不明の風来坊が、どうやったら殿様と差し向かいで対面できるだろうか。

 光己はちょっと悩んだが、今回は珍しくオルガマリーが楽観的だった。

 

「そんなに難しくないと思うわよ?

 詳しくは知らないけど、今のこの国って諸侯が乱立して内戦を繰り返してるんでしょう? なら、私と貴方が少し実力を見せれば、すぐ雇ってもらえるんじゃないかしら」

「それはそうなんですけど、俺たちの能力見せたら、妖術師の類と思われて弾圧される可能性が」

「ああ、そういう心配もあるのね」

 

 魔術的要素抜きでも光己にはサーヴァント並みの腕力があるが、それだけで殿様にお目通りするのは難しそうである。

 いっそのこと竜の姿を見せれば確実に会えるし弾圧も何もなくなるが、注目を浴びすぎるから最後の手段にするべきだろう。

 

「なら夜中に忍び込むってのはどう?」

「そうですね、俺1人でしたら逃げるのも簡単ですし」

 

 光己は翼を出せば空を飛べるので、夜中にこっそり城内に忍び込むのは容易だ。もし景虎が光己の期待通りの人物でなかったとしても、自分だけなら追っ手を撒くのは難しくない。

 

 

 

「―――へええ、どこに忍び込むんですか?」

 

 

 

「!!??」

 

 しかしその時突然横から声をかけられて、光己とオルガマリーは心臓が飛び出しそうなほど驚いた。

 反射的に顔を向けると、金髪の可愛い女の子がにこにこ微笑みながらこちらを見つめていた。敵意があるようには見えないが……?

 

「―――って、もしかしてリリィか!?」

「ほ、本当だわ。冬木で会った……といっても覚えてないかしら」

 

 しかも見覚えがある人物だったのでさらに驚く2人。

 すると、少女はぽんと手を打って喜びの意を示した。

 

「あ、やっぱりあの時のお2人だったんですね! また会えて嬉しいです!」

「あ、ああ……俺も嬉しいよ」

 

 光己はまだ心臓がばくばく鳴って大変だったが、とりあえずそう答えた。

 しかし記憶持ちのアルトリアリリィと偶然会えるとは。まったく想像もしていなかったが素晴らしい幸先の良さである。

 

「じゃあ立ちっぱなしも何だからどうぞ座って」

「はい、それじゃ失礼して」

 

 光己が奥に詰めると、リリィは特に気兼ねせず彼の隣の椅子に腰を下ろした。

 

「でもちゃんと声抑えてたのによく聞こえたなあ」

「私も一応武闘系のサーヴァントですから」

 

 光己とオルガマリーは先ほどの失敗に鑑みて、「お城にいる殿様に~~」のくだりからは小声にしていたのだが、やはりサーヴァントは聴覚も一般人より優れているようだ。

 

「ところでお2人だけなんですか?」

 

 リリィが辺りを見回しながらそう訊ねる。マシュやヒルドたちは別行動なのだろうか。

 

「ああ、それがな」

 

 そこで光己とオルガマリーが事情を話すと、今度はリリィがびっくり顔になった。

 

「へええ~~、そんなことが起こり得るんですか。勉強になりました。

 それでお2人はこれからどうするおつもりなんですか?」

「ああ、あのお城の殿様に会いたいんだけど、いい方法を思いつかなくて」

「それなら私が紹介しましょうか?」

 

 光己が何気なく悩みごとを打ち明けると、リリィは妙なことを言い出した。

 

「ふえ!? 紹介ってどういうこと?」

「あ、まだ言ってませんでしたね。私ここでは『上杉アルトリア』という役?みたいなのを当てはめられてまして」

「上杉……アルトリア!?」

 

 意味不明な単語に目を白黒させる光己とオルガマリー。するとリリィは詳しく説明してくれた。

 

「はぐれサーヴァントは普通はただ現界するだけなんですけど、今回は何故か『上杉景勝』という人のポジションで現界したんです。だから殿様は義母上に当たりますので、私と一緒に行けばすぐ会えると思いますよ」

「…………!!??」

 

 光己とオルガマリーはリリィの話をすぐには消化しきれず、しばらく茫然と沈黙していた。

 やがて同じ国のことだからか、先に復帰した光己がさらに訊ねる。

 

「念のために聞くけど、その殿様ってサーヴァント?」

「はい、初めて会った方ですけど綺麗で凛々しい女性ですよ。長尾景虎という方です」

「おおー……って、ちょっと待った。義母が長尾姓なのになんでリリィは上杉姓なの?」

 

 ここの長尾景虎が光己の知る彼女である可能性が高そうなのはいいが、リリィの話はちょっとおかしくないだろうか。光己がそこにツッコむと、リリィもさもありなんと頷いた。

 

「はい、それはそうなんですけど、どうもこの特異点は色々いいかげんみたいでして」

「ぐだぐだねえ……」

 

 オルガマリーが心底あきれた様子で呟く。真面目できっちりした性格の彼女には受け入れ難いことなのだろう。

 しかしリリィが紹介してくれるというのが朗報なのは事実だ。

 

「じゃあお願いしようかな。でも今の話だとリリィは殿様の養子ってことになるのに、よく1人で城から出て来られたな」

「いえ、1人じゃないですよ。ほらあそこに」

 

 リリィが視線で示した先では、数人の武士が別の机で何か食べていた。お忍びで街に出た彼女の護衛役ということか。

 そういうわけで、ようやくある程度状況を理解できた光己とオルガマリーは、リリィと一緒に春日山城に赴くことにしたのだった。

 

 

 




 というわけで、マシュたちの代わりに所長と一緒にぐだぐだ本能寺です。
 原作と違って上杉家スタートになりましたがどうなってしまうのか!?



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