光己とオルガマリーは、アルトリアリリィの案内で景虎の居城である春日山城に向かったわけだが、その正門の脇に立っていた門番は人間の武士ではなく妙ちきりんな人型?生物だった。
身長は1メートルくらいで二頭身、黒い軍服のような服を着ている。頭には日輪を模したと思われる形の
黒い髪を足元近くまで伸ばしているので、性別があるなら女性だと思われる。
「ノッブー!」
「ノブノブ!」
その上意味不明なことを言ってきたので、オルガマリーなど怖がって光己の腕にすがりついたくらいである。その腕に伝わるむちむちっとした感触からすると、なかなか立派なバストをお持ちのようだ。
光己はとりあえず、リリィに視線で説明を求めた。
「……いえ、私も義母上もこの方々のことはよく分からないんです。私たちが言ってることは理解してるようなのですが……」
それより問題は、城の兵士がみんな彼女たちに置き換わっていることだった。幸い城下町の住人は人間のままで、今のところ目につくほどの問題は起こっていないが……。
「そりゃまたおかしな特異点だなあ……所長はこのヒト?たちの正体分かります?」
光己が今度はオルガマリーに訊ねてみると、落ち着いてきたのか普通に答えてくれた。
「人間じゃないのはもちろんだけど、生身の生物ですらないわね。
貴方に分かりやすく言うと、ローマでアヴェンジャーのブーディカが出してた兵士と同じようなものよ」
さすがオルガマリーは一流の魔術師だけあって、観察眼も鋭かった。
つまりこの謎生物は誰かの宝具なのだろうか。ノブノブ言ってるので織田信長がまず頭に浮かぶが、日本史上有数の英雄がこんな怪しい生物を量産はしないだろう。
「仮にしたとして、それが長尾家に仕えるわけないしな」
なので謎生物のことは棚上げにして、光己たちはそのまま城内に入った。
春日山城は難攻不落で知られた城で、頂上にある本丸に行くには林の中の細い道を延々登っていかねばならない。加えて砦が何ヶ所もあり、例の謎生物が大勢詰めていたが攻撃はしてこなかった。
「どうやら本当に長尾家の味方みたいねえ……」
着慣れない服で山歩きしてちょっと疲れた様子のオルガマリーがそう呟いた。
それにしてもこの特異点、冬木とは雰囲気が全然違う。あそこはこの世の終わりとか地獄とか、そういった恐怖やおどろおどろしさを全身に感じさせる嫌な場所だったが、ここは……一言でいうなら、ぐだぐだ?
やがて本丸に着くと、護衛の武士たちはリリィに挨拶してから去って行った。
もっとも本丸といってもそう大きな建物ではなく、城主の私的な住居と政庁を合わせただけのもののようだ。
3人が中に入ると、人間の女中が出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、姫様。お客様でしょうか?」
「ええ。義母上はおいでですか?」
「今は城内の見回りに出ておられますが、もう少しで戻られると思います」
「そうですか、では客間で待っていますので、義母上が戻られたらそう伝えて下さい。
それとごはんはできるだけ良いものを。今はお茶だけで結構ですから」
「はい、承りました」
次期当主がみずから連れて来て、しかも食事にまで口出しするとなればよほどの貴人に違いない。女中は光己とオルガマリーに深く頭を下げると、ぱたぱたと急ぎ足で去って行った。
なお戦国時代の食事は朝と夕の1日2食である。代わりに量は多く、1回に玄米を茶碗5杯分も食べたりしたという。
さらにいうと景虎の普段の食事は一汁一菜の質素なもので、だからリリィも「大名と一緒のものを食べるのに」あえて「できるだけ良いもの」と言ったわけだ。
「では上がって下さい!」
リリィの先導で客間とやらに入る光己とオルガマリー。そこは十畳くらいの広さの、特に飾り気のない和室だった。
仮にも城の主が来客を迎えるにしてはいささか質素である。しかしリリィが
青い空、たなびく白い雲、山の緑、麓の街並み……何とも言えぬ絶景だった。
「………………おおぅ、これはいい景色だな」
「そうね、これが
「そうでしょうそうでしょう! 山の上の城って普段の暮らしには不便だと思いますけど、景色はすごくいいんですよね」
リリィがえっへんと胸を張る。なるほど、風景の良さを強調するためにあえて室内は飾らなかったというわけか。
光己とオルガマリーは景色を堪能すると、女中が持って来てくれたお茶を飲みながら景虎が来るのを待った。
20分ほども経っただろうか。襖の向こうから若い女性の声が聞こえた。
「お客様だそうですね、アルトリア。お待たせしました」
襖を開けて現れたのは、光己が知っているのと寸分変わらない姿の彼女。しかし記憶の方はどうだろうか?
そして景虎の方はといえば。
「マ……マス、ター……!?」
光己の存在に気づくと、信じられないものを見たかのように茫然自失して立ちすくんだ。
この反応なら記憶を持っている。そう判断した光己は立ち上がって、ゆっくり彼女に近づいた。
それでも動きを見せない景虎にそっと声をかける。
「……景虎、って呼んでいいのかな?」
「―――!」
すると景虎は一瞬びくっと体を震わせ―――ついで堰を切ったような勢いで光己に抱きついた。
「はいっ! マスター、マスター……ずっとお会いしたかったです。
ずっと待ってましたけど、まさか本当に来てもらえたなんて……嬉しいですっ!!」
「良かった、覚えててくれてたんだな!」
やはり彼女は記憶を持っていてくれた。特異点修正がやりやすくなるとか、そういうことより以前の関係をそのまま続けられることが嬉しくて、光己も感動を満面に表しながら景虎の背中を抱き返した。
「ん~~~~~んっ……やっぱりマスターの腕の中は居心地いいです!」
「うん、俺もマジ幸せ……これは夕飯まで、いや明日の朝までずっとこうしてるしかないな!」
「はい、ぜひそうしましょう!」
「景虎……!」
「マスター……!」
完全に2人の世界に浸って再会の喜びを分かち合う光己と景虎。マスターとサーヴァントが仲睦まじいのは大変結構なことだったが、抱き合う姿を10分も見せつけられたら、さすがに腹が立ってくるというものである。
「2人とも、そろそろこっちの方も見てもらえるかしら?」
というわけで、オルガマリーが普段より1オクターブほど低くこもった声でクレームを入れると、2人はようやく我に返ってぱっと離れた。
「……え、って、しょ、所長!? あー、いや、これは不躾なところをお見せしまして」
「いやあ、私としたことがまた取り乱してしまって面目ありません」
しかしそこから座る動作が鏡に映したように同じテンポだったのにはもう笑うしかなかったが。
まあ深く突っ込んでも良いことはなさそうなので、オルガマリーはさっさと話を先に進めることにした。
「じゃあ改めて自己紹介をしておこうかしら。私はオルガマリー・アニムスフィア。カルデアの所長で、こちらの藤宮の雇用主でもあります」
「ふむ、ローマでマスターが時々話をされていた方ですね。
長尾景虎と申します。今はこの特異点で越後国の国主になっています」
オルガマリーが名乗ったので景虎も自己紹介をしたが、ちょっと不審なことがあった。
「それで、マシュ殿たちはいずこに?」
これはリリィにも聞かれたことで、光己とオルガマリーはまた同じことを話した。すると景虎は持っている知識が違うのか、リリィほどには驚かず、代わりに妙に嬉しそうな顔を見せる。
「……? 今の話に何かいいことでもあった?」
「はい。ここは確かに特異点ではありますが、実際は帝都聖杯とかいう怪しい聖杯が暴走したせいでできた異空間です。そこに通常のレイシフトではなく夢の中で来たお2人にとっては、いわば
「カンタンノユメ?」
オルガマリーには理解できない言葉だったが、光己には一応分かった。要するにここで何年過ごしても、カルデアで目が覚めた時は一晩しか経っていないということなのだろう。
そういえば無人島でも時間の流れが違っていたし、
「はい。ですのでローマの時みたいに日数を気にする必要はありません。精いっぱい歓待しますので、4ヶ月といわず4年でも40年でもゆっくりしていって下さい」
「んー、景虎にそこまで言われると気持ちが揺らぐなあ」
なるほど、夫婦(ではないが)水入らずでずっと暮らせるのを嬉しがってくれたのか。光己にとっても景虎(とリリィ)がいてくれるならそこまで悪い話ではなかったが、当然ながらオルガマリーが納得するわけはない。
「何言ってるのよ貴女! 仮に貴女の言う通りカルデアでは一晩しか経たないとしても、何もせずにいたら、その帝都聖杯とやらを他のサーヴァントに奪われてロクでもないことになりかねないでしょう」
「むうー」
オルガマリーが言うことは残念ながら真っ当なので、景虎はぷうっと頬を膨らませたが抗弁はしなかった。
「それより今この特異点がどうなってるのか教えてもらえるかしら?」
「……そうですね。
基本的には日本の戦国時代……おおむね永禄3年頃の状況を再現しているようです。ただ兵士があの謎生物になっていたり、一部の大名がサーヴァントに置き換わっていたりします」
「へえー」
永禄3年と言われても、オルガマリーはもちろん光己にもすぐにはピンと来なかったが、そこでリリィが西暦だと1560年で桶狭間の戦があった年だと教えてくれた。
景虎が関東遠征をした年でもあるが、2件ともここではまだ行われていない。
「で、その置き換わった大名って?」
「私が知る限りでは、武田ダレイオスと北条アルトリア・オルタの2名です。他にもいるとは思いますが、全員が換わったわけではありません」
「……。何ていうかこう、力が抜ける名前だな」
「そうですね、おかげで私も今いち出陣する気力が湧かず」
景虎もそれなりに困っているようだ。
「それに聖杯がどこにあるかはまだ分かっていないのです。
手を尽くして調べてはいるのですが、それらしい情報は入っていません」
1番可能性が高いのは京都近辺だが、今は特に異常は見られない。朝廷と幕府にもサーヴァントや謎生物の姿はないらしかった。
「なるほど……」
それでは動きようがない。それとも普通の聖杯戦争のように、サーヴァント同士が戦って最後の1騎になれば手に入るのだろうか。
「それだと最後は私と義母上が戦わなきゃいけないんですよね。せっかく仲良くなれたのに……」
するとリリィがちょっと悲しげに顔を伏せた。
景虎とリリィがこの特異点に現界したのは2ヶ月ほど前で、最初はお互い戸惑ったが、今は世間一般の義母と義娘くらいには打ち解けられている。それに共通の(元)マスターもいるのだし、争いたくはないのだが……。
「私もそなたと戦いたくはありませんが、しかし今のところ他に手立てがないのも事実。先のことはその時考えることにして、今は私たち以外のサーヴァントを討つということで良いのでは?」
なお景虎は武田家や北条家には生前のリベンジをしたいという私的な欲求もあったのだが、リリィの前なのでそれは言わなかった。
「そうですね、そうしましょう」
リリィも納得したので、いよいよ長尾家は聖杯奪取のため動き出すことになった。
具体的な方針としては、①武田家を討つ、②北条家を討つ、③強豪である2家を避け、西進して京都に向かう、の3つが考えられる。東北地方は危険度が低いから後回しでいいだろう。
「どれにしましょうか?」
「俺だったら①一択だな。先に②と③やったら絶対ちょっかいかけてくるだろ、史実的に考えて」
景虎の議題提起に光己がこう答えると、軍神少女は我が意を得たりと手を打った。
「さすがマスターは分かってますね! 何しろ信玄坊主は約束破りの常習犯の上に、陰険な謀略が大好きなタヌキ親父でしたから。ダレイオスに置き換わってどうなったかは分かりませんが、先にしとめておくに越したことはありません」
「だよなー。ただ信濃はともかく甲斐は貧しいから、
サーヴァントを倒すだけならあまり関係ないのだが、特異点暮らしが長くなるなら為政者サイドとしては無視できない問題である。まさか越後のお金を甲斐につぎ込むわけにもいかないし。
「まあその辺は信玄を討ってから考えましょう。それより今度こそカルデアに行きたいので、先に契約しておきませんか」
ローマでは一緒に帰れないと分かっていたが、ここからなら行けるかもしれない。景虎がこう提案したのは必然だった。
「おお、それは忘れちゃいかん話だな。今すぐやっとこう」
無論光己にとっても必然である。速攻で契約を結ぶと、リリィも手を挙げてきた。
「そういうことなら私も! 私ももっとお役に立ちたいですから」
「ありがと、それじゃさっそく」
光己の答えはOKに決まっているわけで、リリィとも契約してラインをつなげた。
これで2人をカルデアに連れて帰れる可能性が出てきたが、ふとリリィが心配そうな顔をする。
「あ、勢いで契約しちゃいましたけど、魔力は大丈夫ですか?」
カルデアからの魔力が来ているならいいのだが、そうでなかったら続けて2騎と契約するのは自殺行為だろう。しかし光己は平気な顔をしていた。
「ああ、大丈夫だよ。理屈はよく分からんけど、魔力はちゃんと来てるから」
「そうですか、なら安心ですね!」
一安心したリリィが、白い百合がぱあっと開くような眩しい笑顔を浮かべて光己の手を取る。景虎も負けじと彼の腕に抱きついた。
―――そんな3人の傍らで、中世日本の知識がなくて話に入れなかったオルガマリーが若干空気になっていたけれど。
イベントでまで日数経過すると人理修復の締め切りが危なそうなので、レムレム特異点は一晩で終わることになりました。
北条アルトリア・オルタというのは「ファイナル本能寺2019」に出てきた設定であります。