FGO ANOTHER TALE   作:風仙

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第84話 ぐだぐだ川中島

 お風呂から出て一服したら、そろそろ夕食の時間である。アルトリアリリィが最初に言ったように上等なご飯が出てきた。

 景虎は出陣の前には将兵に豪華な食事を振る舞ったといわれている。その「かちどき飯」をちびノブたちには明後日出すが、光己とオルガマリーには今日も出してくれるわけだ。

 メニューはまず大盛りのご飯に具沢山の味噌汁、それに刺身、焼き魚、煮物、和え物、(なます)、鳥肉の炙り焼きといった山海の幸がわんさと出て来る。

 

「おおー、久しぶりの和食……!」

 

 かれこれ5ヶ月ぶりだろうか。懐かしい匂いが光己の鼻孔をくすぐる。

 それも上杉謙信ご本人に振る舞ってもらうとか、21世紀日本の歴史マニアが聞いたら血涙を流して羨みそうな案件ではないか。特異点行脚も良いものだ。

 

「日本食はヘルシーだって聞くから楽しみね。

 1日2食ならたくさん食べておかないと」

 

 オルガマリーはこの程度の認識だったが、21世紀のヨーロッパ人ならまあこんなものだろう。

 

「ではどうぞ、召し上がって下さい!」

「いただきまーす! …………おお、これはなかなかいけるな……!」

 

 味付けは21世紀とはだいぶ違うが、十分に美味といえるレベルだ。久々の故国の料理に光己は舌鼓を打った。

 オルガマリーも気に入ったのか、美味しそうに食べている。

 ところで4人は今日はもう仕事はないので、正式な名称は分からないが、いわゆる浴衣寝巻きっぽい服を着ている。つまり女性3人は今もノーブラノーパンという、思春期少年にとって大変に刺激的なシチュエーションであった。

 具体的には着慣れてないオルガマリーが足を崩して太腿やその上まで露出してくれたら嬉しいなあということだったが、名家のお嬢様だけに行儀が良くてなかなか隙を見せてくれなかった。悲しみ。

 

「マスター、お代わりいかがですか?」

「おお、もらうもらう」

 

 それはそうと上杉謙信にご飯をよそってもらうとかすごいパワーワードだ。光己は遠慮なくいただいた。

 最後はデザートとしてビワが出てきた。至れり尽くせりの饗応で、光己もオルガマリーも大満足である。

 

「ごちそうさま! 美味しかったよ」

「そうね、極東の田舎島国と思ってたけど考えを改めるわ」

 

 プライドの高いオルガマリーにここまで言わせるとは、さすがは古代より食事には並々ならぬ情熱を注いできた大和民族の面目躍如というところか。なおリリィも生前は「雑でした……」の国だったので、国主の跡取り=好きなものを好きなだけ食べられる暮らしは大変結構なものだったりする。

 

「はい、お粗末さまでした。お2人に喜んでもらえて良かったです」

 

 できるだけいい物を出したとはいえ、450年も未来の人たちの舌に合うかどうか景虎はちょっと不安だったのだが、光己とオルガマリーの反応は思ったより良好でほっと胸を撫で下した。

 この分なら、2人がこの特異点に数ヶ月居座ることになっても食事面での不満は抱かれずに済むだろう。

 ―――電気がない時代は現代人ほど夜更かししない。しばらく食後のだんらんを楽しんだらもう寝る時間だった。

 

「ほんの1週間前のことですが、夜着(やぎ)というものが手に入りまして。ぜひ使って下さい」

 

 現代の掛け布団に当たるものだが、実態は着物の中に綿を入れたものである。敷布団については木綿の袋に綿を詰めた現代の代物に近いものが出現しており、当然高級品だが大名である景虎は複数所持していた。

 

「へえー、あったかそうだな」

 

 しかしこんな物にくるまっていては夜這いはできないし、景虎の方から来てくれることも期待できない。とても残念だったが、そんな光己に景虎がついっとしなだれかかった。

 

「ん?」

「マスター、寝る前にもう一品召し上がってほしいものがあるのですが」

「え」

 

 艶っぽい流し目で見つめられて、思春期少年の心臓がどくんと高鳴る。これはまさか!

 

「もちろん、私です。どうぞお好きなように」

「じゃあいただきまーす!」

 

 光己は速攻で景虎を押し倒そうとしたが、それ以上の神速でオルガマリーが割って入ったため宿願はかなわなかった。

 

「のーさんきぅぅぅぅ!! えっちなのは悪い文明!!」

「そうですね、冗談です。明日は忙しくなるので早く寝ましょう」

「…………俺の気持ちを裏切ったな! 父さんと同じに(?)裏切ったんだ!」

 

 というか、からかわれただけだったとは。光己は怒りと弾劾の声をあげたが、その叫びに応える者はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 翌日は景虎が光己とオルガマリーを家中の者に紹介したり、2人が提供した未来知識を実用化する手はずを進めたり、その後は出陣の支度をしたりと忙しく流れていった。

 そしてその翌日。いよいよ長尾軍1万3千は武田ダレイオスを討つべく、春日山城を発って武田家の本拠地である躑躅ヶ崎館(つつじがさきやかた)めざして進軍を開始した。

 ただ兵士は大小の指揮官も含めてちびノブだけで、人間は光己とオルガマリーの他は景虎たちの世話役10人だけである。ある意味フランスやローマよりおかしな特異点だった。

 

「それでどんなルートで進むの? やっぱり川中島で戦うの?」

 

 マスターだろうと所長だろうと、日本の戦国時代での作戦行動については長尾景虎に口出しできるほどの見識はない。といって何も知らずにいるのも何なので、光己はとりあえず今後の見通しについて訊ねてみた。

 

「そうですね。サーヴァントが逸話を再現する力を持つと同時に逸話に縛られる存在であるなら、そうなる可能性は高いと思います」

 

 むしろ景虎は意図的に逸話に合わせようとしていた。彼女が今回動員した1万3千という人数は、最も有名な第4次川中島合戦の時に彼女が率いたのと同じ人数なのである。

 なぜそうしたかといえば、この第4次では景虎が信玄と一騎打ちする場面があるからだ。ダレイオスを討つにはうってつけのシチュエーションといえよう。

 

「あの時は惜しくも逃がしてしまいましたが、今回はマスターのために勝ってみせます!」

 

 景虎のこの発言は単なる大言壮語ではない。

 まず景虎はダレイオスと違って本人だから知名度補正を受けられるし、何よりも光己がいる。サーヴァントはマスター次第で発揮できる力に天地の開きが出るものなのだ。

 

「うん、頼りにしてるよ。俺もできるだけのことはするから」

「はい、ありがとうございます! ところでマスターはダレイオスという人物のことをご存知ですか?」

「いや、聞いたことないなあ」

 

 残念ながら光己はその名に聞き覚えはなかったが、オルガマリーは知っていた。

 

「多分アケメネス朝ペルシアの国王ね。サーヴァントになるほどの知名度があるのは一世と三世だけど……」

 

 三世は征服王イスカンダルに敗れて国を失った王で、有能さを示す逸話は聞いたことがないが、一世はアケメネス朝の実質的な創始者ともいわれる存在で、政治・軍事とも実績を残している。

 ただどんな宝具を持っているかまではオルガマリーにも想像がつかなかった。アルトリアやジークフリートとかと違って、ファンタジーな武器を持ってたりはしないので。

 

「なるほど……」

 

 一世の方が信玄の知識をインストールされていたら相当な強敵になりそうだ。景虎は改めて気を引き締めた。

 さらに進んでいくと、斥候から武田軍が北上しつつあるという情報が入った。

 

「ほう、やはり武田も動いていましたか」

 

 兵力は推定2万人、ほとんどがちびノブだそうだ。第4次川中島合戦の時の武田軍が2万人だったから、これは本当に逸話再現の方向に行きそうである。

 また武田軍には総大将のダレイオスに加えて、「真田メドゥーサ」なる女性の武将がいるらしい。

 

「メドゥーサ? うーん、聞いたことがない名前ですね」

「あ、私知ってますよ!」

 

 景虎は知らなかったが、リリィと光己とオルガマリーは知っていた。ギリシャ神話に登場するゴルゴン3姉妹の末妹で、姿を見た者を石にしてしまう力を持つと言われている。

 ただ彼女を討ち取ったペルセウスは、「鏡のように磨いた盾に映った彼女の姿を見ながら戦った」そうなので、直接見るのでなければ大丈夫だろうけれど。

 またこの時代の真田といえばおそらく幸隆だが、武田二十四将にも数えられる頭脳派の名将である。手強い相手だ。

 

「ふむ……」

 

 さすがの景虎もちょっと考え込んだ。真田はともかく、見るだけで石にされるというのは恐ろしい。

 それにこちらが敵将の情報をつかんだ以上、こちらの情報もある程度つかまれていると見るべきだ。光己とオルガマリーのことまでバレていないといいのだが……。

 

「とりあえず、鏡の盾を用意しましょうか」

 

 日本では三種の神器の1つが鏡であるほどに、その歴史は古く、しかも神聖視されている。しかるべき儀式を施した霊力ある鏡ならば、逆にメドゥーサを石化させることすらできるかもしれない。

 

「そうね、それは私が請け負うわ」

 

 するとオルガマリーが手を挙げた。一流の魔術師である彼女なら適任だろう。

 その作業のためちょっと進軍ペースを下げつつ、さらに川中島に近づく長尾軍。第4次の再現をするべく、まずは妻女山(さいじょさん)という高さ400メートルほどの山に布陣した。

 

「さて、信玄……じゃないダレイオスはどう出ますかねえ」

 

 その山頂から景虎たちが様子を窺っていると、武田軍はその北の海津城(かいづじょう)に入った。

 ここまでは史実通りだが、この後はどう動くだろうか。史実通りに別動隊を出せば、兵が少なくなった本陣を長尾軍に突かれるわけだが。

 

「でも向こうもそれ知ってるなら、何がしかの対策は取るよなあ」

「そうねえ」

 

 それくらいは光己やオルガマリーにも分かる。ところが意外にも、武田軍は史実をなぞって深夜に別動隊を出してきた。本隊も史実通り城を出ている。

 

「おおお、どういうつもりなんだ……もしかしてあれか、ダレイオスとメドゥーサは一騎打ち、じゃない2対2で景虎とリリィに勝てる自信があるってことか!?」

「おそらくそう思ってはいるでしょうね」

 

 途中経過がどうであれ、景虎とリリィを討てば武田軍の勝ちとなる。逆にダレイオスとメドゥーサが斃れれば武田軍の負けになるわけだが、まあ英霊たる者自分の強さには自信があって当然というところか。

 

「で、こっちはどうする?」

「そうですね。私も勝つ自信はありますが、わざわざ敵の思惑に乗る必要はありません。

 夜中ならマスターが竜の姿になっても見えにくいですから、本隊の方にぶっぱで決めましょう」

「デジマ」

 

 確かに光己の竜モードは胸の紋章と鳥の翼以外は黒いから、ドラゴンだと見破られる可能性は低そうだが、この軍神ちゃんなかなか容赦ないお方のようである。今まで考えてきた作戦を全部ブン投げているし。

 まあちびノブが人間じゃなくて宝具で出てくる魔力製オートマタのようなものだというのなら、光己としてもそこまで忌避感はない。

 なおドラゴンは暗視能力というのがあって、夜間でも敵軍の様子を見渡すことができる点も夜襲に向いていた。

 

「アニムスフィア殿を1人で残すわけにはいきませんから、リリィは留守番お願いしますね。なるべく早く帰ってきますから」

「はい、お任せ下さい!」

 

 こうして作戦が決まり、竜モードになって飛び立つ光己。景虎は彼の頭の上にいるが、落ちないよう自分の腰と彼のツノを縄でくくっている。

 鏡の盾も一応持ってきているが、使う機会はあるまい。

 

「うーん、夜なのが惜しいですね。昼間なら絶景が見えると思うのですが」

「そうだなあ、1度くらい所長とリリィも連れて空の散歩する機会があればいいんだけど」

 

 などと暢気な会話をしつつ、2人は別動隊の頭上を飛び越えて武田本隊の背後に迫った。

 そしてその先頭にいたのは、なんとローマでも戦った巨大な象に乗った黒い巨漢であった。

 

(おおぅ、またあの人か……というか人間だったんだな)

 

 ローマで見た時は悪魔だとか巨人種だとか思ったが、一国の王を務めていたのだから純然たる人間であろう。いや身長3.5メートルの人間が「純然たる」人間かどうかは怪しいが。

 特に悪党というわけでもないのに2回続けて初手ブレスぶっぱはちょっと申し訳ないと思わなくもないが、これも戦国の習いである。光己は覚悟を決めて、口内に魔力を貯めた。

 

(くらいやがれぇーーーーーッッ!!)

 

 ドラゴンの顎から青い火球が放たれる。一直線にダレイオスに迫った。

 

「――――――!?」

 

 ダレイオスとメドゥーサは武闘系のサーヴァントだけあって、上空より迫る強烈な気配に一瞬早く気づいていた。しかし回避できるタイミングではない。

 

「ゴォォォォ……ッ!!?」

 

 今回は直撃をくらったダレイオスと象が吹っ飛ばされて地に倒れ伏す。全身ケガと火傷だらけで、退去寸前の重傷であることは一目で明らかだった。

 一方メドゥーサは比較的軽傷ですんでおり、不意打ちを食らわせてきた何者かを発見しようと空を見回す。

 

「…………って、あれもしかしてドラゴンじゃないですか? 越後の龍だから宝具はドラゴンチェンジだとかそういうオチですか? やだー」

 

 この推測は間違いだったが、光己の正体を知らなければこうなるのはむしろ順当というべきだろう……。

 

「お館様は……あ、退去が始まってますね。通訳の給料も出さずに1人で帰るなんて……。

 まあいいです、それじゃ私も帰りましょう。これで出番おしまいですね。やったー……」

 

 メドゥーサはまだ余力を残していたがやる気の方が底をついたらしく、むしろ嬉しそうに退去していった。

 こうして、今回の川中島合戦は長尾家の勝利に終わったのだった。

 

 

 

 

 

 

 武田軍のちびノブたちは大将が斃れたら戦意を失い、すぐに長尾家に降伏してきた。

 景虎はそれを受け入れて兵数を一気に倍増させたが、ちびノブたちは魔力製とはいえ飯は食う。景虎は春日山城に急使を出して食料を送らせつつ、同時に彼女たちを使って武田家の領地をハイペースで占領していった。

 ただ景虎たちは領土の征服はできても、その領土を経営する技能はない。越後から宇佐美定満を呼び寄せて行政事務をやらせることにした。

 

「過労死……圧倒的過労死……!」

 

 何しろ甲斐・信濃・上野の3国を一気に占領したのだ。有能な内政官が少ない長尾家にとってはかなりの負担である。

 光己とオルガマリーもこの辺は手の出しようがなく、お茶を出したりしてねぎらうぐらいが関の山だった。

 そしてそのデスマーチが一区切りついた頃、織田家から使者がやってきた。

 

「信長からですか……それで使者はどなたですか?」

「はい、竹中半兵衛と名乗っておりますがお会いになりますか?」

「そうですね、丁重に通して下さい」

 

 景虎はリリィにそう答えて、使者を迎える支度を始めた。

 

 

 




 ヒント:半兵衛の綽名。



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