竹中半兵衛といえば、今孔明と称されたほどの知略縦横な軍師である。アルトリアリリィはそれに敬意を表して、上杉景勝ポジになっている自分自身で景虎のもとに案内することにした。
会ってみた半兵衛は20歳台後半くらいの男性で、なるほど頭は良さそうだがちょっと疲れた感じにも見える。それと服装が戦国時代風ではなく、21世紀風のスーツを着ていた。
どこから見てもサーヴァントである。半兵衛にもリリィがサーヴァントであることは分かったようで、しかし何故か気落ちしたような顔をした。
「どうも初めまして! 上杉アルトリアです!」
そしてリリィが花も恥じらうにこやかな笑顔で初対面の挨拶をすると、半兵衛は何か悪い予感が当たったかのような風情で、ただその内容を口にはしなかった。
というのも、半兵衛は別の聖杯戦争で「アルトリア」と知り合っていたので、リリィが半兵衛のことを知らない、つまりその時の記憶を持っていないことが分かったので落胆したのである。あるいは目の前の彼女は半兵衛が知るアルトリアとだいぶ雰囲気が違うので、いわゆる別側面なのかもしれない。
まあそれはそれとして、半兵衛は挨拶はきちんと返しておくことにした。
「お初にお目にかかる、織田家の竹中半兵衛という者だ。長尾殿はおいでかな?」
「はい、奥の部屋でお待ちです。どうぞこちらへ!」
リリィの先導で半兵衛が入った部屋は、大名の居室らしく相応に豪華な20畳くらいの和室だった。奥の上座に若い女性が座っており、左右にはちびノブが何人か並んでいる。
半兵衛は本来ならすぐ平伏すべきところだが、このたびはあえてそれをせずどかりとあぐらをかいた。
「やれやれ、まさか騎士王がハズレでこちらが当たりとは予想外だったが―――貴女にとってはどうかな?」
すると上座の女性はよほどびっくりしたらしく、目をぱちくりさせたがやがて納得したらしく、ぽんと手を打った。
「なるほど―――! 本物の諸葛孔明が『今孔明』の役になるとは、帝都聖杯もなかなかシャレが利いてますね。いやあ、本当に驚きました」
「正確には疑似サーヴァントだがね。しかし良かった、貴女もローマの記憶を持っていたのだな」
そう。竹中半兵衛は本人ではなく、上座の女性―――景虎たちがローマで会ったエルメロイⅡ世であった。
Ⅱ世はローマでのことを覚えていたので、「上杉アルトリア」も同じように記憶を持っている可能性が高いと踏んでいた。あいにくアルトリアは見込み違いだったが、景虎は彼が知る彼女で、しかもサーヴァントであった。それでわざと正式な挨拶を省いてみたのだが、これでいろいろやりやすくなる。
「ええ、思わぬ所で知り合いと出会うのは嬉しいものですね」
景虎は愛想よくそう答えたが、Ⅱ世が織田家=潜在的敵国の使者として来た以上、あまり甘くはできない。
「本来なら再会を祝して宴の1つも開きたいところですが、それは話が終わってからにしましょう。
というかそなたは『仕える主は1人だけ』とか言っていたのに、なぜ織田家に仕えているのですか?」
「なに、たいした理由ではない。個人的に日本のこの時代には興味があってね、いろいろ見聞するための費用を稼ぐためだ。特にゲームに出てく……げふんげふん。有名な茶器や芸術品の類はやたらと値が張ってな」
「なるほど、確かにサーヴァントといえども一文無しではいろいろつらいですからね。
それで織田家の用向きは?」
まあ聞かずとも分かっていますが、と景虎は内心で呟いた。
景虎は旧武田領を制圧している間も情報収集はしていたが、それによると信長は、史実通り桶狭間の戦いで今川義元ならぬ今川よしつねを討ち取ると、松平家と同盟を結んで東側を安全地帯にした上で、美濃国の斎藤家に狙いを定めた。
しばらく苦戦していたが、最近になってようやく美濃国を平定したと聞いている。つまり長尾家と隣接したので、同盟か不戦協定を結ぼうというのだろう。
「ああ、貴女ならすでに想像がついているだろうが不戦協定の提案だ。織田は西を、長尾は東を攻めればいいというわけだな」
「ふむ。そういえば生前も1度は彼女と同盟したことがありましたが……」
しかしこの状況だと、山城国とその周辺、つまり「天下」は私が取るからおまえは田舎で満足してろという意味にも取れる。もっとも景虎は生前は「天下」にはあまり関心がなかったし、今もまったくないが。
それに仮に景虎が天下を狙うなら、北条氏という後顧の憂いを除いておかねばならないのも事実だ。信長はその辺の事情を承知の上で提案してきたのだろう。
「―――そうそう、これを聞いておきませんと。織田信長は人間ですか? それともサーヴァントですか?」
「サーヴァントだ。沖田総司という剣士がいつも一緒にいるが、どういう経緯で親しくなったのかは知らん」
「ふむ……」
景虎は沖田総司という名前は知らない。光己なら知っているかもしれないから後で聞いておくことにしよう。
それと信長がサーヴァントであるなら、最後まで生前と同じ行動原理で動く保証はない。今は生前通りでも、何か別の狙いを秘めている可能性はあるのだ。
「……っと、ちょっと待って下さい。信長がサーヴァントだということは、ちびノブたちは彼女の宝具だということですか?」
ハッと気づいた景虎は反射的にかん高い声で問い質していたが、Ⅱ世はごく平静のままその考えを否定した。
「いや。あれは信長が聖杯を爆弾に改造しようとしたところを逆に力を吸い取られて、それと聖杯の力が混じり合ってああいう形で現界したということらしい。だから信長自身にも制御しきれず、長尾家や松平家などにも雇用されているというわけだ」
「……」
景虎の眼がすうっと細くなり、ハイライトが消えた。
「……つまり色々ひっくるめて、全部彼女のせいというわけですか。
信長殺すべし慈悲はない、でかまいませんよね?」
「いやいやちょっと待て」
Ⅱ世は慌てて止めに入った。
「貴女の後ろには北条がいるんだろう。二正面作戦になってしまうぞ」
「むう、確かに。それに今の話だと信長が聖杯を持っているんでしょうし」
「いや、信長は持っていないぞ? もし持っていたら、ちびノブが他の家に仕えているままなのはおかしいし、まして自分が弱体化したのをそのままにしておくはずがないからな」
「え、そうなんですか」
すると景虎は意外そうに首をかしげた。
「ならやはり今が攻める好機ですね!」
「だから待てというに」
戦国脳な知人をⅡ世は改めて止めた。これだから戦乱期の武将というやつは!
「いや理屈は分かるが、一応は不戦協定を申し込みに来た身なのでな。形だけでも顔を立てさせてくれると助かるのだが」
「別に立てなくて良いのでは? 織田家に帰らず、このまま長尾家につけばすむことです」
裏切りや主君変えが常であった戦国時代らしい提案だが、景虎は脈絡もなく勧誘したのではない。
景虎がぱんぱんと2回手を叩くと、彼女の後ろに立てられていた
「何っ!? まさか藤宮か!?」
「はい、お久しぶりですⅡ世さん」
これにはⅡ世も驚いた。
いやここは特異点なのだから、カルデアのマスターが来るのは当然のことか。しかも背中の翼をすでに出してあるとは準備のいいことだ。
まあ景虎ならずとも戦国大名なら、このくらいの用心は当然かもしれないが。
「しかしここにいるのは君だけなのか? マシュ嬢たちはどこに?」
「ああ、そのことなんですが……いやⅡ世さんだったら所長に話してもらった方がいいですかね。呼んできますのでちょっとお待ち下さい」
「何!?」
予想外の返答にⅡ世はかなり泡喰って、いや胃痛と頭痛の予感に止めるか逃げるかどちらにしようか迷ったが、その結論が出る前に奥の部屋からオルガマリーが現れる。
「―――!? 確か君はレイシフト適性はなかったはずでは」
Ⅱ世は今度こそ驚愕のあまり一瞬硬直してしまったが、その間にオルガマリーは彼の目の前にだんっと音を立てて着座した。
そしてがっしと彼の手を握る。
「まさかこんなところで貴方と会えるなんて! ローマでは『人理焼却を防ぐのに協力する所存』と仰ってましたよね。さあ今すぐ契約しましょう」
「ちょ、ちょっと待て。先に状況を説明してくれ」
オルガマリーはⅡ世が首を縦に振るまで手を離さない勢いだったが、彼がこう返したのはいたって妥当な要求であろう……。
オルガマリーもちょっと性急すぎたかと思い直して、カルデアのレクリエーションルームで寝てから今ここに至るまでの経緯をかいつまんで説明した。
「…………ううむ。聖杯戦争については人並み以上に詳しいつもりでいたが、そんな現象は初耳だな。どちらが主犯かは分からんが難儀なことだ」
Ⅱ世もこれにはいささか憐憫を抱かざるを得なかった。
カルデア所長だの最後のマスターだのというだけでも超級の貧乏クジなのに、その上レムレムレイシフトなんて特異体質を背負ってしまうとは。
それにオルガマリーは人理修復の後こそが修羅場なのだし、これは前言通り手を貸してやるべきだろう。
「分かった。前にも言ったが、私自身人理焼却なんて暴挙を放置したくはないからな。
胃痛案件なのは承知だが、せいぜい微力を尽くそう」
「ありがとう! もちろんできる限りの好待遇は約束するわ」
オルガマリーは、爆破テロの前は所員に向かって「私の命令は絶対」「貴方たちは人類史を守るための道具に過ぎない」などと公言していたが、自認しているように性格が丸くなったからか、それともⅡ世は年長の
なおオルガマリーはここで契約してもカルデアに帰ったら解除されてしまうのだが、寝る時は光己と一緒だったから改めて彼と契約し直せば問題ない。
なら初めから光己が契約すればいい―――というのは正論ではあるが、これはⅡ世に自分の熱意を示すパフォーマンスでもあり、意欲が高い方が契約した方が連れ帰れる可能性が上がるだろうという判断でもある。
「やれやれ」
Ⅱ世は肩をすくめてけだるそうな顔をしたが、ストレートに頼りにされるのはそこまで不快ではないらしく、声色は普段よりちょっと明るいものだった。
オルガマリーとエルメロイⅡ世のサーヴァント契約が無事完了し、同時にⅡ世は長尾家の所属となった。
それを前提に、改めて今後の方針を相談することになる。
「普通に考えて、優秀な家来を引き抜いたらケンカになりますよね」
光己がそう言うと、景虎が何でもないかのように応じる。
「確かにそうですが、隠しておけばすぐにはバレません。
その間に織田家を攻め潰せば良いのです。今ならこちらが攻めて来るとは思ってないでしょうし」
「それはそうだが、義将と称えられた者の言葉とも思えんな……」
するとⅡ世があきれたような顔をしたが、景虎はこれも気にしなかった。
「いずれは消える特異点で虚名にこだわっても仕方ありませんからね。それよりマスターのご希望をかなえることの方が100億倍大事です」
「そこまで言うか……」
これがいわゆるマスターLOVE勢というやつか。Ⅱ世はちょっと身震いしたが、あまり突っ込むとブケファラスに蹴られそうなので深入りは避けた。
「しかし先ほどの二正面の件はまだ解決していないぞ」
「ああ、それも今なら大丈夫ですよ。信長が弱体化しているなら攻め手は私とマスターだけでこと足りますから。3人残れば留守番には十分でしょう?」
景虎としてはごく順当な提案をしたつもりだったが、そこに何故かオルガマリーとリリィがかみついた。
「ちょっと待ちなさい! 貴女たちただでさえ隙あらばいちゃついてるのに、2人きりになったら歯止めがきかなくなって作戦に支障きたすでしょ絶対」
「Hなのはいけないと思います!」
「へ? いやいや、私だって公私の区別はつけてるつもりですが」
景虎は唇をとがらせて反論したが、光己はリリィの台詞がツボにハマったのか「グワーッ!」とか呻いて床を転がり回っていた。
しかしすぐ起き上がると、妙に厳粛な表情をつくって口を開く。
「だが待ってほしい。人間は皆Hから産まれてくるのに、なぜHは『いけない』とか『不潔』とか言われるのだろう。これは深く突っ込んだ(意味深)議論が必要だと俺は思う」
「も、もうマスター意地悪です!」
「…………ぐだぐだだな……」
リリィが顔を真っ赤にして恥じらう様子は大変萌え萌えしかったが、Ⅱ世は早くも前途の多難さを肌で感じて気が遠くなる思いであった。
しかし傍観しているだけでは話が進まないので意見を述べることにする。
「まあ何だ。ミスター藤宮とレディ長尾の関係はともかくとして、私としてはやはり織田より北条を先に攻めるべきだと考えるが」
「ほう、何故ですか?」
「単に手間の問題だ。先に北条を攻める方が行軍距離が少なくて済む」
先に北条を攻めるルートなら、小田原城を陥として北条アルトリア・オルタを討ったら後は東海道を通って西進すれば京都まで行ける。しかし織田を先に攻める場合、せっかく岐阜城まで行きながらいったんここに戻って来なければならないのだ。
「なるほど。私はともかくマスターとちびノブには負担ですし、日数も余計にかかりますね。しかし留守番を置かずに私たち全員で北条を攻めるというのであれば、その間にそなたのことが織田にバレて攻めてきたらどうします?」
景虎は野戦は超強いが城攻めは比較的苦手で、特に小田原城は生前も1度攻めたが陥とせなかったので少し不安があるようだ。
しかしⅡ世は気にしなかった。
「いや、仮に籠城されたとしてもさほどの日数はかからないだろう。
市井の噂によれば、川中島の戦いでは武田軍の本隊に青い流星が落ちて大将のダレイオスとメドゥーサが両名とも戦死したというじゃないか。小田原城攻めでも同じことが起こると思うが」
「そうでしたね、マスターのことを失念していました!」
(………………)
光己は「軍神」と「天下の奇才」が合意に至った作戦にケチをつける気はないが、「最後のマスター」がサーヴァントより前に立って戦うというのはいかがなものかという疑問を抱かずにはいられないのであった……。