FGO ANOTHER TALE   作:風仙

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第88話 ぐだぐだ上洛道中2

 戦国時代にも日雇いの浪人や人夫というのはいて、ミスター・チンとやらはおそらくそうした人々を大名などに斡旋するのを生業にしているのだろう。江戸時代には口入屋(くちいれや)などと呼ばれていたが、要は彼が名乗った通りの人材派遣業である。

 急速に領土を拡大している長尾家は、兵士はともかく事務方や現場作業員は大勢必要と見て売り込みに来たものと思われた。彼が普通の人間であったなら。

 

「本当に中国人だったとしても、普通は『ミスター』なんて自称はしないわよねえ」

「どう考えてもサーヴァントですよね」

 

 少なくとも「上杉アルトリア」ならサーヴァントだとすぐ分かることを見越しての名乗りだろう。それでいて真名は隠している。

 考えてみれば普通の人間の業者であれば大名やその跡取りに簡単に会ってもらえるはずがないわけで、怪しいだけではなく知恵も回る人物のようだ。

 そういうわけで、今や大大名である景虎がいきなり会うのはちと軽々しいということもあってアルトリアリリィが会うことにした。さらに万が一に備えて、光己とエルメロイⅡ世が屏風の後ろに隠れていることにする。

 

「どうも初めまして! 上杉アルトリアです」

 

 竹中半兵衛と会った時と同じく、リリィがにこやかにミスター・チンに自己紹介する。お互いサーヴァントであることはすぐ分かったが、チンは世間体を考えてまずは型通りに平伏した。

 

「サーヴァント・ユニヴァースを本拠として人材派遣業を営んでおりますミスター・チンと申します。どうぞお見知りおき下さい」

 

 チンは前情報の通り中国風の服を着た壮年の男性で、理知的な風貌ではあるがこちらも前情報通りとても怪しかった。しかしリリィは善良で素直で天然なので特に気にせず、普通に挨拶を返す。

 

「はい! こちらこそよろしくお願いしますね」

 

 これで世間体は繕い終えたので、チンは頭を上げるとさっそく用件に入った。

 

「さて、私がここに来たのは他でもありません。今ちょうど御社、いや御家というべきですかな、失礼。

 御家に必要な人材が当社におりますので、ぜひご登用いただければと思いまして」

「へえ、そんなことが分かるんですか?」

 

 だとしたらチンは相当な情報収集能力を持っていることになる。

 なるほどリリィたちが1人でも多くのサーヴァントを欲しがっているのは事実だが、それだけならチンは「今ちょうど必要な」とまでは言わないだろう。どんな情報に基づいてどんなスキルを持った人材を紹介するつもりなのだろうか?

 

「は。当社の調べによれば御家は今上洛を目指しておられるようですが、当社が見るところ織田・徳川・浅井連合軍は敵ではないでしょう。その先の六角や三好も大した相手ではありません。

 しかし御家が山城国に乗り込んだら、隣の豊臣家がちょっかいを出してくるのは確実。こちらは今まで御家が下してきた武田や北条に勝るとも劣らぬ強敵です」

「あ、知ってます。当主があの英雄王ギルガメッシュなんですよね」

 

 リリィがそう言うと、チンはふむ、と頷いた。

 

「さよう、かの英雄王は異様な程に気位が高く沸点が低い御方。

 もし自国より領土が広い国が隣接などしようものなら、到底黙ってはいられないでしょう」

「そうなんですか……」

 

 リリィはギルガメッシュのことを直接は知らないが、誰からもこんな評価をされる彼にちょっと哀れを催してしまった。

 しかし敵に情けをかけていられる状況ではないことくらいは分かっている。リリィは私情を抑えて、チンに続きを促した。

 

「つまり、貴方の会社には英雄王に勝てるほどの強者がいるということですか?」

「いえ、ちょっと違いますな。1対1で彼と張り合えるほどの大英雄に伝手はありませんが、御家の武将と当社の人材が組むことにより、かの王をも圧倒し得る大火力が生まれるのです」

「へえ……!?」

 

 それは耳寄りな話だし、チンが織田家や豊臣家ではなく長尾家を選んで売り込みに来た理由も分かる。リリィは思わず身を乗り出した。

 

「具体的にはどのような?」

「は。私の宝具『掎角一陣(きかくいちじん)』は味方1名を生に、いや必要な犠牲を払うことにより敵陣全体に大打撃を与えるというものでしてな」

「え、まさか……!?」

 

 善良なリリィが真っ青になったが、チンは構わず説明を続けた。

 

「要するに爆弾化して射出するのですが、数少ないサーヴァントをこれに使うのは後々のことを考えれば愚策。ちびノブを使うと仲間たちが黙っていない。しかしワイバーンならどこからも文句は出ないというわけですな」

 

 なお彼が言う「爆弾化」とは、魔術回路を超加速・超臨界させることにより爆発に至らせるというものなので、魔術回路を持たない一般人やただの物品には行使できない。

 リリィは目を回しそうだったが、とにかく最後まで聞かねばという義務感で話を続けた。

 

「な、なるほど……しかし宝具となると連発はできないでしょう。それとも1発で英雄王を倒せるというのですか?」

「おっしゃる通りですな。むろん英雄王を一撃で倒せるなどと大言壮語するつもりもありません。

 しかし、ワイバーンを使役しているということは上級の竜種がいるということ。彼と契約して魔力をいただけば連発可能です」

 

 実はサーヴァントのマスターは必ずしも人間でなくてもよく、場合によっては寺の門をマスターの代理とすることさえできる。竜がマスターになるのは十分可能だろう。

 

「なお今ならサービスとして、より正確に目標に命中させるためのビーコンを持たせた潜入工作員がついてきます」

 

 もちろんその工作員は爆発で吹っ飛ばされるのだが、チンはそれについてはつつましく沈黙を保った。しかしリリィは察したらしく、その顔色はもう真っ白だった。

 

「はわわわわぁ……」

 

 何という外道な戦術であろうか。戦死者の数を減らすという観点だけで考えれば合理的なのがさらに外道である。

 とはいえリリィはこの場で採否を決める権限は持っていない。それにまだ訊ねるべき重要な質問が残っている。

 

「それで、御社はどのような対価をお望みなんですか?」

「さようですな、ここではQPは普及していないようですから(ゴールド)でかまいません。

 額は……仮にもサーヴァントですから過労、じゃない家老並みと言いたいところですが今回は魔力と弾をいただくわけですから月給は1段下の部将並み、その代わり手柄を立てたらその都度ボーナスということでいかがでしょう」

「分かりました。では義母上と相談してきますので、しばらく別室でお待ちいただけますか?」

「そうですか、良い返事を期待しております」

 

 といった経過で商談を終えると、リリィはふらつく足取りで景虎が待つ部屋に戻ったのだった。

 

 

 

 

 

 

「それにしてもミスター・チンが陳宮だったとはな……いやユニヴァースが本拠と言っていたから、地球の陳宮とは別人なのだろうが」

 

 Ⅱ世は最後まで屏風の裏から出なかったが、声や宝具でチンの真名は明らかである。性格は地球の彼と大差ないようで実に面倒な話だった。

 

「要するに自爆特攻『させる』わけね……。合理的といえば合理的かもしれないけど、何か大切なものをなくしそうな気がするわ」

 

 オルガマリーは魔術師ながらも一般人に近い感性をしているだけに、やや批判的な口調であった。

 

「そうだな、その感覚は大事にしたまえ。

 ただ今回は相手が相手だからな……おそらくそこを承知の上で来たのだろうが」

 

 チンはワイバーン射出を織田や三好に使うべきとは言っておらず、あくまで対ギルガメッシュ戦だけを想定していた。自分が周囲にどう見られているかは分かっているのだろう。

 つまり彼はギルガメッシュが出てくるまでは何もしないのだが、そのくせ部将並みの月給はもらっておこうというちゃっかりぶりも備えているとは。

 

「景虎とリリィはどう思う?」

「私ですか? 私はギルガメッシュという方のことは知りませんので、Ⅱ世殿の判断に従いましょう」

「そうですね」

 

 光己が景虎とリリィに水を向けると、2人はそんなことを言った。

 なるほど「当人のことを知っている諸葛孔明」という最上の判断ができる人物がいるのなら、彼に任せるのが最も妥当である。

 いや孔明そのものだと人物鑑定方面だけは不安があるが、彼は人格はエルメロイⅡ世だし。

 

「だよなー。あとチン氏が言ってたビーコン役の人はいらないと思う。俺が竜モードでいるんなら魔力反応でギルガメッシュの居場所分かるし」

 

 なお光己は北条攻めの後から本格的に竜モードで喋る練習をして、今は片言ながら何とか意志疎通できるレベルになっている。標識は必要あるまい。

 

「そうね。それでⅡ世、貴方はどうすればいいと思う?」

「むう、結局私に振られるのか」

 

 オルガマリーも光己たちの考えに賛同したので、結論はⅡ世が出すことになった。

 まあ妥当な流れだろう。

 

「…………今回は対ギルガメッシュ戦限定ということで採用すればいいと思う。

 実際、普通に戦った上で、私たち5人が全員生還するという条件で英雄王を倒すのは至難だからな」

「……そうね、じゃあそうしましょう」

 

 こうして長尾家としての方針が決まり、今度は光己たちも出席してチンとの契約が締結された。

 なおチンはやはり光己たちに見覚えはないそうで、それでも諸葛孔明にはあまり好意的ではなかったが、それを理由に契約を取りやめるほど感情的ではなかった。

 

「ワイバーンを産んでいたのがマスターだったとは驚きましたが、事業提携には差し支えありませんな。あまり長い付き合いにはならないと思いますが、良きビジネスパートナーでありたいものです」

「サーヴァント契約を純粋なビジネスとして扱う人って初めて見た……」

 

 そういえばヒロインXXも給料とかボーナスという単語を時々持ち出すが、ユニヴァースは地球より金銭万能なところなのだろうか。

 それはともかく光己とチンのサーヴァント契約も無事成功し、長尾家の覇業は新たな段階に入ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 そのしばらく後、浜松城にて長尾家と織田・徳川家の同盟という名の吸収合併が行われた。

 長尾家は天下統一にまるで興味がない上に信長&沖田と目的が同じなので、争う理由がないのである。

 いや正確には1つだけあった。

 

「半兵衛貴様、まさか長尾家に寝返っておったとは! わしらがどれだけ心配……いやそこまで心配してなかったけどネ! サーヴァントじゃし」

「貴女、もう無駄に口開くのやめましょうよ……」

 

 Ⅱ世が織田家を去って長尾家についた件である。もっとも信長と沖田は戦国の習いとしてある程度割り切っているのか、そこまで深刻に怒った様子はなかったが。

 

「すまなかったな、こちらの方が先約みたいなものだったのだ」

「なるほど、なら是非もないよネ!」

 

 それでも一応Ⅱ世が謝罪して、これでわだかまりなく2人が仲間になった。

 なお織田家は浅井家とも同盟していたが、こちらは長尾家に服属するのを拒否して織田家との同盟を破棄している。

 

「本当か!? 史実で浅井が織田を裏切った時とは状況がまるで違うのだが」

「わしもそう思うんだけど、どうも『家来の家来』みたいな形になるのが嫌みたいなんじゃよね」

 

 Ⅱ世はそれを聞いた時、自分の耳と浅井家の正気を疑ってしまったが、信長は嘘や冗談を言っているのではないようだ……。

 

「だからいったんわしらとの同盟を切って、その上で長尾家と同盟するなら良し!って考えてるんじゃないかのう」

「そうして俺たちが豊臣家と戦い始めたら後ろから襲ってくるんですね。分かります」

「是非もないよネ!」

 

 光己が軽くツッコミを入れると、信長もからからと笑った。

 もっとも浅井家と豊臣家は特段の交流はないから、これはあくまで同盟相手としての信頼度を語っているだけである。

 ただ浅井家を敵にすると朝倉家も参戦してくる可能性があるので、いっそ浅井・朝倉は放置で南近江から山城、摂津と進む方が早いかもしれない。

 

「それにしても、織田信長公と沖田総司さんが女性だったとは……」

 

 どの歴史書や小説やゲームも2人を男性として描いていたのに。それとも2人が所属している世界ではちゃんと女性として描かれているのだろうか?

 

「うーん、それは考えたことがなかったのう。なんせわしはそこの弱小人斬りサークルと違ってフリー素材になるくらいメジャーじゃから、いちいち描かれ方を気にしてたらキリがないからの。いやー、有名人ってつらいよネ!」

「むっきー! ちょっと名前が知られてるからって」

 

 信長が沖田の顔をチラチラ見ながら煽るように言うと、沖田は面白いように乗って刀の柄に手をかけた。

 

「ま、まあまあ沖田さん! 仲間なんですから穏便に」

「いえ、分かってますよ。ほんのちょっと試衛館風に教訓を与えるだけですから安心して下さい」

「どこに安心しろと!?」

 

 沖田は一見は明るくほがらかな美少女なのだが、やはり新選組だけあって本性は過激であった……。

 

「あははは、まあ気にしないで下さい。

 あとノッブは織田家当主ってことになってますからともかく、私には敬語いりませんし、もっと気軽に接してくれていいですよ」

「はい……じゃない、うん、分かった。ありがとう。

 しかし写真とサインを持って帰れないのがつらい……」

 

 せっかく織田信長と沖田総司という有名人に会えたのに、通常のレイシフトではなく夢で来たのでは現地の物品を持ち帰るのは無理だろう。そもそもカメラを持っていないし、まことに残念なことだった。

 

「写真はともかく、サインなら書きますよ? 持って帰れないと決まったわけでなし、とりあえず持っておいてもいいのでは?」

「なるほど、それもそうだな」

 

 ダメで元々、万が一持ち帰れたらラッキー。そういう感覚ならもらっておいて損はない。光己はさっそく信長と沖田にサインしてもらった。

 

「よし、後は祈るだけだな。南無抑止力様、このサインをカルデアに持って帰れますように!」

「南無抑止力って、すごい願掛けの仕方するわね……」

 

 オルガマリーがあきれた顔でツッコミを入れたが、光己はわりと本気なのであった。

 

 

 




 竜が喋れるかどうかちょっと調べてみましたが、他ならぬギルの幕間で喋る竜がいましたね。しかも状況から見て竜言語と当地の人間語のバイリンガル。やはり竜は賢い種族であることが証明されました!(ぇ



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