FGO ANOTHER TALE   作:風仙

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第9話 決着

 マシュたちは臨戦態勢に入ったが、自分から突っ込む気にはなれなかった。剣や槍の間合いに入る前にあの宝具を放たれたら、一撃で倒されてしまうのは明白だからだ。

 しかし逆にそれを先に使わせれば、その直後の脱力時間に一斉攻撃することも可能だろう。

 

(でもそれは、私が耐え切れればの話ですよね……)

 

 今までこれといった活躍がなかったマシュに、最終盤になってついに重要極まる役目が回ってきた。緊張のあまり歯の根が合わない。

 しかも敵はマシュとの一騎打ちを望んでいた。

 

「なるほど、そちらからは来ぬか。

 それはむしろ幸いだな。名も知らぬ盾の娘よ、私は貴様に興味がある」

 

 リリィと同じく、アーサー王もマシュの盾を見て彼女に力を与えた英霊の正体を見抜いたからだ。黒い聖剣を脇構えにして、膨大な魔力をこめていく。

 その間、マシュも宝具の発動準備を整えつつ必死で気を鎮めようとしていた。

 

(……ギャラハッド卿。「過去の異変の排除」を求めた以上、こうなることは承知の上ですよね。ならば、たとえ王が相手でも城を守り切れるよう、私に力を貸して下さい……!)

 

 リリィに聞いた話によれば、この盾の宝具の守りの力は魔力の量や強さより担い手の心のありようが大事らしい。その強度は担い手の精神力に比例し、心に穢れや迷いや敗北感の類がない限り決して崩れない無敵の城壁になるという。

 ただそれは、マシュがアーサー王の力に恐れを抱けばその分弱体化するということでもある。それでマシュは宝具の初の実戦使用となるこの戦いで、力を与えてくれた英霊に祈っているのだ。

 

「ではいくぞ。その守りがどれほどのものか、この剣に示してみろ!

 ……『約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)』ーーーッ!!」

 

 黒い波涛がマシュたちに迫る。すでに何度も見たとはいえ、いざ自分たちに向かって来られると、やはり心を圧し潰されるかのような凄みを感じてしまう。

 しかしむざむざとやられるわけにはいかない。マシュは盾の取っ手を握り直し、波涛をきっと睨み据えた。

 

「耐えて、見せます! うぁあ、ああぁあぁーーーーー!!」

 

 自分を鼓舞するために大きく吠え、そして心に浮かんだ真名を高らかに唱える。

 ギャラハッドからの言葉による返事はなかったが、今自分がどうあるべきで何をすればいいのか、マシュは完璧に理解していた。

 

「真名、開帳……! 『いまは遥か理想の城(ロード・キャメロット)』!!」

 

 マシュの周囲にキャメロットの城壁の幻像が出現し、波涛を正面から受け止めた。

 宝具の開帳は成功といえたが、しかし彼女が未熟なのかそれとも敵の力が強いのか、壁はみしみしと軋む音を立てながら少しずつ後ろに押されている。

 

「くくっ、何てパワー……!」

 

 しかしマシュとしては死力を振り絞って耐えるしかない。洪水のように押し寄せる重圧に対してマシュの城壁は(少なくとも今は)斜め後ろに受け流すとかそういう器用なことはできないので、波涛の運動エネルギーがゼロになるまで止め続けるしかないのだ。といってもそう長い時間ではないはずだが、マシュにはそのほんの何秒か程度の時間が5分にも10分にも感じられた。

 

「うぅう……!」

 

 それでも折れるわけにはいかない。だって後ろには守るべき先輩と所長がいるのだから。

 守られている側の光己とオルガマリーも、ただ立ちすくんでいるわけではない。何か手助けでもできればと知恵を絞っているのだが、マシュの城壁の強度は本人の心のありようが重要であるため、たとえば令呪によるブーストなどは効果が薄いのだ。

 ゆえに、2人にできることといえば。

 

「マシュ、がんばれ! 俺はこんなとこで死にたくない、じゃなかったマシュなら絶対踏ん張れる……なんて言い切れるほど長い付き合いじゃなかったぁぁぁ!?」

「この切所で何でアナタはボケに走るのよ!? とにかくマシュ、貴女にすべてがかかってるんだから全力で耐えなさい!!」

 

 後ろから応援することくらいなのだが、昨日知り合ったばかりのメンタル一般人と付き合いは長いが高慢チキ&怖がりだけに激励としては今イチだった……。

 もっとも彼も本当にやるべきことはすぐ理解していた。マシュの横について、そっと彼女の手を握る。

 

「……昨日は離れ離れになっちゃったけど、今日は最後まで手握ってるからさ」

「!? ちょ、藤宮アナタ何1人だけカッコつけてるのよ!?」

 

 ここで1人だけ後ろに隠れたままでは所長としてメンツが立たない。オルガマリーもあわててマシュの隣に移動した。

 

「―――! はい、お2人ともありがとうございます!!」

 

 マシュの顔がぱーっとほころぶ。この2人は人生経験が少ないマシュの目から見ても分かりやすい欠点があるが―――欠点がない人間などこの世にいないと思うが―――それでもこんな風にとても人間的で、半人前のデミ・サーヴァントを気づかってくれるのだ。

 オルガマリーが言ったようにまさに戦闘の切所なのに、胸の奥がほんのり温かくなるのを感じた。

 それと同時に、黒い波涛に押されて今にもヒビが入りそうだった城壁が強度と輝きを大きく増し、ついに波涛を受け切って蒸散させる!

 

「やった……! 耐えたんですね私!」

 

 といってもあくまで初撃を防いだに過ぎず、このままでいれば二撃、三撃とくらっていずれはいかに堅固な城壁も崩れ去るだろう。勝つためにはこちらから攻撃せねばならないが、それはマシュの仕事ではない。

 光己は左手はマシュの右手を握ったまま、右手を上に掲げて大声で叫んだ。

 

「リリィ、令呪三画を以て命じる! アーサー王をブチのめせ!

 ブラダマンテはサポート頼む」

 

 これでこの特異点での仕事は終わりということで、令呪を全部使う大盤振る舞いであった。リリィに三画とも回したのは、決着をつけるのはやはり彼女の役目だろうという趣旨だ。

 

「わ、私もやらなきゃ……! 令呪三画を以て命じる、ヒルド、リリィを援護しなさい!」

 

 続いてオルガマリーも令呪ブッパしたが、攻撃ではなく援護をさせたのはもしヒルドの攻撃でアーサー王が斃れてしまったらヒルドをカルデアに連れ帰るのが間に合わなくなるかも知れないという思惑からである。せせこましいという見方もあるが、なにぶん己の命がかかっているのだからやむを得ないだろう。

 

「はい!」

「うん!」

 

 リリィのパワーが段違いに膨れ上がっていく。10メートル以上離れてなお体を強く押しのけてくるような魔力を前にしてはさすがの黒い暴君もそちらに注目せざるを得なかったが、攻撃の気配は別の方向から来た。

 わずかに注意を向けてみると、ブラダマンテとかいう女騎士がどこぞの金ピカよろしく腕を組んで仁王立ちしているではないか。どうやらリリィの露払いを務める気のようだ。

 そして彼女の全身が光の柱に包まれたかと思うと、なぜか衣替えしてセパレートの水着のような服になっていた。

 

「おお!」

 

 これは光己が思わずガッツポーズを取ったのもやむなしと言えるだろう。ブラダマンテはただでさえ露出が多いのに、海水浴場ではなく戦いの場でさらに服をパージして、白いすべすべした背中の肌まで見せてきたのだから。

 もっとも当人は何も意識してない様子で、槍と盾を構えて宝具を開帳した。

 

「螺旋、拘束!」

 

 突き出した槍から2本の光の帯がちょうど新体操のリボンのように回転しながら前に飛び、アーサー王に巻きついて動きを封じる。さらに盾から強烈な魔力の光を放ってダメージを与えつつ目を眩ませた上に気絶させる効果もある―――のに加えてブラダマンテ自身が突進して盾で殴りつけもするという盛り沢山な宝具である。

 なお突進時には体がかなり前傾姿勢になるので、後ろにいる光己からは張りのいいお尻に加えて股間までばっちり見えるというサービスのいい宝具でもあった。

 

(しまった、カメラ出しとけばよかったぁぁぁ!!)

 

 光己の実に思春期男子な嘆きはともかく。アーサー王は本来ならブラダマンテの槍や盾より間合いが広い剣で迎撃できるところだが、今は帯で縛られているので避けようがない。

 

「全身、全霊! 『目映きは閃光の魔盾(ブークリエ・デ・アトラント)』!!」

 

 ブラダマンテがアーサー王を盾で殴った直後、放出された光の波動が竜巻のように渦を巻いて立ち昇る。相当な威力のようだ。

 実際アーサー王の鎧や服はかなり損傷を受けていたが、当人は傷つきはしてもまだまだ戦えそうに見えた。もっともブラダマンテ自身これで彼女を倒せるとは考えていなかったので、深入りせずさっと後ろに跳び退く。

 

「うっ……ぐぐぐっ。なかなか面白い見世物だったが、その程度では私は倒せんぞ」

 

 アーサー王は光の帯を引きちぎると、目が痛いのか手でこすりつつも剣をしっかり握ってブラダマンテに突きつけた。その構えに隙はなく、騎士王と称えられているだけに耐久力も一品のようである。

 もっとも彼女が攻撃したのはリリィの方だった。今攻撃力が高いのはそっちなのだ。

 とはいえ宝具は無論使えないので、片手を向けて魔力の波動を撃ち出しただけである。それでも牽制としては十分な威力があったが、ヒルドが張っておいた結界であっさり霧散してしまった。

 

「チッ、それがあったか……!」

 

 その間にリリィが宝具開帳の準備を終え、アーサー王に剣の切っ先を向ける。

 

「未来の私。貴女がなぜこの大聖杯を守っていたのか、もはやここでは聞きません。

 ですが、この状態を続けていても未来が良くならないのはわかっています。なので私は、貴女を倒して先に進ませてもらいます!

 ―――『勝利すべき黄金の剣(カリバーン)』ーーーッ!!」

 

「これなら決まるわね! ロマニ、私とヒルドだけ超特急で強制帰還、急いで!」

《はいはい、準備は万端ですよ!》

 

 その後ろではオルガマリーとロマニが必死の形相で退避の作業を進めていたがそれとは関係なく、先ほどよりはるかに強烈なビームが正確にアーサー王の胸を襲う。もとより「光」のビームだから撃たれてから回避するのは不可能だが、アーサー王はリリィがビームを撃つその瞬間にわずかに身をよじって胸部への直撃は避けていた。

 それでも肩口に命中し、左腕がちぎれてはじけ飛ぶ。続く連続爆発で体ごと吹っ飛ばされた。

 高台の岩壁に衝突し、そのまま地べたにずり落ちる。ピクリとも動く様子はない。

 

「す、すげえ威力……これはいくら何でも死ぬだろ」

「はい、おそらくは……ですが油断はしないで下さい」

「そ、そうだな。じゃあ倒れてる隙に追撃するか?」

「う、うーん」

 

 今なら彼女が生きていようがいまいが確実にとどめを刺せるが、そこまでするとアーチャーが怒って割り込んでくるかも知れないと心配になってついためらってしまう光己とマシュ。しかしその間に、アーサー王は片手で剣を杖にして立ち上がった。

 

「ま、まだやる気なのか……!?」

「いえ、あれはもう致命傷です。倒れたまま消えるのを潔しとしなかったのでは」

 

 光己の言葉に答えたのはマシュではなく、生前は戦闘経験豊かだったブラダマンテである。なるほど確かにアーサー王はもう全身ボロボロで、しかも体が少しずつ金色の粒子に変わって虚空に溶けるかのように消えていっている。

 サーヴァントは生身の生物ではないので、死ぬ時に遺体や遺物は残さないのだ。

 

「……フン、未熟者がよくぞ吠えた。ならばせいぜい、貫いてみせるがいい」

 

 おそらくこれを言いたかったのだろう。アーサー王は言い終えると力が抜けたのか急速に粒子化が進んで、やがて何の痕跡も残さずに消え去った。

 

 

 

 

 

 

「これで……終わった……のか!?」

 

 アーサー王の言葉が正しいなら、これでここの特異点は修正されるはずである。しかし何も起こらない、と光己が思った直後に空洞全体がぐらぐらと揺れ始めた。

 

「ちょ、地震か!? どうなるんだ?」

 

 何しろ特異点の崩壊なんて見たことも聞いたこともないので、具体的に何が起こるのかさっぱり分からないのだ。そして次の現象は、サーヴァントたちの強制退去だった。

 リリィとブラダマンテ、そしてアーチャーの体が光の粒子と化していく。

 

「え、2人とも消えちゃうのか?」

「そうみたいですね。ですがこれは『英霊の座』に還るだけで、死ぬのとは違いますので悼まなくてもいいですよ。

 短い間でしたが、楽しかったです。もしよかったらまた呼んで下さいね」

「私も楽しかったです。ぜひまた一緒に正義を成しましょう!」

 

 2人が微笑みながら消えていく。アーチャーも一応納得できる終わり方だったのか、最後に微笑を浮かべて去って行った。

 残った光己とマシュに、カルデアから通信が入る。

 

《所長とヒルドさんの帰還は無事終了したよ! そっちはどうなってる、ってもう崩壊寸前じゃないか!

 ええと、2人とも帰還ってことで大丈夫なのかい?》

 

 今の今までオルガマリーとヒルドをカルデアに帰還させる作業に従事していたロマニである。ひと目で限界と分かる状況に、さっそくレイシフトによる脱出を提案した。

 

「はい、敵性存在は全滅しました。私以外のサーヴァントは全員退去しましたので、私たちも急いでレイシフトを」

《わかった、それじゃはぐれないよう手をつないで……!》

 

 ロマニとマシュが話している間にも崩壊は進み、地震はますます激しくなり天井からは岩塊が落っこちてくる。

 確かに急いで退去するしかなかったが、その時高台の上でまだ光を放っている大聖杯が光己の目に映った。

 

「マシュ、大聖杯はどうするんだ!?」

「……残念ながら、取りに行く暇はないかと」

 

 いかに超抜級の魔術炉心とはいえ、取りに行っている間に特異点が完全に崩壊したら死んでしまう。マシュも残念そうだったが、置いていくしかなさそうだ。

 ―――ならばせめて、今思いついたことを。

 

「それじゃ大聖杯! オルガマリー所長を『受肉』させてやってくれ!!」

 

 昨日まで素人だった光己が「受肉」なんて専門用語を知っていたのは、マシュやリリィたちと食事中などに雑談していた時に、サーヴァントが召喚に応じる理由についての話題で出たからである。オルガマリーも似たような状態だから、もしかしたらできるかも知れないと思ったのだ。

 しかし大聖杯に反応はなかった。声が届かなかったのか、光己が聖杯戦争の勝者と認められなかったのか、それとも何か別の理由なのか……。

 やがて目の前が真っ暗になり、光己は意識を失った。

 




 リリィとブラダマンテは退去しましたが、ブラダマンテはわりとすぐ再登場する予定です(ヒント:彼女の故郷)。リリィはどうするか、ローマ編でブーディカと一緒にとか!?
 それはそれとして北斎ちゃんキター! これでフォーリナー2人目、ヌルゲーマーの筆者もだいぶ対狂戦がやりやすくなりました。いぇーい(ぇ

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