第91話 カルデア所長と新副所長
英雄王ギルガメッシュという強敵を倒した上でみんな一緒にカルデアに戻れたという幸運をひとしきり喜び合ったら、次は今回のレムレムレイシフトの顛末を職員とサーヴァントたちに説明しなければならない。景虎たちという証人と帝都聖杯という物証があるから、事実関係を信用してもらうことについては容易だが。
「でも信長公と沖田さんのサインは持って来られなかったんですよね。悲しみ」
「暢気ねえ……」
光己のお気楽そうな独り言に、オルガマリーは小声でツッコミを入れた。
これからレムレムレイシフトの原因を解明したり防止策を考えたりせねばならないというのに。いや、もしあの特異点が「カルデアスには出て来なかったが人類史に悪影響がある特異点」だったなら、逆に行けて良かったわけだから、ただ防止すればいいわけではないのが厄介だ。
「……でも貴方はその方がいいのかもね」
魔術王を向こうに回して7つの人類史と戦うなんて途方もない難業に挑むのだから、悲観的な、あるいは深刻ぶる性格だと途中で折れてしまいかねない。それにオルガマリー自身どちらかといえば悲観的な方だから、彼がお気楽でいるのはむしろありがたかった。
「とりあえず皆を管制室に集めて、私とⅡ世で大枠だけ説明すればいいかしら。
細かいことは後日文書で……あー、待って。こんなこと文書に残したらマズいことになるかもしれないわね」
具体的には魔術協会による封印指定である。光己の功績は一から十まで隠蔽する予定だから、余計な物的証拠は残さない方が得策だった。
考えてみれば原因の解明なんてできそうにないし、人理修復が終わったらレムレムレイシフト現象もなくなるはずだ。あまり大ごとにせず、軽く流してしまう方がいいだろう。
「そうね、やっぱり説明は口頭だけにしましょう。
文章での記録は私の私物のパソコンだけに残しておくわ」
「そうだな、そうした方が無難だと思う」
「……? よく分かりませんけど、所長がそう言うなら」
エルメロイⅡ世はオルガマリーの言外の思惑をすぐ察して彼女の意向に同意したが、光己には理解できなかった。しかしカルデア内の政治的っぽい話に口を挟めるほどの見識はないので、素直に首を縦に振る。
―――というわけで、オルガマリーはやや異例ながら朝食前に職員とサーヴァントを管制室に集めて、今回の件を報告しⅡ世たちを紹介した。
それを聞いた、特に職員たちの中には(所長はレフのことでついに壊れてしまったか)と失礼な感想を抱いた者もいたが、時計塔のロードを含む3人もの証人がいては疑う余地がない。
「……なにぶん突拍子もない話ですから、無理に信じろとは言いません。
しかしここにエルメロイⅡ世たちがいることは事実ですので、それだけは承知しておいて下さい。
何か質問はありますか?」
オルガマリーがそう言って一同を見渡すと、ムニエルという男性職員がおずおずと手を挙げた。
「はい、どうぞ」
「所長と藤宮が夢の中で特異点に行って修正してきたという話は分かりましたけど、それについて何か対策を取ったりするんですか?」
「そうしたいのは山々ですが、そんな暇はありません。それにカルデアスが発見できずにいる特異点を修正しに行っているという見方もできますので、対策を考える必要性も薄いと考えています。
ただサーヴァントを連れて行けないのは危険ですので、それだけは何とかしたいと思っていますが。
さしあたって、皆さんに何か新しいことをしてもらう予定はありません」
「……はい」
ムニエルはそれで引き下がったが、オルガマリーの回答の内容より彼女の雰囲気や態度の変化に驚いていた。
レフの件はオルガマリーにとっては痛恨の出来事だったはずだが、すっかり立ち直っているばかりか権高さや刺々しさが取れてだいぶ穏やかになっている。むろん気落ちして権高になるだけの力がないとかではなく、むしろ以前より明るく元気なようにさえ見えた。
(うーん、これは本当に特異点に行ってきたと思うしかないな)
それでいろいろあって成長したのだろう。当人にとっては災難だったと思うが、一介の職員としては喜ばしいことである。
「……他に何かありますか?」
オルガマリーは再度一同を見渡したが誰も手を挙げなかったので、早々に閉会を宣言して解散した。
その後、オルガマリーは光己を連れて朝食を摂ったり、Ⅱ世と景虎とリリィにカルデア内部の案内をしたり、生活規則の説明をしたりして午前中を過ごしたが、午後は彼女自身とロマニとダ・ヴィンチとⅡ世、つまりカルデアの新幹部組だけで小会議室に集まっていた。
「来てもらって早々に悪いんだけど、カルデアの現状を貴方に説明しておこうと思って」
Ⅱ世はオルガマリーの意向で「副所長」に任命されたので、職務遂行のために必要なことを教えておこうというわけだ。新入りとはいえ、時計塔のロードに諸葛孔明が憑依した疑似サーヴァントという身分と頭脳と魔術能力を兼ね備えた存在なので、この人事に異議を唱える者はいなかった。
「うむ、全くもって聞きたくないが、聞かないわけにはいかんという実にファッ〇ンな話だな。
ああ、カルデアの設立目的や沿革、それと特異点修正に赴いているマスターが元一般人1人だけである理由は知っているから省いてもいいぞ」
「…………」
オルガマリーはレディの面前で平然と下品な単語を口にする彼にちょっと呆れたが、なにぶんこれからボランティア同然の形で大役を頼む立場である。多少の不作法には目をつむることにした。
「それは手間が省けるわね。施設の破損や修繕の状況は午前中に見てもらった通りだけど、まずは人員や物資の状況から話しておこうかしら」
レフの爆破テロによりマスターは1人を除いて凍結処置、一般職員も大幅に減ったが特異点の発見から修正までの作業を行える程度の人員は残っていた。破損した施設の修繕は当初は手が回らなかったが、ワルキューレたちが来てからはルーンのおかげでだいぶ進んでいる。
食料その他の物資も光己たちがローマから大量に送ってくれたので、当面は十分な備蓄があった。サーヴァントについても、電力の事情で特異点に送れず留守番になる者がいるほどだから、人数的には十分である。
「いやあ、ホント藤宮君には足を向けて寝られないよね! サーヴァントは半数以上が彼が特異点から連れてきた人たちだし、金貨もいっぱい送ってくれたからカルデアが潰れても当分は困らない。
あとはこのまま快進撃が続くことを祈るばかりだ」
「トップのすぐ隣で何言ってるのかしらねこの不良ドクターは」
「いたたたた!?」
悪意はないものの実に不用意な発言をしたロマニがオルガマリーに頬をつねられて悲鳴を上げたが、これは残当と言うしかなかった……。
「それでも人手不足はあるんだけどね。特異点修正してる間の藤宮の存在証明は最低2人以上で24時間体制だから」
それを20人足らずの職員で回しているのだから、個々の職員の負担は重い。なのでオルガマリーは次の特異点修正の前に、職員たちに交代で何日か休みを取らせようと考えていた。もちろんオルガマリー自身も。
「時間はあと1年と半月ちょっとしかないけど、全力疾走するには長すぎるのよね」
「そうだな。人間疲れると効率が落ちるしミスも増えるし、悲観的にもなりやすくなるからな。
そうなっては相手が相手だけに、絶望して精神を病む者も出るだろう。
当然体調を崩す者も出るだろうな。まして過労死周回などもってのほかだ」
「……?」
オルガマリーはⅡ世の最後の一言はよく理解できなかったが、自分の方針に賛成してくれたと判断して話を先に進めることにした。
なお「悲観的~~」のくだりはオルガマリーも強く認識していて、Ⅱ世を迎えた理由の1つでもある。彼ほどの人物が副所長としてオルガマリーを補佐するとなれば、その事実だけでも人心の安定に資するだろう。
無論オルガマリーの地位の強化にもつながるが、それを主目的にするほど今のオルガマリーは追い詰められてはいない。
(でもこんなことをこれだけ気にするなんて、私もずいぶん変わった……いえ、元気づけてくれた人がいるからかしらね。
メンタルケアもバッチリだし。羽にくるまれながら浴びるのもいいけど、やっぱり抱っこが1番……コホン)
まあそれは今は措いておいて。
「それで貴方の仕事だけど、私の日常業務のサポートに加えて藤宮たちが特異点に行ってる間の助言もお願いするわ。貴方なら俯瞰的な視点での意見も出せるでしょう?」
オルガマリーもロマニもダ・ヴィンチも戦場や冒険の経験はないので、現場での判断に口出しするのは控えていたが、諸葛孔明なら騎士王や軍神や戦乙女や十二勇士やニンジャといった現場マイスターたちも文句はないだろう。大部分の者はすでに面識もあることだし。
「分かった、任されよう」
Ⅱ世視点でも妥当な話で、特に異論は出さずに承知した。
ただしこれは人理修復までの話であって、その後は別方向にややこしい仕事に変わる。
「特異点修正と魔術王討伐までは出たとこ勝負というか、状況次第で臨機応変にやっていくしかないんだけど、私とカルデアにはその後も厄介事が待ち構えているのよ」
何しろカルデアは仮に人理修復を達成したとしても、世界を救った英雄ではなく、失態を追及される立場でしかないのだ。
そもそも論としては人理焼却を防げなかったこと、個別にはレフの爆破テロで多大な被害を出したこと、無許可のレイシフト、7騎を超えてサーヴァントを駐留させていること、といったことなどで国連と魔術協会から査察や査問を受けるのはほぼ確実だ。悪ければ解体までいくだろう。
オルガマリーは以前ローマでネロ帝に金貨をもらうことに賛成したが、この辺の事情も理由の1つである。職員たちに「我々が世界を救った」と胸を張らせてやれないので、その代わりにというわけだ。
「でもそれを受け入れるわけにはいかないのよ。私個人としてもカルデアの使命のためにも。どうしてかっていうと―――」
そこでオルガマリーは言葉を切り、ダ・ヴィンチに用意してもらったレジュメをⅡ世に差し出した。口頭では説明しきれない内容のようだ。
「読めということか? どれどれ……」
Ⅱ世はその紙束を手に取って読み始めたが、その顔色は見る見るうちに青ざめていった。
「『異星の神』による『人理漂白』か……。さっそくの胃痛案件をありがとう。冗談だったなら嬉しいのだがね?」
「残念ながら本気だよー。この会議のために、今日の午前中にカーマ神に改めて聴取した内容だからね」
読み終えて顔を上げたⅡ世の言葉にダ・ヴィンチがそう答えた。
ちなみに内容は無人島事件の直後に聞いた時と食い違う点はないが、カーマが光己への好感度を増した分一生懸命思い出してくれたので情報量は増えている。
「平行世界のことだからこの世界で必ず起きるとは限らないし、実際こことは違ってることもあるけど、無視できる話じゃないよねえ」
「確かにな。それにしてもAチーム7人が7人とも裏切るとは……」
命惜しさか洗脳でもされたか、それとも他に何か理由があるのか。いずれにせよ全員となると任命者の責任問題……はどうでもいいとして、対処に悩む話である。
まさかカーマ情報だけで殺すわけにはいかないし、仮に殺したところで別の人間を使われては意味がない。解凍する時に厳戒態勢を敷いておくしかないだろう。
「で、向こうのカルデアはなぜか彷徨海にあって、所長とマスターはこことは違う人物、か。そうなっている理由まではカーマ神も知らないのは残念だが……」
他にも職員の数が少ないとか、ロマニがいないとか、ダ・ヴィンチが幼女だったとか、細かな違いは多い。
ただいくら平行世界のこととはいえ、カルデアが最初から彷徨海なんて超級の秘境に設立されたとは考えにくい。何かの理由で移転したと考える方が自然だろう。
「たとえば元Aチーム、いやクリプターというのか。連中のサーヴァントに襲われて逃げるハメになったとかだな。人理修復が完全に終了したら、協会と国連はサーヴァントを退去させるだろうから、その隙を突けば簡単に陥とせる」
「ええ、だからサーヴァントを退去させるわけにはいかないのよね。むしろ増やしておきたいくらい。
というか、協会と国連に命令されたから出て行けなんて言ったら、その場で刺されそうな気がするんだけど」
アルトリアズあたりは物分かり良さそうだが、清姫や景虎は精神構造が常人と異なる。「そんな理由で私と旦那様を引き離そうとは命が惜しくないようですね。お望み通りあの世に送ってあげましょう!」とか言ってぐるぐる目で襲って来かねない。
「ああ。私は清姫のことは知らんが、レディ長尾なら大いにあり得るな」
オルガマリーの危惧にⅡ世もこくこく頷いた。
当然ながら光己に言わせるのは論外というか逆効果である。「嫌な仕事をマスターに押しつけるとは卑劣な!」と判断して怒りを深めるだけだろう。それどころか光己が同調する恐れすらある。
「藤宮にしてみれば人類を救ったのに称賛どころか、罪人扱いの上サーヴァント大奥、とか言ってたわね。それを取り上げられるんだから怒って当然なのよね」
そうなっても彼はブチ切れて時計塔に殴り込みをかけるというほど短慮粗暴ではないが、泣き寝入りするほどおとなしくもない。大奥メンバーを連れて脱走するというあたりか。
私情としては見逃してやりたいところだが、カルデアの使命を考えればそうもいかない。魔力量や無敵アーマーやドラゴンチェンジ等の能力、現場経験の多さ、さらには今いるサーヴァントたちとの友誼の深さを考えれば手放すのは惜しすぎるのだ。
「まあ馬鹿正直に退去させなくても、査問官が来る時だけ隠れててもらえばいい話なんだけど。プロメテウスの火を止めても聖杯があれば魔力供給は問題ないから」
ちなみに、これまでに手に入れた聖杯はダ・ヴィンチが保管しているが、国連や協会がその存在を知ったら揉め事になるのは確実だから、今のうちに理由をつけて解体してしまう方がいいかもしれない。無論今口にした魔力供給用は別途隠しておくとして。
「ぶっちゃけて言うと、異星の神が地球に来る前に騎士王一同で退治してくれれば1番楽なんだけどね」
確か星の聖剣は宇宙からの侵略者を討つ時こそ真価を発揮できるという話だし、ヒロインXXに至っては宇宙刑事である。別件逮捕でも何でもして銀河の彼方に連行してくれれば助かるのだが。
「確かにそうなれば万々歳だが、そこまでうまくはいくまいな」
どこかの誰かが千里眼で異星の神の居場所を特定してくれたり、そこに行くための宇宙船を提供したりしてくれれば話は早いが、現在のカルデアでは不可能だ。残念な話である。
「あとはムジーク家の動向に注意しておくことくらいかな。どのみち今の段階では何もできないけど」
ダ・ヴィンチがちょっともどかしげに呟いた。
異星の神は今はまだ来ていないし、Aチーム7人の解凍作業も技術的にできない。できるのは人理修復の後にそういうことが起こるという心の準備をしておくことくらいだろう。
「そうね、今は目の前の問題に集中しましょう。
数日ほど休暇を取ったら次の特異点の調査を始めて、それと並行して藤宮用の新しい礼装を作ってもらうわ。その後のことは調査の結果を見てから考えましょう」
「うーん、そんなところかな」
ダ・ヴィンチが同意して他に意見がある者もいなかったので、この会議の議題はおおむね結論が出そろった。
「――――――さて、今話すことはこれくらいかしらね。
あとは休暇のローテーションだけど、どうやって決めればいいかしら」
「みんなに申請書を出してもらえばいいんじゃない? バッティングしたらこっちで調整するということで」
「そうね、とりあえず当人たちの希望を聞きましょう。私からメールで通知しておくわ。
それじゃ今回はこれで解散。通常業務に戻ってちょうだい」
「分かった、じゃあ医務室に戻るとするかな」
「了解ーー」
オルガマリーが閉会を告げると、根城があるロマニとダ・ヴィンチはそこに引き揚げようと席を立ったが、Ⅱ世にはまだそれがなかった。
「レディ、いや所長と呼ぶべきか。私はどこで何をすればいいんだ?」
「そうね、副所長室でも作ろうかしら。資料閲覧用の端末と文房具と、それに会議用のテーブルとチェアも……あと何か欲しいものはある?」
「そうだな、携帯用のゲーム機をいくつかもらえればありがたい」
「貴方がゲーム好きなのは知ってるけど、そういうのはレクリエーションルームでやってちょうだい……」
新副所長のさっそくの自堕落ぶりに、オルガマリーはがっくりと肩を落とすのだった。
ぐだぐだ本能寺が終わりましたので、また現時点での(サーヴァント基準での)ステータスと絆レベルを開示してみます。
性別 :男性
クラス :---
属性 :中立・善
真名 :藤宮 光己
時代、地域:20~21世紀日本
身長、体重:172センチ、67キロ
ステータス:筋力D 耐久D 敏捷D 魔力C 幸運B+ 宝具EX
コマンド :AABBQ
〇保有スキル
フウマカラテ:D+ 多少上達しました。
魔力放出 :D また少し上達しました。
火炎操作 :D それなりに慣れてきたようです。
マナドレイン:D 大気中の魔力を吸収してNPを増やします。
根こそぎドレイン:D 敵単体からLV、HP、NPを吸収します。クリティカルで朦朧、疲労、気絶の弱体効果を付与します。対象が若い女性の場合、さらに魅了を付与……しません(ぉ イメージはメルトリリスというよりDI〇様。
■■■■■ :E 上記のドレインスキルを超強化し、さらに身体が人間サイズの竜のようになっていきます。それ以外の能力もあるようですが、まだ不明です。「阿頼耶識・神魔顕現」発動中のみ使用可能。
魔力感知 :D 周囲の生命体が発する魔力を光として感知することができます。人の姿でもできますが、竜の姿の方が広範囲を感知できます。
ワイバーン産生:D ワイバーンを細胞分裂で産み出すことができます。事前に数日ほど竜の姿を維持しておく必要があります。
〇クラススキル
竜の心臓 :D 毎ターンNPが上昇します。
〇宝具
〇マテリアル
ぐだぐだ本能寺は夢の中の出来事なのでステータスは上がりませんが、スキルは少し上達しました。
〇絆レベル
・オルガマリー:6 ・マシュ:3
・ルーラーアルトリア:3 ・ヒロインXX:7 ・アルトリア:3
・アルトリアオルタ:1 ・アルトリアリリィ:4
・スルーズ:6 ・ヒルド:4 ・オルトリンデ:3
・加藤段蔵:4 ・清姫:2 ・ブラダマンテ:8 ・カーマ:7
・長尾景虎:9 ・諸葛孔明:2