報告会もそろそろ中盤だろうか。光己たちは北条家を下すと、京都めざして西に進むことになった。
途中の今川家は桶狭間の戦いで大打撃を受けていたため簡単に降伏し、その勢いのままさらに進むと織田家の織田信長と沖田総司も降伏してきた。
「織田信長……本人がサーヴァントに置き換わっていたのですか? 今までの方とは違うのですね」
「そうだな、景虎以外だと彼女だけか」
マシュの感想に光己はそう相槌を打った。
信長はそもそも特異点をつくった当人だからむしろ当然なのだが、すると景虎だけが例外ということになる。やはり愛の奇跡……と光己は思ったが、口に出したらまた面倒事になるのはコーラを飲んだらゲップが出るくらいに必然なのでやめておいた。
「2人が参加してくれたのもありがたかったけど、聖杯持ってるラスボスが『豊臣ギル吉』だと分かったのもラッキーだったな」
「豊臣は分かりますが、ギル吉というのは?」
「うん、英雄王ギルガメッシュ」
「ぶっ!?」
マシュに加えてアルトリアも噴き出していた。なんで最古の王ともあろう者がぐだぐだ特異点に出張ってくるのか。
「まさかとは思いますが、上杉アルトリアや北条アルトリア・オルタが目当てだったとか?」
「おお、アルトリア鋭いな。先の話になるんだけど、対面した時にいきなり『セイバーとの結婚式の準備で忙しい』とか言い出したから多分そう」
「英雄王ェ……」
英雄たちの王とすら称えられる者に多少なりとも尊敬の念を抱いていたマシュの表情が、みるみるうちに崩れていく。いとあはれ……。
アルトリアとヒロインXXも「ギルガメッシュ許すまじ」とか「コスモギルガメス死すべしフォーウ」などと座った目でぼそぼそ呟いているが、ちょっと怖いので光己は見て見ぬフリをすることにした。
「まあそれはともかく。ギルガメッシュはすごいサーヴァントだっていうから、どうしたものかみんなで考えてたんだけど、ちょうどそこに人材派遣業者のミスター・チンと、元宇宙海賊の黒髭ビンクスっていう人が来てくれたんだよ」
「怪しすぎて怪しむ気にもなれないのですが……」
「うん、気持ちは分かる」
2人の名前を聞いただけでマシュはげんなりした顔になったが、これは責められないことだろう……。
「何しろ売り込んできた作戦が『
「詳しい説明を聞く前に、どんな作戦なのかだいたい分かってしまったのですが……」
戦を重ねるごとにえげつなさが増していくのは、人理の修復者としていかがなものか。いや相手が相手だから仕方ないというのは分かるけれど。
「何しろ城の外から不意打ちで『滅びの吐息』に続けてワイバーン砲20発撃って、それでも倒し切れなかったからな。もし正々堂々真正面からやってたら負けてたかもしれん」
「そんなに強かったのですか……」
さすがは英雄王である。マシュは彼への評価をちょっと上方修正した。
「それでどうなったんですか?」
「うん。ギルガメッシュは空飛んでこっちに来て、それをミスター・チンが1度は撃墜してくれたんだけど、それでも倒せなくて船に乗り込まれたんだ」
考えてみれば恐るべき耐久力だ。それとも鎧の力だろうか。
「その乗って来た瞬間を叩くのがセオリーなのは分かってたけど、ギルガメッシュが結婚式云々なんてイミフなこと言うからやりそこねてな。
あとリリィ見て『可憐すぎて胸が苦しい』とか『貴様は許そう! 絶対に許そう!』とか言ってたっけ」
「…………。それなりに世慣れた私ならともかく、純真でお人好しなリリィまで毒牙にかけようとするとは……」
「処す? 処す?」
光己がまた余計なことを言ったので、アルトリアとヒロインXXの目の光は、いまや清姫や景虎と同レベルの厄いものになっていた。光己があわててなだめに入る。
「ふ、2人とも落ち着いて! ギルガメッシュはちゃんと倒したから!」
「ふむ……? そうですね。マスターたちがここにいるからにはそうなのでしょうが、しかしやはり禍根は自分の手で断つべきだと思うのですが」
「気持ちは分かるけど、もういないんだからどうしようもないでしょ」
「むう……」
アルトリアとXXは憤懣やるかたない様子だったが、英霊の座まで殴り込みに行くのは無理なので、この場は諦めざるを得なかった。
そこで妥協案を提示する。
「ではマスター、もしまたあの金ピカと会うことがあったら私たちに任せて下さいね」
「お、おう……」
2人のぐるぐる目の圧の前に、光己には首を縦に振る以外の選択肢はなかった……。
多分何とかなるだろう、きっと。
「で、どうやって倒したのですか?」
「ギルガメッシュは宝具の原典っていうのを乱射してきたからこの人数でも防戦一方になったんだけど、幸いリリィには牽制レベルでしか撃ってこなかったからさ。俺が彼女の後ろから
「重傷者に安全な位置から吸収攻撃ですか……」
「いやあ、宝具乱射の中でそんな作戦を思いついて実行できるとは、マスターくんも戦い慣れしてきて頼もしい限りですね!」
マシュはやっぱり引き気味だったが、XXは大仰に褒め称えていた。
どちらの感性が人として真っ当なのかは議論の余地があるだろう。
「でもギルガメッシュはやっぱり強くてな、リリィに当たらない角度で俺を狙って撃ってきたんだ。数は少なかったからどうにかかわせたけど、ヴァルハラ式トレーニングやってなかったら危なかったな」
「だよねだよね! ヴァルハラはいつでもマスターを待ってるよ!」
「縁起でもねえ!?」
ぱあーっと朗らかに笑いながら後ろから抱きついてきたヒルドに珍しく塩対応をする光己。残当ではあったが、抱きついたままの彼女を引き剥がそうとしないのはいつもの思春期脳だった。
「それでもやってる内に俺は慣れてきたし、ギルガメッシュの方はケガと魔力切れでバテて攻撃が甘くなってきたからさ。あいつが飛ばした武器を掴み取ったり、『もっとだ! もっとよこせギルガメッシュ!!』とか言って挑発してやったんだ」
「へええ、やりますねマスターくん! しかし何故わざわざそんなことを?」
XXは光己のワザマエは褒めたが、その動機までは分からなかった。仮にも最後のマスターなのだから、敵の注目を集めるような真似は避けるべきだと思うのだが。
「そりゃもう、沖田さんがギルガメッシュの背後に回ろうとしてたからだよ。バレたら集中攻撃でやられちゃうから注意をそらそうと思って」
「なるほど、以心伝心のコンビネーションというわけですか。いいですね、次は私とやりましょう!」
言葉で意志疎通したらギルガメッシュにも聞かれるから当然の流れなのだが、いかにも息ぴったりの相棒という感じがして実にいい。そういうことは夢で会った一見さんとではなく、ズッ友であるこの私とやるべきだというのがXXの主張であった。
「あー、あたしもやりたいな! マスターならやってくれるよね?」
すると光己の後ろでヒルドも手を挙げた。4+3ヶ月の隙間を埋めるためのアピールは欠かせないのだ。
「そうだな、じゃあおっぱいの接触面積が広い方から先にってことで」
「マスターくんってば平常運転ですねえ。でもそのルールなら私が有利です!」
「先輩不純ですーーー!」
すかさずえっち方面に持ち込もうとした光己だが、いつも通りマシュにインターセプトされてしまった。何故だ、えっちの何が悪いというのだ!?
「それより早く続きを話して下さい」
「何という塩口調……」
こんなお堅い子に育てた覚えはないのに何故だろう。まあ仕方ないので光己は素直に報告を再開した。
「期待通りだよ。沖田さんがギルガメッシュの後ろから刺してくれたんだけど、刀で突いただけなのに胸板にでっかい風穴開いたから、ちょっとビビった」
「おお、本当にギルガメッシュを殺ったのですか。これは好感度ポイント+10ですよ!
後で2人でお茶する時にサービスしますね!」
「さすが俺のXXカワイイヤッター!」
「……」
光己とXXは能天気に意気投合していたが、マシュは今回は割り込む口実が見つからず、ぷーっとむくれているしかなかった。
代わりにヒルドが続きを促す。
「それでどうなったの? 聖杯は手に入ったの?」
「ああ、ギルガメッシュが退去したら出てきたよ。
そしたら彼が乱射して甲板の上に転がってた宝具も消えちゃったけど、俺が取り上げた分だけは残ってたから、ミスター・チンと黒髭氏に追加報酬としてプレゼントしてハッピーエンド」
ギルガメッシュは退去する時に辞世の句と国民募集はともかくリリィへの遺言も残していたが、それをバラすほど光己は無粋ではなかったようだ。
「全部あげちゃったの? ちょっともったいないような気もするね」
「うん、宝具の原典っていうからすごいんだろうけど、こっちは聖杯取ったからなあ。それで宝具ももらうのは欲張り過ぎかなって」
「なるほど、やっぱりマスターくんはホワイトですね! 素敵です」
「うんうん、独り占めは良くないよね」
XXとヒルドは彼の気前良さに素直に感心していたが、アルトリアは別のことが気にかかっていた。
(マスターが取り上げた宝具だけ残った……? ギルガメッシュが退去しても……?)
サーヴァントが現世から退去する時に形見の品を残すというのはあり得ることだが、それはせいぜいアクセサリや衣服の一部という程度で、宝具を、それも当人の意に反して残させるなど聞いたことがない。ギルガメッシュの場合は「乖離剣エア」以外は所有者というだけで「英雄としての象徴」というわけではないが、それでも普通は考えられないことだ。
(やはりマスターの能力にはまだ先がありますね……解明しなければいけないわけではないのですが、何かこう引っかかるものが)
今すぐどうこうという話ではないが、覚えておいた方がいいような気がする。そんな微妙な結論に達したアルトリアの耳に、報告会の終了を告げる言葉が聞こえた。
「経過としてはこんなものかな。それじゃ夕食まであと1時間くらいだし、コミュタイムにでもしようか。ニューカマーもいることだし」
「あ、それならいつものアレして下さいー」
するとカーマが光己の真ん前に座り込んだ。彼の天使の翼が出す白い光を浴びたいという意味である。
XXや景虎たちも嬉しそうに賛同したが、ローマに行っていない清姫やヒルドには分からない話だ。光己がいきなり上着を脱ぎ出したことにびっくりしつつ訊ねる。
「ますたぁ、アレとは何というか、なぜ服を脱ぐのですか?」
「ああ、清姫たちはまだ見てなかったか。清姫はもちろん、ヒルドたちも大丈夫だろ。体験すれば分かるよ」
「?」
もちろんこれだけで分かるはずもなかったが、次に彼が角と翼と尻尾を出すと、清姫やヒルドたちより、光己が竜人であるという知識だけはもらっていても実際にファヴニールを見たことがない玉藻の前が1番驚いた。
「マ、マスターそのお姿は……? それに雰囲気が、まるで神と悪魔が同居してるかのような」
「うん、まさにそれ。もし嫌な感じがしたら離れてくれていいから」
彼のその言葉に続いて放射された白い光を浴びると、玉藻の前は何故かほんのりした幸福感のようなものを覚えた。
「これは……?」
「端的に説明すると、俺への好感度に比例して普段は幸福感が、戦闘中はデバフ解除とバフ付与と士気向上の効果が出るんだ。逆に俺のことが嫌いだと、それに比例した強さの不幸感とデバフが付く」
「つまりますたぁはわたくしをこれだけ深く愛して下さっているということなんですねーっ!!」
光己の解説に玉藻の前が答える前に、清姫がすごい勢いで彼に抱きついていた。
「き、清姫!? いや違うって。俺の気持ちは無関係で、清姫の俺への気持ちが反映されてるの」
狂化EXだけあって都合がいいように誤解した清姫に光己があわてて説明し直すと、バーサーク娘は見るからにしょぼーんとした顔になったがすぐに立ち直った。
「むー、そうなのですか……しかしそこはそれ! わたくしがもう極楽絶〇昇天してしまいそうなほど愛と幸せがあふれまくった最高な気分になったということは、わたくしの安珍様への気持ちは嘘偽りのない真実の愛だと証明されたということですね!
そう、他ならぬ安珍様のお力によって!!」
「お、おう……」
清姫の愛と狂気あふれる名状しがたい眼光でガン凝視された光己は、彼女にこの能力を明かしたことをちょっと、いやかなり後悔したが、後悔というのは先には立たないものなのだった。