ほぼ真東側に向かって1時間半ほど飛んだ頃、カルデア一行は海賊からの情報通り小さな島があるのを見つけた。
広さは直径3キロくらいか。北半分は半円形で低い山林になっており、南半分は楕円形で砂浜が広がっている。
ルーラーアルトリアの探知スキルによるとサーヴァントが1騎いて、光己の魔力感知でも北端の辺りにサーヴァント(と思われる強い者)1人と普通の人間が70~80人ほどいるのが分かった。いきなりアタリのようである。
「んー、ひとまず南の砂浜に降りようか」
竜モードで押しかけて度肝を抜くという手もあるが、自分から脅かすようなやり方は光己の趣味ではない。人間の姿に戻ってから訪れることを提案した。
最近はドラゴンパワーでブイブイ言わせているが、本来は平和的な性格なのだ。
「先輩がそう言うなら」
《その程度の細かいことにいちいち口出しはするまい》
マシュたちもエルメロイⅡ世も特に反対はせず、光己の意向通り一行は砂浜に降り立った。
光己は人間の姿に戻って服を着ると、ふうーっと大きく息をついて砂浜に座り込んだ。
「はあー、ちょっと疲れた」
羽ばたくにせよ滑空するにせよ、空を飛ぶというのはわりと体力と技術が必要なのだ。特に光己は生まれつきの竜ではないので、効率的な羽ばたき方や風の捕まえ方といったことを一から練習しなければならないから尚更である。
ローマや戦国時代で多少練習したが、今は現実のプテラノドン並みの時速30~50キロで2時間ほどが精いっぱいだった。なお魔力放出を使えばもっと加速できるが、これは疲れるので離陸の時や風がなくて失速した時だけである。
「先輩お疲れさまです。とりあえずこれをどうぞ」
するとマシュが収納袋からドライフルーツを取り出した。
オルガマリーの好物なので、ローマで購入した果物で製作したのである。保存性と携帯性と栄養価に優れている上に(現地では)調理不要とあって、特異点に持ち込む食料としては最適だった。
そういえば彼女は冬木では霊体だか精神体だかだったはずなのに、どうやって実物のドライフルーツを持ち込んだのだろうか……?
「ではマスター、こちらもどうぞ♪」
すると玉藻の前もボウルとコップを出して、氷の術と炎の術で水を作って光己に差し出してきた。自称良妻だけあってそれなりに気が利くようだ。
「ん、2人ともありがと」
「それにしても氷と炎を合わせて飲み水を作るなんて、なかなか考えましたねえ」
「うん、これのおかげで色々助かった。お風呂にも入れるし」
「魔術で作った湯でお風呂!? そういうのもあるのか!」
「そりゃもう、日本人にとってお風呂はマストな文化だからなあ」
などと光己がだべりながら休憩している間に、彼の後ろでは他のメンバーが今後の方針についての議論をしていた。
「うーん、マスターがこの様子だと、水上での休憩のためにボートか何かを作った方が良さそうですね。この島は木も草も生えてますから材料には困りませんし」
「ルーン刻めばオールで漕ぐ必要ないしね」
ワルキューレの2人がまずそんな案を出したが、それにも問題がないわけではない。
「海でボートは危なくありませんか?」
穏やかな凪いだ海ならいいが、荒波が立つような所では転覆してしまうだろう。ダ・ヴィンチが「竜モードで首だけ出して泳げばいい」とか言っていたが、その方がまだ無難に思える。
「ならあの医者が言ってたように、ここにいる海賊どもの船を分捕れば良かろう。
この島なら連中もすぐには野垂れ死にしないだろうから、マスターも強く反対はするまい」
アルトリアオルタは武断派であった。
21世紀ならともかく、この時代なら海賊は捕まったら縛り首が普通なのだから、船を没収するだけで済ませるのはむしろ温情判決だと思っていたりする。
なお交渉して乗せてもらうという意見は出なかった。「人類を救うために、一緒にサーヴァントや魔神柱と戦ってくれ」なんて話に乗ってくれるとは思えないし、対価を差し出すとしても海賊なら腕力で奪いにくるだろうから意味はない。こちらが腕力で従えるという手もあるが、これはこれでいつ後ろから刺してくるか知れたものではないし。
特に清姫は生前は箱入り娘だったので、海賊と同じ屋根の下で寝ること自体に気が進まないという根本的な問題もあった。夜這いとかされそうだし。え、人のことは言えないって? それが何か(威圧)。
「しかしその船がサーヴァントの宝具だという可能性もありますが」
「ふむ、それだと本人が退去したら船も消えてしまうな。いや待て、確かマスターがギルガメッシュの宝具を奪ったという話をしていたが……さすがに船は無理か」
「仮にできたとして、それを使うくらいなら私の船でいいのでは」
奪った船もルーラーの宝具の船も維持コストは同じくらいだろう。なら自前の物を使う方がマシだという意味だ。
「難しいものだな。いっそ案だけ説明してマスターに決めてもらうか」
「そうですね、そうしましょう」
決断はリーダーの仕事である。オルタたちは光己の前に回ると、今の議論の内容を話して結論を求めた。
「うーん、なるほど」
光己としては、自分がもっと速く長時間飛べれば解決する問題なので申し訳なく思う気持ちはあったが、サーヴァントの海上輸送はマスターに求められる仕事ではなく、今やっているのはオマケだという考えもあったので、特に悪びれることもなくフラットに答えた。
「海賊って創作だとロマンがある熱血漢みたいに描かれたりするけど、要は武装強盗団だからなー。さっきの連中だって、俺たちの方が侵入者だって点を差し引いてもアレだったし。
最悪ボートと俺が泳ぐのと併用でもいいけど、結論出すのはこの島の人たちと会ってみてからでもいいんじゃない?」
「ふむ、マスターがそう言うならそうするか」
オルタたちも光己がこう言うなら反論すべき点はなく、ではそろそろ出発しようかという声も出たが、光己にはその前にやることがあった。
カルデアとの通信機のコールボタンを押すと、空中に液晶画面のようなモニター映像が現れてオルガマリーの顔が映る。
《あら、何かあったの?》
「はい、約束通りカーマとXXに来てもらおうと思いまして」
《ああ、そういえばそんな話してたわね。分かった、ちょっと待ってて》
オルガマリーが所内放送で2人を呼び出すと、2人はそれを心待ちにしていたようですぐさま管制室に現れた。
《まったくもう。レディーをこんなに待たせるなんて、マスターはジェントルマンとしてなってませんねー》
《マスターくんのズッ友が参上しましたよ! で、どっちから呼ぶんです?》
「んー、まずは先に立候補したカーマからかな」
カーマが口を切らなければ清姫もXXもこの方法を思いつかなかっただろうから、今回はカーマを先にするべきだろう。言ってることは素直じゃないが。
《仕方ありませんねえ》
とか言いつつもそわそわして嬉しそうなやさぐれ幼女とモニター越しに向かい合って、光己は右手の甲の紋様に念をこめた。
「令呪を以て命じる、カーマ、ここに来いッッ!!」
《―――ッ! 来ました、魔力来ましたよ!》
令呪の効果により、マスターとサーヴァントをつなぐパスが一時的に強く太くなったのを感じる。しかしここから跳躍するには足りなかった。
「足りない? 魔力が足りないのか?」
《そうですね、あと1画……いえ2画とも使ってもらえばまず大丈夫ですよ。
今はマスターのそばにサーヴァントが8騎もいますから、お互い切実さに欠ける分魔力はたくさん要るみたいですねー》
「んんー、なるほど」
確かに今回は「特異点での召喚がうまくできるかどうかの実験」という面があったことは否めない。サーヴァントが1騎もいなくて来てくれないと命にかかわるなんて危険な状況ではないから、やる事は同じでも熱意や集中力に差が出るのは当然だろう。
「まあ仕方ないか。それじゃ重ねて令呪2画を以て命じる、カーマ、ここに来いっ!」
《はいっ! ―――っと、これならいけますよ!》
カーマが元気良くそう言った直後、その姿がぬぐったようにかき消える。その一瞬後、光己の目の前に予兆もなくぱっと現れた。
「やった、成功したか!」
「はい、カワイくて頼りになるカーマちゃんが来てあげましたよ。令呪3画分くらいのお仕事はしてあげますから、せいぜい感謝して下さいねー」
「おお、よろしく頼むな。暇ができたらまた何かデザートつくるから」
「わーい」
光己がカーマを軽く抱き寄せてご機嫌を取ってみると、カーマは嬉しそうに笑って抱き返してきた。こういう辺りは本当に普通の女の子なのだが……。
「でもこうなるとXXは早くて3日後か。待たせてごめんな」
《いえいえ、お気になさらず。でも令呪がたまったらちゃんと呼んで下さいね!》
「うん、その時はよろしく」
光己はそれで通信を終えると、予定通りサーヴァントたちと共に海賊のアジト?に向かって海岸沿いに歩き出した。
5分ほど経った時、通信機の呼び出し音が鳴ってエルメロイⅡ世の声が届く。
《いったん止まってくれ、生体反応が多数近づいてきている。
サーヴァントやそれに類する強大なものはないが、少なくとも10体はいるな》
「海賊か、それとも野生動物ですかね。どっちの方からですか?」
「横の森の中からだ」
一同が森の方を向き戦闘態勢に入って待つことしばし。先ほどの海賊と似たような連中が木々の間からわらわらと現れた。
それを見たヒルドがルーラーに声をかける。
「あの中にサーヴァントはいないっていうのは確か?」
「はい、間違いありません。見たところ普通の海賊ばかりで、並外れて強いというほどの者はいなさそうですね」
ヒルドもその見解に同意だったので、次は光己のそばに移動した。
「聞いた通りだよ、マスター。手加減して戦う練習してみない?」
「ほえ?」
意外な提案に光己はちょっと驚いて間の抜けた声を上げてしまった。
彼がしている武術的な訓練は、基本的に武闘系サーヴァントから逃げるためのもので、攻撃技はストレス解消のため程度の扱いである。素人ではないとはいえただの人間を倒す練習をする意義はあるのだろうか。
「だってマスター、またいつ夢で特異点に行くか分からないんでしょ? なら人間と戦うこともあると思うけど」
「むう」
なるほどそれはその通りである。光己には反論の材料がなかった。
しかもその腕にオルトリンデが抱きついておっぱいを押し当ててくるとは。
「マスターのかっこいいとこ、見てみたいです」
「ちょ!? そ、そういうことでしたらわたくしも!」
すると清姫も張り合ってもう片方の腕に抱きついてきたが、彼女は胸部装甲はオルトリンデより薄いのに服は厚いのでこの勝負は完敗であった。哀しみ……。
「というか2人とも、両腕取ったらマスター動けないよ!?」
「あ」
こうしてなし崩しの内に光己が1人で戦うことになり、サーヴァントたちより前に出る。その時には海賊たちも全員森の中から出終わっていた。
「ヒャッハー女だ! 獲物だ! 狩りだ! 楽しそう!」
頭の中身も先ほどの連中と変わらないようである。ただ今回は光己1人が前に出ているからか、カルデア勢から5メートルほど離れた位置でいったん止まった。
頭目らしき男がこちらも1人でずいっと前に進み出る。
「坊主、女の前だからって格好つけなくていいんだぞ?」
そのドスの利いた脅し文句は一般人なら即逃げ出すレベルだったが、光己は建国王や魔神柱や英雄王と対峙してきた身である。涼風ぐらいにしか感じなかった。
「最近の海賊は、大勢群れて銃と刃物まで持たないと素手の子供1人狩れないのか。落ちたもんだなあ」
「なっ!? テメエ、いい度胸じゃねえか。野郎ども、手ェ出すんじゃねえぞ」
こうまで言われてステゴロ(素手喧嘩)に応じなければ臆病者のそしりを免れない。頭目は腰に差した銃と剣を投げ捨て、握り拳を構えて光己に殴りかかった。
「だりゃあっ!」
「おおぅ」
光己はそのパンチを横に跳んでよけた。
頭目は追いかけてパンチやキックを連打するが、ひらひらと逃げられてしまってまったく当たる様子がない。
「コ、コイツ……!?」
この少年、見た目はただの民間人で海賊とか軍人とかそういった武闘的な雰囲気はまったくないのに何者なのか。ちょっとあせりを感じた頭目は捕まえてグラウンド勝負に持ち込もうとタックルを仕掛けたが、それもあっさり避けられた。
「危ない危ない……いや全然危なくない」
一方光己はちょっとした感動と達成感を味わっていた。
何しろ5+3ヶ月前は本当に一般人だったのに、今や本物の海賊が殴りかかってくるのを軽くあしらえるほど強くなったのだから。
しかしそろそろ反撃に出るべきだろう。光己はまた飛びかかってきた頭目の顔を狙って、口からツバを吐くような感じで細い火線を吹きつけた。
「ぎゃあっ!?」
頭目が思わず両手で顔をおおって悲鳴を上げる。その隙に、光己は自分から前に出て彼の胸板に掌打を入れた。
戦国時代で呼吸法をしていた時に会得した新しい技である。
「ぐぅっ!?」
頭目は後ろによろめいたが、すぐに姿勢を立て直した。あまり効いていないようだ。
手加減しすぎたか、それとも彼がタフなのか。
「テメエ、口の中に油袋か何か仕込んでやがるのか……?」
ステゴロのつもりでいた頭目が文句を言ってきたが、光己にとっては心外な話である。
「いや、これは俺のワザだよ。ほら」
それを証明するため、人差し指を立ててその先に小さな火を灯して見せる。これには頭目もケチをつけられない。
「魔法か何かなのか? 魔女の男版……魔男? まあ何でもいいや、そんなロウソクみたいなちゃちい火で海賊が何度も怯むと思うなよ!」
そしてまた突進した。これも光己にとっては承服いたしかねる話である。
「つまり派手な火をお望みってことか。OK!」
光己はまず胸の前で前腕をX字に組み、ついで大きく横に開いた。その直後、彼の足元から何本もの太い火柱が前方に進む形でそそり立つ。
「……え゛!?」
牽制のための小手先の火しか出せないと見くびっていた頭目の顔が真っ青になる。むろん回避なんて間に合わず、次の瞬間全身黒焦げになって倒れ伏した。
「勘弁してつかぁさい。悪気があった訳じゃないんです……。海賊の本能なんです……」
頭目が倒れると、手下たちは一斉に美しい土下座をキメて慈悲を乞うた。
21世紀の善良な一般市民としては、本能だろうと何だろうと人間相手に「狩り」を「楽しむ」ような感性は肯定しがたいのだが、初対面の海賊に人道を説いても仕方ないので用向きを果たすことだけを考えることにする。
「清姫、この人たち本気で降伏してる?」
「はい、今のところは」
なら慈悲をかけても良いだろう。光己は玉藻の前に頼んで頭目の火傷を治してもらった。
ただしその後ヒルドに縛ってもらうのも忘れなかったが。
「一応人質ね。そっちが何もしなければ、こっちも何もしないから安心していいよ」
すると海賊たちはだいぶ安心したようだ。とりあえず頭を上げて、砂浜に正座する姿勢になった。
「代わりにいろいろ教えてもらうけど。まず最初に、この海域が普通じゃないってことは分かってる?」
「へえ。まああっしらはあんまり頭良くねえんで、詳しいことは分かりやせんが」
「じゃあ分かってそうな人はいる?」
「あー……だったら姐御じゃないかと」
「姐御?」
「へっへっへ、聞いて驚け。
我らが栄光の大海賊、フランシス・ドレイク様だ!」
「ほむ……!?」
ドレイクといえば出発前のブリーフィングでも名前が出た有名な海賊だ。もし本物ならサーヴァントではなく生身の人間である可能性が高いが。
しかし今彼は「姐御」と言ったが、もしかしてドレイクもまた女性なのだろうか。
まあもともと女性説があった景虎はともかく、アーサー王やネロ帝や織田信長が女性だった時点で何を今更という話なのだが……。
「なるほど、確かにドレイクは俺でも知ってる有名人だな。
会ってみたいから案内してもらえる? いや拒否権はないけど」
いきなり襲われたのに命を助けてやるのだから、このくらいの要求は問題あるまい。海賊たちも負けたからには仕方ないと思っているのか、素直に承知した。
頭目はあくまで人質にしたまま、海賊たちを先導にして森の中の獣道を歩く光己たち。
「この森を抜けたところに、大海賊フランシス・ドレイクの隠れ家がある。
へっへっへ、テメエたちはもうおしまいさ。ドレイク姐御の手に掛かれば、テメエたちなんか……」
「そっか、じゃあ人質は大事だな。あんたはしばらくこのままね」
「ファッ!?」
頭目は余計なことを言ったと後悔したが、今更ボスをディスるわけにもいかず、うなだれたまま歩き続ける。
やがて森を抜けると開けた平地に出た。入り江が船着き場になっており、その近くにローマで見たような野営地がつくられている。
海賊たちは辺りをきょろきょろ見回していたが、やがてチェアを屋外に持ち出してジョッキで酒を呑んでいる女性を見つけると、そちらの方に駆け寄った。
「姐御! 姐御ー!! 敵……じゃねえや、客人です!
姐御と話がしたいって言ってます!」
「ああん?
ったく、人が気分よくラム酒を呑んでいる時に……で、客人? 海賊かい?」
「えーと、たぶん違いやす! ウチらよりいくぶん上品で、魔男と魔女の集団です!」
「魔男と魔女? まあいいや、連れてきな!」
「では、失礼します」
海賊たちはドレイクの許可を取れたようで、カルデア一行の所に戻ってくるとついてくるよう促した。
そうして対面したドレイクは本当に女性で、一言でいうなら豪傑肌の美女だった。赤い海賊服をはだけて大きな胸をかなり露出しているので、少なくとも女性であることは間違いない。
光己がチラッと傍らのルーラーアルトリアを顧みる。
「はい、この女性はサーヴァントではありません。サーヴァントは彼女の後ろにいる少女……!」
そこでルーラーはいったん言葉を切ると、当人に聞こえないよう小声で告げた。
「真名、魔神・沖田総司。宝具は『
さて、魔神沖田総司とはいったい何者であろうか……?