FGO ANOTHER TALE   作:風仙

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第98話 幽霊船と新たな島1

 ルーラーアルトリアの宝具「燦々とあれ、我が輝きの広間(ブライト・エハングウェン)」すなわち高機動型の水陸両用船が無事船着き場を出ると、光己はまたいかにも疲れた様子で甲板に座り込んだ。

 

「つ、疲れた……マジ疲れた」

 

 頭目との戦いはともかく、その後のドレイクとの交渉と決闘は気力をゴリゴリ使いまくったのでもうヘトヘトなのだった。海賊とはいえ「太陽を落とした男(実は女だった)」と呼ばれるだけあって、今までに会ったサーヴァント=歴史上の著名人たちに負けず劣らずの傑物だったと思う。

 

「先輩、お疲れさまでした」

 

 そこにマシュがちょっとすまなさそうな顔で、またドライフルーツを差し出す。

 何しろドレイクとの折衝をほとんど任せ切りにしてしまったのだから。彼のサーヴァントとして力不足を痛感せざるを得ない。

 

「ああ、ありがと」

「それにしてもドレイクさんは破天荒な方でしたね。ああいうタイプの方は初めてです」

「そうだなぁ。好きで海賊やってるみたいだから悪党なのは間違いないけど、何ていうか器大きいし、きっぷがいい人だったよな。

 あーしまった、写真とサインお願いしそこねた」

 

 光己が残念そうにごちると、マシュはなぜか嬉しそうな顔をした。

 

「それなら引き返してお願いして、ついでに特異点修正に協力を頼んでみてはどうでしょう。海のことなら頼りになると思いますが」

「ああ、それは俺も考えたんだけど。でも聖杯巻き上げといて、その上サーヴァントや魔神柱との戦いに巻き込むのは無茶振りが過ぎると思ってな」

「あ、ああ、それは……」

 

 マシュは初めて会うタイプと言ったドレイクに心残りがあったようだが、このド正論には抗弁のしようがなかった……。

 

「それに彼女たちは海賊だからな。もし島に原住民がいたら襲うかもしれないから」

「ああ、見殺しは気が引けますが反対したら喧嘩になりそうですし、難しいところですね」

 

 特異点を修正したらなかったことになる、つまり死んだ人も生き返るという話は聞いている。しかしそれはあくまで推測であって、前例や証拠があるわけではない。フタを開けてみたら死んだ人はそのままだったという可能性は否定できないのだ。

 

「というか、仮に生き返るのが確実だとしても、罪もない人たちが強盗に遭うのを黙って見過ごすのはちょっと……」

「だよなあ、俺もそういうトロッコ問題は好きじゃない。

 それでも足がなかったら仕方ないからお金払ってお願いしてたと思うけど、俺たちはここに自前の船があるからな」

「そうですね……」

 

「…………」

 

 光己とマシュが並んで座って語らっているのを、ルーラーアルトリアは保護者そのものの視線で見つめていたが、ふと2人の会話がとぎれると、すいっとその前に移動した。

 

「マスター、彼女がさっきから所在なさげにしていますので、そろそろ皆に紹介してはいかがでしょう」

「お、おお、忘れてた!」

 

 彼女とは沖田のことである。うかつにも放置してしまっていたことに気づいた光己が慌てて立ち上がった。

 

「ごめん! 色々あったからつい忘れてた。ええと、まずは自己紹介してもらっていいかな」

 

 光己が90度腰を曲げて謝ると、沖田は怒った様子はなくむしろほっとした顔で名乗ってくれた。

 

「ああ、我が銘は魔神・沖田総司。マスターはいないから、いわゆるはぐれサーヴァントというやつだと思う。ここがどんな所で、どういう役割で来たのかは覚えていないが。

 私のことは魔神さん、もしくは沖田ちゃんと呼ぶといい」

「記憶喪失みたいなものか、それは大変だな……。

 そうそう、魔神さん……は怖そうだから沖田ちゃん。なんでドレイクと一緒にいたんだ?」

「別に大した理由はないぞ。現界した所が船の上だっただけだ」

 

 その船というのはもちろんドレイクの船で、しかも別の海賊と戦っている最中だった。沖田は当然両者とも無関係だが、中立では両方から攻撃されそうだったので現界した船の方に味方したら戦いの後で用心棒みたいなポジションに収まったらしい。

 

「うーん、やっぱり船の上に現界するのか。1人で無人島に行くよりはマシってことなのかな?」

「それより沖田……ちゃん? 用心棒ということは船の中で海賊たちと一緒に寝泊まりしていたわけですよね。その、襲われたりしませんでしたか?」

 

 この質問は清姫からのものだ。生前は箱入りお嬢様だっただけに気になるのだろう。

 しかし沖田は質問の趣旨が今いち分からないようだった。

 

「ん? 用心棒なのになぜ襲われるんだ?」

「なぜって……その、たとえば夜中に部屋に忍び込んでくるとかされませんでしたか?」

「いや、そういうことはなかったぞ。みんな普通に接してくれた」

「そうでしたか、それは良かったです」

 

 どうやらドレイクの海賊団は、いったん仲間になれば不埒なことはされないようである。トップが女性なのも関係あるかもしれない。

 ―――しかし沖田のどこをどう見ても特別なものは感じられない。彼女と光己はいったい何を感じ合ったのだろうか。

 大変ねたま、もとい羨ましいが、今蒸し返してもいいことはなさそうなので、差し当たっては経過観察にとどめるのが賢明と思われる。

 その後カルデア側も自己紹介したら、島に着くまでやることはない。

 

「どのくらいかかりそう?」

「そうですね、100キロなら40分くらいでしょうか」

 

 伝説の騎士王が高機動型を称するだけあって、この船は21世紀の高速船に匹敵する速さを誇るが、宙に浮けば水の抵抗がなくなるので、さらにその2倍のスピードを叩き出す。その分多大な魔力を必要とするが、当人かマスターが聖杯を持っていれば何の問題もない。

 逆に速すぎて風情がないが、島についたら日暮れまでに探索と野営の支度をしなければならないので速さ重視は妥当なところだろう。

 

「しかし最高速度まで上げると向かい風が強くなりますから、マスターとマシュは船の中に入っていた方が良いでしょう」

「じゃあそうさせてもらおうかな」

 

 お言葉に甘えて光己とマシュが甲板の下の船内に入ってみると、王城の大広間だけあって立派なパーティールームや遊技場や休憩室や台所やトイレや寝室等が完備されていた。

 ただ水道設備はなかったので、2人が長時間居座るなら水(氷)を出せるワルキューレズか玉藻の前に来てもらう必要があるが。いや聖杯に願えば出て来るのか?

 ……と思ったら、当のヒルドと清姫・カーマ・玉藻の前がやってきた。

 

「見張りは全員でやる必要ないから、交代で休憩しようってことになって」

「それもそうだな。じゃあ暇つぶしにポッ〇ーゲームでもしない?」

「〇ッキーゲーム……? 現界する時に得た知識にあります! よろしいならばわたくしと!」

「シールダーの名において阻止します!」

 

 せっかくの休憩時間なので光己は先ほどの交渉&決闘と聖杯を手に入れた報酬を求めてみたが、いつも通りマシュに邪魔されてしまった。

 なお頭目との手加減戦闘についてだが、全身黒焦げは明らかにやり過ぎなので、ご褒美どころか訓練メニュー追加とあいなった……。

 

「何度でも言う! これが人間のやることかよぉぉ!」

「そりゃまあ、あたし人間じゃないからね!」

 

 なおオチもいつも通りであった。

 ちなみに今この船にいるサーヴァントは生前の時点で人間ではない者が半数なので、「人理」修復のための団体としてはちょっと不安があるかもしれない……。

 

(……うーん、マスターってわりと思春期脳なんですねえ)

 

 玉藻の前は強硬な一夫一妻主義者なので、複数の異性を口説いて回る行為は好きではないのだが、光己くらいの年頃の男子の生態は知っている。それに未成年の一般人が「最後のマスター」なんて大任を負ったのだから、気晴らしや楽しいことも必要なのは分かるので、自分に火の粉がかからない限りは多少のことには目をつぶる方針だった。今のところは。

 ―――そんなわけで光己たちが健全に雑談をしていると、沖田が船内に下りてきた。

 

「マスター……いや、まだ契約してもらってないから正確にはマスターではないな。寂しみ。

 しかし魔神さんはいい魔神さんだから用事を先に果たそう。マスター、ルーラーたちが船が現れたから来てほしいとのことだ」

「ああ、そういえば契約してなかったっけ。

 でも俺もいいマスターだから仕事を先にしようかな」

 

 沖田は見た目は光己よりやや年上だが、どうも精神年齢はかなり低い、あるいは社会経験がないような感じがする。マシュとちょっと似ているというか。

 それはともかく光己たちが甲板に戻ると、遠くから1隻の船がこちらに近づいてくるのが見えた。

 まずはサーヴァントがいるかどうかを確認すべきだろう。

 

「ルーラー、あの船にサーヴァントはいる?」

「いえ、いません。ですので危険はありませんが、どう対処するか決めていただきたくて」

「そっか。でもこの距離じゃまだどんな人たちか分からんな」

 

 帆船であることは分かるが、それが海賊船なのか商船なのか漁船なのか、はたまたイギリスやスペインの軍船ということもあり得る。ただし商人や軍人も話の流れによっては海賊にクラスチェンジすることがあるので、外見だけで判断するのは禁物だが。

 すると甲板の舳先(へさき)に立って様子を見ていたアルトリアオルタが2人の元にやってきた。

 

「いや、悩む必要はないぞ。連中はいわゆる海賊旗を掲げているからな」

 

 海賊旗というのはドクロと骨2本が交差した絵が描かれた旗で、海賊船が威嚇のために掲げていたものである。正体を隠すより脅す方を選んでいるようだ。

 

「つまりあの船は海賊船で確定ってこと?」

「そういうことになるな」

「ほむ」

 

 それなら最初に会った海賊と同じように、海賊島に水や食料を調達しに行くところだろうか。しかしドレイクはもう聖杯を持っていないので提供できない。

 なら聖杯をもらった自分たちが責任を取って代わりに差し出すべきだろうか。食料をあげれば情報をくれるだろうし。

 

「もちろん向こうがケンカ売って来なければの話だけど」

「そうか。貴様がそうしたいのであれば好きにするがいい」

 

 オルタは光己の意向を尊重してくれるようだが、そこにカルデアから通信が入った。

 

《いやその必要はない、というか無意味だ。

 今ちょうどあの船が探査の圏内に入ったところだが、あれは要するに幽霊船だからな。しかも波長から推測するに特定の個人の残留思念ではなく、『海賊の概念』が霊体化したものに過ぎない。

 つまり連中は大した情報は持っていないし、食事の必要もないというわけだ》

「んー、それじゃかかわっても時間の無駄ですね」

 

 なのでとっとと撒いてしまおうと光己は思ったが、するとたまたまそこにいたらしいロマニが異論を唱えた。

 

《いやそれは早計じゃないかな。『海賊の概念』があるなら、彼らが夢を託して追い求めたモノもまた具現化していてもおかしくない。つまりあの船にはお宝が積んであるかもしれないってことさ!》

「それはそうかもしれませんけど、人と船が幽霊ならお宝も幽霊ってことになりません?」

 

 ロマニは珍しくテンション高めだったが、光己のツッコミを受けるとショボーンと落ち込んだような気がした。

 

《ま、まあそれはそうだけど! でももしかしたらワンチャンあるとは思わないかい? そう、まさしくロマンってやつさ!》

「ふむ、そこまで言うなら見に行ってもいいか。

 ただし何もなかったら、代わりに貴様に財宝を差し出してもらうぞ」

 

 オルタが酷薄な口調で話に割り込むと、ロマニは哀れなほどに狼狽した。

 

《ちょ!? そ、それはあまりにも暴政じゃないかな王様!》

「当然だろう、私は暴君なのだから…………というのは冗談だ、本気にするな」

《その冗談、ブリティッシュジョークとは方向性が違いすぎやしませんかねえ!?》

 

 ロマニはもう涙目だったが、オルタは気にかける様子もない。仕方ないので光己はとりなしに入った。

 

「まあまあ2人とも。財宝なら聖杯で出せばいいと思うんだけど」

《それはやめておけマスター。そういうことをすると人間は確実に堕落する》

「た、確かに!」

 

 光己は我ながら名案だと思ったのだが、Ⅱ世の諫言もまことにもっともなので取り下げることにした。

 汗水たらして働くのが美徳だなんてのは建前論だと思っているが、不労所得が多すぎるのも良くないというのは何となく分かる。

 

「でも聖杯を持ち腐れにしとくのはもったいないな。そうだ、ジル・ド・レェに倣って理想の美じ……はやめといて、俺専用のスペシャルな武器に替えるってのはどうでしょう」

《日和ったか……いや賢明な判断だと思うが、今聖杯に大きな願いをかけるのは避けた方がいい。せっかくタダで水と食料が手に入るのだし、その船を動かすには聖杯の魔力が必要なのだろう?》

「ああ、そういえば」

 

 どうやら今は聖杯でビッグな願いをかなえる時ではないようだ。

 しかしこういう流れなら、幽霊船に実物のお宝があるなんて激レアケースを期待する意義は薄い。光己たちは海賊船をスルーして、一路島をめざした。

 やがて島影が見えてくる。三日月形の山林の内側に砂浜が広がっており、全体では半円形になっているようだ。

 

「おお、ドレイクさんの情報は正確だったな!

 ルーラー、あの島にサーヴァントはいる?」

「はい、この感じだと林の中に1騎いるようです」

「それじゃマスター、上陸する前に契約を頼む」

 

 そのサーヴァントは味方とは限らないから、沖田が早めの契約を望んだのは当然だろう。

 いやはぐれサーヴァントは必ずしもマスターとの契約を必要としないし、沖田は「単独行動A」を持っているから尚更なのだが、これは彼女の光己への仲間意識の表明なのだった。

 

「そうだな、先にやっとく方がいいか」

「うん。

 …………マスターとつながったのを感じる。これがサーヴァント契約か……暖かみ」

「むー」

 

 沖田がとても素朴で無邪気な表情で喜んでいる姿に何人かのサーヴァントがちょっと頬を膨らませたが、それはそれとして一行は船からタラップを下ろして島に上陸するのだった。

 

 

 


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