全員上陸したらルーラーアルトリアの船を消して、次はこの島にいるというサーヴァントの捜索である。
普通なら山林の中で人探しというのはそれなりに面倒なものだが、ルーラーがいればサーヴァントを探すのは簡単だ。
「しかし林の中は見晴らしが悪いので危険がありまする。ワタシが先に立ちましょう」
段蔵がそう言って、猿のような身軽さで木の枝から枝へ飛び移って偵察に赴く。
光己はそれを見送りつつ、ふと気になったことを沖田に訊ねた。
「沖田ちゃんはこういう場所での戦いって大丈夫?」
彼女はおそらくスピード重視の戦闘スタイルだろうし、得物の大太刀はやたら長い。足場が悪く障害物が多い所はやりにくいのではないかと思ったのだ。
「うん、大丈夫だ。私は『極地』という、あらゆる空間で十全な動きができる究極の歩法を心得ているからな」
「ほむ、極地……ノーマルの沖田さんは『縮地』っていう超スピードが自慢だったけど、それとはまた違うのかな?」
「うん。私はノーマルのことはよく知らないが、でも多分私の方が速いぞ。
そうだ、もしここのサーヴァントが敵だったら実際に披露しよう」
「おお、頼もしいな。でも無茶はしないように」
「うん」
などと話している間に、一行は
なお段蔵はその後ろで気配を隠して追尾していた。もし戦闘になったら挟み撃ちにするという心づもりである。
やがてサーヴァントが木々の合間から姿を見せた。
「見つけましたよ私オルタ! 言うに事欠いて私より速いなどと、どうやら命が惜しくないようですね」
「沖田さん!?」
「私ノーマル!?」
驚いたことに、この島にいたサーヴァントは沖田総司ノーマルであった。光己と沖田オルタのびっくり声が唱和する。
しかもノーマルの口上によれば彼女はオルタの言葉が聞こえていて、それに腹を立てているようだ。
「……って、藤宮さんじゃありませんか! 特異点で会ったということは、まだ人理修復やってるんですか?」
「おお、俺のこと覚えててくれてるのか!」
サーヴァントは自分が参加した別の聖杯戦争のことは覚えていないケースの方が多いそうだが、今回も記憶があるようで実に幸運であった。
「ええ、それはもうバッチリ。あれ、でも別れた後はどうなったんでしたっけ……えーと」
どうやら沖田は帝都とやらに帰った後のことは覚えていないようだ。もし覚えていたなら万が一光己がそこに行くハメになった時の参考になるのだが、そこまで都合良くはいかないらしい。
「ところで沖田さんはマスターいるの? それともはぐれ?」
「はぐれですよ。多分連鎖召喚で来たんでしょうね。
私とオルタとどっちが先かは分かりませんが」
「あー、そういえばⅡ世さんがそんなこと言ってたな」
何でもローマでダレイオス三世が現れたのは、アレキサンダーの作戦であったらしい。
ただし都合よくダレイオスが現界するという保証はないし、仮に来たとしても彼は正統ローマに恨みはないから、アレキサンダーが属する連合ローマの方を攻撃する可能性の方が高そうなのだが―――そんなギャンブルそのものの作戦が成功してしまうあたり、覇王というのは運も持っているものなのだと分かる。
「さて。藤宮さんがまだ人理修復してるのならもちろん手伝いますが、その前に!」
沖田がくわっと目をいからせ、刀を抜いて切っ先をオルタに突きつける。
「どちらが速いか勝負です、私オルタ! 私より先にマスターに合流してるとか面白くありませんし!」
「ふむ。実はどっちが速いかなんて大して興味なかったが、面白そうだからOKだ。いくぞ」
するとオルタも大太刀を抜いて正眼に構えた。
光己はあの大太刀の長さだと普通の方法では抜けないのではと心配していたが、鞘が開閉式にでもなっているのか普通に抜けたようだ。
「って、2人とも待った! スタァァップ!!」
いやそんなこと気にしている場合じゃなくて、と光己は慌てて止めたが、沖田はシカトして「フッ!」という鋭い息吹きとともにオルタに斬りかかった。
彼女の姿がぼやけたかと思った直後、オルタの後ろに現れる。
「やっぱ速ぇ……! あれが縮地ってやつか!?」
目にも止まらぬ、という比喩そのものの速さだった。オルタは横に跳んで避けたから斬られてはいないと思うが……。
すると沖田はくるっと光己の方を向いてドヤ顔をキメてきた。
「いえ、今のは3歩手前ですよ。ですからオルタには簡単に避けられましたし。
次は2歩手前をお見せしますね」
「だから仲間割れはやめてって!」
光己が改めて止めるが、沖田はやはり聞き入れる様子はない。先ほど以上の速さでオルタの方に突進する。
「マスター、心配は無用だ。確かにノーマルは思っていたより強いが、魔神さんはちゃんと見えている」
オルタは健気にそう言って、沖田の横薙ぎの一閃をみずからの大太刀で受け止めた。
沖田の攻撃は無論これで終わりではなく、俊足を活かしてオルタの周りを駆け回って攪乱しながら時に鋭い斬撃を繰り出す。それをオルタは防戦一方ながらも何とかこらえた。
「むー……」
光己の素人目にも、沖田はオルタより速いようだ。とはいえすぐ崩れる恐れはなさそうだが、この先沖田がもっと速くなったら防ぎ切れなくなるかもしれない。言葉が通じないなら……と光己はマシュたちに頼んで沖田を取り押さえてもらおうと思ったが、その時後ろから誰かが両肩に手を置いてきた。
「ルーラー?」
「マスター、大丈夫ですよ。あの女性には殺意はありませんから」
「……そうなの?」
「ええ。急所は狙ってませんが、寸止めする気もなさそうですから多少のケガはするかもしれませんが、そのくらいならマスターの礼装と玉藻の前の術で治せます。いざとなれば聖杯もありますしね」
大人らしい落ち着いた穏やかな口調に信憑性を感じる。光己はルーラーの意見を受け入れて、しばらく見守ることにした。
当のオルタはなお反撃する隙を見出せずにいたが、だんだん刀さばきが的確になり余裕が出てきたように思われる。
これはオルタが沖田の動きに慣れてきたのか、それとも戦いの中で成長するという創作でよくあるアレか!?
「―――不思議だ。体が軽くなってきたような気がする」
オルタは
「!」
沖田はそれをかがんでかわすと、いったん後ろに跳んで距離を取った。
「なかなかやりますね。ではお待ちかね、1歩手前といきましょうか!」
沖田がさらにギアを上げ、まずは横斜め上に跳ぶ。その先にあった立ち木を足場にしてまた跳んだ。
ピンボールの玉のようにオルタの周りを跳び回る。
「また速くなった上に3次元移動って、これが沖田さんの本領なのか!」
「いえいえ、これは『1歩手前』ですからね。まだ本領じゃありませんよ!」
しかも光己の独白に訂正を入れる余裕まであるとは、天才剣士の名はダテではないようだ。
そして獲物を襲う鷹のごとく急降下してオルタの頭上から斬りつける!
「せぇいッ!」
「なんと!」
オルタは何とか刀で受けることはできたが、力負けしてしまいよろめいて尻もちをついた。
お尻の下に何か硬い板らしき物があって、文字通り尻の下に敷いてしまったが……。
「ん?」
するとどうしたことか、周りから半ば腐乱死体と化した海賊たちがぞろぞろ現れて襲いかかってきたではないか!
「アイエエエ!? ゾンビ!? ゾンビナンデ!?」
驚愕と嫌悪と恐ろしさに光己はマッポーめいた悲鳴を上げた。
海賊ゾンビたちは「概念」が幽霊化したものに過ぎないはずなのに実物同然のリアルさで、おぞましいことこの上なかった。この手の連中はフランスで何度か見て精神的な耐性がついていたからこの程度で済んだが、もしそうでなかったら失神あるいは嘔吐していたかもしれない。
しかも彼らから感じる圧倒的なまでの怨念はどうだ。どんなむごい死に方をしたのだろうか。
「ハーレム滅せよ! リア充爆発しろ慈悲はない!」
「そんな理由かよ!? てかまだ誰ともくっついてないぞ俺」
反射的にツッコミを入れる光己。しかし海賊たちは同意しなかった。
「これだからモテ夫はよ! そんだけ大勢キレイどころ侍らせて、しかも目の前でテメエをめぐって女2人が決闘してるってのにこの言い草だ」
「うーん、これは残当ですねえ」
玉藻の前が暢気にごちたが、しかし油断はできない。
何しろこの海賊たちは沖田2人の戦いを見た上でケンカを売ってきたのだ。よほど腕っぷしに自信があるに違いない。
沖田2人も一時休戦して共通の敵に向かった。
「いえご心配なく! この沖田さんにお任せ……こふっ!?」
「ぎゃーっ!? 沖田ちゃん、沖田さんを避難させて」
「うむ、手のかかるノーマルだが仕方ないな」
こちらには病人もいることだし。
…………と思ったが、海賊ゾンビたちは最初に会った人間の海賊と同じくらいの腕前しかなかった。どうやら自信過剰なだけだったらしい。
彼らは本当に霊体だったようで、決定打を受けると湯気のように散って消えていく。10秒ほどで戦闘は終わった。
「みんなお疲れさま……しかし何で突然襲ってきたんだろ?」
「多分私がこれを尻で踏んでしまったせいだと思う」
光己が不思議そうに一同に訊ねると、沖田オルタが石でできた板を拾って戻ってきた。30センチ四方ほどの大きさで、表面には文字らしきものが刻まれている。
何となく邪悪っぽい雰囲気を感じるが……。
「じゃあ読んでみ……いや待った」
「? どうかしたのか?」
「お尻で踏んだら海賊が出てきたっていうのが事実なら、呪いのアイテムだろうからさ。うかつに読んだら良くないことが起こりそうだ」
「なるほど……マスターは賢いな」
「では私が祓ってみましょうか?」
すると玉藻の前が手を挙げたので、光己は任せることにした。
「うん、お願い」
「ではさっそく~~っと、これは確かに呪いのアイテムですねえ。
祓い給え清め給え…………」
玉藻の前はまた
その効果はテキメンで、見る見るうちに石板の雰囲気が和らいでいく……が、その途中でどこからか獣が吠えるような叫び声がとどろいた。
「ガガガガガガ!! ギギギギ……ギィィィイイーーーーッ!!!
ワガッ! ワガナ! エイリーク! イダイナル、エイリーク!」
ついで絵に描いたような野蛮人といった風体の大男が現れる。ランスロットやカリギュラの同類と一目で分かる狂化ぶりで、カルデア一行を見つけると当然のように襲いかかってきた。
得物は大きな斧で、血管のような赤い管が何本も浮かび上がっている。
「エイリーク……血斧王とも呼ばれるヴァイキングの王です。確かに海賊ですね」
「宝具は『
「キーアイテムを祓われる前に出てくるなんて、バーサーカーのくせに目端が利く……いえ、バトルジャンキーの本能なんですかねえ。でもそれなら何で最初から出て来なかったんでしょう」
マシュとルーラーアルトリアの解説を聞いた玉藻の前が首をかしげる。どうせなら皆で一緒に来ればいいものを何故?
「それは多分、彼は結婚していますからリア充を妬む必要がないからかと」
「なるほど!」
「……」
純朴なマシュがリア充なんて俗な単語を覚えてしまったことに光己はちょっと悲しみを覚えたが、今はそんなことを考えている暇はない。
敵はサーヴァントとはいえ1騎だけなら、宝具開帳する暇を与えず囲んでボコるのが最善だろう。そう考えた光己はアルトリアオルタたち前衛組に指示を飛ばそうとしたが、その前に沖田オルタが1人で前に出た。
「マスター、ここは私に任せてくれ。さっきの言葉を果たそう」
「んん? ……分かった、でも無理しないようにな」
オルタはついさっきノーマルと戦ったばかりだが、サーヴァントは魔力さえあれば身体的な疲労はない。なので光己は当人の希望を尊重することにした。
「ギガガガガ! ジャマヲ、スルノ、ナラ、コロスーーーー!!」
「話をするのは無理そうだな。悲しみ」
エイリークが斧をぶん回してオルタに襲いかかる。
オルタは見た目より筋力があるが、それでもエイリークに並ぶとは思えない。しかしスピードは比較にならぬほど勝っており、袈裟懸けに振り下ろされた斧をサイドステップしてかわすとそのまま先ほどの沖田の真似をして木から木へ跳び移り始めた。
「でもパクリではないぞ。『極地』の歩法を使っているからな」
「ギィィ! ニゲ、ルナーーー!」
エイリークは怒りの声を上げたが、自分が追いつける速さではないことはすぐに分かった。
あっさり諦めて、代わりに斧を振るって彼女が足場にしている木を次々と斬り倒す!
一撃か、せいぜい二撃で太い木がメリメリと音を立てて倒れていくのを見て光己は冷たい汗を流した。
「うわぁ、これがマジモンのバーサーカーか……」
「こちらに不意打ちしてくるかもしれません。ますたぁ、気をつけて下さいましね」
なおこちらのバーサーカーの方が狂化の度合いは上だったりする。
「うん。ところで沖田さんは大丈夫?」
「はい、もう治まりました。心配かけてすみません」
沖田が言うには彼女の病気は「無辜の怪物」に近い呪いめいたもので、聖杯でも治せないそうだから光己たちにできることはなかった。ただ彼女の病気が他人にうつったという逸話はないので、普通の結核は空気感染するが、彼女の結核は人間にもサーヴァントにもうつらない。
もしうつるなら仲間達と共に戦うなんて論外なので、本当に不幸中の幸いだった。
「それで、何でいきなりケンカ売ったりしたの?」
「ケンカじゃありませんよ。ちょっとたるんでるように見えたので稽古つけてあげただけです」
「稽古って……なら最初からそう言ってくれれば」
「やですねえ、それじゃ真剣さが薄れて気合いが入らないじゃないですか」
「これが新選組脳か……」
やっぱりサムライって怖い。光己は改めてそう思った。
「ってあれ? サーヴァントっていくら修業しても強くはなれないんじゃなかったっけ」
「筋力や魔力についてはそうですが、知識や技術は覚えられますよ。特に彼女は……あれ、何でしたっけ?
まあいいです。まだちょっと物足りませんが、あとは実戦で覚えればいいでしょう」
沖田先生はワルキューレズと大差ない厳しさであった……。
当のオルタは足場になる木をほとんど倒されてしまったので地上に降りたが、その倒木が邪魔で素早く走り回るのは難しそうだ。エイリークはただ怒りに任せて暴れていたのではなく、計算の上だったのかもしれない。
「沖田ちゃん、大丈夫か!?」
「うん、心配は無用だ」
最初に言った通り、オルタは倒木の上を器用に走ってエイリークの斧を避けていた。
腕力と得物の重さの差を考えれば、刀で受けるのは危険なので回避重視でいくのは正解なのだが、逃げているだけでは勝てない。しかしそろそろエイリークの動きが分かってきたようで、オルタは側頭部を薙ぎにきた一撃をかがんでかわすと、同時に自分も刀を振るって彼の太腿を斬り裂いた。
「グウッ!」
しかもそれで終わらず、エイリークが痛みでわずかにひるんだ隙に高速の連撃を叩き込む。
だが間合いが広すぎたのか傷は浅い。オルタは攻め時と見て1歩踏み込んだが、不意に体の力が抜けるのを感じた。
「!?」
一方エイリークは斬られつつも魔力を溜めており、斧を大きく振りかぶって宝具を開帳する態勢に入った。しかし彼もまた脱力してよろめいてしまう。
「どこかから呪術のサポートもらってるみたいですね! でもお生憎様、こちらにも頼れる巫女狐がいたのでした!
沖田……ちゃん? 今です!」
エイリークは妻からの愛により「支援呪術」というスキルがあって、短時間ながら敵を弱体化させることができるのだが、玉藻の前がそれを感知してお返しにエイリークにも呪いをかけたわけである。
オルタがさっと後ろに跳び退き、こちらも宝具開帳の準備に入った。
「え~っと、なんだったかな……? う~~ん……忘れた!」
ただちょっと記憶に障害があるようだったが……。
「とにかくくらえ! なんかすごいビーーーム!!」
それでも発動はできたらしく、まっすぐ突き出した大太刀から黒い光芒がほとばしる。
エイリークの上半身を呑み込んで、霊基を完全に破壊した。
……と思ったが、エイリークは金色の粒子になって消えるのではなく何も残さずに一瞬でかき消えた。
これはローマでカリギュラが消えた時と酷似している。マシュとルーラーと段蔵はその時のことを思い出して、彼はいずれまた現れるだろうことを確信した。
しかし光己はそのことよりオルタの宝具に目を奪われていた。
(今の宝具……何か気になるな)
本人も詳細を分かってなさそうなのが残念だ。しかし何故気になるのだろう? オルタ自身のこともだけれど。
「まあいいか。玉藻の前、板のお祓い続けてくれる?」
「もう終わってますよ。読んでみます? といっても日本語じゃありませんけど」
「ルーンですね。『一度は眠りし血斧王、再びここに蘇る』と書いてあります」
するとオルトリンデが読んでくれたが、もはや意味のない情報であった……。
光己たちは念のために石板を粉々に砕いて土の中に埋めてから、足早にその場を後にしたのだった。