朝、いつも通りトレーニングして学院に行く準備をする
祟り神の事がなくなってからなぜか身に入らない
……そういえば憑代の様子はどうなんだろう
またムラサメに聞こうかな、そうすればあの子と会えるし
「……なに会う口実考えてんだ俺は」
好きな女の子にちょっかいかけたくなったり、会いたいから何か理由付けようとする小学生か俺は
でも……やっぱり好きな子といたいっていうのは誰だってそうだろ
それに俺の場合は何百年と時間が経っているんだ
想いの強さは誰よりも強いのかもしれない
「なーに辛気臭い顔してんだ!」
「ぐはっ!何しやがる!」
「辛気臭い顔してんからだろ?そんな顔してるとムラサメさまにも嫌われちまうぞ」
「んなわけあるか!あの子はなぁ……」
「あの子はなんだ?」
「なんでもねぇ!行ってきます!」
なんか父さんにからかわれるとムカつくな
午後の授業も終わり、昼の時間
とりあえず弁当でも食べるか
中身はいつも通りの昨日の残り物や朝に簡単に作れる品物だけの素朴な弁当
それでもまずいわけじゃなくてそこそこだと自覚してるからいい
さて、この昼の時間は気になることがひとつある
前の将臣と巫女姫様の挙動さえ見てりゃ気がつくことだが……やっぱり巫女姫様は将臣の方を見てる
ならまた弁当を作って差し上げたのか
「なあ久遠」
「なんだ廉太郎」
「将臣のやつ変じゃないか?」
「いいんだよ。別に問題はないから」
お互い気にっているんだよな
ならさっさと付き合っちまえばいいのに
「なら将臣に聞きに行くぞ。久遠もついてこい」
「ちょっバカ、引っ張るな」
廉太郎に無理矢理連れていかれる
弁当食べてる最中だったが……残りは向こうで食べればいいか
「……ん?なんだよ」
「ああ、悪いな。ちょっとこいつがな」
「さっきからどうしたんだ?変だぞ、お前」
「変……ってなにが?」
「真剣な顔で弁当を食べたかと思えば、いきなり頬を緩ませてバカ面に、かと思えば真剣な顔に戻る。見てて不気味なんだけど。怪しい薬でも入ってるのか?その弁当」
確かに俺みたいにその理由がわかってればいいけど、廉太郎にみたいに理由がわからないでみると弁当が怪しいって思ったりするよな
「失礼なことを言うな、そんなわけないだろ」
「ほーう、なら顔が緩むほど美味いのか?どれ、俺も試しに」
「させるかバカ」
廉太郎の腕をつかみ、将臣の弁当を狙う手をブロックする
せっかくの巫女姫様の気持ちを無駄にさせる訳にはいかない
「なんで久遠が妨害すんだよ」
「なんででもだ」
「久遠……気づいてる?」
「さあ、なんのことだ?」
こんな所で言う訳にもいかないし、俺も気がついてない方が将臣と巫女姫様にとってもいいだろう
「食べ足りないなら俺の分けてやるよ」
「マジか?じゃあこの唐揚げもーらい!」
「ところで……二人に訊きたいことがある」
「質問一つにつき、おかず一品」
「どうした?答えられる範囲なら答えるが」
さすがに無理なものは無理だが、将臣ならそんな質問はしないだろ
「じゃあ久遠、訊きたいんだけど」
「わかったわかった。条件はつけたりしない」
「それで、なんだ?」
「朝武さんのことだ。以前からお見合いの話があったことは、知ってるよな?」
「そりゃ聞いたことぐらいならな。全部じゃないけど、多少は具体的な内容も耳にしたことがある」
「俺も詳しい内容はそこまで分からないが、巫女姫様の見合いの話は何度も聞いたな」
今は将臣が婚約者っていうことでお見合いの話はないけど、それまでには何度もあったからな
「今まではどんな人が見合い候補になってたんだ?巫女姫様の相手ってなると、やっぱ大物?」
「いや、そこまで大物ってやつはいなかったよな?」
「どっかの不動産だか建築会社だかの会社の御曹司とかって聞いたことあるぞ?」
「いかにもいろいろ手を尽くそうとしてる考えだな。それに巫女姫様も恋愛の自由はあるから全部断ってきてんだろ」
「それもあるけど、『男嫌いで結婚する気がないんじゃないか?』って噂されたこともあったよな」
なんだそれ、俺は聞いたことない
やっぱり人脈や噂なんかは廉太郎の方が広いだろうからな
「だから叢雨丸を抜いたとはいえ、お前が婚約者になれたことには驚いた」
「見合いを断り続けてる理由、2人は知ってるか?」
「そういうのは何も聞かないな。ただ断ったとだけしか」
「写真すら見ずに断ってたらしいぞ。だから男嫌いなんて噂が立ったんだよ。教室で話す分には普通だから俺たちは信じてなかったけど」
確かに、昔から話しかけても嫌がられる雰囲気は何一つなかった
でも真面目な性格の巫女姫様のことだから祟り神の件が絡まっているんだろう
「で?今更どうした?そんなこと気にするなんて」
「え?いや、別に……?」
「一緒にいる内にだんだん好きになって来たんだろ?言わなくでもわかってやれ」
「ッッッ!?久遠、おおおおおお前ッッ!?」
「んなもんわかってるって。ただからかっただけだよ」
「な、なんで廉太郎も!?なっ、なんでそれ、知って、バレて……っ」
「なんでも何も……隠してるつもりだったのか?」
こんなもんあまり雰囲気に聡くない俺だってわかる
周りだって気付こうと思えばできるだろ
「というか、今さら何を悩んでる?って感じだけどな。これだからお子ちゃまは、やれやれ」
「うっ、うるさい。今まではそんなの考えてる余裕がなかったんだよ」
「で、ようやく考える余裕ができて、自分の気持ちを持て余してるのか」
「持て余してるっていうか、こう……この気持ちを、どう扱おうか考えてるっていうか」
「恋愛マスター(仮)、何か助言してやれよ」
女の子と話す分には天才級の廉太郎
だがそこから恋愛に発展することはないから(仮)だ
「誰が(仮)だ。それで、仲が悪いとかは?」
「いい友好関係を築けてるとは思う」
「ほー。そいつは興味深い。巫女姫様って話しかければ返事はしてくれても、それ以上は拒絶……っていうのかな?壁を感じさせるんだよ」
「確かにそれはわかるな」
「というか、お前も大概だぞ?確かに付き合いは良かったけど、いつも仕事や修行ばっかり言ってたから」
「うっ……すまない」
昔は1日でも早く父さんみたいな鍛治職人になろうと必死だったからな
どう考えても付き合い悪いやつじゃねーか
「けど今はまともになってるしな。前の休みなんか本当に驚いた。久遠だけじゃなくて巫女姫様が誰かと遊ぶなんて話、初めてだったから。しかも、あんなに楽しそうにして」
「あー……あの時ね」
「さて、話を戻すけどまずは告白だな」
「それはそうなんだけど……告白ってしてもいいのかな?」
「言わなきゃ伝わらないさ」
俺自身じゃないけど俺がそれを経験しているからな
それが永遠の別れじゃなかったのは良かったけど……それでもあの時は悲しまないでいられずにいた
「……なあ、久遠って意外とアドバイスしてるけどそういう相手でもいるのか?」
「……何故今言う?」
「だって恋愛に興味無さそうなのになんか経験者っぽいっていうか、何が必要か言うしさ」
「別にいいだろそんなこと」
誰だって今から五百年前の記憶があって、たった一人を今でも想い続けてるなんて言えないだろ
それにムラサメと結ばれなかったとはいえ、智之様は第一の弟子となった息子までいたんだから恋愛に関してもそれなりに知識はある
「だって気になるじゃん。なっ、将臣」
「あ、ああ。そうだな」
とりあえず将臣に視線で「相手がいるっていうことは言うなよ?」と伝えておく
将臣にちゃんと伝わったのか、それ以降は話さずに終わった
学院が終わって家に1度戻ったあと、山の中に入り寝っ転がる
昨日と全く同じことだがやることがないんだ
それにここにいればムラサメに会える気がしてな
「久遠ー!」
「ん、どうした」
「ここに来れば久遠に会えると思ってな」
「そっか。俺もさっきそう思ってたんだよ」
「そ、そうか。な、何か恥ずかしい気がするな……」
ムラサメが少しだけ赤くなり、俺も自分の発言に気が付き少し顔が赤くなった気がした
というか何お互い会えると思ってなんて言ってんだよ……!
「話題を変えようか!そういえば将臣と巫女姫様はまた一緒にいるのか?」
「うむ。先程鍛錬を終えて一緒に帰ったぞ。なので吾輩は空気を読んで二人にしてあげたのだ」
「あの二人はいつになったらくっつくんだか」
「それも時間の問題だと思うぞ」
一緒に暮らしてるムラサメが言うんだ
きっと家でも二人は何気に良い雰囲気を出してて常陸さんなんかは苦労してそう
「さてと、そろそろ帰るかな。ムラサメも二人より早く帰ったんだから家にいなきゃなんか言われるだろ」
「うむ、それもそうだな。では行くとするか」
「ああ。おっと、聞き忘れてた。気になってたんだが憑代の方はどうだ?なにか変化は?」
「心配性だな、久遠は。今のところ変化はないから安心せい」
「わかった。けど何かあれば俺に報告してくれよ」
「うむ。その時には久遠の力頼りにしておる」
とりあえず憑代には何もないか
俺のネックレスからも特に変化はないから女神様も何も反応がないんだろう
このまま穢れが落ちてくれればいいんだけどな
今はそれだけを願うばかりだ