ドロリ、と赤黒い液体が零れた。それは頬を伝い重力に従い手の甲へ吸い込まれていく。目に映る景色は右半分が赤く染まり、ボヤけて見える。モニターは緊急事態を表す文字が踊り、脱出を推奨している。うるさいな、と僕は感じながら目の前に突き立てられた銃身をボンヤリと眺めていた。
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世界は荒廃していた。何がきっかけだったか、世界を巻き込んで勃発してしまった核戦争は平等に人々に死をばらまいていった。核による世界の汚染、それは戦争で戦った兵士も、飛ばされた都市に住んでいた非戦闘員も、ふんぞりがえっていたお偉いさん方も、分け隔てることなく死神の元に送った。もはや、国という枠組みは機能していなかった。替わりに力を持ったのは戦争で使われる兵器を生産していた企業だった。企業は独自に都市型のコロニーを建造しそこに人々を住まわせるという国の真似事をして大きくなっていった。そして、残された資源を求めて企業による戦争が始まった。
凄惨な歴史を味わった筈の人類は未だ争いをやめることは出来なかった。
「シュミュレーション、開始します」
薄暗いコクピットの中で、機械的な音声が流れる。同時に各部モニターやセンサーに光が点されていく。
映り出される情報を確認し、それらに異常が無いことを確認すると、僕はいくつかのスイッチをONにし操縦稈を握る。全天モニターが展開し薄暗かったコクピットには鈍く光る太陽と灰色の空が映し出された。
バーチャルでくらい、青空を見せてほしいものだ。と一人ごちると-
「仕方ないだろ、実戦に合わせなければシュミュレーションの意味がない」
と、オペレーターからの通信が入る。
「だとしても、こんな空ばかり見てたら気が滅入りますよ。スミカさんも嫌になりません?」
「そう言うな...言ってもせんなきことだ。始めるぞ」
「そうですけど...了解です」
そう返事すると、相変わらずの灰色の空にMAが3体出現した。
操縦幹を握り直し前方を見据える。
「目標確認。これより殲滅する」
ブースターレベルを調整し、フットペダルを押し込む。景色が加速し、散り散りになる。僕はこの瞬間が好きだった。まるで自分が世界を置き去りにしていくような、そんな高揚感が身を包む。
前面のMAに肉薄し先頭のMAをすれ違い様にブレードで引き裂く。そのまま反転し、敵の銃撃をいなしながらライフルで他の二機を撃ち抜いた。
「増援だ。方向は2時方向に5機。距離2000。中には狙撃タイプのMAもいる。射ぬかれるなよ」
「くっ...了解」
左腕部のブレードをビームシールドへ変形させ、コックピットをカバーしながらサイドブースターを派手に吹かして機体を揺らす。前のシュミレーションではヤツにコックピットを射ぬかれて失敗してしまった。同じ轍は踏まない。
狙いを絞らせないようにしながら再度敵MA群に接近する。鋭い青色の光線が機体を掠めるが、問題ない。シールドで致命的な射撃のみを防げば大破はしない。充分に接近してから右肩部にマウントされたチャフ兼スモークグレネードを発射。敵機の視界を奪ったところで上空から狙撃タイプのMAのメインカメラを撃ち抜く。これでやつは置物だ。残るMAをライフルとブレードで料理するとモニターに作戦終了の文字が映し出された。
「よくやった。前回の失敗をしっかり活かしていたな」
「またスミカさんにどやされたくはないですからね」
「減らず口を...まあいい。出てこい。昼食としよう」
「了解です」
バシュ、と空気が抜ける音と共にシュミレーターハッチが開く。その側に一人の女性が立っている。スミカ・シリエジオ。第四次世界対戦の英雄。僕の憧れの人でもあり、オペレーターでもある人。
「何をボケッとしている?」
フワリと笑うその顔は見とれずにはいられないほど美しい。
「急かさないでくださいよ。シュミレーター明けで疲れてるんですから」
「すまなかったよ。さあ、行くぞ」
「はーい」
照れ隠しに気だるそうな返事を返す。いつかあなたに...と秘めた想いは今は置いておこう。その前に食堂へ向かう彼女に追い付かなければ。