王書   作:につけ丸

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第一章 英雄ロスタム
001:故郷にさよならを


 ───家出しよう。

 

 中学二年、14歳の夏。木下祐一(きのしたゆういち)は決意した。

 黒髪の癖っ毛に濃い茶の瞳。14歳にしては高身長で、赤々とした意志の強そうな眼をのぞけば、どこにでも居る様な風貌の少年だった。

 

 季節は七月真っ只中。

 来る日も来る日も天気予報は快晴を示し、最高気温も目を覆いたくなるほど。

 そんな"酷暑"と言ってもいい季節の事。

 とある山の頂上で故郷を見下ろしながら、木下祐一(きのしたゆういち)は──もう、ここには戻って来ない。そんな誓いを立てていた。

 

 なぜ彼がそんな結論に到ったのか、それは彼が通う学校での出来事が発端だった。

 

 彼、木下祐一はとある中学校に在席していた。

 気風は「おおらかで自由」と言えば聞こえはいいが町では荒れた学校として有名だった。

 祐一はそこで可もなく不可もなく、普通の学生生活を送っていた。予測不可能な行動をとる幼馴染達に悩まされたりしながらも「ま、悪くないよな」と思える穏やかな日々を送っていた。

 

 けれどとある日、祐一の平穏を揺るがす事件が起きた。

 始まりはひとりの友達が危害を加えられた事から始まった。脚と手に包帯を巻いて松葉杖をついて登校して来たのだ。どうしたんだと聞いても友達は曖昧に笑うだけだった。

 ふざけんな!

 祐一は納得いかずいきり立ったまま情報通な幼馴染を問い詰めた。なにがあった、と。幼馴染はやはりその一件についても事情を把握していて、笑みを貼りつけながら祐一に説明した。

 この町は田舎だ。どれくらいに田舎かと言うと"中学生で携帯電話を持つ"だけで奇異の目で見られるくらいには田舎だった。クラスの不良達にはうっとしい物にみえて、内気だった友人が標的になるのはそう不思議でもなかった。

 

 ──ふざけやがって! 

 話を聞き終わった祐一は、掌の皮を破かんばかりに拳を握りしめていた。

 木下祐一と言う少年は身内贔屓な性格だった。友達や家族を執着すらおぼえる少年だった。

 故に一旦懐に入れると何より大事にして、良く気に掛けていた。それも、かなり"病ん"でるレベルで……。

 そんな彼だ。身内に手を出されて激昂するのも無理からぬ話だった。

 どうするのさ? とニヤニヤおもしろがる幼馴染みに無言のゲンコツをキメ、すぐにとある場所へ向け歩き去った。

 目的地は校舎裏。学校の不良達がいつもたむろっている場所だった。

 祐一はたむろっている不良達に、友達の事を聞いた。

 

 なぁ、俺の友達が手を出されたんだけど……なにか知ってるか? 

 

 返答は、肯定と嘲笑だった。同時に祐一の堪忍袋の緒も切れた。

 気付けば、不良達が積み重なった上にどっかと座り込んでいた。ただ、心に"後悔"の二文字は無かった。

 結局、警察沙汰となり祐一は事情聴取を受けたが頑なに口を開かず、普通なら少年院行きは免れない程だったが、初犯という事もあり事件は穏便な形でおさまった。

 

 問題はこのあと。学校に復帰したときだった。

 登校して来た祐一をあらゆる生徒、教師が恐怖の目で見て来たのだ。誰も目をあわせず遠巻きに見て、ヒソヒソと囁き合うだけ。自分を見ているようで見ていない目ばかりが突きささった。

 それらを無視してあのいじめられていた友達に声をかけた。──答えは拒絶だった。

 

 変化はそれだけでは収まらなかった。

 家族である父と母、弟ですら、祐一の凶行を聞くと、よそよそしい態度で理解できないものを見る目を向けて来たのだ。

 母は口うるさかったが、いつもこちらの事を思ってくれていた。

 父は母ほど口を開かず、放任的ではあったが見守ってくれていた。

 弟は喧嘩ばかりで、いつの間にか口も利かなくなったが気に掛けていた。

 普通の家族。祐一はそんな家族が嫌いではなかった。好きか? と聞かれれば躊躇無く否定してしまうだろうが、大切な家族だったのだ。

 だからこそ家族に怯えの混じった目で見られる事が耐えられなかった。

 

 唯一の救いは四人の幼馴染達だけだった。

 

 凶行を行った祐一にも以前と変わらず接してくれた。

 彼らは墜ちこむ祐一を茶化しては、慰め、笑ってくれた。そんな幼馴染達に祐一は一緒に笑いながら、そして深く感謝した。

 

 祐一の生まれは、代々農民の家系の平凡な家系である。

 小学生の時、淡い期待を胸に著名な先祖や、凄い家宝がないかワクワクしながら、自分の家や、祖父母の家を探したがそんな物なんて全く見つからず、がっかりした記憶があった。

 家族もなんとか中流階級に入っている、まあ平々凡々と言っていい一家だ。家柄や血筋に取り柄のない祐一が持っている物があるとすれば、所属していた部活が出禁になるほど運動神経が抜群に良いくらいだろうか。

 だいぶ人間離れした身体能力を誇る祐一を持て囃す者は居ても、濃い関係になる者はほんの一握りしかいなかった。その身体能力ゆえにそれなりに他人と関わってきた彼だが、友達の数は0ではないが少ない方だった。彼の幸運は"親友"と呼べるほどの友人四人と出会えたことか。

 

 誇れるものは身体だけ。あとは頭が良いわけでもなく、なにか特技があるわけでもない、祐一を母は心配だったのだろう。口酸っぱく「友人を大切にしなさい!」と幼少のころから教えられていた。

 そんな祐一だからこそ自分に付き合ってくれる家族や幼馴染、友人たちを何より大事にすると言う人格が形成されていった。

 

 だが、今回の事件が起きた。

 

 祐一の異常性を垣間見た者達は、幼馴染を除いて悉く拒絶した。

 対する祐一は友人に拒絶され、家族には怯えられる……そんな事に耐えきれるほどまだ精神が成熟していなかったし、強くもなかった。初めての経験からくる戸惑いもあった。

 彼の未熟な感性でも、他人からの忌避を敏感に感じ取っていた。

 

 数週間ほど時がすぎても奇異の目で見られる日々は続いた。家族が余所の人間から奇異の目で見られている事は知っていた。しかし祐一は何もしなかった。また拒絶されるのがどうしようもなく怖かったからだ。人の噂も七十五日……そう言い聞かせて耐え切ろうと、いや、目を必死に背けていた。

 

 そしてまた数日が過ぎ、今度は幼馴染達にまで排斥されるしれない。そんな予兆を感じた時だった。

 限界だ……それだけは認められなかった。

 

 ──家出しよう。祐一は決意した。

 決めたら行動は早かった。手早く荷物をまとめてリュックに入れ、父の腕時計を引っ掴んで押入れに隠されていたヘソクリをくすね、家探ししている際に見つけた父のエロ本を机に置いてササッと家を出た。

 服装は学校のブレザーのまま。なんとなく私服で旅立つ気になれなかった。

 家を出た所で「ワン!」と声が聴こえ、我が家の愛犬がこちらをつぶらな瞳で見ていた。

 

「ん、桔梗か」

 

 祐一が近づくとその愛犬、桔梗は力一杯に飛びかかって来た。この落ち着きのない犬は、幼い頃に「犬を飼いたい!」と強請って両親がどこからか貰ってきたメスの中型犬「桔梗」だ。

 全体的に黒いが、鼻と足先、尻尾の先端が白く、そこが一番の特徴でもある。そして小さな暴君だ。

 全身で飛びかかってなめ回してくる桔梗を受け止めて一撫ですると、

 

「ちょっと出掛けてくるよ。もう帰ってこないかもだけど、元気でいろよ?」

 

 語り掛けた。桔梗は、そんなことなどお構い無しに祐一の手をベロベロと舐めていて、祐一はため息一つ零すと「じゃあな」と言って歩き出した。少しずつ離れて行く祐一を見詰め、桔梗は寂しげに鳴いた。

 

 振り返る事は無かった。

 

 

 この町の一番好きな場所で、みんなに別れを告げよう。

 歩きながら小学校のとき遊び場であり秘密基地にもしていた場所を思い浮かべ、その場所へと足を向けた。

 

 そこは祐一のお気に入りの場所。家の近くにある小さな山だった。

 懐かしいなぁ、この山に入るのも一年ぶりだ。

 小学校の頃は毎日ここに集まっては、他愛ない話に興じては、この山を駆けずり回っていた。時には木の棒や、自作の弓矢を持ち、チャンバラ合戦で幼馴染み達と競い合ったものだ。

 その為かそこいらの同年代のやつよりか力があるし度胸もついた……気がする。

 

 まあ……そのおかげであんな事件も起きたんだけどな……。ボソッと、祐一は独りごちた。

 中学校に入ってからはこの山にからも足が遠のき、道なき道を踏み固めてなんとか道になっていた場所は、今では立派な獣道だ。

 若干の寂寥感を覚えながら足を止めずに歩き続けた。鼻歌を歌いブレザーとローファーを着ているとは思えない動きで軽快に山道を進む。

 まるで猿や猫のように……あるいはブレザーとローファーを身に着けた"ターザン"と形容しても良いかもしれない。

 

 山をすこし登るとそこには「小さな湖」と「糸杉の木」があった。

 湖は群青に澄み切っていて、反射する木漏れ日が眩しい。湖畔のそばにあるケヤキの木陰で景色を楽しんでいた。

 

 懐かしい光景。ここがお気に入りの場所だった。

 祐一は足を止め、懐かし気に目を細めたが、そう間を置かず歩き出した。湖からまた少し登った所に頂上がある。

 この山はそれほど標高が高いわけでは無いが、故郷を景色を一望する事ができた。頂上で座り込んで、町を眺める。

 

 小さな町だ。

 

 町の中心部は大型のデパートを軸として建物が乱立していて、車通りもそこそこといった風だ。しかし少し外れると田んぼや小山が目立ち、その間を縫う様に、ポツポツと民家が建っていた。

 典型的な田舎町。嫌な思い出が残る町。それでも祐一は、この街は嫌いではなかった。それもそうだ、祐一にとって嫌な思い出より、幸福な思い出の方が多く残っていたのだから。

 

 学校も友人も、怯える家族も、嫌いではなかったのだ。

 自分に付き合ってくれる友人を、自分を育ててくれた家族を、共に生きた人たちをなんで嫌いになれる。 

 幼馴染達なんて普段通りに接してくれた。

 あいつらには感謝してもしきれねぇな。頭をガリガリ掻きながら自嘲する祐一。

 物心付くと同時にもう遊んでいた"兄弟"みたいな存在。血は繋がらないが、家族だと、兄弟だと思っていた。

 あいつらと一緒なら、見るもの全てが輝いていた。

 

 これまでの人生はいいものだった。挫折と諦観に拘泥して悲観していた筈の祐一。だが今は、不思議と素直にそう思えた。

 恵まれた環境に居たのだ。

 それでも、今こうして家出しているのは、ただ俺が耐え切れなかっただけだ……。弱い自分。本当に拒絶したのは自分だったのは分かっていた。

 色々と言い訳していたが、結局そこに落ち着く。一番納得できる答えだった。

 

 ──だからもう、ここには戻って来ない。

 自分で拒絶したのだ。この先どの面下げて出戻るというのか? 

 

「じゃあな、みんな……」

 

 紡いだ言葉は山々へと溶けた。絶対帰らないと決意し、故郷の景色を目に焼き付け、独りで下山した。

 

「いってきます」

 

 

 ○◎●

 

 

 下山する途中の事だった。

 湖を通り過ぎる途中に、きらりと輝くものが目に入った。

 それは青々と生い茂る草木の中にあって、太陽の光を反射していてよく見えた。

 気になった祐一は足を止め、その正体を探ってみた。

 

 足下の光る物体。それは──黒く輝く石だった。

 ううん……? こりゃ黒曜石、か? この周辺にはかつて活火山があり、太古の昔には良く噴火していた地域だったらしい。

 今でこそ死火山となっているが溶岩の固まった石くれや黒曜石がたまに落ちている事もあった。手の上にあるゴツゴツとした石を見つつ、子供の時、弓矢の先に付けたり、木の棒につけては遊んでいた事を思い出す。

 そんな事もやってたっけなぁ……。

 古い記憶を思い越しつつ、少し懐かしい記憶に口元を緩める。幼少の記憶に思いを馳せ、次の瞬間には興味を失ったように手に取った黒曜石を捨て、歩き出した。

 

 

 ……その時だった。

 

 じわり……と、頭痛と吐き気が脳内を駆け巡ったのだ。

 

 

 偏頭痛か? 勘弁してくれよ……。そう零しながら、癖っ毛の頭を振ってブレザーを掻き抱いきながら、足早に下山していった。

 

 

 ───捨てた黒曜石は、消え去っていた。




※2000年代初頭をイメージして書いてます。
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