王書   作:につけ丸

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100:《王書》

 ロスタムは無明の闇を進んでいた。

 瞑目し、ただ静かに愛馬ラクシュの思うがままに進ませる。

 闇。恐怖。動揺。深淵。そして、死。

 それらを克服した《鋼》は道を間違えることはない。

 ただ一条の剣閃となり、敵を引き裂く刃のごとく。

 これもまたロスタムの本質。

 権能によるささやかな力。

 イランの王カーウースと白鬼(白いデーヴァ)との戦いで若き英雄ロスタムが挙げた七つの武勲──七道程(ハフトハーン)

 その第五の武勲にこうある。闇の世界に入り込んだロスタムが、ラクシュに手綱をまかせて脱出した、と。

 その逸話の再現だ。

 

 運び手は竜馬たるラクシュ。

 この竜馬も道を間違えない。

 人類の開闢以来、太陽が東から昇るのを誤ったことがないように。

 太陽の通り道たる──”天道”に間違いはない。

 

 馬は太陽をひく獣だ。

 太陽を運ぶ動物は多種多様だ。 牛、馬、鴉、スカラベ、猪、狼……だがやはり代表的なのは”馬”だろう。

 ウルスラグナの化身『白馬』が太陽を運び、そしてウルスラグナ自身が猪となり光明神を導いたのと同じだ。

 竜馬ラクシュもまた主ロスタムを惑いなく正道を導いた。

 

「おぅい、帰ったぞ兄弟」

「……ロスタム!」

 

 闇の中を抜け出しラクシュの鞍から降りた。

 そこで老軍神を心待ちにしていた黒衣の老人──布袋が迎えた。とは言うものの視線はロスタムの佩刀に釘付けだ。

 思わず苦笑するが、それも当然か。

 

 時は来て。機は熟し。

 幾星霜の時を超えてついに。

 救世主たる『王』の来臨が、成る。

 その奇跡を起こすための念願の”鍵”を手に入れたのだ。

 布袋とロスタムの喜びは()()()()だった。

 

 斬。

 ロスタムは己の武勲を誇示するかのごとく、その両刃の剣を大地に突き立てた。

『直立する剣』を前に布袋がくずおれるように膝をついた。

 布袋の老いさばらえて皺だらけの顔に涙が浮かぶ。

 

「おぉ……──魔王の鏖殺を祈念されし救世の刃! あまねく救いをもたらす無尽光よ! 古き『光明』の燦めきよ! 我が同胞よ! よく、よくやってくれた……!」

 

 かつてない友の頬に滲む二条に、さしものロスタムも苦笑を深くした。まあロスタムも歓喜に打ち震えてはいるのだが。

 しかし布袋の取り乱しようも直ぐに収まった。

 

「それで。その御剣……銘はなんと?」

「”ロンギヌス”とした」

「なるほど。救世をもたらす刃に相応しき良い真名だ」

「されど未だ復活には至らず、じゃ。……かぁーっ! やれやれ。気難しいお方じゃあ」

「ああ。だが」

 

 布袋の眼にはガラス玉さながらの透徹とした色があった。

 瞳には様々な感情が揺れ動き、乱れ映るもの。

 しかし布袋の瞳にはただ一色のみ。

 頑迷固陋なまでの使命完遂しかない。

 

「我らの計画は上手くいった。行ったのだ。ふふ……ははは。この救世の神剣ロンギヌスさえあればかの”聖なる大王”の降臨は成る! 何度も袖に振られてきたが……今度こそは!」

「昂っておるのぉ布袋──いや()()()よ」

「……その名を呼ばれるのも久しぶりだ」

 

 七福神が一柱”布袋”。

 またの名を──来訪神”ミルク”。

 

 ミルクは沖縄は八重山諸島で信仰を集める来訪神だ。

 この二柱は、琉球とペルシアという東西にかけ離れた神格でありながら"聖なる大王"による救済を求め、志を同じくした神々だった。

 そして来訪神とは年に一度、異界からやってきて豊作の恵みという”救済”をもたらす神だ。折口信夫風にいえばマレビトだろうか。

 異邦の旅人を歓待する風習は、古来より世界各地に点在する。そして旅人が富や豊作をもたらす逸話は、世を旅して困りごとを解決していく貴種流離譚の祖型だ。

 来訪神は当然、日本にも存在する。

 本州のはるか南方にある沖縄にも。

 いや、沖縄こそ東北とならぶ来訪神の盛んな地といえる。

 古くからある琉球の基層的な思想……東方の海中にあるとされる理想郷”ニライカナイ”

 そして救済()であった弥勒仏の化身──"布袋"が混ざり合って生まれた混淆神。

 それこそ来訪神ミルクであった。

 

 彼こそカンピオーネ木下祐一の旅路を呪いで染め上げ、裏で糸を引いていた黒幕。

 そして今も。

 ()()()()()()()()から大きく逸脱した時空を創り上げ、ペルシアの英雄ロスタムと同心し、世に救済と言う名の混迷をもたらしているまつろわぬ神。

 過去を振り返るようにミルクが皺の寄った指折り数えていく。

 

「太祖チンギス・ハーンを使嗾(しそう)した」

 

 神話と現世を分かつ『天人相関の大法』が破られ、顕現しはじめた神々の中で最も不味いのはチンギス・ハーンだった。

 世界最大版図を瞬く間に作り上げた大帝が、今度は永生の身となって現れれば世界など一月も持たない。

 ならば世の爪弾き者たる神殺しと世を席巻しかねない世界皇帝。

 彼らを争わせるほか有り得ない。両雄並び立たず、出逢えば喰ら合うのは目に見えていた。

 であればこそ、まつろわぬチンギス・ハーンにカンピオーネの存在を啓示したのだ。

 そして両者は相喰み、目論見は上手くいった。

 

「神祖ニニアンの元に潜り込んで木下祐一と《最強の鋼》ヤマトタケルの間に縁を生んだ」

 

『天人相関の大法』は異次元たるアストラル界までは及ばない。

 しかしアストラル界にいながらトーイン(襲撃)と称して、現世に牙を向かんとするニニアンは要注意人物だった。

 しかも『最源流』にして《最強の鋼》ヤマトタケルという番犬のいる場所で好きには動けない。

 まつろわぬ神は力を失えば名を失う。

 かつて十の化身に別れた軍神ウルスラグナのごとく。

 パーントゥ、ナマハゲなど。多くの来訪神は仮面をかぶる。

 その仮面をミルクもかぶった。布袋という名の仮面を。

 来訪神の神性をよびおこし、まつろわぬ神しての神性を削ぎ落とし、彼は布袋を名乗った。

 やがてチンギス・ハーンに勝利した木下祐一を王国に誘い、ヤマトタケルと引き合わせた。

 

「ホッホ。あの丈高きメタトロンに啓示したこともあったのぉ」

「そうだな。かの不朽不滅の神具『光明王の松明』と『短刀』を用いて招聘の儀式を執り行わせたのだった」

 

 メタトロン自身は”かの唯一神”を招聘するつもりだったようだ。

 しかしあの神を呼び出すには格や要素が足りなかった。

 それも当然だ。

 天使メタトロンの起源はロスタムやミルクが待ち望む『古き光明神』だ。聖書の神との所以などこれっぽっちもない。

 

「結局。招聘の儀式で呼び寄せられるまつろわぬ神は、縁のある神しか呼び寄せられない」

「勘違いしたあの天使はよぉく踊ってくれたのぉ。そのまま突っ走って顕現寸前まで辿り着いてくれた。そして最後に《最源流の鋼》たる我がロスタムの一撃をぶち込むことで”《鋼》の救済神の卵”は完成した」

「左様」

 

 異界送りされたメタトロンはそれを悟り、木下祐一のもとまで舞い戻ったようだが。

 

「そして今。来訪神たるこの身は来訪神たる性によって救済を世にしろしめす。光輝に満ちたる”聖なる大王”降臨の儀式は、成る」

 

 ミルクはこの世界にやってきたのは意味がある。

 なぜならミルクは”異邦人”でなければならなかった。来訪神は常世の国──つまり異世界から救いを携えて現れる救世主だ。

 それも外国から来ただとか、大陸の反対側から来ただとか。

 そんなスケールの小さい話ではいけない。

 世界を救うほどの救済をもたらすには、世界を渡らねば。

 だからこそミルクは世を渡った。

 この世界から救いを回収し、元の世に勧請を乞い願い、そして救いを齎さんがために。

 

「そうだ……すべては救済がために。此度の計画──『聖秘儀』で"かの聖なる大王"も観念していただけるだろう。明けぬ夜がないのと同じく、闇は祓われる。払暁は訪れる。世を乱す”神殺し”も世を徘徊する”まつろわぬ神”も鏖殺する《最強の鋼》のために!」

 

 ミルクが酔いしれる『聖秘儀』とは結局のところ、神を現世に招く『招聘の儀式』だ。

 かつてまつろわぬメタトロンがトルコで聖書の神を招来したのと同じ儀式。

 かつてカンピオーネ”サーシャ・デヤンスタール・ヴォバン”がオーストリアでジークフリートを招来したのと同じ儀式。

 しかし。

 布袋とロスタムの聖秘儀は単なる『招聘の儀式』でもない。

 

 まつろわぬ神の招来を願うこの儀式には欠かせない三つの要素がある。

 ──狂気的なまでに神を求める祭司

 ──招聘する神の血肉となる神話か触媒

 ──生け贄となるべき巫覡

 

「このミルクが求めるは"真なる救済神"の来臨だ。それも《最強の鋼》の称号を得た救済神よ。ならば巫女や魔女などという女人の介在する余地なし。すべては剛直なる《鋼》に染め上げねば」

 

『聖秘儀』は《最強の鋼》を招く儀式。

 なら顕れる神の血肉となる神話は《鋼》の物語。《鋼》の神々が紡ぐあたらなる世のあらたなる神話。

 魔女や巫女といった生贄は不要──戦士の流す流血のみが相応しい。

 

「神を呼び寄せる祭壇はこの日本列島。蓬莱は東方にあり──我が故地たる極東の島国こそ、救済神来臨の聖域に相応しい!」

 

 ──この世にありえべかざる神殺しがあらわれた。

 ──時の神サトゥルヌスが並行世界を観測した。

 ──因果破断の神性を軸にした闘争が行われた。

 ──物語の根幹たる戦女神アテナが墜ちた。

 ──ありえべかざる神殺しが生まれた。

 

「ヒューペルボレアにいる草薙護堂とこの世界にいる木下祐一との連絡が取れたという意味は重い。ヒューペルボレアの草薙護堂とこの世の草薙護堂との連続性を失ったということ──”平行世界の誕生”だ」

 

 つまり彼らの思いのままに操れるフィールドが生じたということ。

 ミルクとロスタムにとって都合のいい()()()()を綴れるまっさらな原稿こそ、この世界。

 その自由さは折り紙つきだ。

 以前までは別の神格がその座にあった”魔王殲滅の勇者”という立ち位置も変えられる。

 そしてミルクたちが待ち望む救済神も”魔王殲滅の勇者”となりうるにふさわしい古き神格を備えた軍神だった。

 だったらやるべきことは一つ。

 

「”魔王殲滅の勇者”への践祚の儀式だ。集う《鋼》の戦士たちもそれなりの格が求められる。とくに『王』と呼ばれるほどの勇者でなければ」

「然り。そして神を殺めたカンピオーネは戦士の中の戦士。《鋼》に匹敵する強力な戦士となろおのぉ。ゆえに彼奴らは生まれながらに強者の証──『王』の称号を持つ」

「神の王と神殺しの魔王。諸王の織りなす聖戦の果てに築かれた屍の上で『この世の最後に顕れる王』──《最後の王》降臨の儀式こそ、聖秘儀の全容よ」

 

 それが数多の『王』たちが殺し合う儀式の最終到達地点。

 物狂い熱に浮かされてロスタムが吠える。

 まだ見ぬきらめく闘争に、己の本質が猛っているのだ。

 

「『王』よ! 『王』よ! 『王』よ!」

 

「『王』たちよ! 夜の胎児たちよ!」

 

「──明くる朝日のため、その血で夜闇を彩るがいい!」

 

 直立した刃に、刃紋がゆらめく。

 いやこれは文字。

 日本列島という『王』たちの血文字が滲んでいく。

『王』たちの物語が印字されていく。

 

「……やはりここの『時の番人』は手強い。まだ足掻こうとしている」

 

 刃に綴られた血文字が消えていく。物語が修正される。

 修正液でかき消したノートの1ページのごとく。

 世にはひとりひとり、管理者が定められている。

 野放図に世が暴れ得ないよう正しい道筋を歩ませるための管理者。

 平行世界を生み出さないための番人──『時の番人』が。

 

「ならば」

 

 ──ありえべかざる世から若き魔王を呼び込もう。

 ──ありえべかざる時節に狼王を呼び込もう。

 ──ありえべかざる時節に黒王子を呼び込もう。

 ──ありえべかざる時節に《鋼》たちを争わせよう。

 ──《鋼》の祭壇にて神々と魔王を殺し合わせよう。

 

 これは神王と魔王ども、諸王の織りなす物語。

《最後の王》降臨のための流血と快汗が入り交じる《鋼》の神話。

 あるいは。

 ペルシャの叙事詩人フェルドウスィーがアラブ侵攻に対抗して書いた民族叙事詩がある。

 神話の時代に善神アフラ・マズダーに創造されたペルシャ最初の王──ガヨーマルト。

 聖王──ジャムシード。

 暴君──ザッハーク。

 大英雄──フェリドゥーン。

 そして悲劇の英雄──ロスタム。

 アラブ侵攻によって倒れたササン朝ペルシアに到るまでの幾人もの『王』たちの物語を紡いだ書物。神話と現世までを結ぶいにしえの聖なる書物。

 

 そして。

 

 神話界と人界の『王』達が覇を争い。

 諸王が歴史を創り紡ぐ物語だからこそ。

 

『聖秘儀』は”この名”を得る。

 

 ──《王書(シャー・ナーメ)》、と。

 

「『聖秘儀』がイラン最大の民族叙事詩《王書》の名を刻むならば、この物語において最強を冠するは《王書》の大英雄ロスタムにおいて他になし」

 

 故に。

 

「我らが戴く《最後の王》は必ず現れる」

 

 

 

 

 

 

 ○◎●

 

人情(こころ)知る老人よ、早く行って、土ふるいの小童の手を戒めてやれ。パルウェーズの目やケイコバードの頭を。なぜああ手あらにふるうのかえ」

 

 なんとなく記憶にあった一首が口に出た。

 

「ルバイヤートだよねそれ」

「え?」

 

 祐一の言葉を聞きとがめた恵那が言った。

 

「恵那も好きなんだ~。”この万象の海ほど不思議なものはない、誰ひとりそのみなもとをつきとめた人はない。あてずっぽうにめいめい勝手なことは言ったが、真相を明らかにすることは誰にも出来ない”! が一番好きかも。真理だもんね。まァ、お酒が飲めないからほんとの所はわかんないけど」

「酒?」

「あれっ? 祐一くん、ルバイヤート知ってて詠んだんじゃないんだ」

「あー、なんとなく頭に残ってたんだ」

 

 なんかパルウェーズの名前入ってたし。

 

「えっとね、ルバイヤートはね……ペルシャの学者さんでオマル・ハイヤームって人が綴った詩集なんだー。それも飲酒への賛美ばっかり」

「酔っ払いのホラ吹き? だったってこと?」

「あはは、そうかも。でもただのホラ吹きじゃないんだぁ。その人が生きてた十世紀ごろのイランはね、イスラム教化されてて禁酒国だったの。つまり隠れてお酒を飲んでたってことだもん。しかもイスラム教の皮肉みたいな詩もいっぱい書いてるし、ロックだよねェ」

 

 たしかにロックな人みたいだ。

 恵那に言わせれば「あの時代じゃ神への冒涜だよ」というくらい宗教の観念を蹴り飛ばして、世の無常観を嘆いた詩集を密かに書いていたんだとか。

 途中から理解を放棄した祐一は「すらすら一首歌えるなんて頭良いんだなぁ!」と年上の上級生をキラキラした目で恵那を見ていた。

 ウリ坊ラグナが祐一の肩に乗ってやれやれとため息をついた。

 

 さっきまで水遊びをしていた祐一と恵那は、服が乾くのも待たず山を下りていた。

 恵那の”おじいちゃま”という祖父らしき人物に山ごもりをやめていいか訊きにいくのだとか。

 少し下りた場所にある三峯神社のほうがずっと”電波状況”が良いらしい。

 山奥より電波は良いよな。祐一は頷いた。

 

「へへ、ありがとね祐一くん。ブレザー貸してくれて」

 

 濡れたベストと白シャツの上に祐一が貸したブレザーを羽織り小さくはにかんだ。

 貸すのはいいのだが、家出してからずっと着ていた制服だ。

 自分の分身みたいなもので他人に貸している姿を見るのはちょっと気まずい。

 

「あー……臭くない? この半年、ずっと着回してるんだ」

「大丈夫だよ〜、全然気にならないし! ほら!」

 

 ブレザーの袖口の匂いを嗅ぐように恵那が祐一の手を握ったままブレザーを引き寄せた。

 ぎゅっと握られた右手が魅惑の肢体へと吸い込まれていく。

 ぬっっっ!

 危ない。思わず声が出るところだった。

 祐一の右手は大変なことになっていた。

 手のひらは女の子の手のひらに包まれ、手の甲に服の上ながらむにゅむにゅと乳肉に沈みこむ。

 微かな人肌の熱が祐一に火を灯す勢いだった。

 中坊にとって二歳も年上の上級生なんてはるか大人に見える。

 大人の色香に惑わされるなぁ! 祐一のなかのピンク色の『獣』が暴れ、ラグナは鼻を鳴らした。

 

「このブレザーもう乾いてるし、いい服なんだね! 着心地もいいし! ……ぅ~んほんとに学生服だよね? ……相当な呪力を宿した呪具みたいだけど……

 

 自制心と最終戦争をしていた祐一に恵那の呟きは聞こえなかった。

 

「え、と。む、む、む ……じゃなくて、む、昔レプラコーンの職人に鍛え直してもらったんだ! トレーラーが突撃してきても平気だったんだぜ!」

「レプラ……トレーラー?」

「わー! 今のなし!」

「そ、そう?」

 

 右手を握ったまま大きな瞳をぱちくりしてる恵那に、曖昧な笑みを浮かべる。

 胸の感触に舞い上がって妙なことを口走ってしまった。

 情けない盟友の姿に「えぇかげんにせい」と肩のラグナが角でゲシゲシ引っぱたいてくる。

 

「……あ、ほら、あれが三峰神社だよっ」

「お、おー」

「三峯神社はねー、秩父でも有名な神社なんだー。最近はパワースポットって言うのが流行りなのかな。もうちょっと早い時間だと雲海なんかも見れたかも。祭神は日本神話の創造神イザナミ・イザナギで、創設二千年近い由緒正しいお社なんだよ」

「へぇ……ん? 神社の奥に銅像なんてあるんだ」

 

 観光にガイドさんがいると楽しさが増すなぁなどと一人旅が基本の男は思った。

 それはさておき。

 三峯神社の奥。そこに戦士の像があった。

 美豆良をし、右手を掲げた勇壮なる戦士の像だ。

 

「先輩。あの銅像って誰? イザナミとか?」

「わ、良く見つけられたね。でもイザナギノミコトじゃないんだー。祐一くんも知ってる有名な英雄だよ。小碓命(おうすのみこと)──ヤマトタケルだよっ」

「!」

 

 ヤマトタケル。その名はよく知っている。

輝く瞳(Mittron glaukopis)』で鋭く見やった。

 手を上げて世を見下ろす倭の勇者が見える。

 不意に。

 過去からサトゥルヌスの遺してくれた言葉が浮かび上がってきた。

 

『そなたの故郷にもトーイン(襲撃)は必ず訪れる』

 

 サトゥルヌスはそう言い遺した。

 やはりあの欧州を消し飛ばした破壊と恐怖の化身は現れるのだろうか。幽世と現世を超えて、はるか極東の日本へと。

 いや、かのサトゥルヌスの言葉だ。

 必ず真実へと変わるだろう。

 なら、祐一は来るべき大戦に備えて覚悟と備えをしなければならない。

 

「先輩はヤマトタケルについて知ってる? 俺、名前だけであんまり知らないんだ。あいつがどんな人生を送ったのか良かったら教えて欲しい」

 

 かの戦士の威容。執着。技の冴え。

 それらはよく知っているが、彼の神話や成り立ちはよく知らない。幽世で霊視まがいのことはやったが、もう大半の記憶は抜け落ちていた。

 

「ヤマトタケル? いいよ! 恵那は一応巫女さんだからそれなりに知ってるしね。まっかせて」

 

 恵那が背中をそらして胸を大きく叩いた。

 なぜか祐一は真摯な瞳を反らした。

 

「軍神ヤマトタケルはね『記紀』のどっちにも登場する古〜い神格なんだぁ。でも『記紀』では記述がちょこっと変わるんだよ」

「『記紀』?」

「あ、そこからなんだ……」

 

 古事記。日本書紀。

 と地面に木の棒で漢字を書いてくれた。

 

「古事”記”と日本書”紀”を併せて"記紀"っていうのが一般的なんだ。ほら、末尾が一緒でしょ?」

「おー、ホントだ」

「それでねヤマトタケル……小碓命は古事記じゃちょっとした言葉の行き違いで兄・大碓命を殺しちゃんだ。それも四肢を引きちぎっちゃうの」

「うへ、そうなのか」

 

 なんでも兄・大碓命が朝食に来ないため、父・景行天皇が小碓命に呼んでくるよう申し付けたのだとか。

 古語で願うを”ねぎ”といったらしいのだが、”ねぎ”取ると勘違いした小碓命が兄・大碓命を待ち伏せてバラバラに引きちぎったという。

 凄惨な惨状さえ目を瞑れば笑い話になっただろう。似たような類話はメラネシアのニューブリテン島にもあり、カルヴヴという少年が勘違いして母殺しをしたのだとか。

 小碓命とは細部が違うが話の組み立てはほぼ同じだ。

 で、それがヤマトタケルの苦難のはじまりとなった。

 

「それで兄殺しを咎めた父・景行天皇に熊襲健討伐を命令されちゃうんだ。ヤマトタケルは追われるように九州に行くの。お父さんから遠ざけられたんだね」

「追われるって……そっか。あいつ、疎まれて外に出たんだ……」

 

 かつてヤマトタケルは祐一と似ているといった。

 大碓命に暴行し、疎まれて、流浪の旅に出たヤマトタケル。

 学校の不良たちに乱暴し、疎まれて、流浪の旅に木下祐一。

 たしかに似ているかもしれない。

 

「それで九州に渡ったヤマトタケルは──”女装”して美少女の姿になって油断した熊襲健を討ったんだよ」

 

 前言撤回。

 全然似てねぇじゃねぇか。

 女装なんてした事ないわっ、祐一は心のなかで吠えた。

 

「あの野郎ォ……ちょっと共感したのに。目が節穴だったんじゃねぇか?」

「ど、どうしたの祐一くん?」

「なんでもないっす!」

 

 おのれ、ヤマトタケルめ。おのれ、因果律。

 先輩の前で恥をかかせやがって。

 理不尽な怒りが全然関係ないところに飛び火した。

 

「話し続けるねっ! 貴種流離譚って言ってね、ギリシャのヘラクレス。メソポタミアのギルガメッシュ。インドのカルナ。高貴な出身の英雄が漂泊の旅に出て次々と武功を樹てる物語の類型があるんだけど、ヤマトタケルも同じように日本各地で討伐を成功させていくんだ」

 

 征服神ヤマトタケル。

 まだ大和朝廷にまつろわぬ民が多くいた時代に東奔西走し、各地を平定して回った彼の本質だ。

 それも叔母・倭姫命や弟橘媛など。高貴な女性たちの力を借りて、武をふるう姿は《鋼》の体現だった。

 

「……"やつめさす 出雲建が 佩ける大刀

 つづらさは巻き さ身無しにあはれ"だったっけ」

「わ、諳んじれるんだ。それもヤマトタケルの討伐神話の一つなんだー」

「うん。ちょっと前に聞いたんだ」

 

 本人から。

 あれが契機になって智慧の剣を失った。『戦士』の化身は祐一から離れていった。

 忘れられるはずがない。

 

「それから父に疎まれていたヤマトタケルは、息をつく暇もなく東国遠征を命じられちゃうの。「父は自分に死ねと思っておられるのか」……そう叔母のもとで嘆いたヤマトノタケルに叔母・倭姫命は伊勢神宮にあった剣をヤマトタケルに渡したんだ。この剣がかの有名な草薙剣なんだよ」

「草薙……天叢雲剣?」

「うん。別名だね。天叢雲剣はスサノオからアマテラスに捧げられた朝廷の稜威そのものでね、だからその御剣をもって天上から地上へ朝廷の武威……つまり太陽神アマテラスの神力を示した。だからヤマトタケルは太陽神とも考えられたんだよ」

「ああ、それで」

 

 太陽光線バンバン打ってきたんだ。

 色々話を聞いていると「あー……」と納得感するものがある。

 まあズタボロにされたわけだが。

 

「ヤマトノタケル東国遠征の逸話は東海地方に多く残ってるんだよ。伊勢から始まって尾張、駿河、相模、甲斐、美濃をぐるっと流浪したあと尾張に入ってかねてより婚姻を約束していた宮簀媛と結婚するんだー」

「ふぅん」

「それからすぐに不破の関近くにある伊吹山の神討伐に向かってそこで白い猪と出会うの。ヤマトタケルはこの白い猪を神の使いとして見逃しちゃうけど、本物の神様でメッタメタにやられちゃうんだ」

「白い猪……か」

 

 肩口の盟友をぐしぐし撫でてやる。

 ラグナ、お前が突破口になるかもしれねぇな。

 ヤマトタケルを切り裂くために拵えた『智慧の剣』も猪の姿を取った。

 あれはこうして思えばヤマトタケルに最も”効く”刃を形成したに違いない。

 

「百戦錬磨の英雄でも病には勝てなくてヤマトタケルは亀山の能褒野で病に倒れて、力尽きちゃうんだー」

「亀山の? へー、俺の地元のすぐそこなんだ」

 

 祐一の故郷は鈴鹿山脈の山間にある田舎町だ。

 神話と関わりのない場所だと思っていたから、ご近所さんだったとは。

 祐一も予想外だった。

 

「あ、そういえばそうだったね」

「あれ、先輩も知ってるんだ?」

「当たり前だよぉ……前に何回か遊んだじゃん!」

「あはは……。……え、マジ?」

 

 また存在しない記憶に振り回されつつ、ヤマトタケルの話は終わりを告げた。

 

「それで望郷の詠を歌ってそれで亡くなったんだよ。死後、魂が白鳥に化身して空に昇っておしまい。だいたいこんな感じかな」

「ありがとう先輩。なんか色々分かった気がするよ」

「えへ。だったら良かった。でも、んー……祐一くんってヤマトタケルが好きだったの?」

「好き……。好き、だったかな。よくわかんねぇや」

 

 友だったのか。

 兄だったのか。

 それともただ只管、殺し合うだけの間柄だったのか。

 祐一には分からない。

 ただわかる事がある。

 

 烈火の瞳をすがめる。

 

 ──奴はいつかは向き合わなければならない大敵。







キリのいい所でタイトル回収っぽいものができて俺も嬉しいぜ!

木下祐一の故郷ですが書き始めた当初は

時代は2000年代初頭
(を考えてたけど時代考証めんどくさくなって途中で投げた)
場所は三重の亀山と鈴鹿あたり
(をわいがツーリング中にコケて廃車キメた山の中)

をイメージしていたので実際の地名とは切り離して考えていただくとありがたいです
(必死の言い訳)
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