──労働とは死ぬことと見つけたりいいいいいッッッ!!!!!!!!!!!
【二十一世紀、木下祐一・父『繁忙期』より抜粋】
「──はっ!? な、なんだ……この記憶は……! これは、記憶? 俺が人だった頃の……!?」
「な、何やってるの祐一くん……」
「あ……なんでもないです」
や〜、失敬失敬……っと頭をかく。
叢雲がいたら「まあ今のお前は人ではなく神殺しだが……」とかなんとかサラッと流してくれるのだが、今は残念なことに不在だ。寂しい。ラグナもいない。電車に乗せられないからだ。悲しい。
というか先輩に男子学生のノリを見られてしまった。恥ずかしい。
「しかし……あの時の父さんの叫びは、まさに魂の叫びだった。魂を震撼させる迫力があった。まあ言葉の内容はよくわからなかったが……働いたことねぇから、ヨ……」
父さんは叫んだ。
帰りついた途端、突如として。
神殺しになって聖句を唱えるようになって、数多の言霊を称揚し、口訣を結び、呪歌を吟じ、敵の憎悪を聞き届けてきた俺には分かる。
「父さん? ん〜……そういえば、祐一くんのお父上って九州の人だったっけ」
「そうそう。葉っぱが隠れるところ」
「葉隠ね。葉隠はねー、木の葉の陰に隠れるって意味もあるけど、葉っぱじゃなくて言葉を隠すって説もあるんだよ」
「へ〜……言葉ねえ」
まあ父さんは寡黙な人だったけど。あと即、叫び終わった瞬間に母ちゃんに頭をぶっ叩かれていた。
言葉より物理のが強いのである。
「分かりやすく動揺してるねェ」
年季の入った座席に座りながらさっきまで眠っていた先輩は犬みたいな仕草でググッと背伸びして、ふわぁ〜っとあくびした。
「ど、どどど、動揺ちゃうわっ! ……これはあれッスよ。普段人里になんか降りてこないから、電車なんて言う文明の利器に触れて興奮してて……」
「"人里に降りる"って言葉、恵那以外に言う人いたんだ……そのうち天狗に間違えられちゃうよ。キミの身体能力だと特に」
とりあえず、先輩は隣の座席をポンポンと叩いた。
「座ったら?」
「ええ……結局、座らないんだ」
「いやあ」
「電車で手すりも吊り革も握らずに、腕を組んで、外の景色凝視してたら怖いよ。しかも身体が全然揺れないし。さっきから微動だにしてないよね。電車はかなり揺れてるいるのに杭でも刺したみたいだよ?」
「そ、そうっすかね?」
「うん。祐一くんがそんなだから周りに人が全然寄ってこないじゃん。近づいて来てもそそくさ逃げてたよ」
呆れたように笑う先輩にすすめられて、座ろうかと心が揺らいだところで。
「あ」
──すれ違う生徒を目で追った。
車窓から見切れた生徒を、赤い目で……神から簒奪した霊眼で追い続けた。
深い理由はない。でも俺と同じ制服を来ていたから思わず目で追いかけた。……ああ。いや、違うな。
制服はたしかに同じだ。同じ、学校のもの。
でも俺のはブレザーで、冬服だ。
今は七月だから夏服の期間。白いTシャツ──さっきのやつが着てたのがそれだ。
「なに見てるの?」
「制服、一緒だなって」
「あは。ユーイチくんの母校が近くにあるんでしょ? だったら居てもおかしくないんじゃない?」
母校。
先輩に言われ、改めて気付かされる。
そうだ。俺は……ここに来た。
山々で囲まれた水平線なんて全然見えない盆地。駅前だけ無駄に綺麗に整えられた道。寂れたシャッターばかりの商店街。インフラと化したショッピングモール。最悪なのはショッピングモールができるまで一番立派で背の高い建物がラブホ。
……なんてバカみたいに寂れた町。
でも俺の生まれた場所。俺が焦がれ尽くした世界。
俺は──故郷にいた。
違う世界、ではあるが。
そんな事はどうでもいい。
わちゃわちゃした思考を蹴っ飛ばしていると、電車が止まる。ドアが開いた瞬間、俺は飛び出していた。
足元に踏みしめるのは故郷の土。俺が生まれ落ちた場所の地面。
父と同じく俺は叫んだ。
帰りついた途端、突如として。
「──俺はっ、帰ってきたぞォ!!!」
本当の故郷ではないのは分かっていた。
でも一目見てみたくて先輩にお願いしたおして、秩父からこの山奥まで訪れていた。
帰りたくなった経緯はべつに複雑でも特別でもない。ただ帰りたくなっただけだ。
もう帰らないと一度決意したのに、結局俺は故郷へと足を向けていた。女々しいやつだ。友だちは──パルヴェーズはそう笑ってくれるだろうか。
家出の果てに殺めてしまった友は、偉そうな口調でなにやら故事を引っ張りだしてダルい説教を垂れてきそうだ。
一時間に電車一本の寂れた駅の構内を走った。線路だって上りと下りしかないような田舎駅の改札を抜けてる。
久しぶりに見た故郷はいつも通り活気がなくて、空気だけが綺麗だった。静かだ。この町が輩出した不世出の戦士の凱旋とは思えないほど静かだ。
若者が外に出ればもう帰ってこないような、そんな町。都会を知れば誰もがこう言う、しみったれた町だと。
でも、足の躍動は止まらない。心臓が早鐘を打って軋みを上げる。
痛みを生じながらそれどころか更なる加速を迫る。大脳皮質と骨髄が、左脳が、右脳が、脊髄が。橈骨動脈に流れる血小板のひとつにいたるまでビックバンにも及ぶ歓喜がそうさせた。
「ユーイチくんはさ! なんで、そんなに故郷にこだわるの!」
俺の全力疾走に付いてくる先輩が、大声で訊いてきた。
「わかんねえ! ……でも、それが
神話の中から抜け出してきた連中──まつろわぬ神を見るたびに思う。物語という故郷から家出してきてそれこそ死ぬまで帰れない彼らを、祐一は憐れに思う。
家に帰れないのは辛い。
心をすり潰すような帰巣本能を満たせないのは辛い。
死は人の完成だ。
生まれた土地で育って、生まれた土地で生きて、生まれた土地で死ぬ。そして遺灰をあるべき場所へ還す。
後で気づいたが、誕生と終焉を繋ぎ、ひとつの円環とすることに、俺は自覚なく美を感じていた。終わるべき人としての美学。
ゆえにあれらを思う度に憐憫と郷愁は増した。
まあ、死ななかったのが奇跡みたいな旅路だったから、その反動かもしれない。
とはいえここまで辿り着いて見せた。
「どこ行くのーっ!? そっちは山ばっかりだよっ! "家"には帰らないのー!」
「ああ! 家より──行きたい場所があるんだ! 帰ったらいの一番に行くって決めてたトコロ!」
ここは違う世界だ。家と言っても本当の俺の家じゃない。どうせ行っても眺めるしかできない。
だったら俺が行くのはあの──お気に入りの湖がある場所。
秘密基地とでっかい杉と、山中にある丸くて、深い、湖! かつてイランに迷い込んだ時に見たヴァン湖の美しさにも勝る、俺の魂の故郷。
あの湖さえ見れれば、家に帰れなくたって構わなかった。
「──でも、その先って! ……はぁ、はぁっ……すっごい体力……っ! 追いつけない!」
後ろに先輩を取り残してでも祐一は駆けた。
山があった。
学校よりも通い慣れた俺の本当の故郷。道路なんて上等なものはない。申し訳程度にコンクリートで固められた灰色の道があるだけだ。
でも、正面の道から入ったことは一度もなかった。俺と幼なじみたちで踏み固めた獣道……。
だけど。
「ない……」
違う世界だからか?
元の世界で、五人で踏み固めた絆の足跡が──ない。
こっちの俺たちは別の山を秘密基地に選んだんだろうか。俺たちがツルまないことも、山に入らないなんてことも、有り得ない。
少し眉をひそめて不思議に思いつつ、木の枝を拾ってぼうぼうに生えた草木や、あと岩もついでに叩き切っていく。
「ん……? いつもの道じゃないけど、道がある……?」
山中を分け入って湖までもう少し……という所で──"道"にかち合った。
獣道とかではなく、普通の整備された道。人の手が入り、そこそこ使われている形跡のある、道。
こんなもの記憶にない。
「あー、誰かが土地を使ったのか? だからあいつらは秘密基地を作れなかった……って感じか?」
妙だった。
ここまで湖に近づけば、嗅ぎなれた水の匂いがするはずだ。いつもその匂いを辿りながら目隠しのような草を搔き分けていた。
今鼻を突くのは喉を刺すような焦げついた異臭と、ぶんぶんと飛び回るハエの羽音だけ。
刺草だらけの山中を蹴り飛ばして、ついに──視界が開けた。
記憶にはあるのは網膜に焼き付いた、緑の杉と青の湖。でも、開けた視界には灰色しか無かった。
背の高い杉なんてない。
そしてお気に入りの湖も、なかった。
在るのは──石だけだ。
「……はぁぁぁぁあ…………」
瞬間、特大のため息が出てガックリとその場に座り込んだ。
「ああ〜、そういうことか。ってか、やっぱりなぁ。先輩も……っていうか日本に来てからの違和感みたいなものって、
あーあ、頭をガリガリ音がするほど掻きむしる。
驚きや困惑なんかはなかった。不思議なほど深い納得感がある。
そうだ。
俺はそういう生き方をしてきた。
なら、そういう事だろう。
石には文字が掘ってあった。
克明に、ただ事実をそのまま記した殺風景な文字が。
墓石に刻まれたのは名前だった。
俺の名前だ。
短くてすみません。
てか今年まだ更新してなかったのか……。
前話のあとに一度まつろわぬ神とのバトルを挟むつもりだったんですが、死ぬほど書けずに半年くらいくねくねしてたのでバッサリカットしました。
時系列が飛んでいるのはそのためです。
ガバガバですまんなガハハ!殺してくれ
地元の遊んでた山を久しぶりに訪ねたんですが、ソーラーパネル設置されて立ち入り禁止になっててリュートをひくなどしてました。ショッギョムッジョ