王書   作:につけ丸

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105:八塩折酒(やしおりざけ)

 

 速須佐之男命(ハヤサノオノミコト)

 

 今更語るまでもない日本神話のなかでも有数のビックネーム。手織女に乱暴をふるい、姉にして主神アマテラスを天岩戸に追いやった複雑に混淆した神性を備える荒神にして英雄神。

 

 彼の到来によって、陽の光は翳った。

 雲によってではない。黄昏を覚えたからでもない。初虧(しょき)──いわゆる皆既日食によって不滅の太陽が闇に沈んでいく。

 

 日食とともに暴風雨も世を見舞った。

 山すら削るほど激しい雨。人はこの怪奇現象に何かしらの名前をつけるだろう。

 

 線状降水帯? 台風? 

 刺激された梅雨前線? 

 

 めいめいに当てずっぽうに言い当てようとして、そこに正解などひとつもない。

 全てそんなものは人の道理。人が勝手に拵え、納得を得るための知恵でしかない。

 

 今、目に飛び込んで来るのは予兆も、予告も、応報も、正統さもないシンプルに理不尽な原初の脅威。決して解しえぬ太古よりある無慈悲で不条理な災害。

 

 

『___▁G▃▅▆ォaAAOOO▆▆Ooォオオッ!!!!』

 

 

 土砂降りの豪雨の奥深くから、この世のものとは思えぬ咆哮。神域の英雄にしか打倒できぬ、蓋世不抜の怪物の死への呼び声。

 

 闇のなかで蓋世不抜の大蛇が蘇った。

 

 日本最古の文献に記された……太古の蛇が顕現する。

 

 

 

 

 ヤマタノオロチが出現したすぐ麓の校舎からでも、その威容ははっきりと見通せた。

 カランカラン、と音を鳴らしてペンが転がる。教室の誰もが忘我にあった。いの一番に避難を指示せねばならない教師ですら、体が恐怖によって硬直している。

 

 学校がにわかに騒がしくなる。授業の真っ最中に降り出した雨は、またたく間に勢いを増し、屋外への避難こそ危険なありさまだった。

 

 そして。

 突如として田舎町に驟雨と颶風が吹き荒れ、トドメに奇っ怪なる──咆哮一閃。

 視界不良すら起こす雨粒を弾いていた窓ガラスが、大音声の衝撃ですべて張り裂けた。

 散弾となったガラス片が棒立ち状態の人間たちへと牙を剥く。

 

「キャアアアア!!」「誰か、血が!」

 

 茫然自失から、強制的に自我を取り戻した痛みによって。恐怖によって! 

 それは町のそこら中で起きている惨事。

 町に──"強風"が、吹き荒れる。町に──"八の鳥獣"の鳴き声が響きわたる。

 

 祐一が恋焦がれた土地が壊され、穢されていく。

 他でもない。

 

 木下祐一(ヤマタノオロチ)によって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『スサノオオォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオォォォオオオオオオオオオオオオオオオォォォオオオオオオオオオオオオオオオォォォオオオオオオオオオオオオオオオォォォオオオオオオオオオオオオオオオォォォオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!!!』

 

 

 何度目かの赫怒が喉奥から、咆哮を呼び出す。

 

 

「ゲハハハハハハ!!!」

 

 

 荒ぶる神が笑う。

 口唇を割って歯を大いに見せ、腹から笑う。

 

 天を突く巨大な暴龍のまわりを、小さな影が跳ね回っていた。あれなるは神。まつろわぬ神。

 まつろわぬ神は、ただそこにいるだけで影響を及ぼす。

 災害の神は、災害を引き起こす。天罰の神は、天罰を下す。

 英雄神には、英雄譚に相応しき敵を。

 

 スサノオには──ヤマタノオロチを。

 

 木下祐一(ヤマタノオロチ)とスサノオとの間に、牛にたかる小蝿ほどに体格差はあっても、スサノオは意に介さない。

 五月蠅(さばえ)なす悪神の統率者スサノオは、すでに何十もの剣撃をヤマタノオロチとなったカンピオーネに見舞っていた。

 剣閃とともに生まれた三方に走る裂傷。

 裂傷。裂傷。裂傷! 隠居していたはずのスサノオは本地を取り戻していた。剣──十束剣を揮い、大蛇の硬質な鱗を傷つけていく。

 

 怪物を倒すたびに力が溢れる。

 物語をなぞるたびに力を取り戻していく。

 傷口から血液が噴出し豪雨にかき乱され、血霧が発生する。鼻腔に血が香り、血に酔った《鋼》の本地が満たされていく。

 

 

『──そこかァっ!』

 

 

 祐一が叫んだ。

 やられてばかりではのカンピオーネは名乗れない。瞳孔が縦に割れた赤酸漿(あかかがち)の目を躍動させて、縦横無尽に風となっている翁神を捕捉する。

 八対十六個の眼光が、一斉にスサノオを凝視。防戦から一気に反抗し、怒涛の波状攻撃がはじまる。

 

 ヤマタノオロチ──今の祐一は、万全どころかカンピオーネ転生以来の充足状態にある。

 

 蛇の肉体は、素の能力値でさえ人間状態だった通常時をはるかに超越している。化身はそのすべてが同時行使が可能となり、少年の揮う絶対のタクトによって比類なき攻撃がほとばしる。

 

──『雄牛』の膂力と『猪』の突破力によって攻撃力が異常に高く。

 

──『鳳』の素早さによって移動スピードは常時音速を超える。

 

──蛇と化したことで生命力が並外れて伸び、『駱駝』による耐久性でタフネスはもはや理不尽なレベルに達していた。

 

 しかし。その代わりに。

 

──『強風』を常時周囲に侍らせ『山羊』の呪術センスも加わりガードはずば抜けて高く。

 

──メタトロンの浄眼と十六の目、そして祐一の元からの直感で反応速度は電光石火に到達していた

 

 

 かけねなしに史上最強。

 

 

 だが──今はそのすべてが宝の持ち腐れ。

 

 

 

「げはっ! 〜〜〜痛ッテぇな、そんな身なりになってまで活きのいいガキだぜ。が──オイオイ、いいのかよ? バケモノのテメエは、人に災いを運んしまうんだぜ?」

 

『──っ』

 

 祐一は咄嗟に口を噤んだ。

 嘲弄するスサノオに、祐一はなんの反論もできない。言葉を語れば咆哮となり、強烈な振動となった叫びは祐一の故郷を害す。

 

 視界に血まみれとなった人々が見える。粉々になり、土砂で流される家々が見える。

 そのたびに喉と肺腑、神経と意志が灼熱で焼き焦がされる。途方もない赫怒と、自刎したくなるほどの自責で。

 

 声ひとつ。足踏みひとつ。首振りひとつ。

 

 その一挙手一投足が破壊を生む。彼を育み、彼が愛し、そして焦がれた……人と土地を崩壊の憂き目に叩き込む。

 

 

「ガッハッハ! いいザマじゃねえかクソガキ! オレ好みだぜ? 流石はオレが見込んだ通りの──」

 

 

 ふたたび老神の哄笑が轟く。

 

 

()()()()だ」

 

 

 

(────ッッッッッ!!!)

 

 

 八頭龍となった祐一は臍をかんだ。

 このまま激情に身を任せれば、あの故郷に酷似した町は歴史上からたちまち消し飛ぶ。

 故郷を踏みつぶすバケモノとなった祐一は、堪えた目蓋と、唇と、鱗の隙間から、血を激墳させながら硬直した。

 猪突猛進でもって至上の武威を振るうカンピオーネはたちまち嬲られるだけのサンドバックと化したのだ。

 

 

 

 

「──これはオレの手掛けた物語。ヤマタノオロチをこの現世(うつしよ)に呼び出し、威風堂々たる古強者たる英雄神スサノオを()()()()物語よ。……テメエはその術中にハマっちまった。もう抜け出せねえくらい完璧にな」

 

 衰えたまつろわぬ神への一番の特効薬は、神話をなぞることだ。神性を刺激し、己の尊厳を取り戻す。その一連の行為が、強靱な血肉となり莫大な呪力を生む。

 

「テメェは秩父の山奥で、恵那の酒を喜んで飲んでたろ? ありゃあ"八塩折酒(やしおりざけ)"っつう口噛み酒よ。オレが大昔にヤマタノオロチへ飲ませて酔っ払せた酒と同じ代物なのさ」

 

(酒?)

 

 そういえば奥秩父で目覚めたらその日、お下がりしたものの中に御神酒の入った徳利があった。

 あれが、スサノオの言う"八塩折酒(やしおりざけ)"だった。

 

「神殺しは外からの呪いには滅法強えが、口や鼻から取り込んじまったら脆いもんだろう?」

 

(そうか──経口摂取ってやつか!)

 

 心臓を銀の杭で打ち抜かれても、足首に矢を受けても、なんだかんだ生き残りそうなカンピオーネの数少ない弱点。体内に直接術を流し込まれれば、簡単に通用する。

 

 かつてサトゥルヌスが言っていた、運命神によって怪物テュポーンの食べる果実は、必ず毒の果実となる。そう結果を定めるインチキそのものの権能がある。

 

 それとは逆。

 "八塩折酒(やしおりざけ)"を呑んだものをヤマタノオロチにする権能。

 そして祐一はヤマタノオロチと同じ特徴を幾つか揃えていた。赤酸漿の赤い瞳。八頭を作りだすに能う化身たち。乙女・クシナダヒメ(清秋院恵那)を侍らせ。

 そして何よりどってぱらに埋まった──天叢雲剣。

 

「テメエをヤマタノオロチだと、世の理に《嘘》をつき、騙くらかす十分な材料は最初から揃ってたのさ。あとは酒を一杯呑ませりゃ終いよ」

 

 あの一杯。

 何気なしに飲んだ酒の一杯は、カンピオーネすら壊死させる毒杯だった。

 

(だが、時間稼ぎにしかならねえ! 浄眼と過剰な呪力を流し込めば……、──ッ!? う、クソッタレ! この酩酊感……あ、頭が回らねえ!)

 

 烟る血と、匂い立つ酒精。

 スサノオの威勢の高まりとともに祐一の意識がどんどんと毟り取られていく。スサノオに都合のいい、《鋼》の英雄に打倒されるべき怪物へと貶められていくのを感じる。

 

 

『なァ、……ぜ、だ……』

 

 

 白に染まっていく意識をすんでのところで堪え、祐一は問いを投げた。

 

 祐一から見ればスサノオにこうも付け狙われる理由がない。ヤマトタケルやサトゥルヌスほど縁を結んだわけでもないのに策謀を巡らせてきた翁神が不可解だった。

 

 そう。

 スサノオの行動は不可解だ。

 

 ──"本来の歴史"であれば、日本神話最大の英雄神たるスサノオが現世(うつしよ)に出張ってくることは一度とてなかった。

 幽世という暗幕の裏から高みの見物をしゃれこみ、多少繰り糸を操るフィクサーとして振る舞うだけ。

 

「なぜかだと!? 決まってんだろ! ──請われたからよ!」

 

(請われた……?)

 

 この荒ぶるスサノオに救いを求める者などいるのか? 

 

「居るさ。腐るほどな」

 

 スサノオが鼻を鳴らした。

 

「クソガキ。テメエが今、巻き込まれているゴタゴタの凄惨さを分かっちゃいねえな? まあ人から外れたテメエにゃあ理解し難いことかもな。……幾柱の神々、幾人もの神殺し、諸王がひたすら殺しあい終末を呼び起こす。この酸鼻極まるバカげた儀式は人間にとっちゃ恐慌に陥れるにゃ十分なんだよ」

 

 数千年、幽世越しに日本列島を守護してきたスサノオの声望は厚い。数ヶ月前に誕生したぽっと出のカンピオーネ草薙護堂など及びもつかない信頼がある。

 だから日本の呪術師たちはひたすら祈念し、希った。

 

 どうか我らを哀れみたまえと。

 

「隠棲してた()()()()を引っ張りだす情けねえ人間どもも気に入らねえが、オレの縄張りで暴れるテメエら神殺しもまつろわぬ神々も気に入らねえ!」

 

 苛立たしげに口角泡を飛ばした。

 

「諸王たちの大戦が行きつく先は、もう決まってんだよ。この蠱毒の、"最後"に生き残った"王"は、必然的に──『最後の王』となる!」

 

 『最後の王』!

 その名を聞いた途端、カンピオーネとしても根源から怖気が走った。

 かつてヤマトタケルが行使した不可解な力の上昇。そして世界を両断した比類なき神剣。"盟約の大法"と"救世の神刀"……カンピオーネが警戒と危機を覚える単語が、祐一の頭蓋を乱れ飛ぶ。

 

「この儀式が始まった時点で詰んでるのよ。オマエらカンピオーネはなァ!」

 

 あれらが再び、祐一の前に現れるという。

 額に触れ、王冠じみた聖痕をなぞる。

 この王冠を頭部ごと砕き、そして最後に残った者が『最後の王』となる。そういう馬鹿げた儀式なのだ。

 

「仕掛けた連中は、戦士が血と鉄でもって彩る祭りを──《王書》と呼ぶ!」

 

 

(おう、しょ?)

 

 

 何故か。

 その単語を聞いた瞬間全身の鱗が逆立ち、脳髄の淵源から、前頭葉の先まで裏返るほどの感情が撃発した。

 

「まあもうテメエには関係ねえ。冥土の土産を渡すのはここまでにしておくぜ。ま、どうせ短い命だ。オレが有効活用してやる。感謝するこった」

 

 翁神はふたたび剣を掲げた。

 スサノオは古事記のなかで三度の殺害を果たした。

 一度目はアマテラス。太陽神を岩陰の奥に押しやり、死の淵へと追いやった。

 二度目はオオゲツヒメ。死体になった神から食物をもたらす典型的なハイヌウェレ型神話。

 三度目はヤマタノオロチ。殺害した大蛇の尾から名剣を取り出し、武器へと変えた。

 

 主神も、豊穣の女神も、蛇も、彼によって殺害され綺羅星さながらの勲に変えられてきた。

 

 そして今日、木下祐一も勲功のひとつになる。

 

 ヤマタノオロチに勝利する英雄──蛇を下す《鋼》の性がみるみる強まっていく。祐一も強化形態だが、それ以上にスサノオも強化されていく。

 

 この暴威でもって日本に蔓延る魑魅魍魎を叩き潰す。これこそスサノオの真なる目的。

 幽世に隠遁していた鈍ってくすんだ鉄を鋳潰しなおし、強大な《鋼》として再誕するために。

 

「蛇退治の英雄神スサノオがテメエをくびり殺し、そして大八洲のすみずみから神も神殺しも鏖殺する。羽虫が飛んでりゃ、火で燻すもんだろうが。──へ!なんにせよテメエは終いだ。そこで乾いていきな。死に様はちゃあんと見といてやるぜ? 酒の肴にしてな」

 

ニタリと唇をゆがめた。

 

「ああ。テメエが気に入ってた、恵那を摘んじまうのもおもしれぇかもな」

 

『ッ!』

 

 その一言で、沸点を超えた。

 

 

 

『__▃Gii▃▅▆ォaAAOOO▆▆Ooッ▆さnoォオオッ──!!!』

 

 

 

「ぐははははは!!! 叫んでも足掻いても意味はねえぜ! 結果は決まっちまったんだからなァ!」

 

 英雄譚はここに結びを迎える。

 

 

「あばよ、蛇喰いタフマースブ」

 

 

 ──白光一閃。

 

 

 

 

 

 

 

 

 スサノオと祐一の戦場からほど近い場所に、趣向を凝らした宮殿があった。スサノオが妻へ……クシナダヒメの役割を担う恵那のために用意した宮殿だ。

 その上部で、清秋院恵那は茫洋とした表情で雨に打たれていた。

 

 カンピオーネを除けばという言葉はつくが、清秋院恵那は日本最強である。

 呪術師や巫女のなかでも最高峰の強さを誇る最終兵器。

 清秋院は部門。恵那はその娘。命を使う覚悟はとうにできていた。

 

 そして《王書》の執り行われる日本の状況は、すでに暗澹たるものだった。まつろわぬ神は十柱以上が活動を確認され、すでに死者は十万人を超えるほどになっていた。

 四方八方から台風が訪れ、大地震と霊峰の噴火が重なったような──大惨事。

 

「恵那が、いけなかったんだ。祐一くんと会えたから舞い上がって……」

 

 祐一を拾うまで恵那自身、天叢雲剣を任された媛巫女筆頭として、命を散華させる覚悟で時を待っていた。

 でも過去の面影を強く残した、死んだはずの少年。

 祐一を見つけてから全てがひっくり返ってしまった。

 

 その結末がこれだ。

 スサノオの目的は知っていた。儀式上での割り振られた役割──クシナダヒメとなった時から、頭蓋に流れ込んできた。

 祐一を蓋世不抜の怪物とし、スサノオが物語の補助によって打倒することで比類なき《鋼》の英傑として再誕する。

 最強の英雄となったスサノオは日本列島にはびこる神々やカンピオーネをまたたく間に駆逐するだろう。

 

「でもその先に祐一くんは犠牲になる。そんなの!」

 

『フン。そら見ろ、祐一のやつめ。(オレ)の占ったとおり女難の相が的中したではないか? 刺されるどころか腹までかっ捌かれたではないか阿呆め』

 

「──!?」

 

 声に驚いて振り向けば、折りたたんだ鋼のごとき大男が立っていた。「誰?」……と口にするより早く、男は煩わしげに手を振った。

 

『そのようなこと訊くな、問うな。分かっておろう。あの馬鹿が倒れておった石上の滝壺にて、おぬしが(オレ)を拾った時から名を看破しておっただろう? (オレ)と同位の剣を担う巫女よ』

 

 祐一と一緒にいる時の気安い印象からはがらりと変わった神としての威厳と重苦しさを備えた言葉を吐く。

 

 恵那は頷いた。

 若干の違いはあるが、彼の口調には馴染みがある。

 彼を佩刀をすることを許された巫女として、幾度も言葉を交わしていたからすぐにわかった。

 

 この世にその(つるぎ)は──二振りある。

 

 スサノオがヤマタノオロチから獲得し、アマテラスに献上した鉄剣が一つ。そしてヤマトタケルがアマテラスより授かった神剣が一つ。

 

 これらは別々の名にあって、同一の劍。

 別ちがたくして結びつき、獣の両頬より生える牙のごとき片刃。

 

「天叢雲剣。そして草薙剣」

 

『左様』

 

 男が──天叢雲剣は肯定した。

 

『スサノオか。我が同腹の兄弟ヤマトタケルと同じくあれも《鋼》だったな。よくよくまあ《鋼》を誑かすわ』

 

 呆れたように鼻を鳴らした。

 

『奸智に長ける奴らなんぞ(オレ)の領分ではないが、スサノオ相手ならば別だ。やつの考えは手に取るように分かる。……やつの目を欺くため、おぬしの身体の影に入らせてもらったがな』

 

 よく見れば恵那の影。

 影法師の先から男の足が伸びている。

 

「……。ねねね、それって恵那のなかで息を潜めてたって事?」

 

『まあ許せ。木を隠すなら森の中。人を隠すなら人の中。(オレ)を隠すなら(オレ)の中だ』

 

「ええ……」

 

『胡乱な目を向けるのをやめんか。(オレ)の存在は、あのたわけた翁神の仕掛けた策の歯車を狂わすに足る砂じゃりとなる──フン、引き際も弁えない()()()()風情が。今更しゃしゃり出て、若いやつを困らせるものではない』

 

 顎をなぞりあげて頷いた。

 

『だがいい機会だ。(オレ)(オレ)自身に不足を感じておった。急激に躍進をとげる若き丈夫(ますらお)に……今の(オレ)では相応しくない。助太刀は敵の喉元に届かず、逆に刃毀れを起こす』

 

 天叢雲剣には先日から抱いた懸念。

 ヒューペルボレアで掠め取った草薙護堂の嵐の権能。いくつもの神力が混ざり合い、絶大な威力をもつあれを祐一もアレンジしつつ行使しようとした。

 しかし、出来上がったのは半端もいい所の出来損ない。

 

 理由は幾つもある。そのひとつに、天叢雲剣が十全に演算できなかった側面がある。

 天叢雲剣も含めて五つの権能を混淆させる奥義は、長じればかつて見た草薙護堂の嵐を凌駕する一撃となろう。

 しかし実現のための壁は大きい。現状の天叢雲剣では到底、不可能。

 

 祐一が未熟なのは良い。

 彼は征路を進み続ける。ゆえに時を経ていつかは辿り着く。

 

 天叢雲剣も木下祐一の剣。

 彼の佩刀としての矜恃が、立ち止まることを許さなかった。

 

 ──故に。

 

『今、祐一のもとに……というかあの阿呆の土手っ腹に刺さっておるこちらの(オレ)とは話をつけた。我らは最源流の系譜を純血の《鋼》よ。二つの鉄が混ざればより強くなるのは子供でも分かる道理よ』

 

「そっか。あなたも天叢雲剣なら偸盗で神力を取り込めるんだ……ううん。それどころじゃないよね。二振りの天叢雲剣を、()()の劍にするつもりなんだ」

 

 叢雲が語るのは二振りの同位なる劍同士を、ひとつに成さしめること。

 合力どころではない。己自身を灼熱の炎にて融解させ、新たに新生するつもりなのだ。

 

 鉄剣を叩き直し、繋ぎ合わせ、掛け合わせる。

 天叢雲剣がより高次に昇るための──吻合の儀式。

 

『左様。己が一振を最上に押し上げんとするなら、合一することも厭わぬ。(オレ)は劍よ。それも剣神の性に最も忠実なる一党──それはこちらの(オレ)も、(オレ)自身も変わらん』

 

 それは最源流の《鋼》が持ちうる狂気。

 それは最源流にして日本神話が誇る最高峰の劍たる神刀・天叢雲剣の本性。

 一つの天を翳らせる叢雲は、もはや満足しない。もう一つの天を雲で呑まんと欲する。

 やがて双天(そうてん)を翳らせる叢雲は、森羅万象の障害を砕き続ける常勝不敗の少年王へ、更なる力を授けるだろう。

 

『ま、(オレ)はどこぞの阿呆のせいで少し雑味が増したがな』

 

「あ、たしかに。恵那の天叢雲剣とは全然違うもんねえ」

 

 恵那も朗らかに笑った。

 天叢雲剣は貪欲に強さを求める。《鋼》の性もある。神としての矜恃もある。

 しかし神刀の媛巫女は感じていた。

 己を握り、ともに駆け抜けてきた少年への陽だまりのような心。

 真心を。

 

『恵那といったな。おぬしはどうか?』

 

「うん、いいよ!」

 

 莞爾(ニッコリ)と笑った。

 

「こんな所でうじうじしてるより、動いてた方が全然マシだよっ! せっかく会えたのにあんな最後でお別れなんて、イヤだもん! もう一度話をしたいよ。天叢雲剣、恵那にチャンスくれるなら、お願い! 恵那を祐一のもとへ──」

 

『応。お安い御用だ』

 

 叢雲は気風よく応えた。

 

 恵那はカンピオーネの少年がいる戦場へと、目を向けた。裡にじんわりと広がる感情を思うままに詠む。

 

 ──星崎や 熱田の潟の いさり火の

 

 ──ほのもしりぬや 思ふ心を

 

 恵那は気炎を吐いた。

 もう一度、会うんだ。あの少年に。

 このいさり火のような仄かな小火を、《鋼》すら融かす大火とするために! 

 

 

「──それに」

 

 

 恵那は一度瞑目した。

 

「恵那は、何よりも先に速須佐之男命(ハヤサノオノミコト)の巫女だもんね。おじいちゃまに仕える巫女。祈る神様がおかしくなっちゃったら恵那が止めなきゃね」

 

 

 やがて決然と宣言した。

 

 

「荒ぶる神よ。これより我が身命を賭して、お諌め申し上げる!」

 

 






っぱ、蒼き狼なんすよね
(天幕のジャードゥーガル並感)

チンギスハン戦もっと上手く書けただろって気持ちと権能一個でどうやってあの大王とまともに殴りあうねんという気持ち

全然関係ないですが青空文庫のルバイヤート

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