王書   作:につけ丸

13 / 102
013:彼こそは英雄ロスタム!

 逃げ惑う人々が異変に気付いたのは、轟く咆哮が途絶え、大地が震えた時だった。

 ───ドシン……! 

 暴虐の限りを尽くしていた『駱駝』。その『駱駝』が巨体を大きく揺らし、たたらを踏んだのだ。

 大地を揺るがす地鳴りが燃える街に響く。

 異常事態の中で起きたさらなる異常事態に、狂気から解き放たれたように人々の目に理性が宿る。逃げ惑い右往左往していた住民の足が止まった。

 なんだ? なにが起きたんだ? 

 辺りを見渡し、地鳴りの原因を探る。……居た。

『駱駝』が暴れ回り、立ち並ぶ建築物が蹂躪され、更地になった土地で、その光景は良く見えた。

 

 あの巨大な『駱駝』に、人間が……まだ年若い少年が立ち向かっているのが見えたのだ。

 中肉中背だが引き締まった身体。

 黒髪で、黄色人種の顔立ち。

 多民族国家であるイランであっても、あまり見かけない極東の人間……異国人の容姿をしていた。

 彼はブレザーを肩に引っ掛け、2つの両足で大地に立ち、その意志の強い瞳でしっかと『駱駝』を見据えている。

 あの少年が『駱駝』を止めたのか……? 

 人々が「信じられない」と言う目で少年を見咎める。

 だが、それも長くは続かない。

 思わぬ反抗に驚き怒れる『駱駝』が、その自慢の前脚を掲げ、唸りを上げて振り降したのだ! 住民の誰もが視認する事すら敵わない、閃光の様な一撃! 

 次いで、隕石が落ちて来た様な衝撃と共に、隠れ見る人々へ土砂が降りそそいだ! 

 

 目を瞑り、必死に守りを堅める住民達。

 恐る恐る『駱駝』と少年を見ていた人々は、刻み込まれた恐怖を思い出したかのように、身を竦め隠れてしまった。

 あの少年は……、もう、ダメだろう……。

 降りそそぐ土砂から身を守りながら、誰もが思った。

 誰も、あの魔物を止められないのか……。

 そんな絶望にも似た感情が、心に重く伸し掛かる。

 土砂が止み、顔を出す。あの少年は……見えない。

 やはり『駱駝』の必殺の一撃によって、四散したのだろう。

 そう、思っていた。

 だが……

 

 

「───あそこだっ!」

 

 誰かが指差し、叫ぶ。釣られた誰もが、指を差された方向を見やる。

 直ぐに見つけた。『駱駝』の前脚……鉄塔にも及ぶ、高さと太さを持ち、この「港湾都市」に数多の災厄を齎した前脚に、取り付き跳ね回る影が見えたのだ! 

 あれはあの異国の少年に、違いない! 

 そうだ! あの必殺の一撃から逃れ、噴火のような落石すら躱して見せたのだ! 

 絶望と悲しみに満ちた人々の心に、小さな希望の光が灯る! 

 もはや誰もが諦め、逃れ得ぬ死から、一時でも逃れようと、彷徨う人々に、希望が灯る。

「生き残れる!」そんな希望が、心に湧き出てくる!! 

 

「勝ってくれ!」

「死ぬな、生き残れえええ!」

「いけぇっ! いけぇっ! いけぇぇぇっ!!」

「頑張れ! 戦ってくれぇ!」

 

 逃げ惑う足を止めた十人程の人々が、叫ぶ。

 ただ、一心に願う。あの少年の勝利を! 

 初めに抱いた猜疑の感情など、もう彼方に消え、今は一心に少年の「勝利」を願う。そして、己の生存をも。

 なんて自分勝手な願いだろうか。自分達は見守るだけだと言うのに。

 だけど、止まれなかった。気付けばもう、腕を高く振り上げ、喉よ枯れろと声を張っていた! 大地よ揺れろと、地面を踏み鳴らしていた!! 

 名も知らない、異邦の少年。

 この時、その少年は、諦めていた人々に「希望」を与えた。

 何の所縁もない土地で、孤独に戦う少年は確かに人々を魅力したのだ! 

 仕留めたと思っていた筈の獲物が、予想に違え生き残っていた事に、激昂する『駱駝』。

 我を忘れ、その容貌に宿る狂気が増す。熱に浮かされた人々は、今まで何に襲われていたのかを、思い出した様に、背筋を凍らせ固まった。

 そして、その偉駆から死神の鎌が振るわれた。

 今度もまた、誰も見る事は敵わなかった。

 前回の衝撃を上回る激しい振動が起こり、人々は遅れて気付く。

 あの前脚が振り降ろされたのだ! 

 土砂が降りそそぐ。

 そのまま突っ立って居れば、怪我は免れ無い、散弾の様な土砂の嵐。

 だが人々は、己が身を守り、隠れる事を良しとしなかった。

 だた、一点を見る。あの少年の生存を。

 ただ、一心に願う。あの少年の勝利を。

『駱駝』がその前脚を、ゆっくりとした動作で、持ち上げていく。

 民衆の誰もが、その動作が酷く緩慢に見え、焦れったかった。『駱駝』の嘲笑するような表情が、酷く不愉快で、身の程知らずにも怒りが沸いた。

 だが、それも直ぐに終わる。

 持ち上げた前脚の下は、何も居なかったのだ! 

 そう、血糊も、肉塊すらも! 

 

 そこから導き出される答えは……! 

 突然、『駱駝』が首を振る。何かを避ける様な動作。

 誰もが、魔物の不可解な行動に瞠目する。

 すぐに分かった。"石塊"だ。人の倍ほどにはある石塊が、『駱駝』の頭部を狙い飛んで来たのだ。それも、数十mはあろう地点目掛けて、一直線に。

 人間が成し得る技ではない……。だが、あの少年なら──出来る! 

 人々の心に熱い感情が沸き上がる! 

 そして、彼らは見た。

 大地に仁王立ちし、腕を組み、不敵に笑っている少年の姿を──! 

 

「───ロスタム……」

 

 誰かが、呟く。

 いつの間にか、戦いを見ている人間の数は、百を優に越え、今も加速度的に増えていた。

 人々が集まり、けたたましい雑音が鳴り響く街で、その呟きは不思議と響き、人々の耳朶を

 を震わせた。

 そして、波紋の様に響いては、その囁きはどんどんと広がって行く……。

 あれは、"ロスタム"だ……。

 イランの地にて、連綿と受け継がれる叙事詩『王書(シャー・ナーメ)』に登場する英雄。

 イラン最大の英雄"ロスタム"に違いない! 

 我らの窮地に、英雄が、己を英雄足らしめる武力を持ってして、救いに来たのだ!!! 

 年若く、人種も、服装も、何もかも合致しない少年だった。だが人々は彼こそが英雄だ!とロスタムだと口々に囁き合う! 

 

「ロスタム……、ロスタムッ!!」

「英雄ロスタム……! あいつは……ロスタムだ! 俺たちを助けに来てくれたんだぁあああ!!!」

「あいつを……、あいつを倒してくれ! ロスタム!! ……母さんの仇を討ってくれぇ!!!」

 

 人々が……男も、女も、子供も、老人も、民族も、宗教も、もはや関係ない。誰もが一心に願い、あの英雄に願いを託す。

 ──ただ、勝ってくれ!!! それだけを、願った。

 今『駱駝』の怒りは頂点に達し、これまで見た事のない動作で、あの少年を死に至らしめようとしていた。

 

 それでも、誰もが英雄と魔物の戦いを見続けた。

 熱さなんて、屁でもない! あの少年の勝利を、見届けるのだ! それまで、俺たちも倒れる訳には行かない! 

 そう、一心不乱に思った。

『駱駝』から、闘気が迸る。漏れ出る圧倒的な敵意と殺意に恐怖し、人々は地面に縫い付けられた様に、誰も動けない。

 それでも少年は、不敵な笑みを崩さず、『駱駝』を見据える。

 

『駱駝』の闘気が、最大限に高まる。

 遂に、放たれるのだ! あの魔物の全力の一撃が……! 

 人々は、瞬きすら忘れて目を見開き、戦いを注視する。

 一瞬足りとも見逃してたまるか……! 

 そう……誰もが思っていた。

 だが、誰も見る事は敵わなかった。

 一瞬の交錯! 気付いた時には、全てが終わっていた。

 少年が何言か、異国の言葉を叫ぶ! そして次の瞬間には、あの強大な『駱駝』が誇る右の前脚。その脚が小枝の如く、圧し折れていたのだ! 

 

『駱駝』の苦痛による絶叫が、街に轟く! 誰もが、その絶叫を切望し、誰もが倒す事敵わぬ、と諦めていた者の苦悶の声。

 だが今、はっきりと分かる。あの『駱駝』に痛打を与えたのだ! 

 民衆の歓喜の声が爆発した!

 涙を流し、若き英雄の健闘を讃える!

 我らの英雄が、やってくれた! 俺たちは、助かるんだ! 

 誰もが、英雄の勝利を疑っていなかった! 

 誰もが勝利を信じ、喜び勇んで、声を張り上げる! 

 

 それが"幻想"なのだと、思いもしなかった。

 

 ───ガァン!!! 不快な打撃音が響いた。

 ハッと、人々が顔を上げる。視界に、弾丸のように吹き飛ぶ人間が見えた。

 ──少年だった。あの『英雄ロスタム』だった。

 

 少年は、遙か先まで吹き飛び、瓦礫や、建物を巻き込んで行く。

 数百m先まで吹き飛び、瓦礫にしなだれ掛かり俯き、遂には立ち上がる事は無かった……。

 

 誰もが理解した。

 

 雄々しくも立ち上がり、勇猛に立ち向かった、若き英雄はここで死んだのだ……。

 人々は疑いようも無く……そう思った。

『駱駝』の咆哮が轟く。あの逆徒に、さらなる鉄槌を下そう、と。己を傷付けた矮小なる者の死骸を辱めよう、と。

 大地を踏み締め、一歩一歩、緩慢に、しかし確実に英雄に近づいて行く。

 ───見逃す事なんて、出来なかった。

 老若男女、誰もが怯えを堪え、立ち上がる。

 あの少年を、傷付けさせてなるものか、と。

 我らの英雄を、辱めてなるものか、と。

 

 ───突然の出来事だった。

 

「民衆よ! 怯え竦み、それでもなお、戦場に立つ勇気ある民よ! 

 我が名はパルヴェーズ(勝利)! あの若き英雄の友!」

 

 声が聞こえた。透き通る様な美しい……少年の声。その声は、災禍渦巻く、阿鼻叫喚の巷の中にあっても、澄み渡るように響いた。

 人々はその声を、一言一句足りとも、聞き逃す事は無かった。

 

「我は、民衆に仇なす者を、微塵に打ち砕く者! 己が英雄へ! 我が友へ!」

 

「勝利を与えるのでれば───想いを! あの悪魔を倒す──力を!」

 

 ──とんっ。何処からか、少年が降り立った。

 あの『駱駝』と、少年が倒れている場所の間に立ち、迫る『駱駝』を阻むように──。

 そして、誰もが瞠目する。

 酷く現実離れした、『少年』の登場に。

 ──美しい少年だ。

 雑踏を闊歩するならば、道行く誰もが振り向き、目が離せない程の、整った容姿。

 ボロボロの外套を纏い、額から流血しているが、それすら一つの芸術に見えるほど。

 この世のものとは、思えない神韻縹渺たる玄妙な美しさ。そして、どこか神々しさすら感じる、超然とした立ち振舞い。

 だがそんな特異な少年であっても、民衆は恐れを抱かなかった。

 何故なら、あの少年の声には、我らの英雄を案じる感情が、隠し切れないほど、溢れていたのだから。

 少年が、友を慮る気持ちは十分な程、伝わって来る。

 

 そうだ! 

 少年はまだ、傷付き倒れ伏す、あの若き英雄ロスタムが、生きていると信じているのだ! 

 だからこそ、人々は彼を信じた。パルヴェーズの言葉を! 

 そして、肚を決める。あの若き英雄の友ならば、力を貸しても良いと! 

 手をかざす。

 力の貸し方なんて、知りようはずも無い群衆。だが身体が、まるで知っているかの様に──動いた。

 誰もが、瞳に強い意志を宿し、自分の生命の源を送る。身体から活力が、どんどんと抜け落ち、人々の顔から、生気が薄れ青白くなっていく。

 それでも人々は、手をかざし、パルヴェーズへ力を託し続ける。

 ──ただ、勝利の為に! 

 だが、誰もが力無き「人」である事に変わりは無い。そう長く続かず、限界が訪れる。

 次々と、膝を突き、倒れ伏す人々。

 それでも彼らの目には、未だ闘志は消えていなかった! 

 パルヴェーズの元に、莫大な力が託される。それと共に、あらゆる想いも、伝わって来る。

 

 あり得ない不条理への「怒り」。

 あの魔物に一矢報いれるかも知れない「喜び」。

 親しい者が、傷付き果てた「悲しみ」。

 そして……生きたい。と、ただ愚直なまでの「願い」。

 

 数多の、感情や想い、願いが空を駆け、パルヴェーズの手に収束して行く。

 ───GYAAAAAAA!!! 

 駱駝』が、激昂した様に雄叫びを上げる。

 不快な蚤を吹き飛ばし、止めを刺す寸前だったのだ。

 それを仕留め損ね逃した者。しかも、己が宿命の相手に邪魔された事に、酷く怒り猛っているのだ。

 ───ブォンッ! 

 今度は確実に仕留める、と矮躯を晒す『少年』へ、自慢の右前脚を振り降ろす! 

 何度も振り下ろされ、多くのものを屠って来た、死神の鎌が、パルヴェーズを襲う! 

 人々は、咄嗟に目を覆った。これから行われる惨劇を予感して。

 だが、パルヴェーズは、焦る事は無かった。

 その輝く翠瞳で『駱駝』を見据える──。

 

 力が、収束しては、姿を変え、形を成していく。

 

 ──『弓矢』だ。

 

 何の装飾も無い、無骨で、必要最低限の機能だけが備わっただけの『弓』と、一本の『矢』。

 それが、パルヴェーズの手に収まっている。それは、パルヴェーズの望んだ武器でもあった。

 

(二の矢は、───要らぬ)

 

 しっかりと、だが素早く、矢を番える。

 ピンッと張った強弓を、持ち前の豪腕で胸まで引く。

 そして、朗々と。

 

「敵」に立ち向かい、傷付いた友を心の中で案じ、聖句を謡う──

 

 ───勝利を願う聖句を! 

 

「──我は最強にして、全ての勝利を掴む者なり! 最も尊く尊崇尽きぬ者よ! 義によりて立つ我に、勝利を與え給え!」

 

 劫─────ッッッ!!! 

 

 ただの弓矢の一射。だが、放たれた瞬間には、幾条も束ねられた稲妻の如く、膨大なエネルギーを有し、『駱駝』へ迫った! 

 突き進むだけで大地が抉れ、遠く離れた民衆にも焼け付く様な熱波が伝わる。

 例え、頑強にして、不屈の化身たる『駱駝』であっても、致命の一撃に成り得るもの! 

 もし、『駱駝』が激昂していなければ。

 祐一が痛打を与え切れず屍を晒したのならば。

『駱駝』は稲妻の如き一矢を、「心眼」にて安々と躱して見せただろう……。

 しかし、不愉快な事が連続して起こり、目と心すら曇った『駱駝』に、その一撃を躱すことは──敵わなかった。

 咄嗟に、頭を振る『駱駝』。

 だが、それでも──! 

 ────GYEEEEEEE!!! 

 パルヴェーズが放った『矢』。その一矢は、狙い違わず『駱駝』に命中し、その右頭部と、小山の様な背瘤を、ごっそりと、くり抜いたのだ!!! 

 無敵を誇り、暴虐の限りを尽くした暴君が、堪らずのた打ち回る! 

 次いで、歓声が沸く! 

「あいつを倒せる!」と、誰もが声を上げ、歓喜する!!! 

 

「パルヴェーズ!」

 

 またも、英雄の名が轟く。

 一つは、彼が名乗った「パルヴェーズ」の名。「勝利する者」の意を持つ名を! 

 パルヴェーズと名乗った少年は、『駱駝』へ止めを刺す、と言う人々の予想に違い、何処かへ風のように走り去った。どよめき視線で追う人々。

 そして、見つけた。

 パルヴェーズが矢を放った場所から、それほど離れていない場所。あの、「若き英雄ロスタム」が俯き、倒れている場所だった。誰もが、「死んでいるだろう……」そう思っている者の場所へ。

 人々は見た。 パルヴェーズと名乗った少年が、若き英雄へ何言か、呟く。

 そして、次の瞬間には、誰もが驚愕した! 

 あの死体同然だった若き英雄が、ゆっくりと……だがしっかりと、顔を上げていく……! 

 彼は……生きていたのだ! 誰もが、心に湧き上がるものを感じて、仕方がなかった! 

 強い意志を宿した瞳と、宝玉の如き翠瞳が交錯する。二人は、互いに頬笑み合う。

 

 ──言葉は無かった。

 若き英雄に、手を差し伸べる少年。

 なんて……美しい光景だろうか。

 二人共、血や煤で汚れ、お世辞にも綺麗とは言えないだろう。特に若き英雄は、死体と言われれば、信じてしまうほど酷い状態だ。

 だがそれでも、人々はその光景に胸打たれた。

 若き英雄は、ゆっくりと、少しずつ少しずつ少年へ、手を伸ばす。

 そして、ついに……

 ──手を、取った。

 光が零れる。民衆が捧げた力は、若き英雄を包んで行く……。

 瀕死の状態だった彼が、瞬く間に治癒されて行った。

 そんな、あり得ない光景。

 だが誰もが、その光景に魅了され、頬に涙が伝う。

 

 そして、二人は立ち上がり、言葉を交わす。

 楽しげに、蟠りなんて、欠片も感じない……そんな気安さで。

 二人は笑みを深めると、肩を並べて迫りくる『駱駝』を見据えた。

 ───さあ、開戦だ! 

 そんな異国の言葉が、風に乗って聞こえて来た。

 もはやあの強大な『駱駝』であっても、遠くで見守る民衆には、彼らの紡ぐ英雄譚の踏み台にしか、見え無かった。

 

 そして。

 

 ───白光一閃。

 パルヴェーズの放った鎌鼬が、左半分だけが残っていた『駱駝』の頭部を見事に切り飛ばした! 

 頭部を失った『駱駝』はドゥッ……と、糸が切れた傀儡の様に、地面へ崩れ落ちた。

『駱駝』の身体が透けて行き、ざぁ……と波にさらわれた砂の如く消え去った。

 

(はぁっ……はぁっ……。……やっと、終わった……)

 

 不撓不屈を体現した、あの『駱駝』を倒すのは、本当に……骨が折れた。尻もちついて、一息付く祐一。

 パルヴェーズと共に戦った時でも、もう満身創痍だったのにも関わらず、それから驚異的な粘りを見せた『駱駝』。

 本当に大変だったのだ。どれほど殴ろうが、滅多打ちにしようが、小揺るぎもしない。倒れる気配が微塵もしなかった。

 正に、不撓不屈。祐一があの時、『駱駝』の右前脚を拉げさせた一撃は、幸運によるミラクルショットだったのだと、はっきり痛感させられていた。

 こいつに痛覚が付いているのか、何度疑ったか分からない……。

 祐一が今感じている感情は、大敵への勝利の喜びよりも、延々と続く作業がやっと終わった……と言う気持ちに近かった。

 

 パルヴェーズと再会し、全快していた祐一も、『駱駝』の周りを飛び回っては、翻弄していた。それだけでは無く、偶にできる『駱駝』の隙を突いては、祐一も殴打を繰り返していたのだ。

 元々、祐一に超越存在としてのプライドを傷付けられ、猛っていた『駱駝』。

 眼の前に、宿命の存在である『少年』が居ようとも、怒気に支配された『駱駝』は、脇目も振らずに祐一へと迫った。

 そんな『駱駝』を、猿のように跳び回り、翻弄する祐一。

 祐一が跳び回ってヘイトを稼ぎ、その隙にパルヴェーズが強烈無比な力をもって『駱駝』へ攻め掛かる。

 打ち合わせした訳でも無く、二人は自然と、その流れを作り『駱駝』を、じわじわと、しかし確実に消耗させて行った。

 どれほどの時が過ぎただろうか。

 遂に『駱駝』は力尽きた。

 不死身地味た……、無尽蔵の体力を誇る『駱駝』もついに限界迎えたのだ。

 首なしなった『駱駝』が、崩れ落ちて行く。その様子を群衆の誰もが、信じられない面持ちで声も無く見守る。

 ただ英雄たる二人だけは、笑い合い拳を突合せ、勝利に酔い痴れた。

 

 赫々たる武勲を樹てた祐一。

 そんな彼はふと、「街はどれくらい被害を受けたんだろう?」と周囲を見渡した。

 そこで祐一はとある事に初めて気付いた。

 自分がいつの間にか何千何万と言う人々に囲まれていた事に。

 そして誰も言葉を発しない、そんな奇妙な静寂の中心に居る事に気付いた。

 戦いに集中し、『駱駝』とパルヴェーズしか見えて居なかった祐一。そもそも、他に人が居る事すら気付かなかった祐一は、衆人環視の只中に居る事に気付き、ちょっと……いや、かなり引いた……。

 いきなり大衆が見詰める壇上に立ったような気分になった祐一。そそくさと隅の方へ逃げ出そうと画策し、そこへパルヴェーズが「待った」を掛けた。

 逃げる祐一の腕を、パルヴェーズが引っ掴み、祐一へ耳打ちする。

 ウソだろ? と言う引き攣った顔をして、パルヴェーズを見る祐一だったが、パルヴェーズに促され周囲を見渡し、溜息一つ。

 次に顔を上げた時には、覚悟を決めた様な顔していた。

 そして止めにパルヴェーズが、トンッと、祐一の背を叩き、前へ押し出す。

 薄く頬笑みながらも、どこか悪戯っぽい表情が、人々が感じていた、彼への神聖な印象を、がらりと変える。

 民衆に囲まれ、初め真面目くさった顔をしていた祐一。だが直ぐにも、期待の眼差しで見詰める民衆を見て取り、照れ臭そうな顔になって……しかし、それでも……

 

「────俺たちの、勝ちだっ!!!」

 

 右手を掲げ堂々と……街に轟く大音声で、勝鬨を上げたのだ! 

 ───わぁああああああああああああ!!! 

 その瞬間、街が爆発した。否、爆発した様な歓声が、街を覆い尽くしたのだ。

 どこにそんなに人々が居たのか、そこらかしこから、歓声、絶叫、咆哮、の声が聞こえる。

 祐一の話す、異国の言葉は誰も理解出来なかったが、彼の所作で、あれは「勝鬨」なのだと、人々はすぐに分かった。

 遂に堪らなくなった群衆が、堰を切ったように二人の英雄の元に駆け寄り、賛辞を贈っては、胴上げしたり、もみくちゃにして行く。

 

 ──疑いようも無い、人類の勝利だった!! 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告