逃げ惑う人々が異変に気付いたのは、轟く咆哮が途絶え、大地が震えた時だった。
───ドシン……!
暴虐の限りを尽くしていた『駱駝』。その『駱駝』が巨体を大きく揺らし、たたらを踏んだのだ。
大地を揺るがす地鳴りが燃える街に響く。
異常事態の中で起きたさらなる異常事態に、狂気から解き放たれたように人々の目に理性が宿る。逃げ惑い右往左往していた住民の足が止まった。
なんだ? なにが起きたんだ?
辺りを見渡し、地鳴りの原因を探る。……居た。
『駱駝』が暴れ回り、立ち並ぶ建築物が蹂躪され、更地になった土地で、その光景は良く見えた。
あの巨大な『駱駝』に、人間が……まだ年若い少年が立ち向かっているのが見えたのだ。
中肉中背だが引き締まった身体。
黒髪で、黄色人種の顔立ち。
多民族国家であるイランであっても、あまり見かけない極東の人間……異国人の容姿をしていた。
彼はブレザーを肩に引っ掛け、2つの両足で大地に立ち、その意志の強い瞳でしっかと『駱駝』を見据えている。
あの少年が『駱駝』を止めたのか……?
人々が「信じられない」と言う目で少年を見咎める。
だが、それも長くは続かない。
思わぬ反抗に驚き怒れる『駱駝』が、その自慢の前脚を掲げ、唸りを上げて振り降したのだ! 住民の誰もが視認する事すら敵わない、閃光の様な一撃!
次いで、隕石が落ちて来た様な衝撃と共に、隠れ見る人々へ土砂が降りそそいだ!
目を瞑り、必死に守りを堅める住民達。
恐る恐る『駱駝』と少年を見ていた人々は、刻み込まれた恐怖を思い出したかのように、身を竦め隠れてしまった。
あの少年は……、もう、ダメだろう……。
降りそそぐ土砂から身を守りながら、誰もが思った。
誰も、あの魔物を止められないのか……。
そんな絶望にも似た感情が、心に重く伸し掛かる。
土砂が止み、顔を出す。あの少年は……見えない。
やはり『駱駝』の必殺の一撃によって、四散したのだろう。
そう、思っていた。
だが……
「───あそこだっ!」
誰かが指差し、叫ぶ。釣られた誰もが、指を差された方向を見やる。
直ぐに見つけた。『駱駝』の前脚……鉄塔にも及ぶ、高さと太さを持ち、この「港湾都市」に数多の災厄を齎した前脚に、取り付き跳ね回る影が見えたのだ!
あれはあの異国の少年に、違いない!
そうだ! あの必殺の一撃から逃れ、噴火のような落石すら躱して見せたのだ!
絶望と悲しみに満ちた人々の心に、小さな希望の光が灯る!
もはや誰もが諦め、逃れ得ぬ死から、一時でも逃れようと、彷徨う人々に、希望が灯る。
「生き残れる!」そんな希望が、心に湧き出てくる!!
「勝ってくれ!」
「死ぬな、生き残れえええ!」
「いけぇっ! いけぇっ! いけぇぇぇっ!!」
「頑張れ! 戦ってくれぇ!」
逃げ惑う足を止めた十人程の人々が、叫ぶ。
ただ、一心に願う。あの少年の勝利を!
初めに抱いた猜疑の感情など、もう彼方に消え、今は一心に少年の「勝利」を願う。そして、己の生存をも。
なんて自分勝手な願いだろうか。自分達は見守るだけだと言うのに。
だけど、止まれなかった。気付けばもう、腕を高く振り上げ、喉よ枯れろと声を張っていた! 大地よ揺れろと、地面を踏み鳴らしていた!!
名も知らない、異邦の少年。
この時、その少年は、諦めていた人々に「希望」を与えた。
何の所縁もない土地で、孤独に戦う少年は確かに人々を魅力したのだ!
仕留めたと思っていた筈の獲物が、予想に違え生き残っていた事に、激昂する『駱駝』。
我を忘れ、その容貌に宿る狂気が増す。熱に浮かされた人々は、今まで何に襲われていたのかを、思い出した様に、背筋を凍らせ固まった。
そして、その偉駆から死神の鎌が振るわれた。
今度もまた、誰も見る事は敵わなかった。
前回の衝撃を上回る激しい振動が起こり、人々は遅れて気付く。
あの前脚が振り降ろされたのだ!
土砂が降りそそぐ。
そのまま突っ立って居れば、怪我は免れ無い、散弾の様な土砂の嵐。
だが人々は、己が身を守り、隠れる事を良しとしなかった。
だた、一点を見る。あの少年の生存を。
ただ、一心に願う。あの少年の勝利を。
『駱駝』がその前脚を、ゆっくりとした動作で、持ち上げていく。
民衆の誰もが、その動作が酷く緩慢に見え、焦れったかった。『駱駝』の嘲笑するような表情が、酷く不愉快で、身の程知らずにも怒りが沸いた。
だが、それも直ぐに終わる。
持ち上げた前脚の下は、何も居なかったのだ!
そう、血糊も、肉塊すらも!
そこから導き出される答えは……!
突然、『駱駝』が首を振る。何かを避ける様な動作。
誰もが、魔物の不可解な行動に瞠目する。
すぐに分かった。"石塊"だ。人の倍ほどにはある石塊が、『駱駝』の頭部を狙い飛んで来たのだ。それも、数十mはあろう地点目掛けて、一直線に。
人間が成し得る技ではない……。だが、あの少年なら──出来る!
人々の心に熱い感情が沸き上がる!
そして、彼らは見た。
大地に仁王立ちし、腕を組み、不敵に笑っている少年の姿を──!
「───ロスタム……」
誰かが、呟く。
いつの間にか、戦いを見ている人間の数は、百を優に越え、今も加速度的に増えていた。
人々が集まり、けたたましい雑音が鳴り響く街で、その呟きは不思議と響き、人々の耳朶を
を震わせた。
そして、波紋の様に響いては、その囁きはどんどんと広がって行く……。
あれは、"ロスタム"だ……。
イランの地にて、連綿と受け継がれる叙事詩『
イラン最大の英雄"ロスタム"に違いない!
我らの窮地に、英雄が、己を英雄足らしめる武力を持ってして、救いに来たのだ!!!
年若く、人種も、服装も、何もかも合致しない少年だった。だが人々は彼こそが英雄だ!とロスタムだと口々に囁き合う!
「ロスタム……、ロスタムッ!!」
「英雄ロスタム……! あいつは……ロスタムだ! 俺たちを助けに来てくれたんだぁあああ!!!」
「あいつを……、あいつを倒してくれ! ロスタム!! ……母さんの仇を討ってくれぇ!!!」
人々が……男も、女も、子供も、老人も、民族も、宗教も、もはや関係ない。誰もが一心に願い、あの英雄に願いを託す。
──ただ、勝ってくれ!!! それだけを、願った。
今『駱駝』の怒りは頂点に達し、これまで見た事のない動作で、あの少年を死に至らしめようとしていた。
それでも、誰もが英雄と魔物の戦いを見続けた。
熱さなんて、屁でもない! あの少年の勝利を、見届けるのだ! それまで、俺たちも倒れる訳には行かない!
そう、一心不乱に思った。
『駱駝』から、闘気が迸る。漏れ出る圧倒的な敵意と殺意に恐怖し、人々は地面に縫い付けられた様に、誰も動けない。
それでも少年は、不敵な笑みを崩さず、『駱駝』を見据える。
『駱駝』の闘気が、最大限に高まる。
遂に、放たれるのだ! あの魔物の全力の一撃が……!
人々は、瞬きすら忘れて目を見開き、戦いを注視する。
一瞬足りとも見逃してたまるか……!
そう……誰もが思っていた。
だが、誰も見る事は敵わなかった。
一瞬の交錯! 気付いた時には、全てが終わっていた。
少年が何言か、異国の言葉を叫ぶ! そして次の瞬間には、あの強大な『駱駝』が誇る右の前脚。その脚が小枝の如く、圧し折れていたのだ!
『駱駝』の苦痛による絶叫が、街に轟く! 誰もが、その絶叫を切望し、誰もが倒す事敵わぬ、と諦めていた者の苦悶の声。
だが今、はっきりと分かる。あの『駱駝』に痛打を与えたのだ!
民衆の歓喜の声が爆発した!
涙を流し、若き英雄の健闘を讃える!
我らの英雄が、やってくれた! 俺たちは、助かるんだ!
誰もが、英雄の勝利を疑っていなかった!
誰もが勝利を信じ、喜び勇んで、声を張り上げる!
それが"幻想"なのだと、思いもしなかった。
───ガァン!!! 不快な打撃音が響いた。
ハッと、人々が顔を上げる。視界に、弾丸のように吹き飛ぶ人間が見えた。
──少年だった。あの『英雄ロスタム』だった。
少年は、遙か先まで吹き飛び、瓦礫や、建物を巻き込んで行く。
数百m先まで吹き飛び、瓦礫にしなだれ掛かり俯き、遂には立ち上がる事は無かった……。
誰もが理解した。
雄々しくも立ち上がり、勇猛に立ち向かった、若き英雄はここで死んだのだ……。
人々は疑いようも無く……そう思った。
『駱駝』の咆哮が轟く。あの逆徒に、さらなる鉄槌を下そう、と。己を傷付けた矮小なる者の死骸を辱めよう、と。
大地を踏み締め、一歩一歩、緩慢に、しかし確実に英雄に近づいて行く。
───見逃す事なんて、出来なかった。
老若男女、誰もが怯えを堪え、立ち上がる。
あの少年を、傷付けさせてなるものか、と。
我らの英雄を、辱めてなるものか、と。
───突然の出来事だった。
「民衆よ! 怯え竦み、それでもなお、戦場に立つ勇気ある民よ!
我が名は
声が聞こえた。透き通る様な美しい……少年の声。その声は、災禍渦巻く、阿鼻叫喚の巷の中にあっても、澄み渡るように響いた。
人々はその声を、一言一句足りとも、聞き逃す事は無かった。
「我は、民衆に仇なす者を、微塵に打ち砕く者! 己が英雄へ! 我が友へ!」
「勝利を与えるのでれば───想いを! あの悪魔を倒す──力を!」
──とんっ。何処からか、少年が降り立った。
あの『駱駝』と、少年が倒れている場所の間に立ち、迫る『駱駝』を阻むように──。
そして、誰もが瞠目する。
酷く現実離れした、『少年』の登場に。
──美しい少年だ。
雑踏を闊歩するならば、道行く誰もが振り向き、目が離せない程の、整った容姿。
ボロボロの外套を纏い、額から流血しているが、それすら一つの芸術に見えるほど。
この世のものとは、思えない神韻縹渺たる玄妙な美しさ。そして、どこか神々しさすら感じる、超然とした立ち振舞い。
だがそんな特異な少年であっても、民衆は恐れを抱かなかった。
何故なら、あの少年の声には、我らの英雄を案じる感情が、隠し切れないほど、溢れていたのだから。
少年が、友を慮る気持ちは十分な程、伝わって来る。
そうだ!
少年はまだ、傷付き倒れ伏す、あの若き英雄ロスタムが、生きていると信じているのだ!
だからこそ、人々は彼を信じた。パルヴェーズの言葉を!
そして、肚を決める。あの若き英雄の友ならば、力を貸しても良いと!
手をかざす。
力の貸し方なんて、知りようはずも無い群衆。だが身体が、まるで知っているかの様に──動いた。
誰もが、瞳に強い意志を宿し、自分の生命の源を送る。身体から活力が、どんどんと抜け落ち、人々の顔から、生気が薄れ青白くなっていく。
それでも人々は、手をかざし、パルヴェーズへ力を託し続ける。
──ただ、勝利の為に!
だが、誰もが力無き「人」である事に変わりは無い。そう長く続かず、限界が訪れる。
次々と、膝を突き、倒れ伏す人々。
それでも彼らの目には、未だ闘志は消えていなかった!
パルヴェーズの元に、莫大な力が託される。それと共に、あらゆる想いも、伝わって来る。
あり得ない不条理への「怒り」。
あの魔物に一矢報いれるかも知れない「喜び」。
親しい者が、傷付き果てた「悲しみ」。
そして……生きたい。と、ただ愚直なまでの「願い」。
数多の、感情や想い、願いが空を駆け、パルヴェーズの手に収束して行く。
───GYAAAAAAA!!!
駱駝』が、激昂した様に雄叫びを上げる。
不快な蚤を吹き飛ばし、止めを刺す寸前だったのだ。
それを仕留め損ね逃した者。しかも、己が宿命の相手に邪魔された事に、酷く怒り猛っているのだ。
───ブォンッ!
今度は確実に仕留める、と矮躯を晒す『少年』へ、自慢の右前脚を振り降ろす!
何度も振り下ろされ、多くのものを屠って来た、死神の鎌が、パルヴェーズを襲う!
人々は、咄嗟に目を覆った。これから行われる惨劇を予感して。
だが、パルヴェーズは、焦る事は無かった。
その輝く翠瞳で『駱駝』を見据える──。
力が、収束しては、姿を変え、形を成していく。
──『弓矢』だ。
何の装飾も無い、無骨で、必要最低限の機能だけが備わっただけの『弓』と、一本の『矢』。
それが、パルヴェーズの手に収まっている。それは、パルヴェーズの望んだ武器でもあった。
(二の矢は、───要らぬ)
しっかりと、だが素早く、矢を番える。
ピンッと張った強弓を、持ち前の豪腕で胸まで引く。
そして、朗々と。
「敵」に立ち向かい、傷付いた友を心の中で案じ、聖句を謡う──
───勝利を願う聖句を!
「──我は最強にして、全ての勝利を掴む者なり! 最も尊く尊崇尽きぬ者よ! 義によりて立つ我に、勝利を與え給え!」
劫─────ッッッ!!!
ただの弓矢の一射。だが、放たれた瞬間には、幾条も束ねられた稲妻の如く、膨大なエネルギーを有し、『駱駝』へ迫った!
突き進むだけで大地が抉れ、遠く離れた民衆にも焼け付く様な熱波が伝わる。
例え、頑強にして、不屈の化身たる『駱駝』であっても、致命の一撃に成り得るもの!
もし、『駱駝』が激昂していなければ。
祐一が痛打を与え切れず屍を晒したのならば。
『駱駝』は稲妻の如き一矢を、「心眼」にて安々と躱して見せただろう……。
しかし、不愉快な事が連続して起こり、目と心すら曇った『駱駝』に、その一撃を躱すことは──敵わなかった。
咄嗟に、頭を振る『駱駝』。
だが、それでも──!
────GYEEEEEEE!!!
パルヴェーズが放った『矢』。その一矢は、狙い違わず『駱駝』に命中し、その右頭部と、小山の様な背瘤を、ごっそりと、くり抜いたのだ!!!
無敵を誇り、暴虐の限りを尽くした暴君が、堪らずのた打ち回る!
次いで、歓声が沸く!
「あいつを倒せる!」と、誰もが声を上げ、歓喜する!!!
「パルヴェーズ!」
またも、英雄の名が轟く。
一つは、彼が名乗った「パルヴェーズ」の名。「勝利する者」の意を持つ名を!
パルヴェーズと名乗った少年は、『駱駝』へ止めを刺す、と言う人々の予想に違い、何処かへ風のように走り去った。どよめき視線で追う人々。
そして、見つけた。
パルヴェーズが矢を放った場所から、それほど離れていない場所。あの、「若き英雄ロスタム」が俯き、倒れている場所だった。誰もが、「死んでいるだろう……」そう思っている者の場所へ。
人々は見た。 パルヴェーズと名乗った少年が、若き英雄へ何言か、呟く。
そして、次の瞬間には、誰もが驚愕した!
あの死体同然だった若き英雄が、ゆっくりと……だがしっかりと、顔を上げていく……!
彼は……生きていたのだ! 誰もが、心に湧き上がるものを感じて、仕方がなかった!
強い意志を宿した瞳と、宝玉の如き翠瞳が交錯する。二人は、互いに頬笑み合う。
──言葉は無かった。
若き英雄に、手を差し伸べる少年。
なんて……美しい光景だろうか。
二人共、血や煤で汚れ、お世辞にも綺麗とは言えないだろう。特に若き英雄は、死体と言われれば、信じてしまうほど酷い状態だ。
だがそれでも、人々はその光景に胸打たれた。
若き英雄は、ゆっくりと、少しずつ少しずつ少年へ、手を伸ばす。
そして、ついに……
──手を、取った。
光が零れる。民衆が捧げた力は、若き英雄を包んで行く……。
瀕死の状態だった彼が、瞬く間に治癒されて行った。
そんな、あり得ない光景。
だが誰もが、その光景に魅了され、頬に涙が伝う。
そして、二人は立ち上がり、言葉を交わす。
楽しげに、蟠りなんて、欠片も感じない……そんな気安さで。
二人は笑みを深めると、肩を並べて迫りくる『駱駝』を見据えた。
───さあ、開戦だ!
そんな異国の言葉が、風に乗って聞こえて来た。
もはやあの強大な『駱駝』であっても、遠くで見守る民衆には、彼らの紡ぐ英雄譚の踏み台にしか、見え無かった。
そして。
───白光一閃。
パルヴェーズの放った鎌鼬が、左半分だけが残っていた『駱駝』の頭部を見事に切り飛ばした!
頭部を失った『駱駝』はドゥッ……と、糸が切れた傀儡の様に、地面へ崩れ落ちた。
『駱駝』の身体が透けて行き、ざぁ……と波にさらわれた砂の如く消え去った。
(はぁっ……はぁっ……。……やっと、終わった……)
不撓不屈を体現した、あの『駱駝』を倒すのは、本当に……骨が折れた。尻もちついて、一息付く祐一。
パルヴェーズと共に戦った時でも、もう満身創痍だったのにも関わらず、それから驚異的な粘りを見せた『駱駝』。
本当に大変だったのだ。どれほど殴ろうが、滅多打ちにしようが、小揺るぎもしない。倒れる気配が微塵もしなかった。
正に、不撓不屈。祐一があの時、『駱駝』の右前脚を拉げさせた一撃は、幸運によるミラクルショットだったのだと、はっきり痛感させられていた。
こいつに痛覚が付いているのか、何度疑ったか分からない……。
祐一が今感じている感情は、大敵への勝利の喜びよりも、延々と続く作業がやっと終わった……と言う気持ちに近かった。
パルヴェーズと再会し、全快していた祐一も、『駱駝』の周りを飛び回っては、翻弄していた。それだけでは無く、偶にできる『駱駝』の隙を突いては、祐一も殴打を繰り返していたのだ。
元々、祐一に超越存在としてのプライドを傷付けられ、猛っていた『駱駝』。
眼の前に、宿命の存在である『少年』が居ようとも、怒気に支配された『駱駝』は、脇目も振らずに祐一へと迫った。
そんな『駱駝』を、猿のように跳び回り、翻弄する祐一。
祐一が跳び回ってヘイトを稼ぎ、その隙にパルヴェーズが強烈無比な力をもって『駱駝』へ攻め掛かる。
打ち合わせした訳でも無く、二人は自然と、その流れを作り『駱駝』を、じわじわと、しかし確実に消耗させて行った。
どれほどの時が過ぎただろうか。
遂に『駱駝』は力尽きた。
不死身地味た……、無尽蔵の体力を誇る『駱駝』もついに限界迎えたのだ。
首なしなった『駱駝』が、崩れ落ちて行く。その様子を群衆の誰もが、信じられない面持ちで声も無く見守る。
ただ英雄たる二人だけは、笑い合い拳を突合せ、勝利に酔い痴れた。
赫々たる武勲を樹てた祐一。
そんな彼はふと、「街はどれくらい被害を受けたんだろう?」と周囲を見渡した。
そこで祐一はとある事に初めて気付いた。
自分がいつの間にか何千何万と言う人々に囲まれていた事に。
そして誰も言葉を発しない、そんな奇妙な静寂の中心に居る事に気付いた。
戦いに集中し、『駱駝』とパルヴェーズしか見えて居なかった祐一。そもそも、他に人が居る事すら気付かなかった祐一は、衆人環視の只中に居る事に気付き、ちょっと……いや、かなり引いた……。
いきなり大衆が見詰める壇上に立ったような気分になった祐一。そそくさと隅の方へ逃げ出そうと画策し、そこへパルヴェーズが「待った」を掛けた。
逃げる祐一の腕を、パルヴェーズが引っ掴み、祐一へ耳打ちする。
ウソだろ? と言う引き攣った顔をして、パルヴェーズを見る祐一だったが、パルヴェーズに促され周囲を見渡し、溜息一つ。
次に顔を上げた時には、覚悟を決めた様な顔していた。
そして止めにパルヴェーズが、トンッと、祐一の背を叩き、前へ押し出す。
薄く頬笑みながらも、どこか悪戯っぽい表情が、人々が感じていた、彼への神聖な印象を、がらりと変える。
民衆に囲まれ、初め真面目くさった顔をしていた祐一。だが直ぐにも、期待の眼差しで見詰める民衆を見て取り、照れ臭そうな顔になって……しかし、それでも……
「────俺たちの、勝ちだっ!!!」
右手を掲げ堂々と……街に轟く大音声で、勝鬨を上げたのだ!
───わぁああああああああああああ!!!
その瞬間、街が爆発した。否、爆発した様な歓声が、街を覆い尽くしたのだ。
どこにそんなに人々が居たのか、そこらかしこから、歓声、絶叫、咆哮、の声が聞こえる。
祐一の話す、異国の言葉は誰も理解出来なかったが、彼の所作で、あれは「勝鬨」なのだと、人々はすぐに分かった。
遂に堪らなくなった群衆が、堰を切ったように二人の英雄の元に駆け寄り、賛辞を贈っては、胴上げしたり、もみくちゃにして行く。
──疑いようも無い、人類の勝利だった!!