王書   作:につけ丸

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第二章 神殺し
014:この馬の値はイラン全国!あなたはこの馬に跨って、世を救うのです!


 いま祐一は馬上にあった。見渡す限りの不毛な大地。遙か先にはザクロス山脈を構成する一部であろう大山脈が見える。

 ここは山脈の麓でもあり山脈が見えるのも当然だった。それに伴い周辺の起状はかなり激しい。

 また岩や石が絶え間なく敷き詰められた大地は、絶え間なくデコボコとしていて、祐一が駆る馬の扱いも否応無く、難しい物になっていた。

 躍動する馬の手綱を握りやっとの想いで操り進んでいく。別に急ぐ旅でも無く、ゆっくり進めれば良いのだが、祐一達が駆る馬は天の邪鬼で「速度を落とせ」と言う祐一の指示を聞こうとしない。

 

 言う事聞け! と叩けば叩くほどこの駿馬は持ち前の駿足をさらけ出して見せ、一向に止まる気配を見せなかった。

 そんな悍馬を憎々しげに見やって、思わず口を引き結び「へ」を描く。

 

 背中合わせにグースカ寝ているパルヴェーズが心底羨ましい……。

 

 祐一の偽らざる思いだった。

 最近のパルヴェーズは良く眠るよなぁ……。まあ、『駱駝』との戦いが響いてんだろな。

 と現実逃避気味な祐一。

 パルヴェーズに気を取られて油断していた彼だったが、それを見て取ったクソ生意気な馬の目が光る。

 ここぞとばかりに「隙あり!」と、跳躍し大きく背を揺らしたのだ。

 そもそも祐一が駆る馬は裸馬である。鞍なんて贅沢な物は付いていない。馬の口から手綱が伸びるばかりである。

 そんな中、おっかなびっくり、という体で進んでい居た祐一は、全くと言っていい程、姿勢が安定していなかった。

 

「うわああああっ!」

 

 堪らず、落馬する。落下する瞬間、口を大きく裂けさせニヤニヤ笑う馬面がはっきり見えた。

 ───ピキッ。祐一の、こめかみにぶっとい青筋が浮かぶ。

 ドシャッ。だがそのまま祐一は受け身も取れず、頭から地面に突っ込んだのだった。

 なおこの悍馬に乗り始めて2日。通算36回目の落馬である。

 普通なら軽傷では済まない落ち方。

 それでも頑丈無比な祐一は直ぐに怒り心頭と言う顔で立ち上がり、遥か彼方へ走り去って行く悍馬を見る。

 

「──ラァァクシェエエエエエッッ!!!」

 

 祐一の咆哮が、不毛の地に轟いた。 その顔にはあの馬を今晩のメインディッシュしてやる! と、ありありと書いてあった。

 

 ───ここは、ファールス地方。

 約2500年ほど続くイラン建国の地であり、大昔には"パールサ"とも呼ばれ、ペルシアの語源にもなった"イランの原点"とも言える土地である。

 あのバンダレ・アッバースの街を灰燼に帰そうとした『駱駝』との死闘から、2日。

 今、彼らは先日まで居たホルモズガーン州を抜け、ホルモズガーン州から見て北西にある州、ファールス州に足を踏み入れていた。

 あのクソ生意気な馬……「ラクシェ」と出会ったのも、バンダレ・アッバースでの事だった。

 

 

 何故、彼らが2日の間に、バンダレ・アッバースから遠く離れた土地に居るのか?

 

 それは2日前に起きた『駱駝』との戦いから、遡らなくてはならない……。

 

 

 

『駱駝』を倒し勝鬨を上げた祐一達。

 そんな祐一達を、人々は口々に讃え、勝利を祝った。

 街を凱旋する祐一とパルヴェーズだったが、バンダレ・アッバースは『駱駝』の猛威によって、壊滅状態にあった。

 街の状況を見た祐一は、パルヴェーズに声を掛け、復興を手伝う事にした。パルヴェーズは「仕方ない」とばかりに肩を竦め同意した。

 途方も無い膂力を振るい、復興を手伝う二人。

 そんな二人を、流石英雄殿! と讃え驚く民衆と、いつの間にか、自分の身体がとんでもない事になっていて、驚く祐一の姿があった。

 身体を慣らす様にして動く祐一だったが、臍下丹田から湧く力を使わない限り、元の能力に落ち着く事に気付き、ホッと安堵していた。

 

(よかった……。全部が全部変わった訳じゃないんだな……)

 

 後でパルヴェーズに、この力は何なのか聞いてみよう……。そう決める祐一。

 戦っている間は、気にも留めなかったが、落ち着いて冷静になると、疑問しか生まれない。

 

(まっ、それも手伝いが終わってからだなぁ)

 

 そう結論付け、小走りに次の現場へ向かった。

 重機を使って、やっと動かせる瓦礫の山を、スポンジでも扱う様に軽々と崩していく二人。

 その上パルヴェーズなどは、持ち前の耳の良さで、助けの声を聞き分けては、的確に指示を出し、多くの救出に成功していた。

 人々を災禍より守護した両雄のまえに恰幅の良い男性が出て来た。彼はなんと「私の馬だ。……あなた方を気に入った様だ。譲ろう」という。

 これには祐一も驚き「どうだ?」とパルヴェーズに尋ねる。パルヴェーズも、頷いた。

 なお祐一が、この選択を後悔するのは、そう遠く無い未来の事である。

 

 馬を引く二人。

 それを見た人々は「ラクシュだ!」と、口々に言うので、名前かと勘違いした祐一が、それを認めた事で、この雄々しき馬の名は「ラクシェ」となった。

 ラクシュでは無くラクシェなのは、異国の発音で祐一の耳に、そう聞こえた為である。

 二人は、受け取ったラクシェに乗り込み、街を出たのだった。

 

 そんなこんなで、別れを惜しまれつつ、バンダレ・アッバースを旅立った二人。

 一時は袂を別った二人だったが、再び結んだ縁の紐は、更に固く結ばれている。

 

 新たな仲間を迎え、宛も無い波乱万丈な二人旅が、また始まったのだった。

 

 ○◎●

 

 バンダレ・アッバース出立してから数刻ほど。

 そこそこの距離を走っていた二人だったが、裸馬の乗り方を知らない……と言うか、そもそも乗馬した事が無い祐一は、パルヴェーズとラクシェに何とかしがみついて居たが、流石に耐え切れなくなって、根を上げた。

 

「ま、股が……。股が痙った……」

「軟弱じゃのう?」

「やかましいわっ!」

 

 大地に倒れ、天を仰ぐ祐一。

 股が痙っただけでは無く、全身の筋肉がプルプル震えている。乗馬で、普段使わない筋肉を使って居た為に、疲労が溜まってしまったのだろう。

 祐一は「すぐ復活するから!」と言い張り、大地に身を投げ出していた。

 そんな折に、ふと、こちらを見下ろす瞳と、目があった。

 ラクシェであった。

 今さっきまで二人が乗っていた馬は、パルヴェーズの横に、まるで忠犬の如く、礼儀正しく佇んで居る。

 初めて会った時から、この月毛の馬は、パルヴェーズに物凄く従順であった。祐一はと言うと……かなり無視されがちだったが。

 

 パルヴェーズが褒める様に、その首筋を撫でている。ちょっと撫でてみてぇなぁ。

 何となく、羨ましくなった祐一。

 今だに痙って、震える身体を無視して立ち上がり、ラクシェに近付く。まじまじと見ながら、

 

「馬なんて、あんまり見ないし、こうして近付いて見るの、初めてかもしんない」

「ふむ? 馬に乗るのも、慣れていないようじゃし、おぬしの故地では、馬は居なかったのかのう?」

「まあ、居るけど、この国みたいに街中を走ってたりはしないかな。なんか祭り事の時に、どっかの牧場から引っ張って来るくらいじゃないかな」

「ほう。人の世の移り変わりは、早いものじゃのう。波斯、希臘、羅馬、天竺、唐土……我が知る人の世では、人と馬は切っても切れないほど、濃い関係であったはず。それが今では、あの様な醜いからくりに取って代わられるとは……」

「まっ、そう言うなよ。パルヴェーズはまだ、車乗ったことないんだろ? 乗ってみたら案外気に入るかも知れないじゃないか。今度乗ってみようぜ?」

 

 眉根を寄せ、呟くパルヴェーズに、笑顔で返す祐一。

 次第に、ラクシェを見ている事に飽きた祐一は、今度は撫でて上げよう、と静かに佇むラクシェに手を伸ばした。

 

「お前も、今日から俺達の仲間だ。よろしくな!」

 

 笑顔で声を掛ける祐一。

 ラクシェは気位の高い馬である。生来、身体が他の馬達と比べ格段に大きく、また走力のも優れ、聡明さも兼ね備えていたラクシェ。恐らく、人語を介する事も容易いだろう。

 光沢のある月毛に、美しさと頑丈さを兼ね備えており、正に、天が二物も三物も与えた名馬である。時代と場所が違えば、神馬、汗血馬などと称えられていただろう。

 その為、人々の扱いも、丁寧で恭しいもので、当然ながらラクシェのプライドもまた、ダマーヴァンド山よりも高いものになっていた。

 ───なお牝馬である。

 そんなラクシェに気安く触ろうとする、無礼千万な人間が現れた。

 気位の高いラクシェが、それを良しとする訳も無く……伸ばされた手に、思いっ切り噛み付いたのだった。

 

「ぬわ──っっ!!」

「……」

 

 絶叫を上げる祐一。興味を失ったラクシェ。

 ここから、彼らの因縁は始まった。

 両名が闘い始めるのは、それからすぐの事だった。

 

 ○◎●

 

「追い付いたぞぉ! クソ馬ぁあああ!!!」

 

 果てしない荒野を、全力で疾走する祐一。

 その走る速度は、明らかに人間の出せる速さではなかった。加えて、彼が走り始めて、もう数kmの距離に及んでいる。スタミナも尋常では無い。

 ボコッボコッと、地面を捲りあげながら疾走する。脚力一つとっても人並み外れてしまっている。

 だが、一番可笑しいのは、自分の急成長を受け入れ使いこなす、祐一自身なのかも知れない。

 ──ヒヒィンッ! 

 祐一の大喝に振り返ったラクシェが、嘲笑する様に鼻を鳴らす。そして速度を緩める事なく走り去った。

 目をカッと見開き、口をパクパクと動かす祐一。声も出ない程、激高している祐一の姿があった。

 その顔は、般若やナマハゲの様な、悪鬼羅刹を思わせる恐ろしい表情である。

 どうやら、今のラクシェの仕草を見て取り、更に頭に血が昇った様だ。殺意の波動に目覚めた祐一が、ラクシェに迫る。

 

「──往生せえええやあああああ!!!」

「──ブルウオオォォオオッ!!!」

 

 再び絶叫を上げ、追い付いたラクシェに、ライダーキックをかます祐一。

 華麗なターンを行い、その勇ましい後ろ脚で迎え討つラクシェ。

 ついに火蓋が、切って落とされた。人馬が織り成す、骨肉の争いが始まったのだ! 

 人間と馬。

 どちらの種族においても、最高峰の能力を持った者達が、全身全霊を掛けて激突した! 

 争いの理由は、とても性も無いものだったが……。

 祐一とラクシェ。一人と一匹の関係は、完全に水と油……いや、犬猿の仲と言った方が近いだろう。

 こんな彼らの諍いは、ここ2日の間でよく見られる光景でもあった。

 ちなみにパルヴェーズは、少し離れた所で、小岩に腰掛け、その様子を眺めていた。

 骨肉の争いを始めた一人と一匹に、呆れた視線を向け、溜息一つ。

 

「争いは同じ位階の者同士でしか発生しない……とは、あやつが言った言葉じゃったんじゃがのう……」

 

 そんな言葉が、荒野に溶けては消えた。

 

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