王書   作:につけ丸

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016:試練

 ───疾ッ! 

 

 とある少年の眼前に、猛り狂う暴れ馬が迫った。

 巨躯である。迎え討つ少年もまた中々の高身長だが、それでも見上げねばならない程の。

 荒涼とした大地を雄々しく踏み締め駆け抜ける巨馬。もし、その逞しい背に乗ったならば、どんな凡夫であれ勇壮無比な兵と化すだろう。

 その暴れ馬は少年を高みから見下ろし、その逞しい四つある脚でもって、踏み砕こうとしている。

 脚の先には、硬い蹄が付いており、少年の肉体を容易く叩き割るだろう。

 交叉する四肢に合わせ、その恐るべき蹄が縦横無尽に暴れ回る。

 駿足を曝す悍馬の通った跡には踏み砕かれ粉々に砕けた石塊の破片が散乱し、その恐るべき威力を示していた。

 それはまるで迎え討つ少年の未来を、言葉も無く暗示している様でもあった。

 もう両者の距離は……近い。あと数度の瞬きもあれば、両者は交錯する。

 その結果は誰もが、「火を見るよりも明らかだ」と考え、最後まで見る事なく、目を逸らすだろう。

 ……普通であれば。

 しかし、迫り来る馬が、普通ではない様に、相対する少年も普通ではなかった。

 ──揺るぎない燃える様な意志を宿した瞳。

 ──眼の前に破壊の権化たる存在が迫ろうとも、決して崩れない不敵な笑み。

 ──靭やかでシャープな、しかし弱々しさを感じさせない躰付き。

 ──どんな相手と戦おうと、己の勝利を信じる傲慢なまでの心。

 強襲する馬も二匹と居ない類稀な馬であるが、迎え討つ少年もまた類稀な肉体と精神を持った若き俊英であった。

 そんな両者を見守るのは、少し離れた枯れ木の傍に佇む少年のみである。

 背丈、年頃はあの不敵に笑う少年と近いだろうか。

 その表情は、残念ながら木の影となって見えないが、それでもその独特な雰囲気と均整のとれた肢体は、見る者に深い印象を残し、忘れる事を許さないだろう。

 ……この少年もまた、尋常では無い様だ。

 疾走する悍馬。

 立ち塞がり、笑う少年を、容易く蹴散らさんと駆ける。

 前脚を大きく掲げ、人間程度なら為す術なく圧死させるだろう蹄を少年に向けた。

 その時だった。

 何の構えも取っていなかった俊英たる少年が、遂に構えを取る。

 手を振り上げ、その勢いそのままに右足を繰り出す。

 そう少年は、手を大空に思いっ切り掲げ、片脚立ちになったのだ。その姿は、まるで鶴が蒼穹へ飛び立さん、としている様にも見えた。

 巨馬の振り降ろした脚に、少年が右足で応えようとしている。

 普通であれば、力無き人……それも身体も出来上がっていない少年なのだ。

 そんな足掻きなど、あの悍馬ならば歯牙にも掛けず、踏み砕くだろう。

 ───しかし、出来なかった。

 悍馬の繰り出す前脚を、少年が己の右足でもって受け止めたのだ。あの人を優に越える巨馬の一撃を。

 停滞は一瞬だった。

 両者はぶつかり合う足を起点に、力を込め、同時に後ろへ飛び退ったのだ。

 軽業師の如く一回転し、着地する少年。

 四足歩行とは思えない四肢の動かし方で、背面跳びし、一旦地面に手を付き、また身体を跳躍させ身体を一回転させる悍馬。

 どちらも、重力が発生しているのか、疑問なるほどの機動であった。

 地面に降り立った瞬間、両者の姿が掻き消える。

 目にも留まらぬ速さで、相手に向かい疾走したのだ。

 まるで、電光石火。……種の最高峰である、彼らのみに許された速さで。

 そして、迅速果断。……逡巡など、毛ほども感じさせない速さであった。

 再び交叉する。

 ガラスを割った様な、鋭く、高い、耳に響く音が空気を叩く。決して生身で出せる音では無い。が、衝突する貫手と蹄からは、確かに響いていたのだ。

 正に、剥き出しの暴力。技も術理もへったくれも無い、持ち前の力とセンスを武器にぶつかり合う。そんな原始的な、しかし生物として当たり前の姿。

 次いで少年が、右拳を叩き込む。それを紙一重で、左へ避ける悍馬。

 避けされた事に構わず、そのまま流れる様に、前へ進む少年。

 すれ違う両者であったが、巨馬が、駆け抜けようとした少年に、その強靭な後ろ脚を逆袈裟に振り上げた。

 不意の一撃であった。少年は、咄嗟に右足を掲げ、守りを固める。

 だが、やはり尋常では無い馬の一撃もまた、尋常では無かった。右足を掲げた少年の守り、諸共蹴り上げ、吹き飛ばす。

 衝撃を受けた少年は、まるで棒切れの様に、軽々と吹き飛んだ。

 堪え切れなかった呻きが、少年の口から漏れる。勢い余って、数度、宙を回転しながら吹き飛ぶ少年。

 とんっ、少年は、天地が定かでは無い視界の中、何とか両足で着地に成功した。三半規管が刺激され、視界が揺れる。迫る猛り狂う馬を認め、走り出そうとするが、足が縺れ蹈鞴を踏み倒れ込んでしまった。

 驚き、右足を見る。何処かたわんだ様な、歪な己の足が目に入った。悪態を突く少年。

 立ち上がろうとするが、今度は力が入らない。

 あの悍馬の前脚を強かに叩き込まれた、右足が痺れているのだ。

 一拍の停滞。何も感じない空白の感覚。だが、すぐ後に、突き抜ける様な痛みが走った。

 再度、悪態を付く少年。もう、巨馬との距離は幾許もない。

 そこで遂に少年は勝負に出る事を決めた。

 乾坤一擲。左足に力を込め、更に右手で右足をぶっ叩き、なんとか立ち上がる。

 絶体絶命。それでも、少年は笑う。そう、大胆不敵に。

 迫る悍馬が、突き刺さる様な戦意と共に、嘶きを上げた。前脚を掲げ、蹴散らそうとする巨馬。

 少年もまた、大地に両足を縫い付け、右拳を振り上げる。

 ───ッ! 声も無く、二つの裂帛の気合がぶつかり合う。闘気渦巻く両者を境に、戦いの舞台たる沙漠の表面へ風紋が浮かび上がる。

 右拳と蹄が、衝突し、停滞する。

 なんと少年が、自分の一回りも二回りも大きい巨馬を、頑と受け止めたのだ。

 拮抗する両者。

 どちらも、負けじとその四肢に力を篭める。捻じ伏せ屈服させようとしている。

 睨み合う両者の瞳には、相手を飲み込まんばかりの、強烈な意志が宿っていた。

 ───大地を揺るがさんとする「闘志」

 ───天を衝かんばかりの「怒気」

 無垢だ。そこに、余計な感情は一切介在していない。ただ只管に、ぶつかり合う相手を一点に見据え、猛るのみだ。

 拮抗し、停滞する両者。しかし直ぐに、硬直状態は解かれた。

 巨馬が、少年を踏み潰さんと全身の力を振り絞り、押し潰したのだ。巨馬の体表に幾多の太い血管が浮かび上がる。血が駆け巡り、ひりつく熱気が少年の頰を撫でた。

 目を疑う程の膂力を見せた少年も、これには堪らず、体勢を崩した。もう、右足が限界だったのだ。

 大地に仁王立ちしていた足が崩れ、膝を大きく曲げ、崩れ落ちる。

 好機。勢いそのままに、踏みつける巨馬。

 絶体絶命の少年。だが、その眼光は未だ強い意志を宿していた。

 ───グッ。

 少年が、踏みつける巨馬の前脚を、その手で絡め取ったのだ。少年は、迫る脚の力に逆らわず、そのまま後ろへ倒れ込む。

 大きく仰け反る少年。少年は流れる様に、悍馬の放つ一撃を受け流す。

 なんと、あの強烈な一撃を、紙一重で避けて見せたのだ。

「らぁっ!」そして少年は、倒れ込む勢いを利用し、左脚を繰り出す。 

 少年の放った左脚は、悍馬の腹部を強かに打ち据えた。

 ─ッ! 痛打を受け、圧迫された肺から空気が漏れ出る。よろめき、ついに膝を突く悍馬。

 両者は距離を取って立ち上がり、再び相対する。

 一進一退の攻防。状況は、少年がやや不利か。

 互いに強力な一撃を受け、傷付く両者。しかし、彼らの目に、「止める」と言う感情は見えない。それどころか、刻一刻と戦意は高まり、留まる所を知らない様にも見えた。

 両者は、相手を見据えて、思考を巡らせる。

 どう攻略し、討ち果たすかを。勝ちへの道筋を。

 動く。震え、悲鳴を上げる四肢に力を込め、駆ける。

 今度こそ、目の前の好敵手たる戦士を降し、己が勝者である、と証明するために。

 お互いの、全力決死の一撃を放つのだ。

 彼らは、今の傷付いた状態でぶつかれば、只では済まない、と知っていながらも、敢然と前へ出た。

 

「おおおおおおぉぉぉっっ!!!」

「ブルウオオォォオオッッ!!!」

 

 ───ただ偏に、勝利の為に! 

 

 

「そこまでじゃ阿呆ども!」

 

 

 ゴチンッ! 見渡す限りの荒野に、鈍い打撃音が響いた。

 激突寸前だった両者の頭頂に、拳骨が振り降ろされたのだ。

 意識が枯れ葉の様に吹き飛びそうな衝撃と、弱い意志など一瞬で捻じ伏せる、力ある言霊が、一人と一匹の胸を穿つ。

 彼らは、心身共に痛烈な一撃を貰い、地面へ倒れ込んだ。

 勝者は、明らかであった。

 

 そのまま頭から崩折れ、大地と熱烈なファーストキスをかます少年……もとい、「木下祐一」

 同じく、頭から大地に突っ込み、顔ごと地面に陥没した悍馬……もとい、「ラクシェ」

 その様を、怒気を宿した瞳で見下ろす、もう一人の少年……もとい、「パルヴェーズ」

 戦っていた人間と馬は、祐一とラクシェ。見守っていた人影は、言うまでもなくパルヴェーズであった。

 彼らはまた性懲りもなく、喧嘩をしていた。昨日、あんなにも決意し、想いを新たにしていたのに、だ。

 まあ、祐一はまだ14歳で、ラクシェは畜生。

 感情の制御や精神の未熟さ、敵愾心を煽りに煽る両者であれば、無理からぬ事だったのかもしれない。

 それはそれとして、珍しく、怒りの感情を発露しているパルヴェーズ。何時もの呆れた表情では無く、般若の如く恐ろしい表情だ。

 どうやら冷静沈着なパルヴェーズであっても、道を急いでる中、毎日毎日喧嘩され、遂に我慢の限界に達した様だ。

 

「おぬしら……我の足を何度止めさせれば気が済むんじゃ……? この三日で何度、おぬしらの喧嘩で立ち止まったか知っておるのか……? ……我が水場を探しに、目を離した途端に争いおって……」

 

 どこからか汲んで来た水を担ぎ、見下ろすパルヴェーズ。腹に据えかねる……と言う感じで一人と一匹に、詰問していた。

 

「ち、違うんすよ……パルヴェーズさん……。悪いの全部、コイツなんすよ……」

 

 すぐに復活し、みっともなく弁明し始める祐一。

 倒れ伏すラクシェを指差し、責任を押し詰めようとしていた。汚い。

 なお、ラクシェは地面に顔を埋め、意識が無いフリをしている。なかなか人間臭い馬である。

 そんな一人と一匹を、冷厳な瞳で見据えるパルヴェーズ。

 

「ヒェッ……!」そんなパルヴェーズを見て、喉からしゃくり上げる様な声を出し、顔を盛大に引き攣らせる。

 怒りの感情を感じ取ったラクシェ。そんな倒れ伏すラクシェの手足に、ゾワッと震えが走った。

 

「おぬしの不仲は、よく理解しておったつもりじゃ。だが、時が経てば軟化するであろうと考えておったが、見通しが甘かった様じゃのう……。どうやら荒療治が必要なようじゃ……!」

 

 ゆういちは にげだした! 

 ラクシェは にげだした! 

 しかし まわりこまれてしまった。

 

()()。小僧、駄馬」

 

 力ある言霊では……無い。しかし、絶対に従わなければならないと言う、言いようの無い圧力が、祐一とラクシェを襲う。

 祐一は、小石が敷き詰められた沙漠の真ん中で正座をし、ラクシェは腹這いになって倒れ込む。

 すぐに右足の痛覚が悲鳴を上げ、転げ回る祐一。ラクシェもまた、蹴られた部分が思い出したように痛み、ひっくり返った。

 種の頂に立つ者とは思えない、情けない姿である。

 そんな両者を見下ろし、パルヴェーズは口を開いた。

 

「よいか? これよりおぬしらには、一つの試練を与える。おぬしらが協力せねば、決して打破出来ぬ試練を、じゃ」

「し、試練?」

「そうじゃ。ここより遙か先、とある山脈に、湧き水が染み出た……小さな川がある。そこへ、おぬしらは、五日以内に協力し辿り着かなくてはならぬ。それが、試練じゃ」

「えぇ……このクソ馬とかよ……」

「ブルル……」

「聞け、阿呆ども。我はこの試練に手は出さぬ。お主らが協力せず、辿り着けず、何処かで野垂れ死のうとな。それに五日以内に辿り着けなくとも、容赦無く置いて行く。よいな?」

 

 そう言ってパルヴェーズは、祐一に一枚の羽根を渡し、ラクシェには、飲み水が入っている袋……背嚢を括り付けた。

 貰った羽根を、頭にはてなマークを浮かべなが、しげしげと見つめる祐一。それはラクシェも同様だった。

 

「……なにこれ?」

「おぬしが持つ羽根は、目的地である小川まで導く針路を示す物じゃ。羅針盤が北を向く様に、その羽根は小川の方向を指すのじゃ」

「ふーん……」

「そしてラクシェには、5日分の飲み水を持たせておる。おぬしらが、小川に辿り着くまでの飲み水じゃ。この袋は、ラクシェには触れれぬ。この袋に触れれるのは、小僧、おぬししだけじゃ。言うて置くが、その小川までこの辺りに水源は……無い」

「……」

「そして、我が渡した二つの物は、おぬしらから離れぬ様、秘術を施しておる。この2つが揃わねば、例え、小川へ一人で向かおうとしても決して辿り着けぬ。おぬしらは、これより一蓮托生になった。──そして小僧、おぬしはこの試練で、己の肉体に迫る真実を悟るじゃろう。心せよ」

 

 パルヴェーズは、こちらを見つめ確認する様に言う。祐一は、頭を掻いて目を逸らす。

 逸した先には、ラクシェがいた。……ラクシェもまた、こちらを見ていた。

 どうやらラクシェの方も、パルヴェーズの視線に耐え切れなかった様だ。

 驚いた様に顔を見合わせて、すぐに「フンッ!」と、鼻息一つ。

 イヤなものを見た、と言わんばかりに、顔を背ける一人と一匹。そんな彼らを見て取り、心の中でため息を漏らすパルヴェーズ。

 

「……では、の」呆れを滲ませた声色。

 パルヴェーズそれだけ言い残し、走り去った。

 

「あ! ちょっとまっ……」

 

 手を伸ばし、引き留めようとする祐一。だが。すぐに追い付けない、と悟った。

 まるで風だ。風の様な速さで少年は駆け去り、その背中はすぐに見えなくなってしまった。

 速い。

 祐一は素直にそう思った。パルヴェーズは、時を経るごとに……化身を倒すごとに、より強くなっている気がした。

 ……だがそれでも、「追い付けない」とまで思ってしまった自分へ、苛立ちが止まらなかった。

 祐一は、そんな考えを抱いた自分を振り払う様に、首を振り、隣のラクシェを見やる。

 ───影も形もなかった。

 

「は?」

 

 目を瞬かせ、辺りを見回す祐一。すぐに、見つけた。ラクシェの姿は、荒野の遙か先。パルヴェーズの走り去った方向だった。

 まるで風だ。風の様な速さで悍馬は駆け去り、その背中はすぐに見えなくなってしまった。

 

「は!?」

 

 ラクシェは、風の吹き荒ぶ無人の荒野を走り抜けて行ったのだ。……祐一を置いて。

 

「お前は行くんじゃねええええええええ!!!?」

 

 絶叫を上げ、追いかけ始める祐一。

 前途多難な試練の始まりだった。

 




ラクシェは金色の黒王号みたいな感じです。
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