王書   作:につけ丸

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021:見上げた理想よ

「あと半日、と言った所かのう」

 

 明朝。出発する際にパルヴェーズが放った言葉だった。すでにあの試練から夜が明け二日ほどの時間が経っていた。

 穏やかな朝だった。試練の時の様な、今日一日を生き延びれるか、悩まなくても良い、いつも通りの朝。

 そんな朝を迎え数刻が過ぎた頃。もう彼らは、出発しようとしていた。

 朝っぱらから、元気な祐一。

 試練中の不調なんて感じさせない動きで、祐一はそこかしこを跳び回り、四肢が動く! という喜びを全身で表していた。

 試練開始前よりも数段調子が上がっているようにも見えて、今の祐一は絶好調である。

 対し、ラクシェは、仏頂面だ。

 今まで好き勝手に出来た好敵手が、元気を取り戻し、己の手から離れてしまった事が気に入らないのだ。

 ラクシェは、聡明な馬ではあるが、まだまだ感情の制御と言う物が未熟である。

 そんな訳で、試練の最中は、協力しあっていた一人と一匹だが、試練が終わり、停戦協定が破棄され事により、冷戦期を迎えていた。

 停戦協定の更新はなかった様だ。

 

 話は戻る。

 どう言う意味か分からず、頭にはてなマークを浮かべた祐一が、ラクシェに乗り込みながらパルヴェーズに問い掛ける。

 

「半日?」

「うむ 。あとどれ程も掛からず……化身の居る街に着く、と言う事じゃ」

「マジか……!」

 

 思わず拳を握る。

 いつも突発的に現れては、祐一達を苦しめてきた化身達。

 だが、今回は違う。

 こちらから化身の居る場所へ出向き、鉾を交える。攻めの一手だ。

『駱駝』が現れた時のような、突然現れ、人々に被害が出る戦いを、防げるかも知れない。

 数多居る、化身。

 そのどれが待ち受けているのか、欠片も予想出来ないが、全力で戦い抜く。

 祐一は、握り締めた拳を左胸へ持って行く。迸る決意と爆発しそうな激情を抑える様に。

『強風』『山羊』『雄牛』……洋上にて邂逅し、それから何度も祐一を翻弄し続けた化身達。何も知らず、何も判らず、何も出来ず、ただ惑っては隣を歩く友に、知らず助けて貰っていた。

『駱駝』……迷い、恐れ、震えながらも、己の意志で立ち向かった、初めての化身。一度は倒れたが、友と力を合わせ、初めて倒す事ができた。

 一歩、一歩、進んで居る。

 牛歩の歩みだとしても、友に手を引かれながら、しっかりと。

 そして、ここまで来た。ならば、次は……。

 

 勝てるかどうか、まだ分からない。だが、必ず勝つ。

 

「勝つぞ、パルヴェーズ。俺とお前なら、やれる」

 

 短い言葉。だが、その言葉には絶対不変の決意と、これまでの旅を確かに乗り越えて来た、と言う重みがあった。

 

「ふふ」

 

 パルヴェーズは心せず微笑む。

 ああ、この少年のなんと気持ち良い事か。

 何度も挫け、倒れながらも、その度に立ち上がり、共に歩んで来た、我が旅の侶伴。

 頑迷固陋なまでに勝利を求め諦めない、我が愛し子たる戦士。

 友の約束を果たす為、強大な化身に立ち向かい、偉業を成した、我が最愛の友。

 

 いくつもの顔を見せ、戸惑い、挫けながらも、前に進む姿は、パルヴェーズをこの上なく喜ばせた。

 

 後ろで見守っていたはずのパルヴェーズでさえ、いつの間にか隣に立ち、共に道を歩みようになっていた。

 

「行こうぜ! パルヴェーズ、ラクシェ!」

 

 街を出て、一週間ほど。

 手綱を引く手も、少しは様になった祐一が、声を掛ける。

 パルヴェーズは、同意する様に頷き、ラクシェは指図するな、と鼻を鳴らす。

 そんな、何時もの光景。

 それを目に収めながら浮かべた笑みを更に深め、化身の待つ街へ進んだ。

 

 

 ○◎●

 

 

「ほう。以前、おぬしと伍すると言っていた者は、それほどか」

 

 出発して、一時間ほど。

 二人は馬上にあり、ラクシェに揺られていた。一時間もすれば、気を最大限に引き締めていた祐一でも、流石に集中力が持たず、気を利かせて話し掛けて来たパルヴェーズと話し込んでいた。

 天気、風景、イランの風俗、祐一の昔話、パルヴェーズの説法……話題は多岐に渡り、二人も常ならず舌が回っていた。ラクシェもまた、話せないものの、愉快気な話し声に耳を傾けていた。

 そんな、決戦前とは思えない弛緩した、しかし、一行の誰もが気の緩みなど一切ない、程良い緊張感に包まれた状態であった。

 

「おう! まぁ今でこそ仲良いけど、昔はみんな「俺が一番強い!」って思ってる奴らばっかだったからな。昔は良く喧嘩したなぁ……。はは。ヒートアップし過ぎて、流血沙汰なんて何時もの事だぜ。俺だって、頭ぶっ叩かれて、何針か縫った事あるぜ。まっ、その仕返しに顎に一発、強いヤツ見舞ってやったりしたけどな」

「はは。なんとも血気盛んな若者たちじゃのう。ふむ、なるほどのう。おぬしほど、逸脱した肉体を持つ者が、驕らずに居れた理由が理解できたわ」

「え? ……なに言ってんだよ。俺ほど、自分に自信あるやつなんて居ないぜ? 常に俺が一番強いって、信じてるからな!」

「ふふ。そう言う事ではない。おぬしほど、能力に恵まれて居るならば、驕り高ぶるのが必定。しかし、おぬしは競合する友のおかげで、己への自信はあれど、過剰な慢心は見当たらぬ。なるほど、おぬしの故郷とは、よほど良き環境なのであろう」

「そりゃそうさ。みんな強えし、追い越したと思ったら、すぐ横に居る……。そんな奴らばっかだ。油断なんて出来るもんか。ふっ……まあでも、最終的に俺がNo.1って事で決着したけどなぁっ!!!」

 

 髪を掻き上げ、さらりと言い放つ。

 今の祐一は、パルヴェーズがこれまで見て来た中で、最高のドヤ顔である。

 

「ふふ。それにしても、おぬしと同格の者たちか。中々に面白そうな友人たちじゃのう。おぬしの故郷を訪ねる事があれば、会ってみたいものよ」

「ああ。パルヴェーズの使命が終わったら、いつか行こうぜ! まだまだ、旅は長いんだからさ! 次に着く街で、サクッと化身倒して、進みまくろうぜ!」

「旅は長い、か。うむ、そうじゃのう。ならば、この使命を終わらせ、真に自由の身になれば、おぬしの生国に立ち寄るのも悪くはないのう」

 

 そう言うパルヴェーズは、少しは寂しげに見えた気がした。

 だが、すぐに元のパルヴェーズに戻ったので、「気の所為か……」と祐一は流した。

 

 ────そこで、何かを見つけた。

 とある方向を指差し、パルヴェーズに声を掛ける祐一。

 

「おい、パルヴェーズ。あれ見ろよ。鹿が怪我してるぞ」

「うん? おお、力弱き者が……痛ましい事じゃ」

「助けに行こうぜ、パルヴェーズ。前みたいにさ。お前が触ってやればすぐに治るし、偶にやったって罰は当たらねぇぜ」

 

 祐一は、お気楽そうにカラカラと笑う。

 何時もなら、パルヴェーズが肯って、治療のため駆け寄って行く流れ。そう、旅を初めてからずっと続けて来た事だった。

 だが……

 

「──ならぬ」

 

 パルヴェーズは、頷かなかった。

 

「え?」

 

 困惑した。

 頭をガツンと、石塊で叩かれた様な衝撃。吐き出す言葉も、面白みの無い、間抜けたものしか出なかった。

 信じられず、問い掛ける。

 何故? と……。

 

「忘れたのか、小僧? 我らは、今、戦場に向かっておるのじゃぞ。それも、このペルシャの地、その存亡を掛けた聖戦じゃ。それを、定命の者どもの治癒などと言う些事で時間を浪費する訳にはいかぬ。更に言えば、我の力もまた、浪費する訳にもいかぬのじゃ」

「……は」

 

 

 祐一は、信じられなかった。脳が理解を拒絶する。

 困惑はどんどん、深くなっていく。底のない泥沼に嵌った様で、もがけばもがくほど、沈んで行く。絡み取られていく。ふり向いてパルヴェーズを、見る。

 彼は───笑っていた。

 

 非人間的な笑み。その笑みは、祐一がいつの日か、美術の教科書に載っていた弥勒菩薩を想起させた。

 パルヴェーズとその仏像に、なんの関係も思い至らないのに、「似ている」と思ってしまった。

 そう。

 それほど、今のパルヴェーズの笑みは、無機質で、造り物地味たものだった。

 いつの時か感じた、違和感が膨らむ。

 バンダレ・アッバースを出てから、何度か感じた違和感が、決戦を前にした今になって、肥大化して止まらない。

 

 ───疑うな! 

 祐一は叩きつける様に、自分へ一喝する。

 友と決別した苦い記憶が、己の罪を突き付ける様に浮かび上がる。

 もう、あんな思いは、死んでもゴメンだ。祐一の心は、友と別れた時を思い出す度に、膿んだ患部の如く、ジクジクと苛む。

 こんな思いは、嫌だ。

 だから、俺は……

 

 

 ───突然の出来事だった。

 

 

 地平線の彼方から、一筋の光明が見えた。

 ジェット機が真上を過ぎ去る様な、劈く轟音と共に、巨大な何かが、目にも止まらぬ速さで横切った。

 誰も、動けなかった。

 パルヴェーズの声に、凍り付いていた祐一も、

 そんな祐一を、静かに見ていたパルヴェーズも、

 誰も、動けなかった。

 

 そう。

 ──前を見据えていた、ラクシェを除いて。

 

 

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