王書   作:につけ丸

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026:天に弓引く者達

 完全なる存在へ至ったパルヴェーズ

 

 いや、『ウルスラグナ』は少年へ語り掛けた。

 

「喜べ小僧! 我は使命を成し遂げ、『常勝不敗の軍神』たる『我』へと回帰した! ははは! 何と気分の良いことか!」

「……」

「おぬしも喜びの余り、声も出ぬか!」

 

「……ふふ。やはりこのような目出度い日には、人間どもは喜び咽び泣き、供物を捧げねばならぬ。そうは思わぬか?」

「供物、だって……?」

「うむ。勝利の化身にして常勝不敗の軍神たる我が求める供物。それもまた勝利に他ならぬ。闘争の中での勝利を、じゃ」

「闘争の中での……勝利……?」

 

「左様。おぬしと旅をして思ったのじゃが、現世には我が物顔で闊歩する人間どもが溢れておる。……安寧に微睡む者、波乱に惑う者、奢侈に溺れる者、赤貧に喘ぐ者……そして特にこの地には、多くの民族、教義、出処、性別……正に、坩堝の如く入り乱れておる」

「……それで?」

「ふふ。まあ、そう急くな。先ず手始めに、このペルシアの地全土での闘争じゃ。この地には、今言ったように、ありとあらゆる民族がおる。おぬしのような東方の民族もじゃ。それを争いに争わせ、最後に残り勝利を捧げた者が、我と鉾を交える栄誉を授かる……」

 

「はは。どうじゃ、小僧? 血湧き肉躍るであろう?」

 

 怒りに震えた。

 許せなかったのだ。

 今までのパルヴェーズと歩んだ旅を汚された気がして。

 

 俺は、そんな事をさせる為に、使命を手伝った訳じゃない! 俺は、お前に笑って欲しかったから! お前に喜んで欲しかったから! 

 俺は……俺は! そんな事をするお前を、見たくない……! 

 

 溢れる激情が祐一を、どうしようもなく苛んだ。

 知れず涙が、頬を伝う。 

 

 ───だが、眼には、燃える様な強い意志。

 

 激情を抑え込み、変わり果てた友へ……パルヴェーズへ語り掛けた。

 

「なあ、パルヴェーズ……」

 

「変な事、言ってないでさ……。旅を続けようぜ? ……まだ、俺達が見た事無い様な景色とかさ、ラクシェみたいに変な奴との出会いもあるかも知んない。先の事なんて分かんないけどさ、楽しい事や色んな人たちがいっぱい居る筈だろ!」

 

「俺、言ってなかったけど、トルコやイギリス、北欧にも行きたいんだ! 俺も良く知ってるわけじゃないけど、パルヴェーズもきっと気に入るって! あ、そうだ! パルヴェーズも、どっか行きたい国ないのか? 勿論、俺も付いて行くぜ!」

 

「あ、それに、俺の故郷にも行かなくちゃな! 約束したろ? 俺の故郷に居る友達は、おもしろい奴らばっかだからな! 秀、隆、秋、勇樹……他にもたくさん居る! パルヴェーズも気に入るさっ! 約束するっ!」

 

「……だからさ、旅を続けよう! パルヴェーズ! お前との旅がこれから、どんな旅になるかは、まだ分かんないけどさ! 絶対楽しい旅になる!! 断言する!!」

 

 祐一は独り、喋っていた。 もう、喋っていないとどうにかなりそうで。

 語り掛けるパルヴェーズを、どうにか翻意させたくて。気付けば、ずっと、ずっと、喋っていた。

 だけど、何時までも言葉は続かなくて……。

 いつの間にか、言葉は途切れてしまって……。

 それでも祐一は、パルヴェーズを信じた。

 彼は、必ず戻ってくる、と。

 友は、必ず帰ってくる、と。

 ──最後の最後まで。

 

「──ならぬ。……それに、おぬしは聞いて居なかったのか? 我はパルヴェーズなどと言う名では無い。我が名は『ウルスラグナ』。勝利の具現にして、あらゆる障碍を打ち破るものじゃ。覚えておけ」

 

 冷たい言葉。

 冷たい視線。

 冷たい表情。

 

 ──ああ。昨日まで流れていた在りし日々が、酷く遠い。

 

 パルヴェーズの心が、何処にあるのか判らない。

 今まで、積み上げてきた物は……無意味だったのだ……。

 祐一は、悔しくて涙が出た。

 決して今まで流していた、悲しみの涙では無い。

 友達を、止められなかった……無力な己への涙であった。

 

「──なんの真似じゃ、小僧?」

 

 気付けば祐一は、拳を握っていた。

 

 変わってしまったパルヴェーズへ、拳と敵意を向ける。

 

 友を……止める。

 俺の命を掛けるくらいで、少しは止められるのなら……! 

 祐一は、一点の曇りもない強い瞳で、友を見据えた。

 

 

 ○◎●

 

 

「──よせ、小僧。人如きが、神に敵うものか。今ならばこれまでの友誼に免じ、一時の気の迷いとして許そう。さあ、拳を降ろし、また我が「語り部」として侍るがよい」

 

 ウルスラグナが、祐一へ傲然と言葉を放つ。

 愚か者、と。

 

「───やだね!」

 

 愚か者で、結構! 元から、俺は賢くない! 

 もっと賢かったら、友達一人くらい、とっくに止めれてる!! 

 

「俺は、そんなになっちまったお前を、変わってしまったお前を、止めなくちゃならない! 俺は、皆に怖がられて嫌われるお前を、見たくない! ……俺みたいに、嫌われて欲しくない……! ──友達のそんな姿、死んでも見たくねぇ!!!」

 

「強情な小僧じゃ。ならば、仕方が無い」

 

 言霊だ。

 

「───我に従え、小僧。我が意思、我が言葉に従い、我が庇護を受けるが良い!」

 

 透明で恐ろしい力を纏った呪言が、祐一を絡め取り、屈服させようとする! 

 今までウルスラグナが何度も使ってきた力。しかし、そこには嘗て彼が説教や冗談で使っていた、暖かみは無い。

 

 ただ冷たく、刺々しさに塗れたコレは、全く別のモノにしか祐一には感じられなかった。

 こんなものが、あいつの力であって堪るか! 

 俺が受け入れるのは、パルヴェーズの言葉だけ! 

 こんな紛い物に従う訳がねぇ!!! 

 

「──うるせぇ! そんなモンで俺を止めようとしてんじゃねぇ!」

 

「来るなら拳を使え! 殺してでもお前を止めようとする俺を殺してみせろ!」

 

「俺は! 何が何でもお前を止めるぞ!!!」

 

 己の力に絶対の自信を持つウルスラグナ。

 当然だ。

 その力を用いて、これまで常勝不敗たる己の存在意義を示し続けていたのだから。最も多くの勝利を手中に収め、多くの悪神を討ち滅ぼしてきた、千変万化にして輝かしき無敗の軍神。

 その強大な力の一端を見せれば、どんな強さを誇る人間でも、如何なる魔神とて、膝を付き慈悲を乞い願った。

 

 だが今、己が誇り絶対の自信を持つ力に、罅が入った。──ただの矮小なる、人間の手によって! 

 

 なんと……! 

 思わず口から声が漏れ、驚愕に目を瞠るウルスラグナ。

 

 それは、一瞬の隙! 

 この軍神と何千何億と相対し、一度だけあるかないかの、千載一遇の好機! 

 祐一の判断は早かった。

 足元の、硬い大岩を大きく持ち上げ、驚愕に固まったウルスラグナへ殴り掛かった。

 まるで豹の如く俊敏な動きと、獅子の如き力強さで、ウルスラグナへ迫る。 

 今の彼は、全力だ。

 己の四肢に宿る全力全開の膂力は勿論、臍下丹田より練り上げた内功も加えて、木下祐一が放つ全身全霊の一撃であった。

 例え格闘技の世界チャンプや武林の至尊に至った者達でも、祐一の閃電の如き速さと、敵対者を圧倒する覇気に呑まれ、その強烈な一撃から逃れる事、敵わなぬだろう。

 

 そう。

 それが、───神でなければ……。

 

 ひらり……。ウルスラグナはまるで柳の如く、祐一の渾身の一撃を躱す。全く歯牙にも掛けない圧倒的な差。

 嘗てまだウルスラグナがパルヴェーズであった頃よりも、大きく途方も無い歴然たる差がそこには大海の如く存在していた。

 右に身体を傾け、紙一重で避けたウルスラグナが言葉を放つ。

 

「聞き分けの悪い小僧じゃ。言って聞かせ、判らぬならば、打擲し、躾ねばのう」

 

 攻撃を外し、倒れ込む祐一の耳に声が響く。嫌な予感が祐一の心を覆う。

 果たして、その予感は直ぐ様、現実となった。

 

 ───メリメリメリ……! ウルスラグナの均整の取れた四肢から、鋭い蹴りが放たれたのだ! 

 ウルスラグナの左足が祐一の腹部へめり込む。

 祐一は、意識が飛びそうな程の痛みと衝撃、そして身体の中で骨が軋み折れ、内臓がブチブチと千切れる様な、嫌な感覚を覚えた。

 堪らず胸に溜めていた空気が漏れ、それと共に、粘り気を帯びた唾も吐き出される。

 意識が明滅する。膝を付く。

 

 ──たった一撃。その、たった一撃で、祐一は瀕死の状態に陥った。

 蹲まり折れそうな心を、必死に立て直す。

 戦意を掻き集め、右手をこれでもかと力一杯握り、ウルスラグナへ掬い上げ様なアッパーを放つ。

 

 ──やはり、避けられる。

 次の瞬間、世界が回った。伸び切った足を、ウルスラグナに掬われたのだ! 

 地面に激突する直前に何とか手を付き、飛び退る。

 手を付いた衝撃で、腹部を中心に猛烈な痛みが走る。涙が出そうな痛みを堪え、胃から漏れそうになる吐瀉物もまた堪える。

 飛び退り、地面に着地する。

 

 ──その瞬間だった。全身が、総毛立つ。

 身体の穴という穴に、槍を付き入れられた感覚。

 だが、これまで出会ったどの化身と相対した時より、何倍も恐ろしい気配! 

 咄嗟に亀の如く腕と脚を折り曲げ、守りを堅める。

 目を開き見えた物は、パルヴェーズの右足……上段への回し蹴りだった。

 祐一には、大型クレーンの先に付いている巨大なフックが、凄まじい勢いで迫って来る、そんな光景を想起した。

 

 だが、そんな余裕のある思考は直ぐに終わった。

 

 世界が弾けた。それほどの衝撃。

 守りを堅めた筈の腕が、使い捨ての箸の如く叩き折れる。守りを突き向けた、回し蹴りが祐一の顔面にまで届き、吹き飛ばされる。

 反撃なんて考える隙すらない。

 

 怒涛の如く、流麗で、鮮烈。そして、苛烈な暴力の嵐が祐一を襲う。そこに一切の慈悲と躊躇はない。だが、祐一の息の根を止める迄には至らない。

 当然だろう。

 これは、罰なのだから。”神”と言う、神聖不可侵、絶対の存在に対して反抗した罰。己が分を分からせる為の罰である。

 死にそうなのに、死ねない。ただ只管、嬲られるだけ。

 

 そうして、祐一はやがて力尽きた。

 ウルスラグナより放たれる攻撃が止み、糸の切れた傀儡人形の様に、崩折れる。

 倒れ伏し意識が朦朧とする祐一。

 もう限界だった。

 確かに、ウルスラグナによる攻撃の苛烈さは並ではない。なるほど、彼が言っていた己が闘神と言う言葉に、嘘偽りはない。

 だがそれよりも、祐一には友であった存在に嬲られ続けると言う出来事が、只管に心を穿った。

 

 共に旅をし、語り合った友。助け合い、笑い合った相棒は、『ウルスラグナ』なんて言う聞いた事すら無い”神”だと言い出して。

 肉体の痛みなんかよりも、心が保たない。もう祐一は、どうにかなりそうだった。

 唐突に、首を掴まれ引き上げられる感覚。ウルスラグナが、祐一を持ち上げたのだ。

 片腕一本で小枝でも拾う様に、祐一を持ち上げるウルスラグナ。それ一つとっても、尋常では無い膂力である。

 朦朧とする意識の中、祐一は力なくウルスラグナの腕を掴む。

 もう、それだけの力しか残っていなかった。

 

「小僧。これで思い知ったか? 己の愚かさを。そして、己がどれほど矮小で、非力な存在かも理解したであろう」

 

「…………」

 

「──さあ、まだ遅くはない。己が過ちを認め、我が『語り部』として任を全うせよ」

 

 それでも、祐一の答えは変わらない。

 

「い……や、……だ…………!」

 

 ──小僧……! 

 

 初めてウルスラグナが、感情を露わにした。その美しい柳眉を顰め、翠瞳は怒りに細めれる。

 だが、その変化も一瞬だった。

 次の瞬間には、凍てついた能面の如き無表情と、無慈悲な色を纏った双眸へと変わり、祐一を睨み据えた。

 

 死ぬのか……。祐一は、思う。

 こいつを、止められなかったなぁ……。

 

 諦めた心が、祐一と言う少年を、酷く澄んで悟った心境へと変化させた。死を前にしていると言うのに、酷く心は凪いでいて、どこか傍観者の如く、現実が遠くに感じられた。

 

 ──でも、まあ……パルヴェーズに……ああ、今はウルスラグナだっけ? ……に殺されるのも……友達に殺されて死ぬのも、悪くないかもな……。

 そんな諦め切った、潔いとも言える考えすら生まれてしまって。

 この旅は、辛くなかったか? ……って、聞かれたら頷くなんてとてもじゃないけどさ……。

 こいつに助けてもらって……笑い合って……。

 うん。悪くない旅だった! いい人生だった! 

 今の祐一は、胸を張ってそう言えた。

 もう血を失い過ぎて、霞がかった視界の中、最後にウルスラグナを見る。己の最後は、友の顔を見ながら終わりたい。

 そんな考えだった。

 そして、旅をして、共に過ごした祐一だから───判った。

 

 

 パルヴェーズは、悲しげだった。

 

 

 ────ッ! 

 

 祐一は激怒した。

 

 

 情けない自分に! 

 無力な自分に! 

 この輝かしい友人に、友殺しの汚点を作ろうとしていた自分に! 

 戦いなんて手段に逃げてしまった自分に! 

 最後まで一緒に居ようと思えなかった自分に!! 

 諦めてしまった自分に!!! 

 

「───うぉおあああっ!!」

 

 祐一の目に活力が戻る!  

 死の直前にあった者とは思えない、裂帛の気合が迸る。 裂帛の気合は、衝撃波の如く辺りへ拡散し、ウルスラグナの艷やかな髪を揺らす。

 

 ウルスラグナは、瞠目した。

 この少年と相対し、二度目の驚愕。

 あの死の淵に追いやり、全てを諦めていた少年は、遥か彼方へ消え去ったのだ! 

 今、目の前に居るのは、往生際悪く足掻き続ける、しかし気高き『戦士』であった! 

 

「──ぬぅ!?」

 

 祐一が掴んでいた、ウルスラグナの腕。その腕が、マグマの如き熱さを感じ、思わず祐一を離してしまった。

 見れば、祐一に掴まれた腕は、黒く焦げ、黒煙が舞っていた。

 

 止まらぬ痛みに腕を抑え、『雄羊』の権能を使う。

 そして、祐一の方を見遣った。

 再び瞠目する。

 

 ───祐一の手は燃えていた。

 否、その手に収められらた”枝”……『聖枝(バレスマ)』が燃え盛っているのだ! 

 その聖枝は、夜闇に輝く松明の如く辺りを照らす。

 

 祐一は日輪如き炎を燃やす聖枝を、ウルスラグナの腕へ押し付けたのだ。

 

 日輪───つまり、光明(ミスラ)の気配厚き聖枝を! 

 

 聖枝は光明神ミスラに由来する『神具』

 軍神ウルスラグナが主とする光明神に由来を持つ『神具』

 

 それ故に祐一の持つ『聖枝(バレスマ)』の来歴を看破した。

 

「───おのれ『猪』め!……小僧! その『聖枝(バレスマ)』をかの光明神が潜む湖で手に入れたか! 『猪』めが彼の湖に潜み、小僧を誘ったのはこの為であったか!」

 

 そう。祐一の手中に収まっている『聖枝(バレスマ)』──それは、『猪』が祐一へ託した物だった。

 

「しかし、その枝一つで何が出来る!? 己が命を燃やす炎……確かに、我が肉体を傷付ける事は出来ども、それで、倒れる我ではないぞ!!」

 

 確かに神具でもあるこの聖枝、名付けるなら『ミスラの松明』だろうか。

 かの光明神が石より誕生した時に所持していた2つの『神具』……かの神が戦神である事を示す”剣”と、太陽と光の象徴である”松明”──その後者である松明と限りなく近い物が、祐一の手中に収まっていた。

 

 しかし、結局はただの松明でしか無い。神を殺傷出来る能力など備えてはいない。

 

 ウルスラグナの問い。

 その問いに祐一は、嘗てパルヴェーズであった頃に見せた、不敵な笑いで応えた。

 光明神たる、彼の神の職能は多い。

 

 太陽、光、正義、再生、戦い、秩序、生ける霊、天軍の指揮官、世界主、雄牛を殺す者、皇帝の守護者、虚偽の破壊者──

 

 ───そして、契約である。

 

 常勝不敗の軍神たるウルスラグナの主でもある……かの光明神。

 その力は強力だ。ローマ帝国の国教であるミトラス教の主神。ゾロアスター教の創始者ザラスシュトラでさえ、アフラ・マズダーにも比肩するかの光明神の名声に危機感を覚えたと言う。

 

 正に、常勝不敗の軍神に相応しき主。

 かの光明神の言霊一つで、()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()

 

 その神性溢れる松明は、まさに対『ウルスラグナ』用の神具でもあった。

 だが、神の扱う不朽不滅の神具なのだ。人間如きが扱える代物ではない──常であれば。

 

 しかし、祐一は条件を満たした。神具を動かす条件を。

 

 語らい、友となり、友情を深める友愛の契約を! 例え力無き人であっても、神具を扱う資格を得たのだ! 

 

『猪』に託された物と意味。初めは、何が何だか分からなかった。だけど、今なら判る。

 お前が、俺に何をさせたかったのか、今ならハッキリと分かる!! 

 

 ───お前は、俺に賭けたんだな! 

 己の根源となる存在が狂い、人に仇なす性を持ち始めた事。それに抗う手段として、この『聖枝(バレスマ)』と俺に賭けたんだ!

 

 祐一は、笑う。

 そう言えば……俺はお前に名前を付けてやるって言って、出来ず終いだったな……。

 彼は、更に笑みを深め、語り掛ける。

 その約束、今、果たすぞ! お前の名前は……! 

 

「来い──『()()()』!! 俺と友情を感じているなら! こいつを止めたいって思うなら! ならば、今こそ、その軛より解き放とう! ───盟友たる、「木下祐一」の名の下に!!!」

 

 

 ───ルオオオオオオオオオォォッ!! 

 

 

「小僧、おぬし!? ───ぬ、ぐぅうううううッ!!!」

 

 咆哮が聞こえた。

 嘗て、祐一を慰め寄り添ってくれた、異形の友の咆哮が。短い時間だったが、確かに感謝し、友誼を交わした友。無力さ故に、何も出来ず、助けられなかった友。

 だけど『ラグナ』は俺を信じてくれた! 

 俺に、この大切な枝を託したんだ! 

 

 ──ならば、今度は俺が全力で応えるのみ! 

 

 祐一は、思い出していた。

 イランと言う異邦の土地に迷い込み、友と歩んだ道程の全てを。

 木下祐一と言う少年の人生の中で、最良最高の時間。喜怒哀楽、全ての感情がそこにはあった。死と生をこれ程、近くに実感した事はない。

 一人の友人を、こんなにも深く思った事はなかった。

 助け合い、認め合った仲間との別れも、初めてだった。

 異形の姿。……でも友達になれると知った。

 その全ての記憶を、燃え盛る炎へと燃やし、昇華させる。

 

 ───何が何でも、あいつを止める! 

 

 力を貸してくれ! ラクシェ! ラグナ! 

 祐一は、おもむろに懐からラクシェの遺髪を取り出す。

 

 ──手の中で輝くバレスマへ、焚べた。

 お前の想いも、持って行く……!

 一緒に、あいつを止めよう。

 なあ、そうだろ……? 

 

 さぁ……行こうぜ。ラクシェ……。

 

 祐一は、道半ばで倒れた友へ語り掛ける。

 

 答えなんて、帰ってくる筈ない。だと言うのに……

 

  ───ああ。共に……。

 

 ラクシェの意思が、胸に伝わって来た気がした。

 ──祐一は笑みを深め、叫ぶ! 

 

「──来いっ! 『ラグナ』ぁああああっ!!」

 

 燃え盛るバレスマを大きく掲げる。

 祐一の叫びに呼応する様にラグナの咆哮が響き、命を燃やす! 

 

聖枝(バレスマ)』の光は、もはや太陽と遜色ないほど輝き───果たして、時は訪れた。

 

 ──ルオオオオオオオオオォォッ!!! 

 

 ウルスラグナの美々しい肉体を突き破り、魁駆を誇るラグナが現れた!

 

 嘗て湖で出会った時よりも、大きく、そして雄々しく。

 根源たる存在より叛逆し、友の元へ駆け付けた者の姿であった。

 祐一は、ウルスラグナが誇る十の化身が一つを叛乱させ、己が陣営へ迎え入れたのだ! 

 

「──やってくれたな『猪』! そして、小僧!! 我に、造反するだけでは飽き足らず、我を傷付け、『雄羊』の化身までも穿ちおったか!」

 

 激怒! 赫怒! 忿怒! 

 ウルスラグナの怒りの感情が、反逆者たる祐一とラグナへ襲い掛かる! ───だが、その様な怒気で怯む者たちではない!! 

 ウルスラグナの言葉に、祐一は不敵に笑い、ラグナは雄叫びを上げる!! 

 

「──ふんっ! 我を出し抜いたその手腕、先ずは見事言っておこう! しかし、これしきの事で倒れる我はないぞ!!!」

 

 ウルスラグナは、満身創痍であった。

 

 腹部にはラグナが這い出てきた事によって、大穴が空いており、その穴から出る夥しい流血により外套が赤く血に染まっている。

 内部の被害も甚大だ。ラグナが這い出る際、暴れ回った影響で、幾つかの権能が上手く機能しない。一番酷いのは、ウルスラグナの不死性を支える『雄羊』の化身だ。長く休養を取らねば、欠片も使う事叶わないほど、粉々に破壊されている。今の彼に宿る不死性は、酷く薄まっていた。

 満身創痍、と言う言葉がこの上なく当て嵌まった。

 

 対峙する敵の陣営は、意気軒昂。

 

 無傷で立つ、強大な力を誇る破壊の化身『猪』

 死の淵に立っていたが『猪』の恩恵により全快した、人類最高峰の能力を持つ戦士”木下祐一”

 

 ──正に、絶体絶命。

 

 だが、かの常勝不敗の軍神に”撤退”の二文字はない。 

 叛逆者共への怒りと、強者への戦意を昂ぶらせ、敵を見据える。

 

 ウルスラグナは、たまわらぬ強敵の出現に、口角を釣り上げ───笑った。

 

 

 イランの大地。

 世界を遍く照らす太陽と、嘗ての聖都のみが見守る大地にて、人と神の戦いが幕を上げる! 

 戦意を迸らせ、人知らず世界の命運を懸けた闘争にのめり込む者達! 

 

 

「───う、らぁぁあああああっ!!!」

 

「───おおおおおおおおおおッ!!!」

 

 ────ルォオオオオオオォォッ!!! 

 

 

 三者三様、雄叫びを上げ、大地を蹴る! 

 さぁ、開戦だ───!!! 

 

 ───最後の戦いが始まった! 

 

 

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