王書   作:につけ丸

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027:最後の敗北

 ───ペルセポリスは崩壊した。

 満身創痍のウルスラグナへ、打倒せんと迫る祐一とラグナ。

 だがウルスラグナは驚異的な粘りを見せ、常勝不敗たる所以をこれでもか、と見せ付けていた。

 両陣営とも攻撃を与えども、決定的な一撃を与え切れない。

 戦況は膠着状態へ陥っていた。

 ───ウルスラグナへ挑む勇者達。一匹の神獣と、一人の人間である彼ら。

 一方はウルスラグナ十の化身が一つの神獣。圧倒的な力を見せ、一撃で全てを粉砕するラグナだ。だが今は根源たるウルスラグナに叛意を示して挑みかかっている。

 かの神獣が、その牙を、その四肢を、その声を振るえば忽ち石でできた遺跡など灰燼に帰した。ペルセポリスが粉砕された大半の原因はラグナにあると言ってもいいだろう。

 もう一方は、ただの矮小なる人間である。

 心眼を使い己が持てる、全身全霊で神へ挑む少年「木下祐一」。

 この旅で、何度も折れては立ち上がり、死線を潜り抜けてきた少年は、もう一角の戦士……いや、それすら越え、神と互角に渡り合う姿はもはや英雄に違いない。

 ……だが、どれほど彼らが奮闘しようと、所詮一人の「人間」と一柱の「神獣」に過ぎない。

「神」へと回帰したウルスラグナとの差は、埋められなかった。

 致命傷一歩手前の状態で、奮戦するウルスラグナ。

 膠着しつつも、じわじわ消耗し始める祐一たち。

 ──絶妙に保たれている天秤は、何時どちらかに傾いても不思議ではない状況であった……。

 あと、一撃! あと一撃さえ、ウルスラグナに攻撃を与える事が出来たなら……! 

 祐一は、どこか縋る様な思考と共に、戦況を見据えた。

 

 

 ○◎●

 

 

 ───ルオォォォオオオオオッ!!! 

 

『ラグナ』の咆哮が衝撃波となり、大地を砕きながらウルスラグナへ迫った。

 迎え打つウルスラグナは、右脚を振り降ろし踏み抜いて地面を地殻変動の如く隆起させ盾とする。

 瞬間、衝撃波と隆起した大地が激突した! 

 砂塵が舞い、視界を覆う。

 ウルスラグナは目を凝らし、『ラグナ』の位置を探る。

 同時──直感が囁いた。

 ウルスラグナは、咄嗟に身体を捩った。砲弾がウルスラグナが数瞬前までいた箇所を駆け抜けていく。

 いや、あれは砲弾ではない。崩壊したペルセポリス、その遺跡の欠片だ。人の倍はある巨大な遺跡が、ウルスラグナへ襲い掛かったのだ。

 ウルスラグナは、遺跡の投げられた地点を見遣る。

 そこにはやはり予想違わず──戦士が居た。

 ブレザーを引っ掛け、ウルスラグナを見据える戦士。右腕を突き出し、彼奴があの欠片を投げ込んだのだと、容易に理解出来た。

 ───「木下祐一」戦士の名である。

 

 ──ルオオオオォォォンッッ!! 

 再び、『ラグナ』の咆哮が空気を震わせる。 ウルスラグナは、一瞬、祐一から視線を外し『ラグナ』へ意識を傾けた。

 その隙を見逃す祐一ではなかった。

 ──疾! 『ラグナ』に気を取られ、隙の出来たウルスラグナへ向けて。

 閃電の如き俊足はまさに古代の英雄の如き。

 その速さはもはや人間の範疇に収められる事は出来ないだろう。

 遺跡の破片がそこかしこに転がる地面を全力で走り、衝撃波がたどり付くよりも速く、一瞬でウルスラグナへ肉薄する。 

 左腕を振りかぶり、全力の殴打を放つ。狙いは、ウルスラグナの秀麗な美貌。神の尊顔へ、祐一は拳を打ち込んだ。 

 ウルスラグナが気付いた時には、もう遅い。

 躱す事が出来ないと悟ったウルスラグナが、右腕掲げ、守りを堅める。

 ───ッ! 

 驚愕は、どちらからだっただろうか? 

 ウルスラグナは、守り固めた防御を壊しかねない程、強力な祐一の膂力に。

 祐一は、頭部と腹部を狙い同時に放つ虚実織り交ぜた二撃必殺の攻撃を防がれた事に。

 両者とも、驚愕で目を見開く。だが、それも束の間。

 同時に地面を蹴り、己の四肢を用いて蹴りを繰り出す。

 ウルスラグナの長い右脚が祐一の左脇腹へ迫った。

 祐一もまた迎え討つ。右脚の膝を折り曲げ、ウルスラグナの身体ではなく、迫る右脚へ繰り出した。

 ──グギぃッ! 

 ウルスラグナの右脚が、おかしな方向へ曲がる。祐一の膝が、砕かれた。

 苦痛で表情が歪む。だが祐一は砕けてはいるが、まだ勢いの乗る右脚を開いた。ギチギチと嫌な音と激痛が疾走るが堪え、ウルスラグナの右胸部目掛け蹴りを放った! 

 しかし、その蹴りを座視し容易に受けるウルスラグナでは無い。ウルスラグナがその曲がってしまった右脚を身体ごと捻って、祐一の右脚を巻き込み振り降ろす! 

 断頭台──! ギロチンの刃が、己の砕けた脚に迫るのを想起した。

 藻掻く、藻掻く、藻掻く! だが、ウルスラグナの右脚は止まらない! 

 ウルスラグナが、笑う! 祐一が、悔し気に──笑った。

 瞠目するウルスラグナ。……何故だ、と。

 ──ゴオオオオオォォッ! 

 次いで、衝撃が両者を襲った。

 ラグナの放った咆哮 それが今、彼らの元へ辿り着いたのだ! 

 吹き飛ぶ両者。

 祐一もまた、咆哮により身体へ手酷い衝撃を受けたが、それよりも脚を失わずに済んだ喜びが勝った。

 祐一とは別方向に飛んだウルスラグナへ、猛り狂うラグナが迫った。禍々しい牙が、空中で身動きの取れないウルスラグナを穿とうとする。 

 ウルスラグナが今まで使っていた『雄牛』の権能は、ラグナに抗する事が出来ない。 何故なら、かの『雄牛』は大地へ帰依する化身だ。大地に足をついて居ないとその能力は十全に行使できない。

 今のウルスラグナは、ヘラクレスに持ち上げられ、大地から離されたアンタイオス。ヘラクレスと同一視された彼が、何と皮肉な事だろうか。

 

 ウルスラグナの決断は早かった。

『雄牛』の権能を瞬時に、『駱駝』へ切り替える。

 迫るラグナの牙へ、折れ曲がった右脚では無く、残る左脚で迎え撃つ。

 ラグナとウルスラグナ。両者の表情に苦悶の色が浮かぶ。

 ピシッ。嫌な音が響き、ラグナの禍々しい巨大な牙へ、亀裂が走ったのだ。だがラグナは構わず突き付ける。

 その意気や良し! 

 ウルスラグナは、酷薄に笑い、『ラグナ』の牙を一息に叩き折ろうとして───出来なかった。

 ──ゾクリッ!  悪寒が、ウルスラグナを捉える。

 咄嗟に、「────遅い!」

 祐一の声が響く。 それも、ウルスラグナの真後ろから! 

 祐一が地面から大跳躍し、ウルスラグナの背後を取ったのだ。砕かれていない、片足一本で。

 咄嗟に、ウルスラグナは振り払う様に放った手刀と共に、振り向く。ウルスラグナの手刀は、狙い違わず、祐一の左脇腹を切り裂く! 

 だが、そこまでだった。

 祐一は、手に持っていた神具たる「ミスラの松明」を、ウルスラグナの大穴が空いた腹部へ突き刺したのだ! 

 肉が焼ける音と、黒煙が舞う。

 ウルスラグナが苦悶にその美しき容貌を歪め、苦痛の元凶である祐一を振り払う。

 ウルスラグナの放った軽い右腕の一振りで吹き飛ばされ、次いで、ウルスラグナもまたラグナの牙の一撃で吹き飛ぶ! 

 

 かの軍神に、一撃を与えた。

 だが、浅い。ラグナの牙は折れかけていた。軍神はその程度の攻撃では倒ることはない。

 地面なんとか着地し、体勢を立て直す。ウルスラグナもまた同様の様だ。

 なんて、タフさ。浅いとは言えラグナの一撃すら耐え抜いてみせるウルスラグナ。

 バンダレ・アッバースで暴れた『駱駝』並の耐久力。祐一は、隣で心配そう覗き込むラグナへ、大丈夫だと手を振りながら、思う。

 

 ウルスラグナが──動く。祐一達もまた、呼応するように走り出した。戦況は、再び動き出した。

 

 ───焦燥、疲労、意気、闘志。

 祐一の胸中は荒れ狂っていた。しかし、それを支配する冷徹な己。

 嘗て『駱駝』へ挑んだ時の状態へと至っていた。これにより心眼と内功とを完全に操っていたのだ。

 だが、今の祐一は冷徹な思考に陰りが見え始めていた。

 いくら最高峰の能力を持った少年とは言え、やはり圧倒的に経験が足りなかった。平和な日本に居たのだ。こんな命のやり取りを……一瞬の迷いが、一つの間違いが、死を招く。

 そんな状況になった事など、数える程しかない。

 祐一の神と渡り合える程の異常な集中力は、どんどんと彼の精神を削り取って行った。

 ───そして遂に、破局の時が訪れる。

 

 ──ッ! ウルスラグナを翻弄する為、駆け回っていた祐一。先刻、ウルスラグナに砕かれた脚は、ラグナの恩恵によって治癒されている。

 しかし、その俊足を誇る脚も限界が訪れた。疲労の蓄積され脚がおもしろいように縺れ、体勢を維持できず倒れ込んだのだ。

 今まで渡り合っていた敵手が見せた大きな隙。その隙を見逃すウルスラグナではない。

 右手を突き出し、かざす。

 劫─────ッッ! 紫電が迸り、あらゆる悪神、敵意を薙ぎ倒して来た雷霆が放たれる! ウルスラグナの放った雷霆が倒れ伏す祐一目掛けて一直線に迫った。

 祐一の視界を、白一色に染上げる、膨大な光量──そして、殺意。

 倒れ込んだ祐一は動けない。動けたとしても、神速で迫る雷霆を躱す事は不可能だ。

 雷光が祐一を照らす。──祐一の目は、まだ諦めていない。必死に藻掻き、生き残ろうとしていた。

 だが、彼は動けなかった。

 

 ───果たして、時は来た。

 

 雷霆は、轟音を響かせ、敵である存在へその致死のエネルギーを放出し、霧散した──。

 もう辺り一面、余りの熱量に大地が溶け、赤熱している。熱し過ぎた大地は硝子と化し、雷霆の凄まじさを、ありありと示している。

 だと言うのに、祐一には、意識があった。

 それどころか、雷霆による痛みもない。

 祐一は理解出来なかった。……いや、理解したくなかったのだ。

 何度も、何度も、こんな場面があった。

 何度も、何度も、窮地に陥った。

 ──そして、何度も、何度も、助けられて来た。

 祐一は、己の直感の囁きに、耳を貸したくなかった。

 それを認めてしまえば……もう、心が折れてしまいそうな気がして。

 だが、戦場でそんな甘えなど、許される筈もなくて。

 祐一は、勇気を振り絞って、前を見る。

 ギシギシ……と、錆くれた機械のような動作で、顔を上げる。

 

 …………ああ。やはり。

 祐一の視界を、黒い物が覆っていた。

 

 あああ……! やっぱり……! 

 その黒い物の半分は、消し飛んでいて。

 

 ───ああ、あああ、ああああああ!!! 

 その黒い者は、自分の友達で……! 

 

 祐一は、声も無く慟哭した。

 もはや、怒りすら沸かない。ただ、己の無力さに失望し、心の中で嘆くだけ。

 己の弱さが憎かった。己が強くあれば、ラグナはこんな目に合わなくて済んだのに! 

 心がラクシェの最期を見たときの様に荒れ狂う。……だが、それも直ぐに収まった。

 心が。心が……「絶望」に慣れてきたのだ。

 嘗てなら荒波の如く荒れ狂うっていた心が、今となっては酷く凪いでしまっている。

 

 そんな自分を信じたくなかった。立ち上がり否定する様に拳を握る。対するウルスラグナは傲岸な声音で祐一へ言葉を言い放った。

 

「──やはり、因果は変えられぬ!!」

 

「おぬし達が、どれほど足掻こうとも『我が常勝不敗である』と言う絶対の法則は変えられぬのじゃ!!!」

 

 確かにそうかも知れない。声もなく思った。

 祐一は仲間を殺されたと言うのに、酷く穏やかな口調でウルスラグナへ問い掛けた。

 

「パルヴェーズ……。どうして、こんな事になっちまったんだよ。俺は、お前と旅が出来れば、それで良かったのに……」

「フン。今更、それを言うか、小僧。そもそもおぬしらが造反などせねば……まあ、よかろう──おい、小僧」

 

 ウルスラグナは、祐一へ語り掛けた。

 見下しては居るが、そこに、何故か敵意はなかった。

 何を、言うんだ……。祐一は、次に放たれるであろう言葉がひどく恐ろしかった。

 

「小僧。叛意したおぬしじゃが、我はまだ遅くはないと思うておる。……今ならば、膝を折り額を大地へこすり付け許しを乞えば、一時の気の迷いであったとして許すのも吝かではない」

 

 正直、心が揺れた。

 今、彼に許され侍る事ができたのなら……また、前みたいに旅が出来るかも知れない。

 そんな甘い誘惑が、祐一の弱り切り、凍て付いた心へ舐める様に絡み付く。

 

「……ふふ。何を迷う? おぬしの仲間であった『猪』はすでに亡く、おぬしが義理立てする相手は消え去ったのじゃぞ? ──さぁ、我が軍門に下るがいい。小僧」

 

 ウルスラグナの言葉が、纏わりつく様に祐一を促す。

 もう、いいんじゃないか……。そんな諦観が祐一を埋め尽す。

 でも、もう、祐一の答えは決まってしまっていたから……

 

「───いや……だ……」

 

 否定の言葉を返す。

 口が鉛の如く重い。舌に固い鉄板でも入れたかの様に回らない。諦観が、必死に翻意を促そうとする。彼と歩んだ旅の記憶が、引き返そうと囁く。

 ──それでも、言葉を紡いで、答えを返した。

 

「……そうか」

 

「──残念じゃ」

 

 無感動で、簡素な言葉を、ウルスラグナは祐一に返した。

 次いで、パルヴェーズから貫手が放たれた。

 膨大な殺意を乗せた繊手。全ての指を、槍の穂先の如く揃え、指へ突きだす。

 あれを喰らえば、確実に死ぬ! 祐一は、確信と共に、その優れた反射神経で、逃れようとした。

 咄嗟に右脚で地面を蹴って、後方へ飛び退り、距離を取る。だが、ウルスラグナの貫手は、どこまでも伸びる如意金箍棒の如く追い縋り、牙を向けた毒蛇の如くのたうち回り、執拗に追いかけて来た。

 この攻撃から逃れねば、「死」しかない! 

 祐一は、なんとしてでも逃れようと、飛び退り着地した左脚で更に地面を蹴った 

 今度は、後方ではない。遥か上空へ、駆け上がる。

 ウルスラグナの手は届かない。安堵したのも束の間だった。

 

 ──違う!!! 本能が叫ぶ。

 なんだ! 何が起きる!? 理解が追いつかない理性が、問い質す。しかし、答えは必要なかった。

 すぐに、分かったのだ。──本能が何故、警鐘を鳴らしたのかを。

 ウルスラグナの手刀が見えた。飛び上がる祐一の、更に上空で待ち構え、振りかぶっている。

 俺は──動かされた! 祐一は、戦慄と共に理解する。

 膨大な殺気を乗せていた貫手は、ブラフだったのだ。祐一を効率よく仕留める為に、張った罠。身動きの取れない空は逃げ場のない行き止まりと同じだった。

 狼に絶壁へ追い立てられた哀れな羊。それが今の祐一だった。

 

 あの最初の貫手は、受けねばならなかった……! 祐一は遅まきながら、悟る。

 ウルスラグナの手刀が、素早くも、確実に振り下ろされる。特筆して速いと感じる速度では、ない。だが、避けれると言う予測が、一切出来ない。

 手刀の鋭さも恐ろしい。

 

 放たれた時点で、死が確定する。正に、必殺の絶技。

 

 ──祐一は、見ていた。

 

 ウルスラグナの手刀が、咄嗟に作った己の左腕の守りを切り裂くのを。

 ウルスラグナの手刀が、己の肩口から股まで袈裟斬りにするのを。

 ウルスラグナの手刀が、己の命を断ったのを。

 

 ───ドサ……。

 

 糸の切れた人形の如く、倒れ伏し、虚空を見つめる祐一。その瞳に、もはや光はなく、瞳孔が開こうとしていた。

 袈裟斬りにされた箇所から、致死量の夥しい血液が流れ、祐一の身体が血溜まりに沈む。

 

「───バカモノが……!!」

 

 ウルスラグナは、何処か悲しそうな表情を貼り付け、吐き捨てた。

 そうして興味を失った様に踵を返し、歩き出した。

 

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