王書   作:につけ丸

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第三章 青き狼
030:『常勝への旅路(Parviz)』と『ラグナ』


 ひとりの少年が歩いていた。

 

 なだらかな平原が広がる地に少年がひとりだけで。地面にはまばらに淡雪が降り積もり、渺々とした大地を踏みしめ進んでいる。

 太陽は灰色の雲に翳り姿を見せず、辺りは少し薄暗い。辺りには灰にも見える欠片が舞上がり踊っていた。

 

 雪だ。

 

 雲と同色の灰雪がしんしんと降り続いているのだ。ひらひら舞う雪片は地面に降りた雪片と重なり合い、大地の灰色に色を付けていく。

 耳心地の良い音を響かせながら進んでいた少年の足が止まる。ふと、顔を上げ、灰雪を振りまく薄い雲を見やる。

 

 ひと目見れば忘れる事のない少年だった。

 

 烈火の如き意志の宿った真紅の瞳。癖っ毛で白髪交じりの黒髪。

 学生が着るようなブレザーに、右手には鞘に入った剣を携えて。

 すっと、左手を掲げて雲と重ねる。

 少年の容貌は整っていた。だがその表情は、どうしようもなく悲しみに彩られている。いや、悔恨だったのかも知れない。

 

 苦渋に歪められ口をきつく引き結んだ容貌には、何とも言えない色気と強い決意の色が浮かび、凡庸の域を出ない筈の容姿を『秀麗』と……そう言ってもいいほどに引き立てていた。

 

「モナルカ……」

 

 紡いだ言葉は、たった一言。

 

 だが、その言の葉に載せた感情には『後悔』の感情が蟠り、そして悲しげで、怒りに打ち震えていた。 だが確かな事は、今、彼は…………

 

 

 ○◎●

 

 

 

「───と言う夢を見た」

 

 ──ルオオォ? 

 

 祐一の意味不明な言葉に眉根を釣り上げ「何言ってんだコイツ?」というような声でラグナは返した。

 

 そんな盟友の姿を見ながら寝起きの気怠い思考の中、頭を掻いて辺りを見渡した。

 

 見渡す限りの青い世界。

 照り付ける太陽。

 鼻腔をくすぐる潮の匂い。

 黒い艶のある毛皮を濡らしながら泳ぐ盟友。

 盟友……ラグナの背の上で揺れる自分……。

 

 今、彼……木下祐一は()()()()()()()に居た。

 

 上半身だけ起こし空を見上げる。快晴だ。素晴らしいほどに。一点の曇りもなく。そんな太陽の光に目を細め、どこか悟った様な声音で呟く。

 

「ここ、どこだろうな……」

 

 ──ルォ。

 

「知るか」そう言わんばかりの冷たい声音でラグナは返した。

 

 そう、彼は漂流していた。二週間前とまったく同じで性懲りも無く……! 

 

 正直、祐一はこんな展開に慣れ始めていた───! 

 

 

 ○◎●

 

 

 パルヴェーズ……軍神ウルスラグナとの死闘から、三日ほど過ぎた頃。

 

 変わり果ててしまった友……ウルスラグナを討ち果たし『神殺し』へと新生した祐一は、ニ週間ほど過ごしたイランの地を離れ「転覆した旅客船の生き残りが居る」と言うドバイに祐一は向かっていた。

 

 新生直後、新しい義母となったパンドラはどうやら町の近くに移動させていたらしく、祐一はとりあえず今後どうするか考えている為に町へ入った。

 

 そこでとある事を自覚した……腹が減って仕方がないと。

 

 確かにここ数日間、まともな食事を取っていなかったが、この空腹は異常だった。

 街の中に入り周囲を見渡し、どういう訳か町には人っ子一人おらず、閑古鳥が鳴いていた。

 

 不思議には思ったが、結局空腹には勝てずこれ幸いと、露天にあったキャバーブや果物を貪り食ってしまった。

 

 祐一は知らぬ事だったが、ウルスラグナが復活を遂げた際その神威はイラン中に響きわたり人々を恐怖に落としいれた。

 その影響はこの町も例外ではなく、ほぼ全ての住民が都市であるシーラーズへ逃げ出していたのだ。

 

 罪悪感を覚えながらも、なんとか腹を満たす。

 

 身体が栄養を求めて仕方がなかったのだ。まるで、新しい()()()に変化する肉体に対応するような……。

 

 飢餓感を満たすと祐一は居もしない店主に向かいお礼を言って歩き出そうとした、その時だった。

 

『欧州連合(EU)は8日、イランに新たな制裁を……』

 

 そんな言葉が聞こえたのは。

 

 驚いて足を止めた祐一はその音声の発生源を探しはじめ、それは露天に据え付けられたテレビからだった。

 

 自分でも理解できる言語……日本語での放送なのか? そんな風に怪訝そうに聞いていたが、どうも違う。

 

 どうやら日本語ではなく、自分がペルシャ語を解しているらしい。驚く祐一だったが、これも新生した影響か! と気付き、細かい説明をする事もなく去って行った義母の放任具合に溜息をついた。

 

 特にする事もなくボーッとしていたがテレビで流れていたニュースの中で見過ごせない内容の物があった。

 

 ──祐一が乗船し、転覆した旅客船。その生き残りが居るというニュースを。そして今は()()()で療養中、とも。

 腑抜けていた表情が、引き締まる。次の目的地は決まった。急がねばならない。

 

 ニュースを知ったあとの祐一の行動は早かった。

 

 すぐに方向も考えず走り出した。頭の世界地図にあるドバイはイランから海を渡った南にあった。なら南に行けば着くだろう……そんな安直な考えだった。

 正確な方向なんて知る訳もない。それでもじっとして居るなんて出来なかった。

 そうして祐一が強い意志を滾らせた時だった。

 祐一の中に宿したとある存在が「呼べ!」と声高に叫んだのは。

 

 直感に従い、訳もわからず内から溢れ出す言の葉を編みその存在を呼び出した。

 

「我は最強にして、全ての勝利を掴み取る者! 主は仰せられた、咎人に裁きを下せと。背を砕き、骨、髪、脳髄を抉り出せ! 血と泥と共に踏み潰せ! 鋭く近寄り者よ、契約を破りし罪科に鉄槌を下せ! 

 来い、───『ラグナ』!!」

 

 恐ろしげな言葉とは裏腹に、歪んだ空間から小さな身体でひょこっと出て来たのは、ウルスラグナとの死闘の中で倒れたはずの盟友ラグナだった。

 

 ウルスラグナとの戦いの中で果てたラグナが何故生きているのか。それは義母となったパンドラが言う武器に理由があった。

 

 祐一の手に入れた武器。

 それは祐一が倒したウルスラグナに由来するものだった。

 

 祐一が新生した神殺しと言う存在は、神を殺しその神の権能を簒奪する事が出来るのだ。それを武器とし、神々と戦う事が出来る……らしい。

 

 らしい、と言うのも頭にそんな声が囁きが聞こえてきて感覚的に判るのと、今さっき権能を使った際に出てきたラグナに聞いた為からだった。

 

神を殺めた羅刹王木下祐一が最初に簒奪した権能。それが──『常勝への旅路(Parviz)

 

 祐一とパルヴェーズが、イランを歩き回り探し回った化身そのものが祐一の簒奪した権能だと言う。

 

 ラグナ曰く、常勝不敗の軍神、その化身である我々を自由に使い、神を討ち果たせ。

 ラグナ曰く、化身である我々は、どれも自分勝手で気紛れなので、特定の条件を満たさないと力を貸さない。

 ラグナ曰く、神具たる『ミスラの松明』は、祐一が新生する際に、一緒に取り込まれたので、いくつかの化身の制約は緩くなっている。

 と、ウリ坊ほどの小ささになったラグナが、その蹄で器用に木の棒を持ち教師地味た所作で語ってくれた。

 胸を仰け反らせ少し得意げだ。かわいい(かわいいい)。

 ほーん。と良く判っていない声音で祐一が返し、

 

「うん。まあ、よく分かんねぇけど、お前が生きててよかったって事でいいさ!」

 

 ウリ坊化したラグナを抱き寄せ、満面の笑みで頬ずりする祐一にラグナは呆れたようにため息をつく。その様子は何処と無くパルヴェーズを思い起こさせた。

 

 そんなこんなでラグナを呼び出し、再会を喜び合った祐一達。そうして意気揚々と南へ向かって、一直線に駆け出したのだった。

 大地を征き洋上を駆け、今はペルシャ湾洋上。そこで方向を見失い目出度く漂流と相成った次第である。

 大体、自業自得である。

 

 

 ○◎●

 

 

「うーむ、方角が分からん……」

 

 再びラグナの背に寝転びながら、流れる雲を眺める祐一。彼が、ペルシャ湾に辿り着いてもう半日の時が過ぎていた。

 空には燦々と太陽が輝き、祐一の浅黒い肌とラグナの艶のある黒い毛並みを焦がしていく。

 彼が所持している物はとても少ない。

 元々、家出した時もバックに少しの着替えと十徳ナイフやら何か役に立ちそうな物を適当に突っ込んでいただけだった。

 そしてポケットには父の腕時計のみ。バックは漂流した際に失くし、へそくりも旅の途中あの町で使ってしまった。残ったのはもう時を刻まない時計だけ。

 後はブレザーの内ポケットに納めている祐一の生涯の宝物でもある写真と、試練の時パルウェーズから貰った方向を示す羅針羽に、数日分の水が入る四次元袋くらいか。

 その三つは、パルウェーズが確かに居たという証明であり、パルウェーズが残した形見も同然だった。それと同時に祐一とパルウェーズが共に旅をしたと言う確かな証でもあった。

 

 取り出した羽根を、寝転びながら眺める祐一。そうして眺めていると、クイックイッと羽根がとある方向へ向け、その先端を指し示した。

 

「ぇあ?」 

 

 この羽根が動くのは試練の時だけと思い込んでいた祐一は目を剥いた。不可思議な羽根を舐める様に見ていると、はたと気付いた。

 羽根が指す方向。

 それはドバイを指しているのではないか、と。

 

 羽根を指す方向は、何度試しても変わらず、方角を見失った祐一だったが太陽の位置から何となく「南」を指している様だ。

 どうやらこの羽根、今まで気付かなかったが所持している者が行きたい場所を指し示す物らしい。試練のゴールを指し示すだけだと思っていただけにその驚きは大きかった。

 

「シャア! これで漂流してるこの状況を打破出来るぞ! てか、この羽根あればもう迷う事なんてないじゃん! ありがとな、パルウェーズ!!」

 

 右拳を突上げ喜びを露わにする祐一。だが、彼は知らない。例え目的地が判っていても遭難や漂流は起こるのだと。

 喜び勇んでいた祐一だったがふとそこで違和感を感じた。

 

「……ん? あれれ? ……ラグナさん。今気付いたけど、身体が少し縮んている様に見えるんですが……?」

 

 ──ルォォン……。

 

「えっ! なに!? 聞こえない!! 

 ……権能の制限時間が来たなんて、全然聞こえないからねっ!!?」

 

 そんな祐一の焦燥感に溢れた声にラグナは無言で、身体を震わせるのみ。もう限界間近なのは明白だった。

 今のラグナは二十mほどの大きさ。ウリ坊サイズから二十mサイズまでなら、ラグナの意思で自由に変えられるらしい。

 それ以上になると、再召喚が必要になる、と言っていた。しかしいくら『ミスラの松明』のお陰で制約が緩くなっているとは言え、やはり制約型の権能だ。限界はある様でラグナは元の時空へ戻ろうとしていた。

 これがウリ坊サイズなら、幾らでも顕現しても大丈夫だが、二十メートルもの巨体となると、制限時間が発生する様だ。

 と言う、冷静な……現実逃避とも言う……思考で考えていた祐一だったが、正気に戻りラグナの体毛に縋りついて懇願する。

 

「ちょっと、ラグナさん! もうちょっと、頑張って! もう目的地分かったらから! あと少しで陸地に着くはずだから!! お願いしますよぉ──ッ!!!」

 

 なお、見渡す限り海の模様。

 

「やめろぉ──ッ! ここで落ちたら、漂流(笑)から漂流(真)になっちゃうよっ!! 頑張ってくれえええ!!」

 ──ルオオォォン!! 

 

 マジ、限界。『ラグナ』の悲痛な叫びが祐一の耳朶を打った。

 あ、こりゃ無理だな。祐一は悟った。

 

「おのれぇぇッ!!!」

 

 祐一の虚しい断末魔の叫びとともに、彼らは波に拐われた。




ウリ坊『ラグナ』は、原作六巻のあとがきイラストをイメージしてもらえばわかり易いかと。
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