王書   作:につけ丸

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032:侵略者は燎原の火の如く

 眠らない街でもあるドバイの光は、星々の煌きも月の銀光もかき消し夜闇の深くに隠してしまう。誰もが人類の繁栄と栄華を受容する、人類屈指の大都市の姿。

 

 その光を背にし、祐一はまだ病室にて寿と四方山話に花を咲かせていた。祐一も何だかんだで話し相手が欲しかったのだ。

 今まで旅をして来た異国の地には知り合いなんて皆無で、言葉が通じて、同郷で、自分に近い境遇の者なんて居なかった。それは話し相手である寿も同じ思いだった。

 夜通し話し込む勢いでよく舌が動いた。定刻になりお見舞いに来た祐一を帰らせようとした看護婦さんに「もう少し話をさせてくれ」と頼み込んで延長してもらう程には。

 

「───あれ?」

 

 そして、違和感に気付いた。

 

 何か()()()()()()()()が現れた。全身に力が充足し漲っていく。ありとあらゆる不調や違和感が糺され、意識が先鋭化する。

 何だ、この感覚は……? 

 ウルスラグナが誇る十の化身と相対した時とも違う感覚。まるで戦士が、己の故地たる戦場へ舞い戻ったかの様な感覚。己が全身全霊を掛けて、討ち果たすべき存在が現れた感覚。

 

 祐一が、生まれて初めて感じる感覚に戸惑っている時だった。

 

 

 ッゴゴゴゴゴゴゴ───ッッッ!!! 

 

 

 大都市「ドバイ」全土が、ナニカを恐れる様に鳴動したのは。

 悪寒が駆け抜け、祐一は咄嗟に窓へ駆け寄り──そして見た。視力の良い祐一で無くともその光景は容易に見通す事が出来た。平穏を享受していた者たちが一様に一点を見上げ呆気に取られている。

 それほどの異常事態。

 ドバイをぐるりと囲んでいた砂漠が、天高く見上げるほどに()()したのだ! 

 いや、あれは隆起などという生易しいものでは無い……。恐ろしく強大な存在によって「大霊峰」とも呼ぶべき峰が創造されたのだ。

 まるで世界を固く閉ざす門だ。視界一杯に広がり、天高く聳える山。それが、ドバイの住民を閉じ込める「檻」として屹立していた。

 

 祐一は、信じられなかった。

 

 不可思議な出来事に出遇った事は家出してから何度もあった。しかし、それは『ウルスラグナ』を討ち果たし、どこかで「終わったもの」だと思っていたのだ。

 しかし、今、眼の前に広がる光景は、その甘ったれた考えを粉々に打ち砕くほどの衝撃があった。

 驚き尽くしたと思っていた事は祐一自身の勝手な思い込みに過ぎなかった。まだ世界は……因果律は、祐一を葬ろうと画策していたのだ。

 

 そして流石の祐一であっても悟った。

 先日のウルスラグナとの死闘……異形の者達との戦いに終止符を打ち、旅の終わりなのだと位置付ける物では無く、果てなき闘争の始まりだったのだと……。

 

「なんだい……? あれ……?」

 

 寿が、やっとの思いでと言う声音で捻り出した声が響く。祐一には不幸にもその問いに対する答えを持ち合わせていた。

 そう。奴等の名は───

 

「『まつろわぬ神』───ッ!!!」

 

 祐一が叫んだ瞬間だった。大霊峰の頂上にて蠢く影が見えた。

 見上げる程の大霊峰。その天辺に居ると言うのに、その影の存在はよく見えた。それほど大きさ。それほどの威圧感。

 そして三日前、祐一の前に現れた者と同じ気配!

 

 祐一は確信した。間違いない、あれこそが──! 

 

 人狼だ、巨大な人狼が二本の足でしっかと大霊峰の天辺を踏み締め、人類の栄華……その象徴たる人類屈指の都市を見下ろしている。

 そしておもむろに逞しい右腕をゆっくりと空へ突き上げた。祐一にはその動作がひどく恐ろしい物に見えて仕方がなかった。まるでその緩慢な動作一つで数多の災厄を撒き散らす様な気がしてならなかったのだ。

 その直感は間違いではなかった。軽い動作だった。スッと影は腕を振り下ろした。

 

 ───オオオオォォォオオオオオッッッッ!!!! 

 

 直後、街を揺るがす恐ろしい大音声! 人狼の後ろから銀の雪崩が押し寄せた。否、あれは雪崩ではなく──夥しい数の「群狼」

 凄まじい勢いで、銀の狼達が大霊峰を駆け降りているのだ! 

 

「──逃げろぉぉおおおおおおおおおお!!!」

 

 祐一の絶叫もむなしく大都市は阿鼻叫喚の地獄と化した。

 

 ○◎●

 

 ───ドバイ炎上。

 十万にも及ぶ巨大な群狼、その突然の強襲によって人々は為す術なく屍を晒し、人々が積み上げた大都市は崩れ去った。ドバイのあちこちで闇夜を引き裂く劫火と黒煙が舞う。楽しげな賑わいから一転し絶叫と呻吟の声が広がる。

 

「ハァ……! ハァ……!」

 

 一人の青年が脇目も振らずに走っていた。後ろから迫りくる恐ろしいモノから逃げる為に。

 平穏であった筈のドバイが一瞬で微塵に砕け散った。

 青年はそれが全く信じられなかった。だって今さっきまで友人達や彼女、その四人で輪になってこのドバイの賑わいを楽しんでいたのだ。

 だと、言うのに……! ほんの数十分前に現れた銀の狼ども。奴等は自分たちの都合なんぞ知らぬとばかりに暴虐の限りを尽くした。

 瞬く間にドバイは銀の津波に呑まれ血の海と化した。

 誰もがなりふり構わず逃げた。それは自分達も例外では無かった。

 しかし無意味だった。

 一人の友人は、何匹もの狼で食い付かれ文字通り八つ裂きになった。もう一人の友人は振り返った時には頭がなかった。

 残された彼女を連れ逃げ出そうとし、出来なかった。

 ──人狼。

 およそ人の倍ほどにはある巨駆の、それも人の形をした狼があらわれたのだ。見れば一体だけでは無い。群狼と同じく何千何万とそこかしこに溢れていた。そして人狼は多種多様な武器を手に持ち、その恐ろしい体躯から出る怪力と、血に酔っている様な残虐さを持って、ドバイに暴虐の嵐を巻き押した。

 猛威は逃げていた青年とその恋人にも等しく降り注いだ。一体の人狼が自分達に狙いを定め追ってきたのだ。

 懸命に走り気付かなかったが、手を繋いでいた彼女の手が、軽くなっている事に気付いた。悪寒を感じながらも、彼女の握った手を見る。確かにそこには、愛しい恋人の手があった。そう。──「手」だけが。

 恐怖に震え振り返れば、手首から先を千切り取られ、人狼に弄ばれている彼女が居た……。

 助けねばならない! そう思うのに、人狼の威圧に耐えられず、青年は震え足が竦む。あまりの恐怖に、思わず失禁してしまった。

 人狼はそんな情けない青年を嘲笑うかのように、青年の彼女の服を引裂き、そして、その股から伸びる屹立し、グロテスクな物で──犯した。

 絶叫を上げ抵抗する彼女の骨を砕き、意思を萎えさせ、嬲る。青年は眼の前で起こっている事が理解出来なかった。青年に備わる全ての処理機能がショートしたかのよう。阿鼻叫喚の、正に地獄……。

 そして、

 ───ああああああああああああッッッ!! 

 青年は絶叫と共に駆けた。彼は逃げたのだ。

 凄惨な現実を受け止めきれなくて。

 人狼は一時の間女を犯していたが事切れ何も言わなくなった事に飽きたのか放り捨て、悠々と青年を追い始めた。

 そんな光景は、ドバイの至るところで散見できた。

 

「ハァ……! ……ハッ……ハッ!!」

 

 青年は走り続けていた。

 走っていないと、恐ろしい魔物に追いつかれていしまう。そんな強迫観念が青年の心を蝕む。それは強迫観念などではない。実際に今この時追われているのだ……! 

 路地裏の薄暗い空間を、青年はひた走る。

 なんだこれは! なんだこれは! 本当に現実なのか! 何であんな化け物が、居るんだ!!! 

 抵抗する術も無く友は殺され、何者にも代え難いと思っていた恋人は獣に犯され、一人残った青年は嘆いた。そして、祈った。──届きもしない祈りを。

 神よ! 慈悲深き神よ! どうか助けて下さい! これが罰だと言うのなら、もう十分受けましたから! どうか……!! 

 ──ドォンッ!! 

 突然の起こった衝撃に青年は為す術なく吹き飛ばされた。すぐ近くの建物の外壁に叩き付けられ、意識が飛びそうになる。だが寸での所で堪えた。意識を保たねば、二度と覚める事はないだろうから。

 衝撃により舞い上がった土煙を見る。影があった。

 銀の人狼。だが腕と口、そして股は赤黒い血に染まって……。

 ───ヒイイイイイィィイッ! 

 恐怖の顕現にまるで女子が上げるような甲高い悲鳴を上げた

 当然だ、青年は「只人」なのだ。「英雄」などでは無い……圧倒的強者に立ち向かえる勇気はない。

 どうしようもない脅威に立ち向かえるほどの、蛮勇と愚かさはない。

 そう。それが出来るのは───

 人狼の腕が青年の首を掴み持ち上げる。

 一捻りに潰せば良いそれを、青年の狂う姿を見たいが為に生かす「バケモノ」。

 人狼は手に持っていた物を放り投げた。青年の直ぐ側の足元へ転がす様に。形状は丸く赤黒い物はこびり付いた……。

 しかし青年は強い違和感と既視感を覚えて、思わず視線で追ってしまった。

 

「───あ。……え?」

 

 それは首だった。髪が長く毎日笑顔を振りまいていた人。青年の愛していた──彼女の。

 驚愕と悔恨によって異常なほど見開いた眼から、涙が零れた。呆けた様に開けていた口から、慟哭が溢れる。

 慟哭。絶叫。叫声。絶望に染められた声が辺りを振動させ、俯いた顔をゆっくり上げていく。その表情は一転して憎悪に彩られ、刺殺しそうなほど鋭い視線で人狼を睨む。

 だが人狼には痛痒にも感じなかった。圧倒的強者と言う頂きから、災いを運び眼の前にいる虫の狂う姿を愉しむだけ。

 ひとしきり愉しんだ人狼が、手に力を込める。

 死を悟りながらも、人狼を最後まで睨み付ける青年。

 そして──

 

 

『──我は最強にして、全ての勝利を掴み取る者! 

 義なる者たちよ! 勇気ある者たちよ! 立ち上がれ!!! 正義と民衆の守護者たる我が、力を! 悪魔と敵意、その全てを打ち砕く、力を───俺が与えようッ! 』

 

 

 声が響いた。

 

 若い、声。

 恐らく自分よりも一回り程は若い。だと言うのに若い声には溢れんばかりの「活力」と、自分の怒りと憎悪をも飲み込みそうな「怒気」が込められていた! 

 青年は人狼へ腕を突き出す。やり方なんて知らない……だというのに、身体が勝手に動いた。

 腹部から何か流動的で、熱いモノが込み上げてくる! それは青年の意思とは関係無く動き、まるで拳銃へ銃弾を込める様に収束する。突き出した手から紫電が迸る! 

 青年の眼光に憎悪では無く、戦意が宿る! 豹変した青年の姿に人狼が目を剥き、青年を一捻りにしようするが、もう──遅い! 

 ───劫!!! 

 青年の手から、凄まじい雷撃が疾走り、人狼の上半身を吹き飛ばした!! 

 ──ゴシャ。

 支える力が無くなった人狼は倒れ、屍を晒す。

 青年は、もう二度と醒めない眠りに付いた恋人の首を胸に掻き抱き、涙を流した。

 

 誰もが突然響いた声に驚き、しかしその声に応えバケモノどもを葬り去る。雷を放ち彼奴らが倒れた後には、炭化し黒煙を上げる骸しか残らない。

 その黒煙は人類の反撃の狼煙だった。

 だが狼どもも負けては居ない。矮小な者共の抵抗に激昂し、血に酔いながら猛り狂う。

 アラブ首長国連邦が誇る大都市ドバイ。その都市にて人魔が織り成す「戦争」が起きていた。

 

 ○◎●

 

「ぐうぅぅぅ……!!」

 

 頭を抑えて髪を握り締める。止まぬ頭痛に思考が纏まらない。目、耳、鼻。頭部の至る所から、出血が止まらない。だが辞める訳には行かなかった。

 街の人々が戦うには、己が支えねばならないのだから。

 祐一の獲た権能はラグナが言ったように、自分勝手で気紛れでとてもピーキーだった。

 街が襲われようとも答えもせず、そっぽを向くばかり。唯一ラグナだけが猛ったが、鋭くなった祐一の冷徹な直感がラグナの使い所はココでは使えないと囁いた。

 街に絶叫と呻吟が響き、人々が届きもしない祈りを捧げた時、やっと一つの化身が応えた。

 

 ───『山羊』

 イランで初めて訪ねたとある町に現れた化身。その化身が祐一の呼び掛けに応えたのだ。

 山羊。古来より角を持ち強大な呪力の持ち主。悪魔の特徴の一つ、または邪教の神その代名詞でもある魔神「バフォメット」や、ギリシャ神話の「ゼウス」もまた縁深い関係に聖獣として扱われてきた山羊。

 印欧語族の伝承にはしばしば、天を駆ける稲妻として現される事もある。

 

 また遊牧民の間では生来優柔不断な羊の中に、動きにメリハリがあり素早く行動する山羊を入れ、羊を追従させると言う"主導者的な役割"を持っていた。

 

 今、祐一がやっている事は、正にそれだった。

 行き場のない数多の感情、意志、激情。それを『山羊』の権能にて先鋭化された呪術的センスで操る。

 そのプロセスを踏み人々が力を雷と変え、対抗する事が出来ていたのだ。しかしこの力は人の「想い」だ。

 祐一が最近使い始めた、「気」「呪力」などと言う、移ろいやすく素直な力では無い。今にも暴れだし、祐一の支配から逃れようと藻掻く。如何に神から簒奪した権能を行使しようと、その数多の想いは熱く、大きく、祐一の手から溢れそうになる。

 

 群狼どもと互角に戦う人々。想いを抑え、魔術を操る祐一の負担もまた計り知れない物だった。

 業火で脳を焼かれ続けている様な痛み。いっそ頭蓋を引さ裂いて、脳を取り出した方がどれだけ楽になるだろうか。そう思ったのは一度や二度ではない。身体が異常に頑丈になったからこそ出来る無茶。

 

 だけど、まだ足りない! 

 まだまだ力を求めて入る者達はたくさん居るんだ! こんな所で挫けてらるか!! 

 

 心が折れそうなのを必死に留め、不意に視界にとある光景が掠めた。

 ドバイの美しい夜景。その光に照らされ浮かぶ───巨大な影を……! 

 頭痛が吹き飛ぶ程の光景。思わず窓に縋り付く。

 街なかで暴れている木っ端共など、比較にならない程の脅威! ───『まつろわぬ神』!! 

 祐一の居るドバイの中心部。そして、そのまた中心。「ダウンタウン・ドバイ」と呼ばれる超高層ビル街がある。

 その中でも一際高い建造物……世界一高いビルがある。その名は「バージュ・カリファ」。全高828.0メートル、階層は二百六階、幾つものビルが合わさり螺旋を描く様にに下部から上部へ細くなって行く螺旋形状のビルだ。

 旧約聖書に登場する「バベルの塔」の如く聳え立つ、ドバイのみならず人類が誇る最高峰の建築物である。

 その見上げんばかりのビルの直下に、これまた見上げんばかりの怪物がいた。

 銀の人狼だ。

 バージュ・カリファとは比べ物にならない程小さいと言うのに、その容貌魁偉な姿は、無視できる物では無く人々の目に焼き付いた。

 

 何をする気だ……! 祐一は戦慄と共に、突如現れた巨大な人狼を見定めた。

 月の銀光に照らされた銀の毛並み。神でさえも噛み砕くだろう牙と顎。逞しい胴回りに負けない程、筋肉質で膨張した腕。人狼がその巨大な腕を、ゆっくりと振り上げる。

 やめろ! やめろ! 

 祐一の思いも虚しく人狼は止まらない。祐一が、内なる化身へ向け必死に呼び掛けるが、どれもそっぽを向くばかり。

 振り上げた拳は、勢いよく振り降ろされた。

 

 ───ゴォン。鈍く低い音が、ドバイの中心部に響いた。

 

 鐘が鳴った様な音は、阿鼻叫喚の騒乱渦巻くドバイの街。その隅々に不気味なほどに響き渡った。誰もが手を止め足を止め、顔を上げて同じ方向を見上げる。それはドバイを襲う群狼も例外ではなかった。

 人狼の拳が振り降ろされた場所を中心に、蜘蛛の巣状に素早く確実に、次々と罅が広がって行く。そして、遂に……───破局が訪れた。

 

 耳をつんざく音の爆発とも言うべき大轟音。超高層ビルと言う重力を支えうる筈の頑丈なガラスやコンクリート群が、瞬く間に轟音と共に崩壊したのだ! 

 同時に「バージュ・カリファ」が崩壊し、その瓦礫の山が雪崩の如く街へ降り注ぐ──! 

 

 その時だった。暴虐を尽くす神に対して憤る祐一に向け、とある化身が応えた。

 自分勝手な化身達に思う所が無い訳ではなかったが、今はそれを飲み込み、祐一は『まつろわぬ神』と降り注ぐ破片に手をかざす。最大限に呪力を込め、聖句を謳う! 

 

「我が元に来たれ、勝利の為に──!!!」

 

 言霊は、最小限。しかし籠める呪力は膨大! 

 曙光が弾け、東方より太陽の箭が現れた! 

 ギリシャのヘリオス、ケルトのベリヌス、インドのスーリヤ。世界中に数多に存在する太陽神。その多くが神馬に乗り、御者となり空を駆ける姿で現される。ならば太陽神ミスラと縁深い関わりを持つ、かの軍神が太陽神としての権能を振るえないはずが無い! 

 街を覆い尽くさんばかりの曙光。

 しかし、祐一はすぐに悟った。

 このままじゃ駄目だ! 太陽の箭が街にまで及んでしまう! 指向性を持たせねばならない! 

 祐一は、咄嗟にイメージを変える。雲の隙間から天下る『白馬』へイメージを変化させる。イランの地で嫌というほど見た太陽のイメージを浮かべたのだ! 

 東方より降り注ごうとした太陽の箭が、寸前で進路を変える。箭は巨大な人狼と崩壊する「バージュ・カリファ」の真上より、天下った! 

 

「我が為に輝ける駿馬を遣わし給え──!」

 

 言霊を重ねる。呪力を注ぐ。

『白馬』の陽光を受け「バージュ・カリファ」であった物が一気び溶解して行く! 人々に数多の被害を齎す筈だった凶弾は消滅したのだ! 

 よし! 

 祐一は、街への被害を最小限に留められた事に安堵し、だが、それも束の間。すぐさま人狼へ向け、太陽の箭を向ける! 言霊を重ねようとして……──だが、そこまでだった。

 

 ───オオオオォォォオオオオオッッッッ!!!! 

 

 巨大な人狼。その人狼が、顎を開いた。まるで地獄の門が開いたかのよう。陽光に全身を照らされ、あまりの光に銀の体毛を白く染めながらも、猛々しく! 

 次の瞬間、祐一は目を剥いた。

 人狼の頭部が何十倍にも巨大化し、迫りくる太陽の箭にかぶりついたのだ! 

 そして、そのまま天までかぶりついて行き、遂には、太陽の箭を食らい付くしてしまった! 

 

「は……、何なんだよ……。アイツ……」

 

 祐一が驚愕している余裕などなかった。太陽を喰らい尽くした人狼が口を開いたのだ。ドバイ中に地を這う様な恐ろしげな、それでいて地震が起きたかの様な大きな振動を起こす大音声が轟く。

 

『矮小なる者共よ! 征服されるべき者共よ! 人間どもよ! そして───"神殺し"!!!』

 

『力無き身でありながら、いみじくも抵抗する姿、真に称賛に値する! ここに賛辞を贈ろう!』

 

『そして我は、その功を讃え、一度引くとしよう!』

 

それはいにしえの戦の作法だった。

古代、通信手段が未発達な時代。敵の場所を知ることができない軍人たちは大規模な開戦を行うために日時と場所を指定した。

 

これもそう。

 

『我が再び現れる時は、明朝! 日の出と共に、朝駆けを行い、お前たちを蹂躪するとしよう!!!』

 

『それを止めたくば黎明の時までに、我の元へ辿り着き倒して見せよ!!!』

 

『聞いておるか、"神殺し"───ッッッ!!!』

 

 凄まじい大音声に誰もが、恐れ、膝を折る。神の宣告する死に、己の死期を悟った。祐一の隣に居る友人もまた、同じ様に膝を屈していた。

 だが祐一は一切臆する事なく───

 

 

 ここに、いるぞッ─────!!!! 

 

 

 その勇ましき声が、人々の耳朶を打ち、心に火を灯していく。

 今の声こそが、自分達を脅威に抗う力を与え、叱咤し、反抗へと導いた者の声であると! 

 

 

『この約定呑むか、貴様が決めよ──!!』

 

 

「───お前を、必ず討ち果たす!!!」

 

 

 何の逡巡も無く返す! 

 そこに己が死地に向かう忌避感など一切無い。

 強大な敵に立ち向かう闘志と、災いの訪れを許してしまった己への憤りのみがあった! 

 

 

『──見事!!!』

 

 

 人狼は己が仇敵の強烈な意志に、己が相対するに値する戦士であると確信する。

 口角を吊上げ人狼は、現れた時と同様、素晴らしい威駆を誇る両足で大跳躍し大霊峰へと戻って行った。

 街を襲った群狼共もまた、波が引く様に引いていく。

 

 嵐は去った。

 だと言うのに、歓声は聞こえない。呻吟の声と、不安を拭い切れない惑った声のみが響いた。

 

 

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