王書   作:につけ丸

33 / 102
033:蒼き狼

 まつろわぬ神との第二戦。

 その開幕は酸鼻きわまるものとなった。過去は変えられない。ならばどうすればいい。

 決まっている。あの大巨狼の神の四肢を砕き、牙を折り、爪を削がねば。それでこそ人界の守護者である少年の罪は贖われる。

 

 その通りだ。俺はあいつを──倒す!

 激情のままに窓から飛び降りようとした瞬間だった。

 

「待ちなさいっ」

 

 そのまま飛び出そうとしていた祐一の服を掴み、力一杯、寿に引き止められた。必死の形相で祐一を引き留めている。

 

「な、何だよ……?」

 

 胡乱な目を向けながらも、少し冷静になって問う。

 

「君はあの化け物の元に向かうんだろう? それに今さっきの太陽の欠片だって君がぶつけたんだよね!?」

「……だったら?」

 

 困惑していると肩を強く掴まれる。

 

「君が!……一体全体どんな運命を背負ってあんな怪物達と戦って居るのは僕は知らないっ……想像も着かないっ!」

 

 そう前置きして、頭を振る。

 

「でも無茶だ!君はこの土地とは何の縁もゆかりもないだろう? ──戦う必要なんてない。誰にも責めさせやしない僕が許さないこんな所で命を散らすな!」

「な、なに言ってんだ?」

「君は僕より若い!中学生くらいだろう!?こんなところで死にに行くなんて間違ってる!」

「おっちゃんはあんな化け物に襲われて、好き勝手やられて、黙っていられるのか!?俺は敗北主義者じゃねぇ!」

 

 寿の案じるようで、それでいて絶対に受け入れられない提案。祐一はすぐさまそれを蹴っ飛ばした。

 災いを為す神々は殺してでも止める。

 

 それが友を弑逆してしまった祐一の罪科への償い。

 

「負けられねぇ──譲っちゃなんねぇんだ。これだけはッ!」

「だ……だとしても、だ!」

 

 瞳の強さに吃りながらも必死に説得を続ける。

 

「あんな奴に相手にしたら命がいくつあっても足りない! まだ中学生かそこらだろう、生きるべきだ! こんな所で命を粗末にするんじゃない!」

「ダメだ」

 

 祐一は頷かない。

 

「たぶんあの狼を止めれるのは俺だけだ。倒せるのも……それにここで逃げたら、俺は負けちまう。そしたら、あいつとの約束まで破っちまう」

 

 友との常勝の約束を思い出して拳を握りしめた。

 

「それだけは、絶対にやっちゃいけねぇえッ!」

 

 並行線だ。

 祐一の頑固さは元来の物だったが、寿もまた意外なほどに頑固だった。顔を突き合わせ、相手の唾が顔に掛かる事すら気にせず己の信念を貫こうとした。

 

「君は人だろ? さっきの狼は……"神"だ。今、世界中で暴れている奴らだ例え先進国の強力な軍隊でさえも太刀打ちできない、強力な神だ」

「神様なのは分かってる。でも俺は──」

 

 言葉を遮るように寿が鋭い質問を差し込んだ。

 

「──だったらあの神の正体は?」

「しょ、正体?」

 

 祐一が動揺した。神話なんて全然知らない祐一が神様の名前なんて看破できない。

 まつろわぬ神の予測なんて不可能だ。祐一が倒したウルスラグナなんて日本じゃ知る人ぞ知る軍神だった。

 これまでの情報だけで看破できるか。祐一は痛恨極まる表情で唇を噛んだ。

 

 ……だが寿は神の正体に薄ぼんやりと気づいているらしい。

 ここが、攻めどころか。動揺した祐一を見て取った寿は唇を舐め勢い込んで舌を回す。

 

「太陽は知っているだろう? そして太陽を神格化した太陽神……日の出と日の入り。それを古代の人々は"死と再生"と捉え、不滅なのだと考えたのさ」

「不滅の太陽……?」

 

 不滅の太陽(ソル・イングィトス)、頭のなかでそう聞こえた。日本人には聞きなれない妙な響きは不思議と耳に染みる。

 

「あの狼は太陽を呑み込んだ。だったらあの狼も太陽にゆかりのある神格じゃないかな」

「なんでそんな事が言えるんだよ」

「だって、太陽は世にふたつもないだろう?」

「あ」

 

 祐一が間抜けたように漏らした。

 

「じゃあ、アイツの正体は一体……?」

「1番()()()と思っているのは──ギリシャの太陽神アポロンだ」

 

 アポロン、祐一でも知ってるビッグネームだ。

 若い祐一がもっと幼かった頃、ラフ画の描かれた宗教画のまとめ本をエロ本だと覗いていた時期があった。その本で名前を見た気がする。

 

「アポロンには多くの名がある『ボイポス・アポロン(光のアポロン)『アポロン・スミンテウス(鼠のアポロン)』──そして『アポロン・リュカイオス(狼のアポロン)』」

アポロン・リュカイオス(狼のアポロン)……? それが、アイツの名前、なのか……?」

「たぶんね。そしてアポロンだとしたら恐ろしい神だよ。疫病、弓術、そして太陽。負けるに決まってる。早くここを離れて大人に任せ、君は逃げるんだ!」

 

 祐一はなんだか苦笑を堪えられなかった。

「逃げろ」なんて。今までそんな言葉を言ってくれる人はパルウェーズくらいしか居なかった。

 

「心配してくれて、ありがとう。こんな説教みたいな事されたの、変わってしまう前のあいつ以来だよ……でも、ごめん。俺にはやっぱり譲れないや」

「どうしてっ」

 

 落ち着いた動作で、ゆっくり首を振った。

 ハッキリ「否」と、そう返す。

 

 

「───約束が、あるんだ」

 

 

 寿は、気圧された。その烈火の如き瞳に。

 

 なんて眼をしているんだ……。

 例えるならば地獄の淵を見て来た者の眼。大業を犯し、今なお罰を受けている様な凄惨な色を宿し、それでも立ち上がり前を向く強い意志を宿した瞳。

 

 それは正に戦士の眼だった。

 

 ここに至って寿は悟った。彼を翻意させることは那由多の時間を持っても不可能だろう、と。

 

 はあぁぁぁ……。

 深くため息を付く。右手で祐一の頭をグシグシ乱暴に撫でる。

 

「な、なんだよ……?」

「いや、呆れただけさ。はぁ……判ったよ。もう何も言わない。でもひとつだけ、──これだけは約束してくれ」

「約束?」

「うん」

 

 寿は強い眼差しで、祐一と目を合わせ……

 

「絶対生き残って、もう一度僕に元気な顔を見せる事。それが約束さ」

 

「当然」

 

 拳を突き出し、不敵に笑って自信満々に応えた。

 そしてラグナを呼び、今度こそ仇敵の元へ向かう。空を駆り、窓際に寄ってきたラグナに乗り込む。

 そこで寿から声が掛かった。

 

「じゃ、行って来る」

 

 あくまで軽い口調で、散歩にでも行くような気安さで、祐一は死地へ向かった。

 

 

 

 祐一が常勝不敗の軍神ウルスラグナから簒奪した権能『常勝への旅路(Parviz)』は非常に取り回しの悪い権能だ。

 数多くの強力な能力を備えるが、その代わり大きな制約がある。

()()()、『ミスラの松明』を取り込んだ影響は大きい。

 神獣であるラグナを自由に呼び出し、今もこうして乗り回している。そしてラグナの意志と補助があれば、他の化身との同時行使が可能となっていた。

 

 祐一はラグナに背に乗りながら、未だ黒煙が立ち昇るドバイを振り返った。

 そして大霊峰の頂上を見据える。

 

「──アポロン・リュカイオス(狼のアポロン)……か」

 

 駆ける。駆ける。

 峻険な山道をラグナは物ともせず駆ける。

 ふと見ればもう空が白み始めている。闇夜を引裂き、紅玉の太陽が顔を出そうとしている。夜明けが近いのだ。

 

 戦いを潜り抜け、今まで気付かなかったがかなりの時間が経った様だ。だが『まつろわぬ神』との約定には間に合うだろう。

 もう、頂上が見えているのだから。

 

 ──頂上へと辿り着いた。

 

 大霊峰の山上はリングのような形をしていた。頂上であるにも関わらずなだらかな平地であった。端から端へ1kmは余裕でありそうだ。そこそこに広い平地が、登り詰めた祐一達を待ち構えていた。

 

 そしてその中央に五つの影があった。

 目が良く夜目も利く祐一には、その姿がよく見えた。ラグナがゆっくりと歩き出し、さらに鮮明になって行く。

 四体の巨駆を誇る銀の狼と、長身な人型の影。

 銀狼は二列に並び、その奥に人影を戴き、忠実な家臣の如く頭を垂れている。奥の人影も白いフェルトの上で玉座に座り、王者の風格を漂わせていた。

 銀狼はどれも素晴らしい偉駆である。大きさは今まで戦い葬った馬ほどの狼達と変わらない。しかしその眼光は鋭く、また理知的であった。

 待ち受ける神狼どものなんと威圧的な事か。イランの旅で遭遇した強力な化身達と相対している気分に陥る。

 

 だがそれを凌駕するほどの闘気が、祐一のすぐ隣から溢れ出た。

 驚いてその発生源を見る。そこには迫る死闘に戦意を高め横溢させる頼もしい盟友。 

 何度目か分からない笑みを零すと、己の宿敵である人影──『まつろわぬ神』を見据えた。

 

 同時に驚愕した。何故なら予想していた姿とまるで異なっていたのだから。

 

 祐一が第一に予想していた姿は人狼だった。

 初めて見た姿がそれだったから当然だ。しかし街に現れた時のようにかの神は人狼の姿ではなかった。

 

 そして、祐一が次に予想していたのは、白く輝くトーガやマントを身に着け、金髪碧眼の典型的な白色人種だった。

 

 アポロンが崇められたのはヨーロッパのギリシャ、デルポイと言う土地だった。故に、祐一は漠然とアポロンは西洋人の容姿をしているのだろう、と予測していた。

 

 しかし違った。

 

 予想が全て裏切られた。アジア人だ。つまり()()()()()()の顔立ちをしていたのだ。

 だがそれよりも。祐一は──その神を見た事があった。

 

 そう、あれは──

 

「こ、此処で何やってんだよ仁さん……?」

 

 震える声で問い掛けた。

 待ち受けていたまつろわぬ神は、祐一を海上で拾い助けてくれた『鈴木仁』だった。

 

 いやよく見れば似ても似つかない事に気付く。確かにその容貌は昨日同じ釜の飯を食べた友の顔。しかしその顔は昨日出会った彼の顔とひどく似ているが、似て非なるものだった。

 

 例えるなら彼が王者として年嵩を重ね雄々しくなった……と例えれば良いだろうか。偉大なる覇者の相が浮かんでいる。

 

『まつろわぬ神』が、口を開く。

 

 その声は、低く、野太く、そして威厳に満ち満ちていた。

 

「……おお、そんな名前を名乗っていたか……。はっはっはっ……しかし、大王となりながら『幼名』を呼ばれるというのも、気恥ずかしい物があるな」

 

 頬を掻きながら破顔して笑う。

 

「幼名……、だって……?」

 

 問い掛けた祐一に深く頷く。

 

「応。おぬしの前に現れたワシは、まだ若く草原の覇者となる前の『俺』であり、鈴木仁(テムジン)であった

 "神殺し"とは我々、神が近付けばすぐさま察する獣の様な存在なのだろう? 故に、趣向を凝らさねばならなかった。己が名を封じ、神性を薄めると言う細工を、な」

 

 愉快そうににやりと笑みを深めタネ明かしをする鈴木仁だった男。

 

「おぬしと出会ったワシは、ワシが数多に持つ神格を極限まで切り離し、人と変わらぬほどに落とし込んだ存在であったのだ」

「なんで、そんな事を……?」

「フッ! おぬしの為よ。全ては神を殺し、定められた運命を乱麻の如く乱し……そして極め付けに因果律に抗うと言う大業を背負った戦士を見たいが為に。一時の間、極限まで神力を薄めたのよぉ!」

「なんだよそりゃ……」

「ガハハッ! 貴様を見たかった!──それ以外、理由はあるまい。そして出会った戦士は中々の器量を持っていた!」

 

 有意義な時を過ごせたぞ木下祐一。

 U.A.E中に響きそうな程の声量。聳え立つ大霊峰が鳴動している……。

 神の充溢した闘気に応える様に。

 

「さぁて名乗ろうか! 今のワシはこの大陸中を股に掛け、世界を恐怖の渦へ陥れた大王(アンゴルモア)……ナイマン、西遼、金、ホラズム、西夏……数多の大国は、我が稜威に服した。そしてその国々を領土とし、至高の大帝国を築いた太祖ッ!!!」

 

 その時、夜が明けた。

 

 夜通し戦い抜き、大霊峰を攻略した戦士を祝福している様にも見える。しかしそんな物はまやかしに過ぎない。

 

 なぜなら太陽は『まつろわぬ神』と共にあるのだから。薔薇色の暁帷が祐一と『まつろわぬ神』を照らし出して行く。そして傍に控えるラグナと神狼達も……。

 

 陽光に照らされ『まつろわぬ神』に側に控える四体の神狼。その狼は「銀」ではなかった。蒼く輝いて陽光をよく弾いている。

 

 色は蒼銀。つまり───蒼き狼。

 

 祐一は眼の前の『まつろわぬ神』の言葉を思い出し、遂に思い至った。その英雄は祐一でも知っている偉人だった。そして祐一が一番好きな英雄でもある……。

 世界を自由に駆け、有史以来最大規模の大帝国を築いた大王。良くも悪くも、世界に衝撃を与え、東西の世界を繋げた功労者。始祖たる蒼き狼と恐れられた草原の覇者

 

 その英雄の名は───

 

「我が名はチンギス・ハーン! 偉大なる『天の神(テングリ)』の子にして、『蒼き狼(ボルテ・チノ)』! 大地を征した草原の覇者なりッ!!!」

 

 強大な『まつろわぬ神』が、正体を明かした……その時、祐一の胸に去来した思いは、一つ。

 

 ───おっちゃぁぁああああああぁぁん? 全然、違ったぞぉぉおおおおおおっ??? 

 

『そう言う間違いは、往々にしてある事さ』

 

 風に乗って、そんな声が聞こえた気がした。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告