王書   作:につけ丸

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034:やめろーッ!それ直撃ルートぉ!!?

 ドバイに現れたまつろわぬ神。

 

 ギリシャの太陽神アポロンかと思われた狼神はドバイを灰燼に化し、そして偶然居合わせた祐一と激しく対立した。

 大方の予想を裏切り、モンゴルの……いや、人類史の大英雄チンギス・ハーンであった

 

「──あれェ!?』

 

 祐一が叫んだ。

 

アポロン・リュカイオス(狼のアポロン)は!? アポロンどこだよ!? アポロン出せよぉぉおお!!?」

 

 戦場にも拘らず動揺しまくって叫び散らす。今までのシリアスはどこへ行ったのか……。

 

アポロン・リュカイオス(狼のアポロン)(キリッ)……ってやってた俺は、とんだピエロじゃねぇか!」

「そのアポロン某は知らぬが、ワシはチンギス・ハーン。しかと覚えておけ」

 

 チンギス・ハーン。

 モンゴル帝国の皇帝。

 人類史上最大規模の世界国家を作り上げた世界史に刻まれた大英傑。

 

 ぞくり。

 祐一は今更になって対峙している男の巨大さに気付いた。血の騒ぐ音が鼓膜ではなく、直接脳へと叩きつけられる。

 逸っている。高揚に震えている。握りしめた手から熱い液体が滴り落ち、霊峰に沈んでいく。

 

 チンギス・ハーン。チンギス・ハーンだと。俺はあの英雄と対峙しているのか。

 

 これが神と戦うということ。御伽噺や神話伝承から抜け出した者たちと戦うということ。

 祐一は肺腑の奥底から、熱く熱く、そして深い息を吐いた。

 

「のう、木下祐一よ。酒席で兄弟となった我らだが……おぬし、本当にワシの──"家族"になる気は無いか?」

「家族?」

「左様」

 

 まつろわぬ神──チンギス・ハーンがおもむろに玉座から立ち上がり、祐一のそばまで歩み寄ってきた。ラグナが喉を鳴らして警戒するが、鼻先を抑えてなだめる。

 

「……ワシは寛大よ。おぬしは神殺し、世を葬る魔王に相違ない。世界を終末に導く先導者にして大罪人よ」

「んだそりゃ」

「とは言え、ワシの家族となり絆を築けば悪事なんぞ働けなくなるだろう? ……ああ、それだけではおぬしもつまらんな。──故におぬしには、とある役目を任せよう」

「いや、待て待て待て! 勝手に話を進めていくな! ……ってか、ドバイを破壊したおまえの家族になんて、誰がなるか!」

「ガハハッ気の強い若人よ!」

 

 祐一の断固とした言葉にもチンギス・ハーンは気にした様子もない。というか人の話を聞いていない。

 

「まぁー話は最後まで聞け。……ワシは嘗て地上にて世界に轟く大帝国を築いた」

「そりゃあ、知ってるよ。授業で習ったし」

 

 であろう、であろう。と満足気に笑う。

 

「しかし、しかし、だ。世界の()()()()は終ぞ叶わなかった。故に俺はこの──雪辱を果たしたいのよ」

 

「──遍く全ての世界を支配する、と言う雪辱を」

 

「そしておぬしが家族となった暁には、我が軍団の先鋒その栄誉を与えようではないか。どうだ、悪くない話ではあるまい?」

 

「ふざけんな!」

 

 少し心が揺れる。だってチンギス・ハーンだ。

 優駿に乗り、世をゆうゆうと駆け巡り、そして世に比類なき帝国を作り出した。男の夢だ。一度の人生、それくらいの偉業をなしてみたいものだ。

 

 友と友。パルヴェーズとラクシェと肩を並べ、大草原を駆け巡る。

 なんと甘美な夢か。

 

「そんなもん、なおさらダメに決まってるだろうが!」

 

 だからこそドバイでやった悪行は許せない。友と歩んだ世界を壊すことなど罷りならない。

 

「なんと。我が誘いを断るか! 愚かな……我が家族に加われば世界もおぬしの思うまま。めくるめく闘争と快楽を味あわせてやると言うのに」

「うるせえッ絶対に、お断りだ!」

「ガハハッ、元より言葉を尽くして翻意出来るとは思うておらん! ならば、仕方が無い。やはり欲しい物は──蹂躙し掠奪してこそ! 俺がおぬしを征服してみせよう"神殺し"木下祐一よ!」

「やれるモンならやってみろ俺は常勝不敗だっ!!!」 

 

 祐一の返答にチンギス・ハーンが王者の衣を脱ぎ捨て前かがみになった。獲物に飛びかかる捕食者の姿勢だった。

 

 チンギス・ハンは当然ながらモンゴル部族の騎馬民族だ。

 機械工業が発達する以前の時代。銃よりも槍や弓が強力だった時代に、環境トップにいたのは馬に乗る騎馬民族だった。

 

 世界最初の遊牧騎馬民族国家を成立させたアーリア系注釈(イラン系)騎馬民族スキタイの登場以降、彼らはたびたび世界を騒がせる。

 

 中世ヨーロッパで猛威をふるったフン族やタタール族、そして史上最大の版図を築いたチンギス・ハン。

 

 モンゴル帝国の開祖チンギス・ハーンの一代記を記した元朝秘史にはこうある。かの大王の祖先には斑の狼──蒼き狼がいたのだと! 

 

「ワシは蒼き狼にして、草原を神速閃電の如く駆ける者。そう……「──この様に」

 

 世界をまたたく間に席巻した皇帝の閃き。大巨狼に変じたチンギス・ハーンに一瞬で距離を詰められた。シーラーズ郊外に現れた神獣『鳳』の如き素早さだ。

 

「ぐあっ!」

 

 祐一とラグナはやすやすと吹き飛ばされ、霊峰から追い出された。これまで駆け上がってきた登山ルートをなんの感慨もなく逆走し、地面に叩きつけられる。

 

『我が何者にも阻まれぬ進撃を止めてみせい! 木下祐一ッ!』

 

 

 ──山が、動く。

 

 

「なんだ、こりゃあ」

 

 見上げるほどの霊峰が異常な速度で迫って来る。ドバイ郊外の砂漠を練り歩き、祐一を押し潰さんとしているのだ! 

 

 ──ルォ! 

 

「ラグナ、頼む!」

 

 ラグナの背に跨り、祐一はつぶやく。

 

「山()駆け巡どころか、山()駆け巡るなんてどうかしてるだろ……! しっかしなんでチンギス・ハーンが山なんだ? あいつと言ったら草原じゃねぇのか……?」

 

『ガハハ!!! 草原の覇者たるワシが山となっているのがそんなに不思議か木下祐一!』

 

「うおっ」

 

 声とともに山の至るところから矢が吐き出され、祐一とラグナへと降りかかる。矢の雨は一本一本が祐一の皮膚を裂き、ラグナの毛皮を傷つける、禍々しさがある。

 

 現に、ドバイへ舗装されているアスファルトや乗り捨てられた車が木っ端微塵にされていく。あんなのまともに受けたらひとたまりもない。

 

 馬上騎射。

 首を捻って矢を避けながら、何故かそんな言葉すら浮かぶ。

 

『木下祐一! お前が相対するこのチンギス・ハーンはチンギス・ハーンを核とした混淆神よ』

 

「混淆神だって?」

 

『そうよ、神にはいくつも種類がある! 死、太陽、剣、幸運! 豊穣をもたらす地母神! その地母神を殺して武勲とする《鋼》!』

 

「《鋼》……」

 

 聞いたことがある単語だった。何より変わり果てたパルヴェーズが口にしていたフレーズだったからよく覚えている。ちりちりと喉が焼ける。

 熱い。熱を感じる。鉄を打ち、精錬する、火の熱さ。太陽のような熱さ。

 

『《鋼》も大きく分けて二種類ある! 最も純粋なる純血の《鋼》──最源流!』

 

 山が空と別れる。ベリベリと剥がれ、まるで大口を開けた狼のごとく祐一へと迫る。

 

『そしてワシのごとき様々な要素を征服し、取り入れた──混淆(ハイブリッド)神よ!』

 

「マズイ!」

 

 

 ──天の神(テングリ)と言う神の来歴は古い。

 

 アジアの先史時代より存在し、中央ユーラシアを中心に古代より信仰を集め、とくにテュルク……いわゆるシベリアや中央アジアなどに広がる騎馬民族には多く信仰を得ていた。 

 

 テングリとは、そのまま天または神を意味する言葉だ。

 

 自然界との関わりが深くシャマニズムや自然信仰、アニミズムが盛んであった古代テュルクや遊牧民族は、万物の支配者であり、命の源泉である「天」を最高の神と定め祈りを捧げたのだ。

 

 この天神信仰には、太陽信仰や月信仰も含まれている。白馬を呑み込んだチンギス・ハーンは、天の神(テングリ)の太陽神としての属性を使い、祐一の化身力を呑み込むことが出来たのだ。 

 

 

 そして──世界軸(アクシス・ムンディ)

 

 

 チンギス・ハーンが言ったように人は高いもの信仰する。

 古代世界の国際都市バビロンに存在したジグラットや、ネイティブ・アメリカンのピラミッド。バベルの塔が神話として残っているのも好例だ。

 

 人工物に限らず山も例外ではない。

 日本では富士山や中国の崑崙山があり、およそ高く聳え立つものはよく聖なるものとみなされた。

 

 世界の中心であり、そして──天と地を結ぶ物だと考えられたのだ。

 

 特に山の頂上は、天と地が出会う場所だと考えられた。

 

 それは遊牧民族も例外ではなく、初めは『天の神(テングリ)』は天空そのものを指していたが、やがて大地や山岳信仰に結び付いく。

 

 

 チンギス・ハーンを核とした天の神(テングリ)

 世界の征服者。最も肥えた《鋼》の混淆神。蒼き空の天空神。"神殺し木下祐一"としてのデビュー戦の相手だった。

 

 

 

 ──ラグナお前に賭けるぞ乾坤一擲だッ! 

 

 迫り来る大巨狼へ、祐一はラグナをぶつける選択肢を取った。今まで乗っていたラグナの姿が消え、砂漠に放り出される。

 

『諦めたのか木下祐一!?』

 

「んなわけあるか!」

 

 全てを粉砕する"破壊の化身"を呼び出す、聖句を謳う。

 

「さて、汝は契約を破り、世に悪をもたらした。主は仰せられる……咎人には裁きをくだせ。背を砕き、骨、髪、脳隋を抉り出し、血と泥と共に踏みつぶせと。我は鋭く近寄り難きものなれば、主の仰せにより汝に破滅を与えようッ!」  

 

 祐一の後ろの空間が歪み、恐ろしい神獣が顕現する。ここではないどこかへ繋がる異界への扉。その扉から黒き破壊神が現れようとしていた。

 

 容貌魁偉を誇り、その獣皮は陽光を浴びてさえ漆黒に輝く恐ろしき──黒き神。 

 今まで祐一と共にあった彼の化身は仮の姿。真の姿はこの世の一切合切を灰燼に帰し、死を振り撒く破壊の化身である。 

 

 そう。ドバイを囲み祐一とチンギス・ハーンが居る広大な大霊峰さえも───一撃で。

 

 そして遂に現れる。 

 今、現れ出る猪の姿をした化身は、これまで祐一と共にあった顕身など、比べ物にならない。

 その体躯は巨大だ。全長は優に100mはあるだろう。

 

 その牙は禍々しい。牙に触れた途端に数多の物は崩れ去るだろう。

 

 その眼光は鋭い。盟友たる少年と同等の鋭さ。

 

 

 ──ルォォォォォオオオオオンンッッッ

 

 

『おおおッ!? この猪をもって我が身を破壊するか木下祐一よ? 何と言う出鱈目か!』

 

「間違ってるぜ、チンギス・ハーン! ラグナは侍ってなんかいねぇッ! ラグナは俺の友達だいつも俺の隣に居てくれる俺の──"家族"さ」 

 

 果たして時は来た。

 

 異界から姿を表した「黒き神」が怒涛の勢いで飛び出した。巨駆を誇るラグナが一直線に、チンギス・ハーンへと迫る! 

 

『──ぬかったわ! おぬしが自分を犠牲にしてまで、我が身をうち滅ぼそうとするとは! このチンギス・ハーンというものが見誤ったかッ!!!』

 

「……え?」

 

 チンギス・ハーンと射線上にいる祐一目掛けて……んんっ??? 

 

「──あれェ? ラグナさぁん? それ俺も直撃ルートなんですけどぉ! 俺まで一撃で粉砕されそうなんですけど! ──え、なに? 聞こえない! もう止まれない、なんて聞こえないからね!?」 

 

 呼び出す位置を間違えたぁ! 

 

 必ず当たる位置……つまり自分の位置目掛けてラグナを落とそうと考えていたが逃げ方を考えていなかった! 

 

 ラグナが弾丸の如く、駆ける。止まる気なんて更々ない凄まじい勢い。

 

 まるで巨大隕石の落下だ。 

 上空を見上げる祐一とチンギス・ハーンは計らずも、同じイメージを抱いていた。 

 

「───ぬかったわぁあああ!!!!!!」

 

「───ぎゃあああああああ!!!!!!」

 

 直後、"神殺し"とまつろわぬ神の断末魔の叫びがドバイに轟いた

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