王書   作:につけ丸

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義理の家族、或いは、エピメテウスの系譜

 ───パンッ!パンッ! 

 

「初勝利おめでとー! ユーイチ!」

 

 何かが弾けた音と共に、可憐な少女の声が祐一の耳朶を打った。振り向くと新しくできた義母「パンドラ」が笑顔をふりまきながら手を振っていた。

 

「何やってんの……。かあさん……」

 

 顔を引き攣らせ、困惑しながら問い掛ける。おそらく彼をここまで困惑させる事が出来るのは、パンドラくらいしかいないだろう。

 

 パンドラの後ろには彼女の従者だろうか? 人の倍は有りそうな石人形が控えていた。

 

 石塊が積み重なって出来た……土偶の親戚の様な石人形、それが二体。その石塊の身体には金色の文様が至る所に描かれ、服の様なボロボロの茶色い布を肩から下げている。

 どうやら今さっきの破裂音の正体はクラッカーを鳴らした音だったらしい。と言うのも、石人形の大きな手に糸を引かれ役目を終えたクラッカーが見えたからだ。

 

 どうにかこうにか激戦を制し倒れ伏した祐一は、今どこもかしこも灰色が広がる不思議な空間に居た。

 

 友誼を交えた友との別れに寂寥感を覚えていた祐一は、ここで目覚めてからずっと寝転びながらボーッと景色を眺めていたのだが……。

 突然の義母の来訪に今まで蟠っていた悲しみとも違う喪失感と言う感傷から、困惑の感情へと取って代わられてしまった。

 

「え〜、ユーイチってばノリ悪い〜……せっかくママが初戦を勝利で飾ったユーイチを祝いに『不死の領域』から出張して来たのにぃ〜」

 

 口を尖らせ拗ねた口調とまるで女子学生の様に間延びした声音で不満を口にするパンドラ。

 

「うっ……。わ、わかったよ。……ありがとうかあさん! こ、これで良いだろ!?」

「うん! 満☆足!」

 

 どうやら祐一は義母であるパンドラの事を嫌いでも苦手でも無いが、どうしても頭が上がらない風であった。今もこうして翻弄されているのが良い証拠である。

 ……まあ、祐一自身が女性が苦手、と言うのもあるのかも知れないが。

 

「で、ここ何処なんだ? 今かあさんが『不死の領域』って言ってたのがこの不思議空間の名前?」

「残念、ハズレ。ここはね『生と不死の境界』ってところなの。ギリシャ風なら『イデア』、ユーイチが居たペルシア風なら『メーノーグ』、ユーイチの故郷風なら『幽世』ね。ま、わかり易く言うなら『もうちょっとで三途の川』みたいな?」

「ふむふむ……。うん、よく分からんけど俺が死にかけなのはよく分かった!」

「イエス、正解! でも安心して良いわよユーイチ! 今から一度キッチリ死んで、また蘇るから♪」

「んんっ!? おれ、結局死ぬのかよ!? いや待て……ううむ、心臓抉られたんだよなぁ。そう考えると、生き返れるだけ、めっけもん……なのか?」

「そうそう! ポジティブに行かなくちゃね♪」

 

 そう言うとパンドラが腕を組んで目を瞑って深く何度も頷き、

 

「うんうん。やっぱり人の身で神を殺しただけあって、『鋼』の神格でも互角に戦えるのは流石ね! 私と旦那の息子のデビュー戦だったから、皆でハラハラしながら見てたけど、心配して損しちゃったわ! ふふっ、ユーイチったら最初の実戦だったし大サービスして何か助言しようかな? って思ってたんだけど全然必要なかったわね♪」

「ああ、そうですか……。かあさん、……質問したい事は山ほどあるけど、一つだけ言わせてくれ……」

「なに、ユーイチ?」

 

 

「──見てたんなら、助けろよおおおおおおお!!!」

 

 

「それじゃあ、つまらな……ユーイチが成長しないもの! 私は義理とは言え母として子を千尋の谷に落とす思いで見守ってたのよ!」

「絶対嘘だろ! それにつまらないって言いかけたし!? ああ……もうヤダこの義理のかーちゃん。フリーダムすぎる……」

 

 嘆く祐一に、パンドラは細い腰に手を当て人指指しを振りながら持論を語る。

 

「ま、私はユーイチの義母で支援者だけど、基本的に気まぐれで無責任だし教育方針は放任主義なの。まー、世界のお約束みたいな掟に触れないくらいには助言するかもだけど、結局戦うのはユーイチだし? あんまり助けられてばっかりでもこれから先が大変よ?」

「うっ……、確かに……。……はあ。もういいや、勝ったし……それに自分で戦った勝利が一番気持ちいいし。……あっそう言えば質問なんだけど……今さっき言ってた『鋼』の神格って結局なに?」

「あら、ユーイチはウルスラグナ様から聞いていなかったかしら? じゃあ改めておさらいしましょうか。

 まず、そもそも『鋼』って言う言葉自体が「剣」そのものの意味なの。ま、簡単に言ったら大地の女神たる私達「地母神の征服者」ね。そして、妻にしたり支援者にしたり……要するに「英雄」よ」

「あー、そう言やパルウェーズがそんな事言ってたっけか……?」

 

 パルウェーズの言葉を思い出す。パンドラは何かを思い出した様に食って掛かる様に前のめりになり、祐一に叫ぶ。

 

「それに地母神の征服者である『鋼』の方々なんて大体女の敵なのよ! それはもう酷いんだから! レイプにリョナは当たり前、死姦獣姦丸呑みプレイ、何でもござれよ!」

「うわああ!!! 生々しい! 生々しいよ! かあさん!」

 

 なんか凄い単語が耳朶を打った。

 木下祐一、十四歳。純情少年であり女性経験皆無な少年でもある。

 

「いい!? ユーイチは『鋼』の方々みたいに乱暴者になっちゃダメだからね!」

 

 叫んで満足したのか、少し落ち着いた声音で語り掛けるパンドラ。少し引き気味に祐一は言葉を返す。

 

「う、うーん……。女の人は、おれ苦手なんだけど……。あー、まあ心掛けるよ。それに『鋼』って奴等が「女の敵」って言ってもチンギス・ハーンについては何も言えないけど……、パルヴェーズは違うと思うぞー」

 

 チンギス・ハーンについては「男の快楽とは何か?」と言う問いに返した言葉を思い出し、何も擁護出来なかったが、あの聖人君子を体現したパルヴェーズがそう言う事はしないと思いたかった。

 

「ま、そんな『鋼』の英雄神にも勝てたんだもの! 頑張った息子の健闘を讃えに来るのは当然の事よ♪」

「……そうでもないよ。チンギス・ハーンは俺を家族にするため為に本気で殺しに来てなかったからな……。全力だったらもっと苦戦してたはずだ。断言できる。

 あいつは最後の最後まで俺を家族にしようってしてたんだ。それでおっ死んじまったんだから意味ねーよ……。ホントにバカな奴……」

「ふふ、ユーイチは、『鋼』の神格の方々から見れば、気持ちいいくらい純粋で、未熟な戦士だもの。たぶん、若い自分の姿と重なったりするんじゃないかしら? かわいい後輩みたいな?」

「み、未熟……。かわいい後輩……。心にグサリと来たわ……。ガンバリマス……」

「たぶん、そう言う所じゃない?」

 

 そう言うとパンドラは、後ろに控えていた石人形の前に立ち、

 

「紹介が遅れたけど、この子達はデウカリオーンとピュラー! 私と旦那の娘夫婦よ! 祐一のデビュー戦を見てどうしても会ってみたいって言い出して……ま、神って訳じゃないからこうして意識を移す秘術を使ってでしかココに来れないけどね? あ、ユーイチから見たら義理の兄と姉になるわね♪」

 

 パンドラの後ろに控えていた石人形が前へ出る。

 一体は元気一杯に石で出来た手をブンブン振りたくっている。もう一体は腕を組んで祐一を見詰めていた。その視線は優しげな眼差しで自分を見据えている様にも見えた。

 どうやら元気一杯なのがピュラー、物静かなのがデウカリオーンらしい。

 

「は??? ……てか、かあさん子供いたの?」

 

 いきなり兄と姉が出来た。と言うか容姿が自分と同年代な義母に子供が居た事に驚きを隠せない祐一。

 

「そ~よ? まあ、ユーイチの義父……「エピメテウス」って言うんだけどね? ……は、今来てないの。ふふっ、自分が頑張って作った転生の秘技が幾星霜の果てに成功したのもあるけど、ユーイチの戦い振りに感動して家飛び出してカウカーソス山の頂上で雄叫び上げてるわ!」

「うわぁーい。義理のとうさんも濃い人みたいだなぁ。てか雄叫び上げてるって、そんな喜ぶ事なのかよ……?」

 

 口元を引くつかせながら祐一には義父と言う人物がどうしてそんなに喜ぶのか判らなかった。神を殺したと言っても、ただ友達を止めたかった結果でしかない。それを褒められても良く分からず首を傾げる他ない。

 

「ふふふふ。ユーイチは判らないかもね……でも、うちの旦那の喜びようも当然かも知れないわ。転生の秘技は、私も義兄も必ず徒労になるって思ってたから……。定命の者である人間が神なんて殺せないって。それもこの神も現れない世界で……。

 ──―でも、貴方は生まれてみせたわ。幾度もの逆境を潜り抜け、苦難を跳ね除け、生まれてきてくれた。

 だからもうそれだけで十分! 貴方は何も返さなくて良い、それどころか私達がご褒美を上げちゃいたいくらいなんだから!」

 

 パンドラは優しげに微笑みながらそんな事を言う。石人形に身を窶したデウカリオーンとピュラーも、言葉ないが褒めてくれている思念じみた波が伝わって来る。

 祐一はなんだかおかしな気分になった。そう言われてもやはり自分のやった事が、そんなにも称賛される事だとは思えなかった。

 自分がもっと賢ければ。

 自分がもっと強ければ。

 自分がもっと優れていたならば。

 もっと良い結果が作れたんじゃないか……そう思って仕方ない。と言うのにこの眼の前の義理の家族は、これ以上もなく褒めてくれる。嬉しい様な、歯がゆい様な、恥ずかしい様な、不思議な感情だった。

 思わず目を逸らしながら、頭を掻き、

 

「そっか……。やっぱ、俺にはよく分かんねぇや……でもそう言ってくれるの、すっげぇ嬉しい。だからって訳じゃないけど、かあさんが前に言ってくれた様に思うままに生きるよ。俺、戦う事しか出来ないし、それが一番の親孝行みたいだしなぁ」

「イエス! ユーイチは、ユーイチが望むままに生きれば良いの! どんなメチャメチャな事でも、どんな大罪を犯したとしても、ママは許しちゃう! だってユーイチはそれくらいの偉業を為したんだもの! ふふっ、旦那の頑張りが無駄にならなくて良かったわ〜♪」

 

 と言いながら惚気始める義母パンドラ。そして一緒になって身振り手振りで惚気話に答える義姉ピュラー。どうやら義理の家族は夫婦仲も家族仲も円満な様だ。その様子を見ながら祐一は思った。

 そこでポンと、肩を誰かに叩かれた。驚いて振り返れば、義兄たるデウカリオーンが居た。それも……すごい哀愁を漂わせて。

 訂正、一部を除き家庭関係は円満な様だ。義母パンドラも大概軽いが、今話に聞いた義父エピメテウスも、その二人の股の間から生まれた義姉ピュラーも相当なモノなのだろう……。

 祐一は肩身の狭そうな義兄デウカリオーンを見て、一瞬で看破した。

 

「ユーイチ! ユーイチも旦那の話聞いてく? 今ならなんで転生の秘技が生まれたかも聞けるかも〜」

「マジー!? 聞く聞くー!!」

「いい子ねー、ユーイチは! えっとね、先ずは〜……うちの旦那はゼウスにあんまり反逆しなかったって伝わってるんだけどね……」

 

 走り去って行く祐一を見てデウカリオーンは高橋紹運に裏切られた君主のごとく膝を付いた。

 祐一も義理とは言えエピメテウスの系譜。プロメテウスの系譜であるデウカリオーン側では無かったのだ! 

 

 ○◎●

 

「───うん、結構長い事話し込んじゃったし、そろそろ時間ね。ユーイチの身体も再生力し終わる頃だし」

「そうなん? なんか寂しくなるなぁ。かあさんや義兄さんと義姉さんに会えるのは、また今度か」

 

 ユーイチは、デウカリオーンの肩に乗りながら少し寂しげに言う。どうやらかなりこの義理の家族と打ち解けた様だ。

 

「ユーイチが、生死を彷徨えばすぐに会えるわよ☆ミ」

「うん、マジ勘弁」

 

 そこでユーイチは、気になっていた事を思い出した。

 

「──あ。そう言えば、かあさん。チンギス・ハーンが最後に言ってた「俺の敵」って何か知ってる?」

 

 パンドラはその質問に、首を振る動作をして、

 

「ゴメン、それ教えるの無理。かなり世界の根幹に関わってくる話だから、教えてあげたいけど掟に引っかかっちゃうのよね〜。私も一応は神だし、世界側の存在だから最低限守らなくちゃならない掟があるのよ」

「ん、そっか。ならいいや。チンギス・ハーンもいつか俺の前に現れるって言ってたし。それまで誰にも負けないくらい強くなりゃ良いか! ──よっしゃ! そんじゃ俺アッチに帰るな!」

 

 デウカリオーンから降り、歩き出しては能天気に大振りな動きで手を振る祐一。だが聞き逃がせない事をパンドラがのたまった。

 

「ふふふ。祐一はやっぱり、私達の息子ねー。ま、仮にココで教えたとしてもココで知り得た事は人の世に戻ったら忘れちゃうしね♪」

「は??? かあさん! そう言う肝心な事は初めに……てか、またこの流れかよ! なんか段々慣れて来たぞぉ!」

「まー、私は旦那も含めて、大雑把と言うかあんまり先を見ないと言うか、かなり適当なのよねー」

「知ってるよチクショー!!!」

 

 そこで、祐一意識は急速に浮上していった。

 

 ○◎●

 

 

 ふと目が醒めた。覚醒しきっていない祐一は寝ぼけ眼を擦り、目を開けた。だが何も変わらなかった。目を瞑った時と同じ様に真っ暗闇だったのだ。

 まだ夜かな? 動き鈍い思考回路でそんな予想を立てる。

 くぁあ……! と、伸びをする為に腕を伸ばそうとして……ガツン。──何かにぶつかった。

 

「……?」

 

 なんだこれ? 

 少しずつ覚醒し始めた頭で考える。とりあえず他の場所を触って確かめる。……どうやら、何かに囲まれた空間に居るらしい。真っ暗で見えないが、何か木の様な物に囲まれている様だ。

 目を瞬かせ、眠る前の記憶を呼び起こす。

『まつろわぬ神』が現れ、街が襲われた。

 なんとか反撃し、一旦、引かせる事が出来た。

 友人に『まつろわぬ神』の正体を教わり、大霊峰へ向かった。

 だが、『まつろわぬ神』の正体は予想に違い、チンギス・ハーンと名乗った。

 奮戦し勝利を収めたが、そこで自分も倒れた……。

 誰かに会った気がするが、覚えていない……。

 多分、眠ってから、だいぶ時間が経っている。そして俺は死体も同然だった……。

 ほほう、なるほど。

 ふむ。だとすれば、これは……。

 

 

「───棺桶じゃねーかあああああ!!」

 

 全力で自分を収めた棺桶を蹴り上げ、盛大にツッコミを入れた。

 棺桶を蹴りやぶり、外から光が射し込む。それと同時に、驚愕の声や悲鳴が鼓膜を叩く! 

 どうやらここはイスラム教の教会、モスクのようだ。

 見れば大勢の人々が棺桶に入った祐一を前に何列も並んでいる。

 やっぱ、葬式じゃねーか! 祐一は、心の中で盛大にツッコミを入れる。

 

「──祐一くん! 生きていたんだね!!」

 

 モスクに居る誰もが「信じられない」と言う様にあんぐりと口を開けている中、いち早く復帰した友が駆け寄って来る。彼の目元は赤く今まで悲しんでいた後がありありと残っていた。しかし今は興奮した様に、頬が上気し、仕切りに腕を降っている。

 祐一は戸惑いながらも、すぐに笑顔を浮かべ親指を立て拳を突き出す。

 そっか、俺は……。

 二人の友との約束、無事に彼らとの約束を果たせた事に祐一は口元を綻ばせた。

 

 さぁ、死者を送る葬列は英雄凱旋の花道となった! 

 狂った者共よ、人に仇なす神々よ! 

 我が守護者を見よ! 我らが英雄を見よ! 

 例え、どれだけの恐怖に震えようとも、どれほどの障碍が待ち受けようとも、我らは最期まで立ち向かう! 

 例え、お前達が幾万の災厄を運んで来ようとも、数多の命を収奪し絶望を振り撒こうと、我らの戦士は戦う! 

 

 

「あ、おっちゃん! そう言えばアイツ、アポロンじゃなかったぞ!」

「え、本当かい?」

 

 ……かも知れない。

 

 後に聞いた話では、戦いが終わり倒れた祐一をラグナが街まで背負って行ったらしい。……のは良いのだが祐一の身体の頑丈さや権能を知らない人々はボロボロの彼を当然の如く、死体だと思ったらしい。

 パンドラが言っていた様に一回死んでいるらしいので間違いは無いのだが、蘇るなんて事を知らない人々は立ち向かった少年の死に大いに哀しみ嘆いたと言う。

 そして人々は散って行った戦士に総力を上げ葬儀を執り行った。

 なおその間、ラグナは我関せずであった。

 何にせよ英雄の死と言う悲劇は喜劇に変わり、人々に希望を齎した戦士は今度は人々に笑顔を齎した。

『まつろわぬ神』の現れた被害は大きい。友が、親が、子が、伴侶が亡くなった。しかし悲しむばかりでは居られない。

 人々は何処かで区切りをつけ、再び前を向き進み始めた。

 

 ○◎●

 

「おっちゃん……。もう、行くのかよ……?」

 

 激戦より、二日経った。

 ここはドバイのクリーク沿いにある港。その港にて祐一は故郷へ旅立とうとする友人を見送りに来ていた。話によると船を使ってカタールに渡り、それから飛行機使って日本に戻るらしい。

 世界有数の大都市ドバイ。その復興スピードも並ではなかった。

 人的被害や崩壊した大霊峰の瓦礫等に目を瞑り、街への被害だけを見れば、致命的な被害は無かった。強いて言うなら群狼に荒されたスークと、ドロドロに溶解した「ハージュ・カリファ」くらいで、街のライフラインには影響は少ないと言えた。

 祐一も復興や死者への弔いに奔走していたのだが、二日経った今日海運会社が営業を再開し、同郷の友人が帰郷すると耳にし飛んで来たのだ。

 

「うん。僕みたいな怪我人が居ても復興の邪魔になるだけだからねぇ。厄介者は去るさ。まぁ……何も出来ないのは心苦しくはあるけど……。久しぶりに故郷の地を踏めるからね、素直に嬉しいよ。でも君はここに残るんだろう?」

「ああ。少しだけここの復興を手伝って行くよ。防げなかった未熟な俺に原因があるからな……。それに……あんだけ派手にやったんだ。また他の『まつろわぬ神』って奴らが来るかも知れない。やっぱほっとけないさ」

「うーん……。ウルスラグナにチンギス・ハーンか……。何度聞いても実際に見ても、中々信じられないよ。物語の登場人物や聖典の神々が、現実に形を成して現れるんだからねぇ」

「まぁ、そうだよな……。でも、現実に起きてる事なんだ。それに俺には因縁があるみたいだし……、あいつとの約束もある……。受け止めなきゃ、なんねぇよ」

「ふふ……。君は強いねぇ。僕だったらそんな使命耐え切れなくて投げ出しそうだよ。……でもココであった戦いは忘れない。そして日本に帰ってもまだ希望があるって皆に伝えて行くよ。あはは、僕は今じゃあ日本では時の人だからね? ただの法螺じゃ、終わらせないさ」

 

 そう決意を籠めた声で言うと寿は右手を祐一に差し出した。頭にはてなマークを浮かべながら戸惑う祐一。そんな祐一に苦笑して寿が、

 

「──友よ、握手を」

 

 祐一は、ハッとした様に目を見開き、自分も右手を差し出す。

 

「お元気で」

「君もね、祐一くん。僕らの英雄に、祝福を。僕らの戦士に、幸運を。僕らの王様に、勝利を。

 ……いつかまた……日本に帰って来たら、僕の家に寄って行きなよ。ふふ、歓迎するよ?」

 

 寿は、不思議な愛嬌のある仕草でウィンクし、祐一に別れの言葉を告げる。祐一も、そんな剽軽な仕草をする友人に苦笑を漏らし……

 

「ああ。是非」

 

 そう返した。

 二人は、最後に強く握手した手を握り締める。穏やかに微笑みながら、言葉を交わす。

 

حَظَّا سَعِيدًا(幸運を祈る)。友よ、武運を」

حَظَّا سَعِيدًا(幸運を祈る)。おう。生きて、また会おうぜ」

 

 真面目くさってそんな事を言う自分達がおかしくて、笑い合う二人。

 その時だった。

 

 

 ───莫大な神力の爆発! 

 

 それも、足元から! 

 咄嗟に逃れようととした祐一だったが、地面を蹴る事が出来なかった。まるで底なし沼に嵌まった様に絡め取られてしまった。見れば地面が闇と化し、暗黒の世界の扉が開いているではないか! 

 そのまま引き摺り込まれる祐一。反射的に握っていた友の手を離し、突き放そうとする。しかし寿はそれを良しとしなかった。

 

「───祐一くん!!!」

 

 祐一の手を強く握り返し、精一杯引っ張る! だが、所詮矮小な人間の力。

 まるで重力の渦に引き込まれるように抗えない強力な力によって、祐一と寿は、闇の世界へ落ちて行った。


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