037:『
「──おっちゃん!!!」
祐一が目覚めたとき寿はもう既に虫の息だった。浅い呼吸を何度も何度も繰り返し、その様子は止まらないしゃっくりが続く様にヒックヒックと声が漏れていた。呼吸が上手くできていないのだ。
指先は十本ともふるえ、顔には死相が浮かんですらいた。
「しっかりしろ!」
祐一は一瞬でパニックに陥った。当たり前だ、こんな時にどうすれば良いのかなんて検討も付かないのだから。
また友の死を見なければならないのか……ラクシェ、ラグナ、そして……パルヴェーズ。あの時みたいに……! ぜったいに、死なせなくはない……!
怒りが、最大限の怒りが高まった。
怒り以外がなにもない純化された真水の如く、一本の矢のように一直線に突き進む、怒りが。
空が、海が、大地が、恐るべきものの怒りに怯えるように震える。空間が軋みを上げ、微弱な地震すら生まれる。
怒れる王──木下祐一の怒気によって。
『──祐一よ』
「ッ!?」
懐かしい声が聞こえた。
その時、今まで噛み合っていなかった歯車が綺麗に嵌った。
化身を掌握したいつもの全能感。でも化身の気配を感じない……いや化身の気配は感じるのだ。ただ、まるで祐一そのものが化身だったかの様なそんな気配に驚いた。
不可思議な化身となつかしい友の声。
だけど今はあえて無視した、眼の前の友を助けなければ。
「──
それは言霊だった。力強く、荒々しく、それでいて真っ直ぐな言の葉。
輝ける民衆の守護者の言葉。先ほど掌握した化身……加護と祝福をもたらすウルスラグナ第六の化身『少年』の力だ。
「ああ、君かぁ……祐一くん……なんだか、懐かしい感覚がするよ……。昔ね。まだ僕が、学生だった……、頃にね……山梨にある、すごく高い山に登ってねぇ……」
「なにいってんだ正気にもどってくれ!」
「登山ってものを舐めていたんだろうねぇ……、バッグ一つ背負って、登ったからかなぁ……? すぐに高山病に、掛かってねぇ……、それで、どうしようも……」
寿は生死の境を彷徨っていた。朦朧とした意識が駆け巡った走馬灯を意味も無くブツブツとこぼしているのだ。
やるしかない!
権能の行使を決めた祐一は烈火の眼で友を見据えた。
「八田寿、お前は、まだ生きたいか!? こんな所で命を散らさず、故郷に帰りたくはないか!? ──おい! 答えろ、八田寿!!!」
「…………そりゃあ。……死にたく、ないかなぁ」
「なら、俺に
それは聖句だった。祐一がいま掌握した化身の聖句。
それは儀式だった。新たな仲間を迎え入れる儀式。
どれほど苦難が満ちた運命であっても共に『戦い抜く』と宣誓させる"忠誠の儀"だった。
寿は朦朧とした意識のなか祐一の姿を垣間見た。揺ぎない意志を秘めながら今にも泣きだしそうで頼りない少年が、いまの祐一だった。
持っていた物を全部投げ捨ててたった一人で民衆の為に戦う、人類代表の戦士。
好きだったモノを奪われ続ける、寂しげな王様。
そんな悲しげで一人ぼっちの少年……だからだろう、こんな事を思うのは。
あはは、僕が、支えなくちゃね……。
「ああ、誓うよ」
「ならば、ここに忠誠の証を立てよう。お前が俺に忠誠を誓うというのなら、俺は──!」
祐一が人差し指を突き出す。
次の瞬間、寿は目を向いた。
その指を彼は逡巡すらする事もなく、自分の
ボタボタと赤黒い血が滴り落ち、残った強い意志の籠もる左眼で、寿を見据える。
「俺はこの眼を捧げよう!! そしてお前は俺の眼となり、耳となり、言葉となり、俺の五つの感覚に等しきものとなれ!」
「なにやってるんだい、眼を抉り抜くなんて……!」
「俺は友達が、恩人が、この位で生き長らえるなら、喜んでやる! 俺は、お前を死なせなくはない! ラクシェを……ラグナを……パルヴェーズを……! もうあんな思いは、嫌だ!!」
寿はこの眼の前の少年の異常性と言うものを、今ハッキリと思い知った。彼から話で聞いた、バンダレ・アッバースや試練、神との闘争のこと。
常人では道半ばで心折れるか斃れるだろう道を突き進めたは、この異常性もあったのだろう。
それを確信し、寿は思った。嫌悪ではない。恐怖でもない。やはりこの少年を一人にはしたくはない、と。そう思ったのだ。
「わかったよ……なら僕はもう何も言わない。君に忠誠を誓うよ──我が、王よ」
祐一は頷くと自分の目玉を寿へ向けた。寿は思わず顔を引きつかせ目を背けようとする自分を我慢した。祐一が寿に馬乗りになって、動かない様に抑え付ける。
「今からお前に『加護』を与える。そしてこの儀式、かなり辛い物となる。比類なき苦痛がおまえを襲うだろう。そして忠誠を誓い俺に付いてきたとしても絶望しか無いかも知れない。──それでも、やるか?」
「愚問だよ……祐一くん……!」
「その忠義、見事。──感謝する」
そう言うや否や指を綺麗に揃え槍の穂先の様な貫手で持って、寿の腹部を──貫いた!
目を剥き期せずして吐息が漏れる。腹部への異物感と白濁とした感覚が神経を刺激する。だがそれもすぐに終わった。八田寿と言う人生の中で最高最大の激痛が襲ったのだ。
「────!!!」
無人の大地に絶叫が迸る。
腹部に刺さった腕から祐一の目玉が差し込まれ、それと共に腹部へ……東洋医学に置ける身体の最奥とされる臍下丹田へ……感じた事の無い何か流動的な物が流れ込む。
それを受け入れる痛みは尋常ではない。掻っ捌いた腹に、硫酸を投げ込まれた様な痛み。
『少年』の加護を与える、壮絶な儀式が始まった。ここが誰の居ない無人の土地で良かったのだろう。この凄惨にして狂気の儀式を誰にも見られる心配がないのだから。
祐一が弑逆した軍神ウルスラグナ。そして、その主である光明神ミスラは古代インドに起源を持つ古い神格である。
その信仰は西はイングランドまで及び、東では形を変え我々が住む日本にまで及ぶ。そしてミスラ自身を主神としたミスラ教と言う宗教も存在した。
このミスラ教への入信は艱難辛苦を伴ったと言われている。
キリスト教のとある神官が記した物には、数十日の断食、二日間皮を剥がれ、最後に二十日間雪の様に冷たい水の中に浸けられたと言う記述もある。
このミスラ教の儀式の中には、水漬けや火の洗礼が含まれており、剣……『鋼』を鍛造過程を示しているかのようにも思える物が散見できる。
祐一の掌握した『少年』の化身もまた、この艱難辛苦を伴う性格を色濃く残し、今彼らが行っている儀式でも強く発現したのであろう。
「……殺す気かぁあああッッ!!!」
「ゴ、ゴメン! それしか方法なかったんだぁぁあああ!」
鬼の形相の寿と、逃げる祐一。互いに全力疾走である。
寿の手には何処から拾ったのか、こん棒が握られていた。彼に瀕死寸前だった面影はなく元気に走り回っていた。
運動音痴で運動不足な寿だったが祐一から受け取った『加護』なる物のお陰で陸上アスリート並の速さで動けていた。
対して祐一は儀式の代償によって隻眼となり距離感が掴めず足取りは覚束ない。
「待って待って! 助かったから良いじゃん、許してくれよ!」
「判ってる! 判ってるさそんな事! でもねぇ……! あんな事するなら、一言だけでも言って然るべきだろう!? ホントに死ぬかと思ったんだぞ!!」
「や、やー……あれは……化身の副作用でハイテンションになってて……」
「結局勢いじゃないかバカ!」
「あいたぁっ!?」
責め立てる家臣と、弁明する主。確かに先刻、主従関係を結んだ二人だったが、お前ら本当に主従か? と思えるほど。
まあ到底、主従関係にあるとは思えないが、それが彼……木下祐一と言う「王」とその「臣下」との形なのかも知れなかった。
ラグナが呆れた様にため息を付いた。
○◎●
隻眼になってしまった祐一。
傷は治ったが再生する気配はなく、ブレザーの下に着ていたカッターシャツを破いて右目のあった場所に包帯代わりにしていた。
寿も『少年』の加護で体調は良く、ラグナは神獣でこっちの方がホームだ。
浅瀬にいても仕方ないので、取り敢えず歩き出した。あたりは真っ暗なのに細部までハッキリ認識できて、やはりここは不思議な場所だった。
見える景色はグランドキャニオンさながらの赤茶けた大地が広がって、後ろを振り返れば紺碧の海から未だに見つめられていた。あとはストーンヘンジじみた大地に直立した長方形の石がいくつか見えるだけ。
ここが自分達が生まれ育った世界とは、毛ほども重ならない異界なのだと思い知らされる。
歩けども歩けども変わらない景色に辟易しつつ、食糧か水を確保しなければならないがとことん何もない土地であった。
「うーん……。ここが元の世界じゃ無い事はすぐに分かるんだけど、ならここは一体どこなんだろうねぇ?」
「さぁな……でもなんか来た事がある様な……そんな気がするんだよ。いつだっけなぁ? 思い出せない」
「おや、なにか手がかりが?」
「でも全く覚えていないんだよなぁ、誰かと会ってたような……」
──ルオ
「なんだよラグナ。多分思い出すの無理って……何か知ってるのか?」
──ルオオン
「いいから背中に乗れだって? どっか元の世界に戻れる場所を知ってんのかよ?」
問い掛ける祐一にラグナはふるふると首を振り「否」と示す。だがラグナは何かを手掛かりを掴んだ様だ。他に何か手掛かりに成りそうな物もなく象にも匹敵するほどの大きくなったラグナへ乗り込むと彼らは風になった。
「なあ、どこに行くつもりなんだいラグナくん?」
──ルオオオォン。
「はは、君が何を言っているのか判んないや」
「あー……ラグナは人のいる臭いがしたから、そこに向かってるんだってさ」
「人が居るのかい、この世界に?」
「みたいだぜ。取り敢えずここが地獄とかじゃないって判って良かった……」
「物騒な事言わないでくれよ……薄々思ってたんだし。死後の世界って言われても不思議じゃないしねぇ」
ラグナの背に揺られながら祐一はすこし前のことを思い出していた。
「なーんかこうしてるとパルヴェーズと旅してたのを思い出すなぁ。目的地なんて全然決めないでさ……気の向くまま風の囁きを聴きながら進むのさ……。懐かしいなぁ……」
「旅かぁ……僕は旅なんてしたこと無いなぁ。インドア派だからねぇ、基本的に家に居るんだ。偶に、原付きで隣の県までツーリングに行くけど、それくらいかなぁ」
「でもドバイに向かってたじゃん」
「一浪が確定しちゃってね、それで世を儚んでドバイに行こうと思ったら大変な事になったんだ」
「あ、分かる分かる。俺も世を儚んでスロヴァキア行こうとした!」
「やっぱり旅したくなるよね! あはは!」
危機感を持て。そうこうしてラグナの背に揺られ一刻の時間が過ぎた。
「ん? ……なんだ、アレ?」
ふと祐一が違和感に気付いた。
違和感は平らな大地が広がる地面からだった。赤茶けた大地は気付けば緑へ。一部の隙間もないほど埋め尽くされた草原へと移り変わったのだ。
「──来るぞ!!!」
──ルオオオオオォンッ!!
過剰な密度で群生する草。その草の突先が槍の穂先じみたものへ変貌し、祐一達に牙を向いたのだ。
──ルオオオォン!!!
声の衝撃波が、迫る草を薙ぎ払う。だけど一時だけでふたたび草の津波が押し寄せる。
マズっ!
いかに祐一と言えど、あれに飲まれればタダでは済まない。
化身たちに呼び掛けるが応えはない。ウルスラグナの権能は制約型。嵌まれば無類の強さを誇るが、やはりピーキーだ。
そして緊張が最高潮に達した時だった。
「掌中の珠も砕け散った。血まみれの肺腑は地に落ちた、万物万象は四散し、世界の箍は弛んだ! さあ、無秩序を齎そう!」
厳かな言葉が飛び出した……これは聖なる言霊。ウルスラグナとは違う権能、チンギス・ハーンから簒奪した新しい権能だった。
グンッと空を駆るラグナの勢いが増し、祐一の見える視界が全て停滞していく。いや祐一達が"加速"しているのだ。
元々隼並みの速度だったラグナが、今ではジェット機ですら追い付かない速度だ。もう人に認識できる速度ではない──神速閃電。
どんどん加速し、草を振り切る。
よし、このままこの草原を抜けるぞ。
言葉もなくラグナに声を掛ける。──是。ラグナもまた言葉もなく肯定の意を示す。
だが祐一達の接近を予想していたかのように、巨大に絡みあい一つの鞭となった草が待ち構えていた。それが九つ。まるで古事記にあるやまたのおろちさながらだ。
草の鞭がまるで絶好球が来たバッターの様にフルスイングする。しかも完全な直撃コースで。
祐一とラグナは焦らなかった。なんとなく直感が囁くのだ。イケる! と。
神速を切り、躱し尽くす。これは神速ではない。その騎乗技術の巧みさによって、である。ラグナを駆る祐一は馬と共に生きる遊牧民の如く巧みな騎乗技術をさらけ出していた。
『駱駝』を使ったときのようになんとなく判るのだ。ラグナの意思、状態、風の向き、障害物の位置、神速時の動き方、騎乗するに必要な知識が。
草原の覇者"チンギス・ハーン"。騎馬による軍勢で持って世界を駆けた大王。
彼から簒奪した権能は騎乗においてド素人である祐一であっても、歴戦の騎馬武者へと変貌させる権能なのだ。
それも馬のみならず四足歩行の動物であれば、この権能の範囲内になる様だ。
祐一がラグナで権能を行使しているのが良い例だ。
草の鞭を振り切り、彼らは草原を抜けた。祐一はあたりを見渡しながら、そこで違和感に気付いた。
「──おっちゃん?」
後ろで祐一とラグナに捕まって居たはずの寿の気配が無い。嫌な予感を感じつつ振り返れば、そこにはなんと白目向いて泡を吹く八田寿の姿が───!
「あ!? おっちゃん死ぬなぁあああああ!」
乗倍の車酔いを経験したのだから当然である。ガクガク揺さぶり、なんとか意識が覚醒した寿。
「……ゆ、祐一くんが言ってた、神速って……こんな景色なんだね……。色んな物が後ろに流れていって、色んなものが逆流してkrオロオロロロ……」
「ギャアアアアアアア!!!」
──ルォォォオオオォン!!
寿は堪らずゲロった。
思わず悲鳴を上げる祐一とラグナ、危機的状況を脱したにも関わらず爽快さは死を迎えた。
そんなこんなで、騒ぎながら進む一行。この幽世であっても危機感を忘れて騒ぐのだ、大した奴らである。
そうして居る間にも景色が移り変わっていく。緑の土地が灰色の大地へ、今度は岩肌が剥き出しになった峻厳な峡谷だった。それだけじゃない。
──ルオォン!
ラグナに促された先には動く影あった。それも一つ二つではなく数えるのも億劫になる大量の魔物たちがいたのだ。
二頭一身の黒い犬、一つ目の斧持つ巨人、石で出来た人型の鬼、手足が無い蛙の身体を持つ美女……悍ましい魔物たちが、祐一達を見上げ涎を垂らし見ているのだ。
「ここはやっぱり僕達の居た世界じゃないね……」
「ああ……。とびっきりにヤバいな、ここ」
「そうですか? 住んでみれば、良い場所だと思いますよ?」
「へぇ、住めば都ってやつか?──は?」
声が聞こえ、同時に感覚が、肉体が、呪力が充溢していく。この感覚は2日前に初めて感じた物と同じ物。ウルスラグナ、チンギス・ハーン……彼等の同類、不倶戴天の仇敵たる神が現れたのだ!
咄嗟に祐一はラグナごと身を捩り、回避行動を取る。鋭い物が祐一の鼻先を掠めて去っていった。祐一の判断は正しかった。避けていなければ騎乗するラグナも、背の寿も切り裂かれていただろう。
祐一は避けた物を看破した。──黒い刀。
それも漆黒の刀身に妖し気な波紋が揺らめく湾刀だ。おそらく祐一にその手の知識があれば、あるいは寿が見る余裕があったならば『蕨手刀』と思い至っただろう。
ただ、知識が無い筈の祐一だったが妖しげな気配を感じさせる黒刀には見るだけで寒気を覚えた。ウルスラグナやチンギス・ハーンと相対しているような、『鋼』と呼ばれる存在と相対している気配。地母神だと言っていた義母パンドラとは真逆の気配。
極限状態に踏み入った祐一は、消えていた義母との記憶の断片をすくいあげて確信した。この神は『鋼』だ。
それにもう一つ。
──コイツは間違いなくブッチギリに高位の『鋼』だ! と。
「ほう。これを避けますか、完全に虚を突いた一太刀でしたが……。ふふふ、貴方は中々の武人だ。いえ、その戦いへの嗅覚は『獣』と言っても良いでしょう。これは期待が持てそうです」
「何モンだ……、テメェ……?」
祐一の眼光に強烈な闘志が色づく。
眼の前に現れた神は間違なく今まで会って来たどの敵よりも強敵であると直感が囁く。
イランを恐怖のどん底へ陥れたウルスラグナ。
ドバイを血の海にしたチンギス・ハーン。
今まで出会った神々は、死を振り撒く意思のある天災そのものだった。ならば急襲して来た『まつろわぬ神』も変わらない。
「同郷の者と会うのはいつ以来でしょうか……。ふふ、いえ、無作法でありますが、名乗りは後にしましょう。今は貴方の見極めが先決。それに私も貴方の来訪に些か気分が昂ぶっています。御相手願いましょうか神殺し」
そう飄々と嘯く『まつろわぬ神』。容姿は疑いようもなく日本人のそれだ。古墳時代を思わせる装束……白い貫頭衣を身に着けている。
髪型もやはり同じ時代と思わせる美豆良の形だ。
『まつろわぬ神』の容貌は、他の神と同じく素晴らしく整っている。一見すると傾国傾城の美女にも見える娥娥たる玉顔。しかしその実、勇ましさと狡猾さを孕んだ青年である事が容易に察する事ができた。
老若男女誰もが蕩ける嫣然とした笑みを浮かべながらも上から見下ろし、それがさも当然である様にも感じられる圧倒的覇気。そしてその瞳は笑っているにも関わらず、戦意と期待に爛々と輝いていた。
出会ってきたまつろわぬ神々は誰も尊大だった。だが目の前にいる神は祐一に対しても慇懃な言葉遣いだ。
それが祐一を苛立たせた。流麗な立ち仕草も、慇懃な言葉遣いも、そのどれもが小馬鹿にされているようで敵愾心を煽った。
しかし出合い頭の殺意を込めた一太刀。疑う余地も無く眼の前の神は……強い。
それに内なる化身の強く警鐘を鳴らすのだ。"油断してはならない"と。化身は『戦士』、シーラーズ郊外で襲撃して来た化身であった。
左目を眇め、眼光が『まつろわぬ神』を射抜く。祐一は言葉もなく『まつろわぬ神』の問い掛けに答えたのだ。──是と。
「ふふふ、澄んだ良き闘気です。言葉すら交えず矛を交えようとしますか。──素晴らしい」
『まつろわぬ神』から紫電が舞い、掻き消える。一瞬で神速閃電の領域に踏み入れたのだ。祐一は心眼へ。しかし『まつろわぬ神』は祐一の方角ではなく、眼下に広がる険しい峰の頂上に降り立った。
奴はあの峰を戦場にすると決めたらしい。祐一は立ち上がり、盟友へ声を掛ける。
「ラグナ! おっちゃんを頼む!」
──ルォン?
「なぁに、勝って来るさ。心配すんな」
大丈夫か? と聞いて来る心配性な盟友の気遣いをありがたく思いながら、祐一は口の葉を吊り上げながら断る。
「行くのかい」
「ああ」
「死ぬなよ」
「任せろ!」
短く言葉を交わし、祐一は死地へ飛び立った。